2022年

9月

03日

民主国家でのセニサイド〜コロナをめぐる考察

●9月の声を聞いて、私の住んでいる大阪ではコロナの新規感染者数がようやくピークを越え、減少傾向が出始めている。死者数はまだ減っていないが、身の回りの人が感染したということをこの一週間あまり聞かなくなり、随分と気が楽になってきている。楽しい予定なども考え始めることができていて、ようやく精神的に少しだけ余裕が生まれてきているようだ。

 

●逆に言えば8月はしんどかった。本当に深くて長い波で、死者数も増え、周りに感染者が次々に出るなど、結構ストレスのかかる1ヶ月だった。子どもの働いている塾や母がお世話になっているデイサービスでも集団感染が起きたし、私の支援している学校でも生徒やスタッフが次々と感染した。いつ家族の誰かが発症するだろうかと戦々恐々と過ごしていた。

 

●こうした中で、一番怖い思いをしたのが二週間ほど前のことである。母がお腹いたを訴え、下痢をした。若い人だと心配するほどではないが、母の場合、下痢をして電解質異常(低ナトリウム症)が起きると、途端にゲップが出て食欲をなくし、それによって塩分やカリウムがさらに足らなくなるという悪循環に陥る。昨年はこれで危うく入院する寸前まで悪化した。

 

●これを防ぐためには早めに点滴をする必要がある。しかし驚いたのだが、かかりつけの医者で、いつものように点滴をお願いすると「下痢の症状があるなら診れません」と断られた。コロナが流行している現状で、発熱がなくてもその恐れがあると判断されたらしい。結果的は大事に至らなかったが、その時は焦ったし、後になって腹立たしさが生まれてきた。

 

●今のコロナによる死者は、肺炎などが主因ではなく、コロナをきっかけに持病が悪化し、老人の全身状態が悪くなることによるものが多いと聞いている。しかし私の母のような「診療拒否」が続けば、コロナでもないのに全身状態が悪くなる老人が増えてしまうことになる。これは診療所のせいというより政策によるところが大きく、国に対して怒りが湧くのだ。

 

●致死率が高い株の場合は、医療者をも守るためこうした「診療拒否」もある程度仕方がないと思える。しかし、この株で母のような感じの患者を医療から締め出す必要性は本当にあるのかと疑問を感じる。むしろ死者数を減らすには症状が軽いうちに医者が診察し、診断して、適切な対処を早くする方がずっといいのではないか?なぜ私たちはそれができないのだろう?

 

●私は医療制度に詳しくないが、それ以外にも他の人を大切にできない理由があるのか?官僚制度が硬直化していて柔軟に制度を変えられないのか?それとも他の理由があるのか?最近ファーガソンの「大惨事の人類史」を読んでいて「セニサイド」(「老齢と病気に煩わされ、家族の重荷になり、同胞の役に立たない親を殺す子どもの権利」)という考え方を教えられた。

 

●ファーガソンは老人ホームでのコロナの死亡者数の多さを、民主国家でのセニサイドと位置付けている。そして私たちが今とっている、軽い症状のある老人を、コロナの危険を理由に医療から遠ざける政策は、まさにこの「セニサイド」に当たるように私には思える。私には今私たちがそうしているという事実に面と向かうことが大切なのかなと感じる。

2022年

8月

13日

時間について

●最近時間についての本を読んでいる。もともとカルロ・ロベッリという物理学者の「時間は存在しない」という本に出会ったのが最初である。とても面白かったのでそこで紹介されていた神経科学と物理学で解き明かす「脳と時間」という本に進んだ。本の中にもあるが、内容は時間についての概念のコペルニクス的転回を含むものなので、私はまだ消化しきれていない。

 

●ただ私が生きていく上でもとても重要なポイントが含まれている感じがするので、もしかすると理解に過ちがあるかもしれないが、私が受け取ったことをまとめてみたいと思う。まずカルロ・ロベッリによると、現代物理学では、物理的に実在し全ての人・全ての場所で一様に流れるものとしての時間は明確に否定されているらしい。

 

●相対性理論によると遠い星々に住む人とは”今”を共有できない。”今”は”ここ”(距離の近い所)にしかない。速度や高さの違いは時間の流れを変えてしまう。それだけでなく量子論によると物理法則の記述に時間という変数は必要とされなくなったと言われる。時間の変化によってこの世界を記述し捉える世界観はニュートン以来広まった間主観的なものなのだ。

 

●また私たちは時間が流れる意識を持つが、実際には時間を感じ取る感覚器官はないことが脳神経科学の発達によってわかってきている。人間は進化の過程で生き残るために、過去の出来事を記憶し、そこから推測して未来を予測する能力を発展させてきた。この脳の機能によって、私たちは過去から未来へと川の流れのように「時間」を意識するようになった。

 

●人類は他の種よりも協働する能力が高く、それが生き残りに大きく寄与したと言われているが、私たちの脳が作り出した時間意識が協働を促したことは容易に想像できる。交通網、物流、分業体制のどれ一つ取っても「時間」という意識なしには存在できない。現代文明はまさに時間によって成立し、それが人類の生き残りに大きく寄与している。

 

●また私の理解では、学習や科学の進展も時間意識をベースにした因果関係の認識がない限り起きない。過去の地震のメカニズムを分析し、今後起きるであろう東南海地震を予測し、備えることができるのは、私たちに時間意識があるからだ。人間関係の持ち方、社会の作り方も含め、私たちはこの学習能力によって生き残る可能性を高めることができている。

 

●しかし私にはこの時間意識は弊害を生み出す時があるように思える。まず偶然起こることに(例えば自然現象)、無理やり何かの原因を求めてしまう認知バイアスが生じてしまう。これは全ての社会的な問題をユダヤ人のせいにしたナチスのような魔女狩りや陰謀論を生み出す。このことは例えばコロナのような自然災害に対応する能力を弱め、大惨事につながる。

 

●またこうした時間意識が強すぎると目標達成志向を生み出し、そこに役立たないと意味がないという考えに陥りやすくなるように思う。さらにチャップリンのモダンタイムスにあるように人が時間に縛られ、生が矮小化し自分らしく生きることができないという感覚が生まれてきやすくなる。これでは何のために生きるのかを見失い、絶望を生み出す可能性がある。

 

●また私たちは残念ながら完璧には未来をコントロールできない。だから過去を捉え、未来を予測することで生き残ろうとする時間意識が強いほど、恒常的な不安に陥ることは避けられない。さらに人の顔色や空気を読みすぎてしんどくなってしまうこともある。これは時間意識を生み出す脳の機能がオーバーヒートして疲れ切ってしまう現象と捉えることができるだろう。

 

●私は思うのだが、この脳が生み出す時間意識に支配されないことが重要だと思う。確かに生き残ることは大事だが、それはこの生を今この時に充実して生きることが大事だからだ。もし今この時の生が矮小化し意味がなくなれば、生き残ること自体の意味が薄れてしまうだろう。この時間意識だけに目が向いていると、そのことを忘れてしまかねない。

 

●因果関係を学び、目標達成を目指すことは大事だが、只今ここに生きていることには、それよりも価値があることを忘れてはいけないように思う。時間意識から生まれる不安や絶望、さらにはバイアスなどに陥りそうになった時、”今ここ”に帰り、いのちの流れに触れることは、それらの弊害を乗り越え、より良い生を送るのに不可欠だと感じる。

 

●改めて思うのだが、時間というものは私たちの生にそのまま直結する概念だ。しかし太陽ではなく地球が回っていることを理解するのに努力が必要なように、時間は一様に流れるものではないことを正しく捉えるには世界の見方の大転換が必要になる。これからもちょっとずつ人間と世界、時間を正しく捉えられるように努力をしていきたい。

 

 

 

  

 

 

 

2022年

7月

29日

今もし家族の誰かがコロナに感染したら・・今備えられることは何だろう?

