感染症という脅威のあることがデフォルトである世界

●新型コロナ感染症の蔓延の中で、私がずっと不思議に思ってきた妻の生活習慣の謎が解明できたように感じている。彼女は比較的几帳面なのに、なぜか換気扇だけをいつもつけっぱなしにする。もっといえば肌寒い季節でも家中を開け放つ癖がある。

 

●その他の時はわりとゆっくりとしているのに、食事だけはすごく食べるのが早い。また決して途中でお茶を飲まない。部屋の掃除にはそれほど神経質ではないが、洗濯だけは1日最低でも2回はする。比較的長く外出していても、外ではお手洗いをできるだけ我慢して家で済まそうとする。

 

●最初は何度かこうしたことを指摘したが、決して改まらない。そのうちこの人はそうするのが好きなのだなと受け入れ、慣れて何十年も経った。しかしこのコロナ感染症の中で、こうした彼女の持つ生活習慣への見方が大きく変わった。実はそれらは全て感染症予防の対策になる行動だったのだ。

 

●言うまでもないが、換気扇をつけることや家を開け放つことは換気のためになる。無駄口を叩かず食事を早く済ますと唾液の飛沫が飛ばない。食事中お茶を飲まないのは、胃液を薄めず雑菌を殺すためになると考えられる(現代の研究では常識的な量だと問題ないとされているらしい)。

 

●また家庭内感染を防ぐには外で着た衣類をすぐに洗濯するのが大事だ。さらに新型コロナでもお手洗いを通じた感染の危険が言われている。外でお手洗いに行かないのは感染予防になる。つまり私の妻の生活習慣は全て感染症を予防するためには非常に合理的な行動だったのだ。

 

●しかし聞いてみると、自分ではそこまで意識はしていなかったらしい。ただ彼女の父がシベリアに抑留されていた時、衛生兵として衛生管理を指導していたことがわかってきた。当時薬などは十分なかったので、感染予防のための生活習慣を身に着けることが生き残るために極めて重要だったのだ。

 

●そして義父は日本に帰ってからも家族に対し厳しくこうした指導を行なった。私の妻は知らず知らずのうちに、いわば家風のようなものとして感染予防のための生活習慣を身に着けた。そしてそれらは今でもこの新型コロナの蔓延の中で、我が家を守る働きをしてくれているのだ。

 

●こうしたことがわかって私は、妻や義父に思わず感謝の念を覚えた。同時に私たちよりたった一世代前の人たちにとって、命に関わる感染症という脅威が、とても身近なものであったことを思い起こさせてくれた。結核をはじめとして多くの致死的な感染症が存在したし、ただの風邪ですら特効薬のない時代には命取りだったのだ。

 

●言わばこうした感染症という脅威のあることがデフォルトである世界を、義父の世代より前の全ての人たちは生きてきた。そして身を守るためにできることを生活習慣として身に着け、世代を越えて引き継いできたのだ。こうしてみると感染症という脅威のない世界がどれほどありがたいものであったかがわかる。

 

●そして今、新型コロナウィルスの蔓延によって、私たちは再び脅威のあることがデフォルトである世界に引き戻された。確かに恐ろしいけれど、これは私たちの先祖が何万年も生きてきた世界でもある。義父を見習って、今必要とされる生活習慣を身につけ、あとは淡々と生きていきたいなと感じている。

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