『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より 第6章 Tグループ理論の現状 J.R.ギッブの要約

 

 Tグループの理論は4種類の人に役立つ。理論家にとっては最大限の予測力と説明力を持つ、体系的で一貫した行動像の構築につながる。研究者にとっては現場や実験室における検証を可能ならしめる仮説の構成に役立つ。トレーナーにはTグループ指導者としての自己の行動の検討や実践的技術の熟達につながる。参加者には自己の行動に影響をもたらす様々な過程を理解することに役立つ。

 

1、理論家の観点から

 実践家によるプロセス志向的な集団研修を通じて行動や社会に変革を導入する可能性がますに連れ、集団力学、学習理論、精神医学、教育心理学の密接な関係への視点が必要となる。つまり理論的発展への要請が生じている。

 

 以下の各章の著者は、Tグループ体験のある側面を理論構成上重要なものと考える。ベニスは依存性・相互依存性の力を、ベネは両極背反とその処理を、ギッブは防衛機制の解消と信頼感の形成過程を、ブラッドフォードはメンバーシップの獲得を、ブレイクはトレーナーと成員の関係を、ホーウィッツは正当性を獲得する過程を、シェパードはトレーニングの場の影響の特性を、ホイットマンは話題内容と集団過程のいずれに焦点をおくかについての葛藤の力動過程を取り上げているが、これらは体系的理論に組み入れる必要のあるものである。

 

 ところで論述が構成概念や諸変数間の関係が、実証的検証が可能になるような操作的な叙述であらわされるほど厳密に定義されていれば、その理論は問題発見的機能を果たすが、以下の数章はこの点で十分とは言えない。すべての知見が1つの完成されたTグループ理論に完全に組み込まれることが必要である。心理的技術領域(治療、トレーニング、教育)では実践と研究と理論構成が比較的無関係に発展しているが、生産的対決が必要とされる。

 

 Tグループ理論のテーマとして次の4つ、①対人関係とその影響の過程②個人の内的変革の力動過程③集団発達の過程④集団やコミュニティ相互間の関係の力学がある。Tグループ理論の限界は、行動科学理論の妥当性の不足、不完全さ、諸理論の矛盾をそのまま表す。また行動科学の知見の統合も不十分である。

 

 中心的関心事としては、まず学習を目的として相対している人々の関係の力動学に向くものがある。ここでは影響関係、フィードバック、コミュニケーション、葛藤の解決、信頼感の形成、助力の授受、介入、勢力、統制、正当化の問題などが取り上げられる。例えばブラッドフォードは、学習の関係的側面、つまり学習者に対する他者の知覚の力動過程、ありのままのフィードバック過程などを取り上げている。ギッブは信頼感の形成過程を集団発達過程で変化する1つの関係性としてとらえる

 主要な関心が個体内行動の力学に向くものでは、敵意の処理、目標の設定、情動と作業の統合、回避、同一視へのストレス、緊張の処理、言語の形成過程、分裂への傾向、人格上の発達などが取り上げられる。例えばベニスはトレーナーの役割行動を、ブラッドフォードはあいまいさへの反応を、ホイットマンは個人の内部で葛藤する力動的な諸力の影響などを取り上げている。

 関心が集団の力学に向くものでは、人間変革の重要な諸次元に対する集団的要因の強い影響が取り上げられる。例えばベニス、シェパードでは依存性の次元における集団の発達についての視点が取り上げられる。他にもベネが「トレーニンググループの動きは、両極背反からパラドックスへと志向する」という両極背反の処理過程の視点、ギッブの4つの懸念の解消過程の視点、ホーウィッツの正当性のよりどころとなる構造の生成過程の3つの連続的な位相の発達の視点がある。

 

 集団活動の特性はたいていの著者が関心を寄せる。基準や標準、正当性のよりどころとなる構造、情動性や作業、メンバーシップ、意思決定、目標形成、コミュニケーションの型、統制体系、問題解決などである。

 一般理論の追求を行う理論家にとって、理論が問題発見的な機能を果たすためには、その理論家の関心領域の構成概念や、諸要因の関係についての数学的、演繹的、あるいはその他の論理的な検証を可能にするような一連の認知的、論理的働きを刺激する分析が必要となる。

 

2、研究者の観点から

 Tグループの初期の研究は、知覚理論、役割理論、学習理論、ソシオメトリー理論に対する関心の延長で行われている。理論が研究の指針として役立つには、諸変数間の関係が、実験室的検証ができる関係で示される必要がある。今後、力動・トレーナー行動などをテストし、証明するのに不可欠な実験的操作を明らかにするように、いっそう洗練したものにする必要がある。