●今、全国的に新型コロナへの感染拡大が続いている。私の住む大阪でもまさに爆発的と言える感じで患者数が増えていて、府のホームページによると現在の陽性者は約20万人、つまり40人に一人が今まさに感染している状況にある。これは検査で確定した人だけだから、実際にはもっと多い数の人が感染中だろうし、濃厚接触者も含めるとすごい数になるだろう。

 

●私の周りでも母の通うデイケア施設で、利用者さんに陽性者が複数出て、今サービスを受けることができなくなっている。子どもの働いている塾でも、毎日のように直接教えている生徒に陽性者が出ている。私の支援している学校でも、会議に行くと生徒が高熱を出したと緊急対応に追われている状況である。私が接することの多いスタッフにも感染が広まっている。

 

●もらいものの梨を近所に届けようとすると、コロナで外に出られないと言われる。このように本当に身近な人々に感染が及んでいるので、私たち家族もいつまでかからないでいられるかわからない。だからこのブログを利用して、もう一度、家族の誰かに発熱などの症状が出た時にどうするかをおさらいし、今何か備えられることはあるか考えてみたいと思う。

 

●まず症状が出たら、コロナかどうかを判定する必要がある。ただ大阪では感染流行期はいつものことだが、保健所は手一杯だし、発熱外来も一杯一杯であると言われている。だからこの辺りの薬局で「体外診断用医薬品」の検査キット(濃厚接触期間を短縮できる)を手に入れることができるかどうかを調査しておくといいかもしれない。

 

●第二に陽性が確定しても、今大阪では調整中(入院・自宅療養など)が7万5千人近くいて、タイムリーに医療を受けたり、入院、ホテル療養ができる可能性は低いだろう。だから私や子どもが感染した際は、基本自分で療養しなければならないだろう。一方特に母、つまり後期高齢者で基礎疾患を持つ人が感染した場合、何かできることはあるだろうか。

 

●調べてみると大阪市には「高齢陽性者専用ダイヤル」が設置されている。(https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000490878.html)つまりこうした人は、医療へのアクセスがある程度しやすいということだ。しかし陽性であることが確定していないといけない。これはかかりつけ医でできると言われているが、もう一度確認しておくことが大事だろう。かかりつけ医がダメな時はどうするかも聞いておくといい。

 

●次に母にうつさないためにできることはあるだろうか。BA5という今度の株は、潜伏期間は2.4日、また発症2日前から感染する力があると言われている。これは陽性者と接触して翌日くらいからは人にうつすということだ。大阪府の吉村知事が高齢者の行動制限を打ち出したが、確かに母を完全に隔離すれば感染することはない。

 

●しかし認知症の観点からすると一人で食事や生活をするのはマイナス面が大きすぎる。ただ陽性者と直接接触する機会の多い子どもが、私たち他の家族と濃厚接触しないようにすることは可能だ。あとは彼に症状が出た時に、最もリスクの高い母への感染を防ぐという一点にねらいを絞って、彼をどのように隔離するかのイメージはしておけるかもしれない。

 

●山中伸弥教授によると高齢者でもコロナによる死亡率はかなり下がっている(年代別死亡率https://www.covid19-yamanaka.com/cont1/42.html)。もちろんコロナへの感染は、健康寿命を損なう可能性は高いが、過度に心配して恐れで体調を崩しても逆効果だ。覚悟を決めて今ここに従い、淡々と今できる備えをしていくことが一番大事だと思っている。

 

2022年

7月

13日

ひたすら一本道を歩む

●先日、友人が勤める病院の管理者研修に行ってきた。そのプログラムの一つに、診療所からスタートし今の病院(スタッフ500人程度)を作り上げた前の理事長先生のお話を聴く時間があった。朴訥としたお人柄で、理念を正面から語るわけではないけれど、聴き終わってみると心に残り、こうした人生に倣って生きていきたいなと思える。

 

●先生は学生紛争最中に日本最高学府の医学部を卒業された。しかしその頃の医療現場で起こっていた薬害や医療事故などに心を止める。そして医療の負の部分を権威で隠さず、真実を明らかにするために医療被害の支援団体などに加わった。そのために統計学を使ってエビデンスをしっかりと集め、権威に対し科学的に反論し、余計な薬を使わない医療を志す。

 

●その後、地域から中央へという当時の毛沢東思想に習い、診療所から病院へという意識を持って、仲間と「思想を共有できる病院を作る」という志を立てる。そして先ずは一人前になるということで修行を積み、それから地域に診療所をスタートされた。地域の人々に必要なことを提供するために、先ずは365日・24時間診療することから始められた。

 

●また病理解剖なども積極的に手がけ、エビデンスに沿った安心・安全の医療を目指される。また特定の専門だけに特化せず、「何でもやってやろう」という意識で地域医療に取り組む。一方難しい病気は一流の専門医に協力を求め、うまく自分の病院に引き込んでいく。そこには大学病院に負けない良質の医療を提供するという強いこだわりがある。

 

●ただ地域のニーズは変化する。老人ホームに重症の人がいて、病院と福祉の境目がなくなってくると今度は地域医療センターを立ち上げる。これは地域包括支援センターという考えを先取りする取り組みであった。また先生の目はすでにこれから団塊世代が高齢化していき、同時に格差社会の中で低所得者が増える中での地域医療のありようにまで向けられている。

 

●私はお話を聞いて、先生が何かと闘って来られた戦士に見えた。そしてそのモチベーションはどこから来るのか尋ねたが、先生にはそういった強い意識はなく「ただひたすら一本道を歩んできた」と言われた。つまり真に患者のために真実を明らかにし、地域で良質の医療を提供するという想いに向けて、ただひたすら歩まれてきて、今に至っているのだ。

 

●私は先生とは従事する分野は違うが、先生のようにただ大切な想い(私の場合は今ここを大切にすることだが)に向けて「ひたすら一本道を歩む」ことをしたいと思った。あまり闘いといったことや仕事の意味など大仰なことを考えすぎず、今ここで起きることをありのままに見つめ(これは真実を明らかにすることに近い)てシンプルにいきていきたい。

 

●しかし同時に、今ここを大切にする具体的な方法については、従来のラボラトリートレーニングの枠組みややり方だけにこだわらず、時代の変化に合わせて人々に必要な形で、働きかけを続けたいと感じている。今ここは生きる上で大切なもので、無くなることはないが、時代によってニーズの現れ方は変わっているように思うからである。

 

2022年

6月

28日

人災を生み出す可能性のある不安

●今「不安」ということについて学び想いを巡らせている。コロナの問題で明らかになったように、危険が目の前に迫り不安が高まると、私たちにさまざまな影響を与える。特に個人では避けることも対処することもできない危険にさらされると、私たちは自分にできることはないと感じ不安とともにショックや怒り、無気力や諦めが生じる。

 

●こうしたことが多くの人に起こるので、不安は社会的に負のダイナミズムを生み出す。例えば危険を見ないようにし過小評価しコロナ対策を取らない、アジア人へのヘイトクライムに見られるようにスケープゴートを作って魔女狩りをする、反ワクチン運動に見られるような陰謀論が流行する、過激で狂信的な反応や政治思想が生まれるなどである。

 

●ウクライナの戦争もコロナと無関係ではない。民衆の不安が高まることは危険だ。多くの国で政権が交代したように無策な政治に対する怒りや抗議活動が高まるからである。こうして為政者は国民の不安の矛先を別のところへ向けようとする。他の対立にすり替えるのだ。こうして不安が生み出すダイナミズムによって人間的・人間関係的な災害(人災)が起きてしまう。

 

●コロナは嫌だがその危険は受け止めるしかない。しかしコロナが生み出す不安を原因とする人災は私たちにより大きな危険をもたらしているように見える。そして残念ながら、私たちの身の回りには多種多様な危険が存在している。気候変動、地震・噴火、次の感染症、科学技術の発達によるリスク・・、今の社会では人災を生み出す可能性のある不安のタネは尽きない。

 

●こうした中私たち一人ひとりにできることは限られている。しかし何もできないということはないように思う。私たちが危険に直面し不安にさらされた時、一人一人がどのように反応・行動するのかによって、社会的なダイナミズムは変わってくる。人間的・人間関係的な災害を引き起こす方向で行動するのか、それが起きないように行動するのか、それは大きな違いだ。

 

●こうして私は「不安」についての本を買って学んでいる。そして、その中の岸見一郎さんの「不安の哲学」という本を読んでいて、ハッとする文章に出会った。著者は本の中で哲学者である三木清の「愛と嫉妬」についての文章を引用しているのだが、それが奥深いところで不安がもたらす社会的ダイナミズムと関係しているように思えたからである。それは次の言葉だ。

 

●「嫉妬は性質的なものの上に働くのではなく、量的なものの上に働くのである。特殊的なもの、個性的なものは嫉妬の対象とはならぬ。嫉妬は他を個性として認めること、自分を個性として理解することを知らない。一般的なものに関してひとは嫉妬するのである。これに反して愛の対象となるのは一般的なものではなくて、個性的なものである。」

 

●この言葉について岸見は次のような言葉を添えている。「愛は自分も他者も個性として理解しているので量的なものとは関係がありません。「他ならぬこの人」を愛するのですが、嫉妬する人は自分の地位を脅かすかもしれない「誰か」を恐れます。ライバルが現れた時も、その人の個性ではなく、美とか若さとか言った一般性に嫉妬するのです。」

 

●この文章を読んで私は最近嫉妬という感情を体験していないなと思った。それは年をとったことが一因だとも言えるが、ラボラトリー体験学習を学んだ影響も大きいように思える。ラボラトリー体験学習では、”今ここ”で起きていることを大切に見つめること、その体験から学ぶことで自分らしく成長していく。まさに自分を個性として認めることが学びの目的なのだ。

 

●そしてこのことは他を個性として認めることにもつながる。ラボラトリーをしていると、最初はグループの一人に過ぎなかった人が、徐々にその人の色を持った掛け替えのないその人として認識されてくる。その人の属性にかかわりなく、その人が持つ欠点さえも、その人を構成する大切な個性として大切に思えてくる。

 

