坂口順治(1967)「ナショナル・トレーニング・ラボラトリーズ(N .T .L)設立の経過とその概要」国立社会教育研究所紀要第1集 要約

 

はじめに

 

この小論は社会科学の理論的追求と実際的活動を結合させ、人間行動と社会関係の革新をもたらすような諸活動を推進しているアメリカのナショナル・トレーニング・ラボラトリーズの活動概要である。

 

アメリカは教育に関して国家的統一機関をもたず、各州がそれぞれ独立している。全国的規模による組織は民間有志団体の連合である。その中でもアメリカ教育協会(Nationals Education Association)は最大の組織であり、NTLはこのアメリカ教育協会に属し、成人教育訓練部門として活動している。

特に教育訓練活動はユニークなものでラボラトリー方式を開発し、人間関係の改善と集団組織運営の発展向上を目指す訓練として従来の訓練方法の革新をもたらしたのである。

 

1、NTLの設立経緯

NTLを設立するに至った動機は、1946年夏、コネティカット州ニュー・ブリテン市の州立教育大学で開催されたワークショップの結果に由来している。このワークショップは二週間の合宿訓練で地域社会の諸問題を明確にし、偏見をなくし雇用関係がスムーズに行われるための啓蒙活動を推進するワーカーの人間関係技能の向上を目的としていた。と同時に集団生活の科学的方法論を検討する意図もあり冒険的試みも含まれていた。  

 そこではグループの中に現在生起している諸現象についての各自の認知と解釈に相違のあること、しかもグループの会合が進展するにつれて各人の態度も変化し、グループ自体が発展していくことが発見された。スタッフにとってはこの現象は再教育の有力な手法ではないかと気づいたのである。すなわちメンバーが自分の行動がもたらす結果について他人からの客観的反応を受けとめ、しかもその行動の分析や考察に非防衛的態度で参加するならば、自分自身についても他人の反応に関しても集団の家庭についても有意義な学習が行われるのではないかと考えたからである。

 この現象をよりよく追究すべくワークショップに参加したスタッフ全員が実践的研究を続行するにふさわしい会場を物色して、翌1947年夏にはメイン州ベッセルで行われる運びとなった。合宿訓練が効果的に行われるためには都会地を離れた「文化的孤島」が必要であり、メイン州の北西部カナダに近い山に囲まれた田舎町で三週間に渡って行われた。マサチューセッツ工科大学とアメリカ教育協会が中心となり、米国海軍の財政援助を受け、コロンビア大学、コーネル大学、スプリングフィールド大学、カリフォルニア大学などが協力して集団発達に関するナショナル・トレーニング・ラボラトリーを結成して行われた第一回の研修会である。

 この第一回の研修会では10前後の小グループの会合を継続してもち、基礎的機能訓練(Basic Skill Training)と呼んでグループにおけるメンバーの発言や行動の生のデータを分析評価することに強調点を置いたのである。第一回の成功に続いて48年、49年に同じ形式の三週間にわたる研修を開催した。この間NTLの今後の方針を協議する方策委員会を結成し、永続的に活動を進めるべきであるとの結論を出した。1951年夏には機関を二週間として研修会を2回開催し、59年までこの様式が続いた。また各専門領域でもそれぞれ独立した研修を計画するようになった。いくつかの大学、団体などで独自の考え方を作りNTLの方式の活用を活用していったのである。

 

2、NTLの活動目的とその方法

 NTLの活動目的は、ラボラトリー方式による人間関係訓練を通して集団組織のより良い指導と運営を行うための指導者の訓練、人間関係訓練の理論と方法の研究を推進すること、それらによって現代社会の問題を解決し改善に寄与することである。それは現実の集団組織体が直面している問題を解決し、科学的にしかも民主的方法によってその集団に変化をもたらし、指導していくために必要なリーダーの感受性と技能を啓発することである。教育目標の第一はこのようなリーダーの知識を増大することと同時にリーダー自身が変容することである。