 しかし、論述の意義や一般性と直接的な検証の容易さとの間には、負の相関関係がある。例えばギッブの「いきなり統制機能を取得しようとするのは、不信感があるためであり、基本的には受容欲求の解決が求められているのである」という仮説は概念内容が豊かで測定困難である。

 Tグループのトレーナーは多くの仮説を共通して持つ。例えばブラッドフォードの「人々は、一般に学習場面に入ることとか、行動の変革とかに対し、正負の両面的な価値を持つ(アンビバレンス)」などである。

 

 すぐれた理論は 具体的な問題に対する探求を正確にし、問題点を明確にする。また経験的検証を促進する。検証された事実をほかの検証と関係づけて位置づける統合的機能がある。

 Tグループは実践から発達し、理論、経験的研究、実践という3つの過程が相互に補い合う過程がある。例えばTグループの過程は認知的、感情的フィードバックが中心だが、フィードバックを実践する試みはフィードバックに関する経験的研究、パーソナリティ理論からの理論化によって実践上の改善が望める。このように社会心理学やパーソナリティ理論の総合から導かれる諸理論は、Tグループを一層完全なものにする豊かな可能性を持つ。

 

3、トレーナーの観点から

 よい理論はトレーナー行動に対する強力な指針になる。まずは選択的機能がある。トレーナーは生起する事象をすべてとりあげられない。理論はTグループの生産的活動に最も関係ある側面だけを選択的に取り上げることを可能にする。葛藤、依存性の型などを知っていることは、自分自身の役割のレパートリーや感情移入の程度、自己適合感についての知覚などを、いっそう増大させ向上させる。

 次に問題発見的機能がある。トレーナーは自己の行動を体験的にテストし、介入の仮説をたてその効果を検証する一人の学習者であり、Tグループの職務に「研究」的姿勢で臨む(身をもって体験する)必要がある。

 まず理論はTグループで取りうるいくつかの行動の選択肢を明らかにできる。どの程度意図的に働きかけるか、どの程度個人のレベル・集団過程のレベルで働きかけるか、どれほど「いま・ここで」あるいは「あのとき、あそこで」という立場でふるまうか、自分自身や他者の敵意をどの程度までかきたててよいのか、自分の感情・態度・動機づけはどこまで露呈してもよいのか、成員や自分自身に対してどこまで庇護的であればよいのかなどである。

 

 論文で明らかになる第二の選択肢はTグループの目的をどこにおくのかにある。例えば治療なのか、技能の開発なのか、行動の変革なのかである。第三の選択肢はトレーニング・コミュニティの形成において、Tグループをラボラトリーの中にどのように組み込むかである。ただ上記の指針となる研究を見出すこと困難である。これらの論文は、トレーニングの手引きを与えはしない。

 

 トレーナーはトレーニングの理論が彼らの理解している行動科学や社会科学の全知識体系にも合致し、さらに自己の価値体系や存在論との統合をもたらすことを期待してよい。これはグループに自己を投入するトレーナーには必要とされる。対人的役割、成長と精神的健康にも不可欠である。

 

4、参加者の観点から

 

 参加者は、自分自身のトレーナーであり、理論家でもある。自分自身の一連の仮説を検討し、みずから集団のなかで取ろうとする役割について、組織的な仮説を構成し、この体験の世界と自己との関係について、小規模な実験を積み重ねていく。すぐれた理論は参加者が課題を達成するのに役立つはずである。

 

 選択的機能としてTグループは学習者の感受性の幅と深さを増すが、体験を直視するのを妨げる防衛的抵抗や抑制の機構もある。理論は焦点を明確化する観察者的ガイドの役割を果たし、参加者がTグループの中で体験を進めていく際の指針となる。統制を試みたり、決定を要する問題を取り扱う際の重要な手続きを知る便利な地図を参加者に提供する。

 

 問題発見的機能として妥当性の高い理論は、Tグループでさまざまな実験的作業を試みようとする参加者に役立つ。例えばホイットマンによる集団の焦点の葛藤の重要性の認識の論文は、実際にこの葛藤が露呈されたときに分析や解決に効果的な意味づけを行える。これは「いま・ここで」の重要性の洞察につながる。

 参加者は、行動の実験。集団生活に一員として加わることがどのような効果を生むかについて仮説をたて、それをさまざまな方法でテストすることを学習する。参加者であり、実験者でもある人々は、概念的理解を容易にする媒介的な集団変数について構成概念を用いることを学習する。例えば小集団の変革誘導的特性の諸理論は、参加者が集団での学習に自分なりの理論を構成するのに役立つ。