●こうした体験を積み重ねる中で私は、人を一般的に捉えることが少なくなったのだと思う。それによって嫉妬という感情から逃れることができているのだ。そしてこのことは人災につながるような不安による負のダイナミズムに巻き込まれることへの耐性も与えてくれていると思う。まず”今ここ”に起きていることから目を逸らさない訓練を与えられた。

 

●これは陰謀論や狂信的な思想から私を守ってくれている。また自分も人も個性としてみることで、ヘイトクライムや国家主義などの人災を生み出すダイナミズムからも守られている。こうして考えるとラボラトリーは私たちがさまざまな危険の中で生き残っていくためのすごく大切なことを教えてくれている一面があるように思う。

 

 

 

 

 

2022年

6月

16日

体験と学びの勉強会(7月)のご案内

体験と学びの勉強会は、体験からの学び(リフレクション)に関心を持つ人同士が、定期的に集い、体験からの学びを支援しあう場です。
よろしければご参加ください。

<開催要項(2022年度)>
開催日  初回2022年7月3日(日)
     その後、2ヶ月に一度開催予定
時間   いずれも13時半〜16時から16時半くらい
方法   zoomを使用したオンライン
     注:zoomを過去に使ったことのない方はこちらをご覧ください。
参加費  無料
主催   体験と学びの会
進行   博野英二、松井香子

2022年7月3日(日)勉強会の申し込みは以下からお願いします。
https://www.maholo-ba.jp/体験と学びの勉強会/

<日常の体験から学び自分らしく生きる>
日々の生活の中でうまくいかない体験、困った体験、本当にこれで良かったのかと思う体験、気になる体験が起きることはありませんか?こんな時、自分や人を責め、落ち込む方向に行くとしんどくなってしまいます。自分も人も大切にすることができません。こうした時、頭や気持ちを整理し、気づき学びを得て、次はこうしてみようと見通しがつけられると豊かですね。このために必要なのが体験からの学びです。
 体験からの学びでは、まず体験を見つめ、“今ここ”で起きている気持ちや想い、身体の感じなどを確かめます。そしてそれがどのように起きたのかを考えることで、頭や気持ちを整理し、気づき学びを得て自分自身をよりよく知っていきます。その上でこれからどうしていくのかの仮説を立て、より自分にフィットした行動へとつなげていきます。

<学びの相互支援の場〜体験と学びの勉強会>
こうした体験からの学びは、基本的には自分で取り組むものですが、一人ではうまくいかないことがあります。“今ここ”で起きていることに気づけない、考えるのに疲れ諦めてしまう、自分や他者を責める方向に行ってしまうこともあります。
こうした時他の人に支援してもらえると、例えばこんなことが起きてたよと教えてもらい、一緒に考えてもらい、背中を押してもらえると、体験からの学びが取り組みやすくなります。こうした想いから体験と学びの会では、体験からの学びに関心を持つ人同士が、相互に支援しあうこの勉強会を定期的に開催しています。

<勉強会の内容と特長>
この勉強会は次のように進めます。
 (1)互いに知り合う
 体験からの学びでは、支援しあう関係性をベースとした相互学習が重要です。そのためにこの勉強会では丁寧に互いに知り合うことを大切にします。
(2)体験からの学びの基礎知識の共有
体験からの学びのベースとなる「体験学習のサイクル」や「プロセスとコンテント」など基礎概念を毎回共有します。初めての方も安心してご参加いただけます。 
(3)体験と学びの知識・スキルの共有
体験からの学びを支援しあうために必要な考え方やスキル・知識について、各回テーマを決めて共有して行きます。継続学習をされる方にも役立つでしょう。 
(4)体験のふりかえりと相互支援
毎回自分の体験をふりかえり、互いに聴き合う実習を行います。自分の頭や気持ちを整理し、気づき学びを得るとともに、支援者としてのスキルも養っていきます。
 
この勉強家では安心して学びを進めるために、個人情報や話されたことは勉強会の外に出さないことを互いに約束して進めていきます。

体験と学びの会
博野英二

2022年

5月

27日

合理的配慮と体験からの学び

●最近合理的配慮という言葉をよく聞く。ホームページなどを見ると、合理的配慮とは「障害者が社会の中で出会う、困りごと・障壁を取り除くための調整や変更のこと」らしい。2006年に国連で採択された、障害者権利条約で盛り込まれたこの考えは、障害者差別解消法においても取り入れられるようになり、広まったとされている。

 

●私が支援している高校も丁寧に生徒や保護者から聞き取りをして合理的配慮を行なっている。こうした取り組みは本当に大切だと思う。例えば書くことに困難がある学習障害を持つディクレシアの生徒は、タブレットなどを使って授業を受けることができると大変助けになる。この制度の趣旨に書かれている通り共生社会に向けて必要不可欠な考えと言えるだろう。

 

●だから今、合理的配慮を求められる学校や組織は、メンバーにそれを学ばせる必要がある。私も学校が用意してくれた研修を視聴したが、配慮の必要な特性・課題は多岐にわたり、知らなければならないことがたくさんあった。講師を務める専門家は受講者である教師・スタッフに強い口調で「やってはいけない関わり」「こうしないといけないこと」などを教えていた。

 

●それを聞いて私には一つ懸念が生まれてきた。こうした学びはもちろん重要だが、これを聞いた先生やスタッフはこの知識をどう捉えるだろうか。真面目な人ほど、障害を持つ生徒への対応を間違えて傷つけてしまうことを恐れるように思う。だからその生徒の課題・特性と必要な配慮をまず理解し、過つことなく対応したいと願うのではないだろうか。

 

●つまり専門家から学んだ知識を「正解」と受け止め、配慮すべき事項は守らなければならない規則か法律のように捉えるということだ。例えば起立性障害と診断された生徒がいて、朝起きにくいことに配慮すると合理的配慮で決まったら、朝から楽しい行事がある場合でもその子を誘うことはない。こうして不用意に誘うことで相手を傷つけることがなくなる。

 

●そして真摯に取り組む組織ほど、こうした配慮がきちんとできているかどうかのチェックも行われるだろう。例えばディクレシアの生徒に「ほんの少しだから手書きしといたら」と声をかける先生がいたら、それは「誤った対応」として組織的課題とし、改善しようとする。こうして合理的配慮のレベルは上がり、先生も生徒も守られる。

 

●しかし私にはこうした知識を正解として受け止め対応していくことに、大きな落とし穴があるように感じる。それは生徒からも先生からも体験から学び自分らしく成長する機会を奪う可能性がある。例えば先ほどの例で起立性障害と診断された生徒をふっと誘いたくなったとしよう。そしてその生徒はその行事に興味が湧き、どうしても行ってみたいと想うかもしれない。

 

●その「今ここ」の想いが沸く時、例えばどのようにしたら朝起きていけるだろうかと自分の生活や心に向かい合う瞬間が生まれてくる。結果はどうあれそこに自分らしい成長の機会が立ち現れてくる。今ここでこの生徒をふっと誘ってみたいという想いが、正解とされる知識によって抑圧され、自己規制がかかる時、成長の機会は奪われてしまう。

 

●一見、先生も生徒も守り、大切にするように見える知識・配慮のルールだが、それが「正解」と捉えられる時、こうした知識は人間同士の関わりを阻害し、結果として体験からの学びを妨げる壁になるように思える。その時、私たちはその生徒そのものではなく、その子が今持っている特性や障害だけを見て関わってしまっている。

 

●しかし専門家の知識が必要ないということではない。私たちが一人の人間としてこうした生徒と関わる時、いろんなことが起きて、どうしたらいいだろうと迷い、悩むことがあるだろう。そうした時、起きた出来事をふりかえり、自分の関わりを吟味し、次回はこう関わってみようと見通しを立てる必要が出てくる。この時に専門家の知識はとても役立つ。

 

●初めから専門知識を金科玉条のようにして壁を作って関わっていると、その生徒に本当に寄り添った配慮は難しいと想う。そこには関係が生じない。まず私たちが一人の人間として関わり、そこで起こることを丁寧に見つめながら、その人を大切にするために必要な配慮を体験から見出していく。この種の知識とはそのための参考として使うものだと思う。

 

2022年

5月

20日

岩堀喜之助さんと父

●数十年使われていない母の家の3Fを息子が使うというので、山積みになっていた昔の本を整理する必要に迫られた。父は台湾出身なので、書籍の中には中国語で書かれたものも多い。なので他の家族は誰も興味を持たない。しかし全部捨てるには忍びないので仕方なく一旦私の部屋に運び込み、時間をかけて吟味して捨てるもの、おいておくものを選別することにした。

 

●そして先日、それらの本の中にマガジンハウスの創業者、岩堀喜之助を偲ぶ文集を見つけた。岩堀さんは敗戦後、凡人社を創業し、「平凡」という戦後の日本を代表する雑誌を生み出した。同社はその後マガジンハウスと社名を変え、今でも多くの雑誌を発行している。父は岩堀さんとは戦時中に知り合い、戦後も「兄貴」と慕って親しく付き合いをしていた。

 