 このような行動の変容を目的として行われる訓練には、それが可能な状況を設定する必要があり、ベゼル市のように都会地から離れた文化的孤島で合宿するという訓練方法を採用している。それは参加者が日常の社会的制約から解放されて、気楽な気持ちと非防衛的態度で参加できるようにし、他人との相互関係を通して変容が容易に生じるような状況を作ることである。参加者は自由に振る舞って自主的に種々の行動を試み実験してみることのできる状況である。このような自主的な体験学習の方法をラボラトリー方式と呼んでいる。

 ラボラトリー方式の訓練の中核となるのはTグループ(Training Groupの略)である。それは小グループによる話し合いの方法で、10人前後の参加者と1人ないし2人のトレーナーでグループを構成し、定められた場所と定められた時間に会合を持つ。指定された座席、課題、形式、司会者などはなくメンバーは対面的に座って自由に振る舞えば良い。その中で生じるメンバー間の相互作用、グループの成長過程に生起する行動の諸現象が学習の素材となる。このようなTグループ体験によって、より良いリーダーシップを発揮するために、リーダーはグループについての知識を増大し、今何が起こっているかを洞察し診断する技能、自分、他者に対してより正確な理解ができるようになる。

 

3、NTLの発展

1947年にはじまったNTLの訓練活動は全世界に反響を呼び新しい研究者も参加し拡大されていった。このように広範囲に認められるようになるにつれ、従来は社会学、社会心理学、教育学の専門家が参加していたNTLの活動に次第に臨床心理学、精神医学の専攻者も加わるようになり、訓練の方法にも変化が見られるようになった。Tグループを中心にして対人関係の改善と集団組織の運営に重点を置いたこれまでの訓練から、Tグループの中で生起する個人の心理的側面を強調し、情緒や感情の流れなどを重視する訓練に移っていった。参加者は現場に戻ってからその集団組織体の改善のために役立つ技能を習得するというのではなく、いまここで生起している現象を大切にするようになってきた。この事実はNTLの訓練がより良い指導者として社会の改善に役立つ技能を学ぶことに重点を置いていたのを、より以上に個人の存在の問題として捉え自己、対人関係のあり方を重視することから出発して集団、組織の問題を解明しようとしたのである。

 1950年以後は数多くの組織団体から訓練の要請やコンサルテーションの希望が多かった。アメリカ赤十字、対がん協会、アメリカ聖公会などであり、53年までに300以上にのぼった。55年にはトレーナー養成の研修会を開催し、基礎的訓練研修会を卒業したものを対象に上級訓練が開催された。59NTLは各州の教育委員会の要請によって第1回の全米教育指導者(各地の中高校教員)の感受性と技能を向上する目的を持った研修会を開催した。

 

4、NTLの現況

 現在のNTLは大別して四領域に分けて世界の成人教育活動に寄与している。それは訓練活動、研究調査活動、相談協力活動、出版啓蒙活動である。またNTLにはフェローズとアソシエイツというスタッフの所属制度があり、各地の大学や研究所の専門家が加入している。フェローズになるにはフェローズの一人が推薦し、理事会がその人の業績、人物、訓練指導能力などを検討して承認し、フェローズの三分の二以上の賛成によって決定される。アソシエイツは同じように推薦によって理事会が種々の点において調査し判定して最低3カ年の契約をする。フェローズやアソシエイツはNTLの承認された訓練指導者として権威を持ち一般に認められている。フェローズはアソシエイツよりも資格は上で研修会の委員長など指導運営にあたることが多い。

 1960年以来訓練指導のスタッフ養成のためにインターン制を採用した。これは国立衛生研究所の援助によるもので、大学で行動科学の基礎または応用を専攻し、博士課程のコースを修了した程度の能力のある人が選ばれる。第一に参加者として体験し、次いで観察者として参加し、第三には補助トレーナーとして参加する。そして理論的考察をしたレポートを提出し、実践を通して訓練方法を身につけ経験豊富なスタッフのスーパービジョンを受けながら訓練活動をする。

 

以上簡単にNTLの設立過程と活動状況を概観したのであるが、人間存在の基本である関係性の再発見に基づくラボラトリー方式の訓練を開発し、多大の影響を与え、広範囲の領域に適用し貢献しているNTLは、まさしく教育訓練の革新を行い、社会改善の推進主体となって世界をリードしている。

お問い合わせ