 例えば集団学習に関するホイットマンの理論によると、「極度の不安は有機体を崩壊させるが、不安が小さすぎても、従来の習慣的アプローチを放棄させるにいたらない」とされる。これは、どの程度の不安感や不快感が好ましいか、退行や焦点についての葛藤の展開はどの程度であればよいかのモデルを提供してくれる。ギッブの理論は「最適の信頼、自信の程度、信頼のレベルに対応する感情や知覚の程度、集団の目標の検討だけでなく成員個々の内的な目標を明らかにすること、対人間の恐れの解消はどの程度が適当であるか」を示すが、これはTグループでの防衛機制の解消や信頼関係の次元に参加者の注意を向け、規範形成に参加するよう方向付ける。

 

 啓発的機能としてはある意味ではTグループの目的は事象のさまざまな側面を包含できるような広い関係枠を身に付けることにある。経験を組み立て、それを自分自身の生活に関係づけて意味づける認知的統合を行うということである。

 

5、一般的考察

 

 以下の8つの章では、Tグループに関する理論の発展で検討されるべき観点・考察について、今日の発展段階を示す。Tグループの理論は集団発達、集団の影響力、個体の内的行動の力学に関する理論ではない。人々が集団過程にめざめ、それを理解することを通じて学習し変革しようという意図をもって集団に集まっているときに生じる諸現象を扱うための新しいゲシュタルトである。

 

6、未解決の課題

 

 以下の章の長所と限界をあげる。それらは行動科学の理論と資料との統合であり、さまざまな領域の多様な科学的、技術的概念の見事な統合と言える。例えば葛藤、均衡、意識下の行動、言語発達、集団力学、人間の学習、作業の抑制、問題解決、労使解決、自己概念、勢力と影響などである。

 

 Tグループの体験的性質の強みとして、理論が実践を通じた体験から生み出されていることがある。そこには著者の洞察がある。ただより有効な理論になるには、体験との密着性を解消し、論理的演繹による検証と同様、通常の実験的検証にも堪えうる公共性を備える必要がある。教育・トレーニング・治療などの工学理論には厳しい基準がある。

 

 経験的検証への弱点がある。最も有効であるためには、理論は命題がただちに実証的に検証されるような形で展開されねばならないが、以下の章では明確になっていない。

 

 学習過程の力学において以下の諸理論の長所は、「集団による学習」という現象が基礎になっている。集団の力動と学習者の力動との関係を明らかにしようとする意図がある。それは集団を、学習過程を容易にするための手段として利用する他の技術論には見られない。例えば集団治療、学級教育は「集団の中で」であり、「集団とともに」ではない。そこには教師と生徒の二者関係がある。

 Tグループは「集団経験」に関する理論である。こうした特徴を持つ反面、個人の内部における学習過程の力学については、ひととおりしか取り上げない。人の学習の精神力動が無視されている。そのため①伝統的な学習理論②パーソナリティの心理力動③集団内での学習の力学の領域が相互に関連し合うことがない。

 

 構成概念の多様さとその有効性についての問題もある。Tグループは、あらゆる集団が持つ一般的特性を持つ集団で、モデル的、象徴的である。理論家はすべての現象を包含し説明する統一理論を樹立する課題に直面していて、多様な問題領域に関心を寄せる。この多様性と内容の豊かさは利点であるが、ただ理論モデルは少数の概念で広範囲にわたる行動を説明する必要があり、不満が残る。

 

 Tグループのトレーナーは直感的な芸術家であり、技術者であり、科学者である。理論家と研究者、技術者とトレーナー、熟練した研修の指導者らのすべてが、具体的集団を扱うトレーナーの知識と洞察を作り上げる。トレーナーが考える仕事とは、さまざまな意識のレベルと個体内的な統合のレベルにおいて全体としての人間と相互作用を行うことであり、治療ではなく、開発し創造することである。一定の仮説を検証するための資料を集める小規模な実験を行うことである。

 

 Tグループを指導する過程は芸術的、直感的、工学技術的、専門的、科学的な諸要素とともに、人間的な要素を含む混合物であり、以下の数章はこうした混合物への想像力に満ちた方法の提示と言える。行動科学や行動技術学の厳密な変数の概念は、トレーニングにつきまとう一見神秘的なものをあばき、トレーナーのあいまいな仮説を実証的に検討し、Tグループの体験を再現し、トレーナーが正当にふるまっているか、誤りを犯した場合には、いかにそれを訂正していくかを明らかにするだけでなく、さらに多くの実りをもたらす。

 

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