●その関係で父もその文集に寄稿していたのだが、その本には中曽根康弘や東急の五島昇など政財界の有名な方々が多く稿を寄せ、岩堀さんの支援と助言に感謝する言葉が多く載っていた。自分の事業を成功させただけでなく、日本を支える仕事をしている多くの人を助けたのだ。鬼才として評され、辣腕を振るったことがわかる。

 

●しかし私には優しいおじさんだった。まだ幼かった頃、父に連れられて東京に行き岩堀さんを訪ねると、秘書の方がおもちゃ屋さんに連れて行ってくれて好きなものを買ってもらえる。こうした記憶もすっかり忘れていたが、この一冊の本をきっかけに、父が亡くなって以降埋もれていた経験が掘り起こされ、さらに新たにされていく感じを受けている。

 

●父と岩堀さんは中国山東省の済南で出会った。父は日本の領土の一部であった台湾で生まれ育ったが、所を得ず出奔して大陸に渡った。そして当時済南にあった山東新民報の浦上社長に見出され、記者として八面六臂の活躍をする(本人曰く)。岩堀さんの娘さんは、作家の新井恵美子さんだが、彼女の本によると岩堀さんは昭和14年、29歳で済南に赴任する。

 

●岩堀さんは苦学して大学を卒業し、やはり新聞記者をしていたが、会社が買収され失業してしまう。そんな折、北支派遣軍の宣撫班として採用され中国に渡ったのだ。当時山東省は、実質的に日本軍の占領統治下にあり、山東新民報という新聞社自体が、軍と付かず離れずの民間の立場から、住民の人心を安定させる役割を持っていた。

 

●父と岩堀さんは一緒に仕事をする機会が多かった。父がこの本に寄稿した中に、宣撫活動として一緒にバルーンを飛ばす中で、それが爆発し岩堀さんが九死に一生を得る場面が描かれている。新井さんの本によると、岩堀さんは当時の国策の中ではあっても、庶民レベルでの友好が結ばれる事を夢に見、どちらの国が偉いなどということはないと言っておられたらしい。

 

●そんな岩堀さんには自慢のエピソードがある。「ある時スパイ容疑の若い中国人女性が逮捕されてきた。なかなか自白をしない彼女に業を煮やした上部は彼女に拷問を加えようとした。その時、父はその女性を任せてほしいと頼んだ。彼女を隔離した上で、鏡と化粧品を差し入れた。女性らしさを取り戻した彼女は簡単に自白を始めた。」

 

●女性が女性らしさを取り戻して、人間と人間の話し合いができれば簡単なことだと岩堀さんは言ったらしい。私も若い頃、父から断片的にこの時代のエピソードを聞いていたが、その当時はどうしても「中国への侵略を手助けした」という文脈から離れて聞くことができなかった。しかし今こうした話に触れると、私の中で別のものが生まれてくるようだ。

 

●父が私に自慢してよく語った話の中には済南時代のものあるし、敗戦後のエピソードもある。父は戦後、紆余曲折があって大阪の台湾系の華僑の人たちをお手伝いをする仕事に就いた。敗戦後台湾は中国になり、華僑の多くも戦勝国中国の国民となった。そのため経済統制のもとで、米の入ったチャーハンを販売するなど当時の日本の法律を守らない人も多かった。

 

●こうした中で経済警察も巻き込み、華僑の人々と日本人が争って東京では流血事件が起こった。これが渋谷事件である。( https://ja.wikipedia.org/wiki/渋谷事件 )大阪でも同様の対立が起きた。しかし父は商売する際に、「チャーハンと書かない」(実際にはコメは入っているのだが)ことを華僑の人々に約束させ、経済警察の顔を立て、対立を収めてしまった。

 

●今から思えば、父が自慢するエピソードは、済南時代のものでも、日本人と中国人の間の対立・葛藤を父が収めるというものが多かった。父は時代の大きなうねりの中に巻き込まれつつ、どの時代においても、中国人や日本人というレッテルではなく、どちらの国民が偉いということでもなく、一人の人として、どちらも大切にしようと生き抜いた。

 

●岩堀さんもまた、戦後事業に成功し偉くなっても、全く人との関わり方は変わらなかったらしい。ただ一人の人としてどんな人とも接する人だったと書かれている。父はこうした岩堀さんを尊敬し、兄事し、影響を受けたに違いない。実際、本に出て来る岩堀さんの考え方や価値観で、これは父も大切にしていたなと思ったものが多くあった。

 

●岩堀さんが今の我が家に残してくれたものがある。岩堀さんは麻雀が好きで、よく徹夜でしていたらしい。父もその影響だろう、生涯にわたって麻雀をし続け、子供の頃に私にも教え込んだ。今でも週末には家族4人でよく遊んでいる。昔の本の整理から、父から聞いたエピソードを思い出し、それを新たなものとして経験できたことが私にはとても豊かに思えている。

2022年

5月

13日

危険(リスク)社会3〜不安による社会の不安定化

●先月ウルリヒ・ベックの「危険社会」(1986) を紹介した。その時は本の概要をまとめ、「若者の生きづらさ」と関連した論点も取り上げた。しかしまだ私の中で消化された感じがない。そこで自分の中を探ってみると私はこの本の中に、これから生きる上でとても重要な示唆が含まれていると感じているようで、それがこの本が持つ歴史観にあることに気がついた。

 

●ベックは産業革命以降の数世紀を産業社会と位置付けている。歴史を振り返ると産業社会が成立する過程で、農地の囲い込みなどで労働者が生まれ、富の分配が極端に不公平になり、社会的な混乱と対立が起きた。また市場のコントロールなどが十分でないことから、大恐慌などの経済的混乱も生まれ、それが混乱と対立に拍車をかけた。

 

●私たちには、それが一定の値を超えると社会が一気に不安定化する「耐えられる閾値」のようなものがあるように思う。産業社会においてそれは貧困の度合いである。生きることが難しいほどの貧困に陥る人が増えると、混乱と対立は激化する。実際、産業社会においては古くは機械の打毀し、20世紀初めには共産主義やナチズムの運動が起きた。

 

●この社会の流動化は民族間や国家間の対立とも相まって、多くの破局的な出来事を生み出した。2つの世界大戦、アウシュビッツ、広島と長崎での原爆投下などである。そして第二次世界大戦の後、こうした破局を繰り返さないようする施策がとられてきた。多くの国で市場をうまく活用しながら野放しにせず、混乱が起きないように政府が管理する方法が採用された。

 

●そして年金や医療保険、失業保険、生活保護などのセーフティネットが整えられた。民族間や国家間の対立を調整する国際機関も設立され、ヨーロッパではEUという国民国家を超えた枠組みも試みられてきた。私たちは数百年の時間をかけて産業社会のもたらす弊害が「耐えられる閾値」を超えないように管理するすべを覚えてきたのだ。

 

●しかしベックによると20世紀の後半以降、この産業社会が危険社会に移り変わっている。前に書いたように産業社会を進展させてきた科学技術は同時に危険も生み出してきた。当初はそれは社会を進展させるための副作用として矮小化して捉えられていた。しかし最近になってその危険が実は人類にとって破局的な影響をもたらす可能性が認識されてきたのである。

 

●もう一度この危険(リスク)の特徴をおさらいすると、まず放射線のように目に見えず、私たち自身ではどの程度危険なのかを判断できないという特徴を持つ。どこからが危険なのかの線引きも科学に頼らざるを得ない。このように知識によって危険が認識されるということは、教育を受け知識を多く得られる立場の人は多くの危険を認識し回避できるということになる。

 

●このように産業社会の貧富の差の問題はなくならない。実際、お金のない人は危険を承知で危ない場所に住む必要が出てくる。危険社会では富ではなく危険の分配が問題となるのだ。ただし深刻な大気汚染や地球温暖化による気候災害、さらには原子力による災害などは貧富や階級の差なしに私たちを襲う。それは国境も民族も越えて世界中の人を等しく危険に巻き込む。

 

●また知識によって危険が認識される、生み出されるということは、マイクロプラスチックの問題のように、新たな知識が生まれるに従い大きな危険が突如として現れることにつながる。また学べば学ぶほど理解できる危険は増える。南海トラフから首都直下地震、津波、気候変動の危険から放射能の危険、交通事故の危険、つまづいて転ぶ危険・・。そこには限りがない。

 

●私には今、また私たちの「耐えられる閾値」を越えつつものが生まれているように見える。それは「不安」である。産業社会においては、極度の貧困が社会に混乱と対立をもたらしその変容を促した。今この危険社会において、極度の不安がそれらを引き起こしている。そして潜在的に社会の底流にあったものがコロナ禍の中であらわになってきているように感じるのだ。

 

●コロナの中でマスクやワクチンをめぐる混乱や対立が先鋭化し、それが激しかったアメリカでは100万人もの死者を数えるに至った。コロナ対策の失敗で多くの権力が攻撃を受け、政権交代や権力による民衆の弾圧が起こった。ウクライナ戦争もコロナによるロシア国民の不安の増大、人との接触への不安による指導者の孤立と関係していると考えられている。

 

●少子化もまた先の見えない不安から生じているようにも思える。4月に取り上げた若者の生きづらさにある人間関係上の問題も、居場所を失う不安から生まれている。そして危険の性質上、多くの場合私たちの個人レベルでは何とも対処できない。時には組織、国家レベルでもコントロールができない。そこから無力感が生じ、不安に飲み込まれてしまう感じが起きる。

 

●私たちは何世紀もかかって、産業社会における貧困と富の配分の問題を、「耐えられる閾値」内に収めることに成功した。ただこの危険社会における不安による社会の流動化はまだ始まったばかりである。そう考えると恐らくこれからこうした不安による混乱や対立はますます先鋭化していくと予想せざるを得ないかもしれない。

 

●ただこうして世界を見る時、私たちが取り組む必要のある課題も明確になる。その課題とは危険社会がもたらす不安を「耐えられる閾値」内に収めることだ。こうした方向性で考える時、ベーシックインカムなどの経済的な政策や集団安全保障の意味も再評価されるだろう。自然災害に世界的規模で対処しリスクを分散する枠組みなども新たに求められるように思う。

 

●つまり不安に飲み込まれず、正面から見つめ意識化し、それが「耐えられる閾値」を越えないように必要な時に対策をとるということが、個人レベル、組織レベル、国家レベル、国際間のレベルで必要となるのだ。これが実現するには今後数世紀かかるかもしれない。破局もあるのだろう。しかし今からそれぞれが各自の持ち場で取り組むしかないと感じる。

 

2022年

5月

07日

災害とともに高齢期を生きる

●今週、人と防災未来センターという団体が主催する講座をオンラインで受講した。テーマは「テーマ 首都直下地震とわが国の防災・危機管理体制のあり方」ということだったが、南海トラフをはじめとする災害を広く取り扱う講座であった。いのちということに関連して、最近空いた時間を使って防災について学んでいるのだが、これもその一環である。

 

●これを学んで私は自分が変容したなと感じた。それは南海・東南海などの地震は100年の1度は起きてきたこと、そして次も起きることはほぼ確実であること、そして可能性の高いのは2035年の前後で、今後30年以内に「70%から80%」の確率で発生するという予測があるという知見を、我が事として受け取れた感じがしたからである。

 

●ここ数年還暦を迎える中で私は、老いの準備を考えざるを得なかった。しかし今まで考え、準備してきた中には、こうした災害と共に生きる私は想定していなかった。でもこうして学んでみると、私が死ぬまでにこの災害を迎える確率は無視できないほど大きい。つまり私らしく最後まで生き抜くためには、この災害に備えておく必要があるのだ。

 

●国は東北大震災の知見からM9クラスの地震も想定して被害の想定をしている。それによると最悪の場合、死者は32万人を超え、経済被害も220兆円にのぼる。紀伊半島や四国の太平洋沿岸では数分で津波が押し寄せ、私が住んでいる大阪でも、火災による被害に加え、上町台地という高台を除いて大きな津波、浸水被害が出ると予想されている。

 

●古文書にも江戸時代に南海トラフ地震が起きた際、家屋の倒壊を恐れた民衆が小舟に乗り込んだのだが、しばらくして河川を伝って津波が押し寄せ甚大な被害が出たと記録されている。次の地震が大きいバージョンであるか、昭和の時の地震のように小さなバージョンであるかはわからないが、何回かに一度はこうした大きな被害がでる地震になることは確実である。

 

●私は阪神大震災を経験している。その時もすごい被害だと思ったが、神戸の周りは被害を免れたので、それでも支援物資を運んだり、避難したりということが可能であった。被害総額も10兆円規模だった。しかしもし大きいバージョンの地震が来ると、関西から東海、四国、九州に至るまで多くのエリアが被災する。つまり助ける側に回れる人や地域が少なくなる。

 

●しかも日本という国は、すでに大きな財政赤字を抱え、パンデミック対応、戦争に伴うインフレ、供給力不足などにさらされていて、はっきり言って余力がない。多くの人が被災するだろうが、それを助け地域を復興するための資金を出す余裕は実際にはないだろうと思われる。つまりこの災害では自助、共助が以前に増して必要になる。

 

●2035年前後にこの地震を迎え、運よく生き残ったとしたら、私の70~80代はこの地震の傷跡と共に生きることになる。身の回りには支援が必要な人が溢れ、被災者支援が急を用する中で、高齢者を手厚く支援する体制は築けないだろう。こうした災害とともに高齢期を生きるためには、よくよく備えをしておく必要があると感じる。よく考えてみたい。

 

2022年

4月

30日

受託者責任

●今「受託者責任」という言葉が気になっている。これは金融の世界で資産運用や投資について使われている言葉で、例えばお金を託された銀行(受託者)は委託者の利益を第一に考える責任を負うという意味である。ただ私がこの言葉と初めて出会ったのは若い頃の愛読書だった「ガンジー自伝」である。この言葉が彼の行動を律するキーワードとして使われていたのだ。

 

●そして還暦を過ぎ残りの人生について思い巡らせるなかで、再び私の中でこの言葉が大きくなっている。というのも最近私には本当にいろいろなもの(健康、家族、お金やもの、友人・知人、能力・資質、経験、時間・・・)が与えられているが、それらは私の持ち物というよりは「預かりもの」つまり「受託」しているものではないかと思うようになったからである。

 

●例えばこの身体は決して私の持ち物ではない。私はこの身体のことを全部理解しているわけでもないし、身体も私にすべて従うわけでもない。私はこの身体を預かり、それをできるだけ健康に保つこと、また身体に生まれてくる感じを丁寧に受け取って言葉にし体験から学ぶこと、つまり自分らしく生き、いのちがよりよく現れ出るように管理することができるだけだ。

 

●ところでこうして与えられたものを「預かりもの」と思うか「私のもの」と思うかで、何が違ってくるだろうか。自分のものは無駄にしても誰からも咎められない。どう扱おうがその人の勝手である。しかし預かりものはそうではない。それを善良に管理し、預けた主体の利益のために責任を負わねばならない。預かりものは私が自由にすることができない。

 

●一見「私のもの」と考えた方が、選択肢が多く自由なように見える。しかし例えば与えられた身体を勝手に扱うと、すぐに健康を害し、自分らしく生きることは難しくなる。真に自分のためになる選択肢は決して多くない。それはお金やもの、能力・資質、人間関係でも同じではないだろうか。自分勝手に扱うと、自分も他者も大切にできない結果を生んでしまう。

 

●一方、その与えられたものを、私と他者のいのちがよりよく現れるために、私が預かったものと捉えたらどうだろうか。ここでは自由は制約される。とりうる道は限られてくる。しかしそれゆえにより私らしく、よりシンプルに自分と他者を大切に生きることが可能になるように思える。それが老いつつある今の私を惹きつけているようだ。

 

2022年

4月

23日

後世への最大遺物

●私の友人の一人に在宅のお医者さんがいる。ラボラトリーをずっと一緒に行ってきた仲間なのだが、私は彼を通じて在宅医療の持つ意味を理解できたように思う。彼の病院の医療スタッフは、患者や家族が病や死に向きあい、最後まで自分らしく生きることを助ける。彼らがしているのは、いのちが最後の最後まで、この世界にそのまま立ち現れるのを助けることなのだ。

 

●もちろんどんな医療スタッフでもこうした、いのちの尊厳に関わる支援ができるわけではない。だから私はこんなお医者さんが近くにいてくれればいいのにと羨ましく思ったし、こんな医療スタッフがいる病院ってすごいなと感じていた。私はこの病院に深い興味を抱いていたのだ。ところが、たまたまこの友人からスタッフ研修を助けてほしいと頼まれた。

 

●そして彼と打ち合わせをする中で、彼の病院の創設者である医師の方の話になった。その人は80歳を過ぎた今もほとんど家に帰らず、救急患者を受け入れる日々だという。口数も多くなく、理念的な話をするわけでもないらしいが、誰もがその方を尊敬している。そしてその人は内村鑑三の「後世への最大遺物」という本に大きな影響を受けたそうだ。

 

●ということは、この本がこの病院を根っこのところで動かしている想いの一部を表現しているのかもしれない。この本は題名のごとく、後世の人々のために私たちが遺すべき最大のものは何かという問いに応えた講演記録である。これを読むと、内村が言う答えと同じかどうかは別にして、それでは私は「何を遺したいか」と言うの問いを突きつけられる。

 

●恐らくその方はこの問いを常に自分の中において、その人生を歩んでこられたのだろうと思う。そして一心不乱に患者に尽くしてこられた。このありようや生き様こそが、周りに、言葉ではない「遺物」として影響を与えているのだと感じる。そしてこの問いは還暦を迎えた私にとっても重要な問いである。私もこの問いを大切に胸にしまって過ごしていきたいと思う。

 

 

 

 

 

2022年

4月

16日

リフレクションの力

●先日、リフレクションというのはすごい力があるなと改めて実感する体験をした。個人的なことになるが少し書いてみたい。私は軽い認知症を患う高齢の母と同居しているのだが、その母が先週土曜日にお稽古事(囲碁を習っている)に出かけ、その帰りに外食をしてきた。コロナが危ないからと私たちは電話やラインで止めたのだが、言うことを聞く聞いてくれない。

 

●帰ってから話を聞いてみると、マスクなしで友達とお話ししながら食べたらしい。そこで他の家族と相談して、家庭内感染を避けるため、5日間だけ食事を母とは離れてとり、話す時はマスクをするようにした。しかし母はそれが非常に不満らしく、私が来たらマスクをするのか(避けるのか)、なぜ一緒にご飯をたべれないのか、私をのけ者にするなと私たちに迫る。

 

●母の口調は私には攻撃的で、脅したりすかしたりして感情的に私を揺さぶり動かそうとするもののように感じられた。しかし母の思いを叶えることは、自分を含め家族全体、さらには周りの人が危険にさらされることになる。さらには母にマスクは必要だよ、と言ってもお稽古では誰もしていない、となかなか聞いてくれない。行動変容は、認知症のために非常に難しい。

 

●顔を合わせるたびに責められる感じがして、嫌になり、私は母から逃げ出したくなった。母の感情的な言い方に引っかかってこちらもきつい言い方をしてしまうと、それも後悔のタネになる。ただやはり強い感情は起こってくる。また普通の理屈、それでは外食しなければいいじゃん、が通用しない。さらにマスクもせずに近寄ってくるので、実際に怖い。

 

●それでその夜は、説明し反論したくなるのを我慢し(ああ言えばこう言うという不毛な話になるので)、ほとんど口を聞かず、顔を合わせないで済むように早く寝室に逃げ込んだ。ただ当たり前だがこのように逃げているだけでは、感染リスクを減らすことはできない。家族の誰も守ることができなくなる。それでどうしたらいいのかわからなくなってしまった。

 

●そこで翌朝フレッシュな中で私は、リフレクションに取り組むことにした。そしてこうした母との感情的なやり取りは、私の子供の頃から繰り返し起きていて、私の人間関係に大きな影響を与えたのだと気づいた。私は小さい時からこれが嫌だったんだなと思う。そしてこうして感情を揺さぶり人を動かすことから逃れようと早く家を出たのだ。

 

●このようにいつもは「逃げること」で対処してきたが、今回はそれではうまくいかない。母にも他の人にもリスクが大きくなりすぎる。どうすればいいか考えるために私はまず今ここで大切にしたいことを確かめた。それは母と最後まで、できれば楽しく感染せずに一緒に家で過ごしたい。でも不毛な感情的なやり取りで動かされることは避けたいというものだった。

 

●その上で今できることを考えた。それは私が大切にしたいこと、特に「楽しく、感染せずに一緒に家で過ごしたい」という気持ちを母に言葉で伝えること、そして出来るだけ感染リスクを減らすように協力を求めることだった。そしてできるだけ母に伝わるように、マスクの必要性や無症状の人からも感染するという事実を理解できるニュースを探し動画で見てもらった。

 

●結果は思いがけないもので、すんなりとマスクの必要性を受け入れ、外食はしないでおくと言ってくれた。また食事を離れて取ることも受け入れてくれた。私自身も母を嫌がり避ける気持ちはなくなり、一緒の時間を大切に過ごせるようになった。リフレクションしていなければこうした平和な気持ちになることはなかったと思う。すごいなと感じている。

 

2022年

4月

09日

危険(リスク)社会2

●私が関わるYMCA学院高校で、筑波大学の土井隆義先生の「若者の生きづらさはどこにある」という講演会があった。私もオンラインで視聴したが、私にとって印象的だったのは、高度成長期にチャンスと捉えられた「変化」が、今の若い人にとってリスクと捉えられているという指摘である。すでに豊かさを享受している人には変化はマイナスになる確率が高い。

 

●また人間関係の面でもそれが言える。以前は組織や学校、地域で人間関係が固定化されていた。嫌な部分はあったせよ、そこでは居場所は確保されていた。しかし90年代半ば以降、人間関係は流動化し、今は自ら居場所を確保する必要に迫られた。そこで出てきたのが、いつでも仲の良い気の合う同じ仲間と居場所を形成する<いつメン>である。

 

●この<いつメン>の中にいると他のメンバーと価値観が似ているだけに、以前の固定的な人間関係より充実度が感じられる。一方そこから排除されてしまうと居場所を失うので、同調圧力が強まる。SNSでのいじめなどを分析すると、メンバーの視線はいじめられている人には向いていない。同じくいじめをしている他のメンバーに「どう見られるか」に注がれている。

 

●つまりグループ内部で承認を得ることが、居場所を確保するための必要条件となる。従って、例えば困りごと相談など、相手に負担をかける関わりはできなくなる。本当に感じたことや思ったことを伝えるなど<素を出す>ことができなくなる。自分がその中で一度獲得したキャラなどを変えることも難しくなる。ここでも変化はリスクとなるのだ。

 

●また同じメンバー、それも価値感の似た仲間だけと関わるため、新たな視点からのフィードバックを得ることが難しい。例えば何かにつまづいて自分はダメだと感じた時、別の視点から出来事をリフレーミングしてくれることがない。また率直に感じたことを伝えてくれないため、体験から学び成長することもできない。結果としてつまづいたままになってしまう。

 

●こうして若者は居場所を失うリスクを恐れるあまり、自己成長の機会や自分らしく生きることが失われるリスクにさらされる。これが「生きづらさ」の要因であると土井先生は指摘されていた。とてもわかりやすく、私にも納得できるなと感じたのだが、私は同時にこれは若い人だけの問題だろうかとも思った。むしろ私たちにも当てはまる部分がないだろうか。

 

●前回触れたように今科学的な知識が増え、その分リスクを認知することができるようになった。今私たちは人間関係のリスクの他にも戦争(核のリスク)、感染症、マイクロプラスチック、自然災害、金融危機、失業、病気・怪我などのリスク、フェイクニュースや陰謀論に巻き込まれるリスクなど数えきれない危険にさらされている。

 

●私たちはこのような多種多様なリスクがもたらす不安に耐えきれない。また全てのリスクを評価し、適切に対応する知識も時間もない。だから諦め、見ないようにして真に危険なリスクをも無視してしまう。また自分を信頼できなくなり、他者に付和雷同する。全部を引き受けてくれる強いリーダーに身を委ねてしまう。リスクを誰かのせいにして、責め攻撃したくなる。

 

●私たちは若者同様リスクを恐れるあまり、自分と他者を大切にし、自分らしく生きるという最も大切なことを失いつつある。リスクを認識するのは大切だが、それは自分らしくよりよくいのちを生きるためであるはずだ。ここを見忘れると、リスクがもたらす不安に支配され、知らない間に、より大切なものを失うリスクにさらされるように思う。

 

2022年

4月

02日

危険(リスク)社会

●今、ウルリヒ・ベックの「危険社会(1986) という本を読んでいる。昔の本なのに本当に今の世の中をよく表しているなと感じている。著者は貧困が一般的な産業社会では、富の分配が重要で、例えばマルクスのいうように労働者階級と資本家階級がそれを巡って争いをすることが社会の大きな特徴になっていたとする。

 

●しかし今ドイツなどの先進国では福祉的な施策が充実し、以前見られた極度の貧困や労働者階級の搾取などが少なくなった。これに伴い富の分配という産業社会の問題は重要性を失い、その代わりに現れたのが、危険(リスク)をめぐる問題であるとする。それはまず経済や社会に豊かさをもたらしてくれる科学技術が一方で、危険を作り出してしまう問題である。

 

●原子力発電は低コストで安定的に電気を供給してくれ、社会に大きな恩恵もたらすが、福島第一原発事故に見られるように、大きな危険も作り出す。ところでこうした科学が作り出す危険、例えば放射線の被曝や化学物質の汚染は、従来認識されていた昔ながらの危険と異なり、目に見えず、私たち自身ではどの程度危険なのかを判断できないという特徴を持つ。

 

●それゆえどこまで安全でどこからが危険なのかの線引きも科学に頼らざるを得ない。つまり科学を中心とする知識によって危険が定義され認識される。しかしどれだけ危険なのかなどの因果関係を科学的に証明することは極めて難しい。タバコによる健康被害や地球温暖化の問題が科学的にそれが「危険」として認められるのに長い時間がかかったのはそのためである。

 

●そしてそれが一旦危険と認識されると、それは政治・経済・社会に大きな影響を与える問題となる。だから社会としてそれを危険と認めるのかどうかが大きな問題となる。これが危険社会の特徴の一つである。また知識によって危険が認識されるということは、科学的素養があり知識を多く得られる人は多くの危険を認識できるということになる。

 

●こうした人々はある程度リスクを避ける行動や生活習慣を選ぶことができる。つまり安全な場所に住み、安全な食べ物を食べ、リスクを避ける生活習慣を築くことができる。しかしそれにはお金がかかることが多い。お金のない人は、危険を承知で危ない場所に住む必要が出てくる。ここに危険がどのように分配されてるかという危険社会に特有の問題が出てくる。

 

●またこの本にも書かれているが危険社会では私たち自身では判断できない危険が日々生み出され、学べば学ぶほど理解できる危険性が増える。放射能の危険、交通事故の危険、つまづいて転ぶ危険、マイクロプラスチックの危険・・・。そこには限りがない。だから決して安心することができない。むしろ多くの危険と向き合いながらどう健康でいられるかが課題となる。

 

●コロナ禍において「安心・安全」は社会的なキーワードになっている。これこそ危険社会において最も求められるものだ。しかしそれはどのように得ることができるだろうか。今社会においてその模索が続けられているように思う。例えば科学そのものを否定し、地球温暖化やコロナ自体をフェイクニュースと信じることで危険を見えなくすることもその一つと感じる。

 

●しかしダチョウのように(本当はそうではないらしいが)砂に頭を突っ込んで危険を見ないようにすることで、真の安心は得られない。またゼロコロナ政策のように政府や組織に頼り、命令に従うことで安心・安全を求めても、命令がなければ危険を避けられない人間になってしまう。今は個々人がまず自分なりの安心・安全を求める模索をする時期なのかもしれない。

 

 

 

 

 

2022年

3月

25日

備えることの意味

●今改めて「備える」ことの重要性を感じている。東日本大震災の際、津波が東北地方沿岸部に甚大な被害を及ぼした。しかし岩手県釜石市内の児童・生徒の多くが無事であった。この事実は『釜石の奇跡』と呼ばれているが、実際にはこれは奇跡ではなく、その地域で地震と津波にどう対処するかについての防災教育が「備え」られていたことの結果と言われている。

 

●コロナで亡くなった人数を人口比で見ると、近畿では和歌山県が圧倒的に少ない。調べてみると和歌山では業務の逼迫が言われている保健師の数が、全国平均の1.5倍もいる。その昔全国的に保健所の統廃合が行われたが、和歌山では東南海地震という災害に「備える」ためにそれをしなかったようだ。結果的に今患者に対して手厚い対応が可能になっている。

 

●災害の歴史でも備えの重要性を示す事例は枚挙にいとまがない。例えば大型台風が上陸したのにある地域だけが被害が少ない時がある。そしてその地域では昔の人によって防潮堤が「備え」られていて、被害を食い止め人命を救った。そこには本当に来るかどうかは定かではない災害のために、でもそれが命を救うことになることを信じて「備え」をしていた人がいた。

 

●ところでこうした「備え」が必要なのは自然災害に対してだけではないように思う。例えば母が認知症になってから、その関係の本をかなり読んだのだが、誰かが認知症になると隠れていた家族関係の問題が露わになるケースが多いらしい。逆に家族がきちんと向かい合ってあらかじめ問題を解決していると、誰かが認知症になっても家族は平和でいられるようだ。

 

●またウクライナで戦争が始まってから、在日ロシア人に対する誹謗中傷が起きているらしい。政府と個々の人を「ロシア人」と一括りにして非難するのはいかにも乱暴である。そう思うと、ラボラトリーのような場で人と深く関わる体験をすることはこうしたリスクへの「備え」になる。人と深く関わると、ロシア人という属性とは関わりなく、あくまでその人はその人であると捉えることが可能になるからである。

 

●ところでコロナやウクライナでの戦争もそうだが、気候変動、地震や風水害、噴火、さらにはテクノロジーのリスクなど、今私たちを取り巻くリスクはとても大きくなっているように見える。こうしたリスクや災害にどのようにして「備え」ればいいのか。残念ながら、最近起きていることをみても、政府や行政だけで備えることは無理と感じる。住民が主体にならないと「備え」はできない。

 

●特に皆があまり想定していない「起こらないかもしれない災害やリスク」に備えることは難しい。平時にはその備えは無駄に見えるからである。これは「これだけ業績をあげました」と評価が必要な人には無理な仕事だ。目の前を見る限り、保健所の「無駄な」人員を減らすことの方が、必要に見える。また社会を回すことが求められる多くの人には、それを慮るだけの時間がない。

 

●逆にこれは社会を回す必要性から逃れ、無駄を恐れないくてもいい高齢者の役割かもしれない。誰かに評価されてお金を稼ぐ必要がない高齢者だからこそ、無駄になる可能性の高い「備え」のために時間や持てる資源を配分できる。またリスクが顕在化してから何かをするには、高齢者では体力もスキルも瞬発力も不足する。しかしリスクを事前に防ぎ、「備える」ことは十分可能だ。

 

●リスクは無数にあるので、自分のこれまでの人生で培ってきたスキルや知識を使ってできるフィールドも見つけ効果的に「備え」をすることもできる。こうして備えておけば万が一、リスクが顕在化した時、未来の子どもたちのいのちを救うことができる可能性もある。これは老年期において自己有用性を保ついい方法かもしれない。私もこうした人の一人を目指そうかなと考えている。

 

2022年

3月

04日

「ファクトフルネス」と戦争

●「ファクトフルネス」という本が2019年にベストセラーになった。これは私たちの悲観的な見方にもかかわらず、ここ数十年にわたって世界がより良くなってきたことを事実(データ)で明らかにした本である。私たちは昔学んだことをアップデートせず、ある種の思い込みに囚われているためそれが見えない。バイアスに囚われ、事実に基づいた見方ができないのだ。

 

●例えば著者は私たちが次のような先入観を持っていないかを問う。「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人は一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう」。実際の統計では世界の平均年齢は70歳を超え、世界の大部分の人は極度の貧困からかけ離れた生活をしている。

 

●戦争や自然災害による死者数は激減している。子供の数も平均が2人となり女の子も学校に行くようになっている。子供はワクチンを打ち、乳児死亡率は減少している。こうして著者は私たちにデータに基づいた世界の見方を紹介していく。そしてむやみにリスクを過大視し悲観的になることなく、持てる力を着実に世界をよりよくする方向に向けることを説くのだ。

 

●そのために著者は「ファクト」の観点から「現実に心配すべき5つのグローバルなリスク」を示す。

1、感染症の世界的流行 スペイン風の影響で世界の平均寿命は33歳から23歳へ縮まった

2、金融危機 バブル崩壊や大きな金融機関の破綻に伴う経済全体の壊滅のリスク

3、第三次世界大戦 世界をより安全にするには人間の関係が欠かせない

4、地球温暖化 大気のような地球の共有財産の管理には世界的な統治機構が必要

5、極度の貧困 内戦(戦争)は貧困につながり、貧困は暴力を生む

 

●この本はコロナ流行前に書かれたのだが、今まさにこれらのリスクは相互作用しつつ顕在化しているように見える。コロナの流行の中で人と人、国と国の関係が分断され、統治機構(政府など)への不満が高まっている。暴動やそれに対する抑圧が起きている。ウクライナの戦争もその流れが影響していると言えるだろう。世界は混乱し、気候変動に一致して立ち向かうことは難しくなっている。そして極度の貧困に陥る人も増える。

 

●そしていったんこうしたリスクが顕在化すると、この本で書かれた「思い込み」はより強くなる。犯人を探し糾弾する本能、敵味方を単純化して捉え分断する本能、リスクを過大視し危険でないことに恐怖を覚える本能、物事をネガティブに捉え宿命として諦める本能、今すぐなんとかしないとという焦りの本能などである。これらはいずれもリスクをエスカレートする方向に働く。

 

●そしてこうした「思い込み」に拍車をかけているように見えるのが、不安や恐怖である。今日たまたまある本に書いてあった「不安尺度」のテストをして見たが、何不自由なく平和に過ごしている私ですら、以前よりも不安の度合いが高くなっていた。コロナで身体的・経済的に脅かされ、紛争に巻き込まれている人の不安は私の比ではないだろう。

 

●こうした不安や恐怖があると、出来事を冷静に捉えることが難しくなる。例えば相手が本当に敵なのか、こちらに害をなす力があるのかなどを事実に基づいて確かめる余裕がなくなる。早くなんとかしないと、と先制攻撃をしてしまう。不安や恐怖に振り回され、思い込みを訂正するまもなく、破壊的行動を取ってしまう。

 

●ロシアによるウクライナの侵略はもちろん許されることではない。しかし戦争前、ロシアではコロナの広がりとワクチンの失敗の中で、大きな不安と恐怖が渦巻いていた。その際、どの国もロシアを助けようとはしなかった。その中でロシアの指導者たちは繰り返し安全保障についての不安と恐怖を訴えていたように思う。それが彼らを戦争へと駆り立てたのだ。

 

●こうしていったん戦争が始まってしまうと、悲惨で英雄的な物語が語られ、不安や恐怖は怒りへと変容し、より対立と暴力は激化しやすい。そして相手の不安や恐怖に目を向けることはますます難しくなる。しかし不安や恐怖は人類のリスクを増大させる働きをする火に注ぐ油のようなものだ。こんな時こそ、互いの不安を聴き、受け入れ合うことが必要な気がしている。

 

 

 

 

2022年

2月

19日

人間や世界、いのちの見方2

●前回ラボラトリーの体験を積み重ねる中で、私自身の人間観、世界観、生命観が変容してきたことを書いた。そして私の場合こうした変容は先人や同時代の人たちが著してくれた本を咀嚼する中でも起きているように思う。例えば昨年の12月にもこのブログで小林武彦さんの「生物はなぜ死ぬのか」を紹介した。

 

●そこではそれぞれの人の身体が死を準備する、その結果としてさまざまな病気が生まれてくることを知った。そこから病気というものや死をそれほどネガティブに捉えなくてもいいと言う見方が生まれてきた。これは私だけでなく多くの人の救いとなると思う。しかし身の回りを眺めると病や死を何かの過失や罪の結果と捉える見方があふれているように感じられる。

 

●例えば聖書などにもそうした記述があるし、私の父もガンになってなくなる前に「何か悪いことをしたのかなあ」と自問していた。そして当たり前だがこうした病の見方をしていると、実際に病気になった時、それそのものがもたらす辛苦に加え、自分自身を罪人としてみてしまうことの苦しみが生じてしまう。誤ったものの見方が人を苦しめるのだ。

 

●そして最近同じ生物学の「美しい生物学講義」という本で、ハッと思わされる記述に出会った。この本には考えさせられるところが多いが、特に次の文章に私は軽い衝撃を受けた。引用して見る。「単細胞生物である細菌は、一匹が分裂して二匹になる。基本的には、ずっとその繰り返しだ。もちろん環境が悪化すれば細菌だって死ぬことはあるだろう。」

 

●「でも、特にそういうことがなければ、細菌は永遠に分裂し続ける。つまり永遠の命を持っているといってもよい。生物が誕生したのが四十億年前だとすれば、現在生きている細菌は、四十億年ものあいだ細胞分裂し続けてきたのである。たとえ一回でも細胞分裂が途切れたら、それで終わりだ。その後に子孫を伝えることはできない。だから、現在生きている細胞は、みんな四十億歳だ。」

 

●一方で「私たちヒトは多細胞生物である。しかし誰でも最初は単細胞生物だった。人生のスタートは、受精卵というたった一つの細胞だった。それが細胞分裂をして、大人になれば四十億個もの細胞になるのである。細胞分裂をしていくあいだに、細胞は大きく二つの種類に分かれる。それは、子孫に受け継がれる可能性のある細胞とない細胞だ。」

 

●「たとえば、私の手は体細胞からできているが、私が死んだらそれでおしまいだ。私の手は、私の代で使い捨てなのだ。いっぽう生殖細胞は、使い捨てではなく子孫に伝えられる。すべての生殖細胞には、子孫に伝えられる可能性がある。すべての生殖細胞には、永遠のいのちを持つ可能性がある。」

 

●これを読んで私は、私の中に「永遠のいのち」を持つ細胞が今もあるのだと実感を持って感じることができた。それは進化の過程を通じて、先祖代々に渡って受け継がれてきて、私もまた次世代に受け渡したのだ。この身体の一部は「永遠のいのち」を生きてきた。そして私と隣の人は、40億年を遡れば、どこかの時点で同じ先祖(生殖細胞)から分かれたことになる。

 

●さらにこの生殖細胞は、分裂する際に遺伝情報のコピーエラーを少しだけ起こして、環境に適合できる多様な個体を作るようにしてきた。そのおかげで伝染病などが流行っても、かからない遺伝子を持つ人がいたりする。それによって生殖細胞はその人を通じて次世代へ受け渡され、永遠のいのちを生きることができる可能性が高くなる。

 

●このように生殖細胞が永遠のいのちを生きるためには、環境変化に適応できる遺伝的な多様性を確保しないといけない。だから隣人が私と違っていること(人種・価値観などを含めて)は、それが私から見て例え受け容れ難いように感じられたとしても、むしろいのちをつなぎ「永遠のいのち」を生きる可能性を高める祝福すべきこととなる。

 

●またこの身体を持つ私という立場から見ると、隣人は源を同じくする「生殖細胞」を受け継いでいくための同志と言えると思う。また源となった生殖細胞の目(それは今も私の中にあるのだが)からは私も隣人も、40億年のいのちをつなぎ、自分のコピー(一部の変化はあるにしても)を持って生きている存在として同じ「自分」と見るだろう。

 

●こうした見方をする時、戦争などは愚の骨頂と言えるだろう。永遠のいのちを生きる可能性を小さくするだけだからだ。今ウクライナで戦争が起きようとしていると報じられている。コロナという災害に見舞われ、それでなくても脆弱化している私たちのいのちにとって、戦争は大きな打撃となるだろう。みんなでいのちとは何なのか、問い直せればいいなと願っている。

 

 

 

 

2022年

2月

12日

人間や世界、いのちの見方

●仏教に「正覚」という言葉があるが、人間や世界、いのちをどのように見るかは、私たちの日常に大きな影響を及ぼすように思う。そしてこうした人間観、世界観、生命観に影響を与えるものに触れることは畏れと喜びが伴う。今思い返してみると私にとっては、ラボラトリーで深い体験を重ねたこと、本を通じて著者と対話をすることが、こうしたものの見方が変化するきっかけになっているように感じる。

 

●例えば私たちは目の前の一人の人を見て、さまざまな捉え方をする。男の人・女の人、おじさん・おばさんと捉えることもあるし、時には日本人・中国人などの国籍、職業、好きな人・嫌いな人、さらには敵味方、価値観の同じ人・違う人などと捉える。こうした区分けをして人を見る視点は必要だ。これがあるからこの人は発達障害なので、合理的配慮が必要だというように言える。

 

●またこの視点がなければ科学的知識も得られない。ある意味、日常生活を送る上で欠かすことのできない捉え方と言えるだろう。しかし一方こうした見方だけしかできないと、時に貧乏人には用がない、敵だから攻撃すべき、大学の先生だから偉いなど、不必要なもしくは有害な区分けを作り出し、一人の人としてその人を見ることを妨げることがある。

 

●実際私も昔は、良い大学を出て良い職業に就く人とそうでない人といった、今から思えばつまらない区分けをして人を見ていたように思う。そして私は20代の終わり頃に初めてラボラトリートレーニングに触れ、人を区分けしないで捉える見方を学んだ。体験学習では人は“今ここ”で起きる気持ちや感じ、想いを手掛かりに、それがどのように生じたかを考えることで、体験から学ぶことができると考える。

 

●例えば人との関わりの中で嫌な気持ちが起きたとしたら、それがどうして起こったかを考えることで、より良い関わり方を学ぶことができる。また体験学習ではこうした行動レベルの学びよりも深い、自己や他者、世界の見方の変容に繋がることもある。初めてのラボラトリーが終わってから半年ほど、私の中に何か暖かい感じが残っていたのだが、そこから人って信頼できるかもという人間観が育っていった。

 

●またあるラボラトリーで私はメンバーから「博野さん、誠実じゃない」と言われ、強い怒りが起きたことがある。ネガティブな感情なので本当に困ったし、しんどい思いはしたのだが、自分もそのメンバーも大切にするために何ができるかを考えた。それでこの怒りを「ないこと」にせず、なぜ生じたのかを吟味することで、「誠実でありたい私」に気づくことができた。そしてこうした自分を手放すことができた。

 

●こうした学びは私だけのことではなく、体験学習に来られた人に大なり小なり起こることである。つまり敷衍すれば人は皆、今ここで気持ちや想い、感じが与えられ、新たな私になるといってもいいような学びや成長が求められる時がある。しかもこうして新たにされる時は、古い自分を捨てることに伴う苦しみや辛さを伴うことが多い。蛹が蝶になるようなしんどさがそこにはあるのだ。

 

●だから例え目の前の人が嫌いな人でも、価値観が違っても私と同じように今ここで新たになる苦しさやしんどさを抱えた人と言える。この見方では何かの基準で人を区分けするのではなく、同じ苦しみを持つ人への共感が生まれる。だからこうした人間の見方をする時、私は目の前の人がどんな人でも、共にいることが可能になるように感じる。

 

2022年

2月

05日

不安や不満、怒りのエネルギーの矛先

●オミクロン株の蔓延が止まらない。今日のNHKのホームページによると私の住む大阪府では10万人あたり(1週間で)の感染者数が927人になっている。感染爆発のために受診や検査ができない人も多いらしく、実際の陽性者は4倍とも10倍とも言われている。確かに私の知人も子どもの保育園でクラスターが起き、子どもも発熱したのだが、検査が追いつかず、結局陽性と判定されなかった。

(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220119/k10013439621000.html)

 

●仮に10万にあたりの陽性者数をざっくりと4千人と見積もると、5週間で2万人、つまり5人に1人が陽性になる勘定となる。しかも80代以上の死者が増加している現状にあっては、高齢者と同居している私のようなものには、大きなプレッシャーがかかってくる。感染しないことは難しく、そのための方法もないのに、家族に致死的な影響を及ぼすからだ。特に息子が子ども相手の仕事をしているので、そこからの感染の可能性も高い。

 

●このようにコロナに感染する不安はもちろんあるが、そのほかに他者や行政に対して「どうしてもう少し・・・してくれないのか」という不満や怒り、そして諦めの気持ちが起きる自分に気づいている。そして身の回りやニュースを見ていると、実はこうした不安や不満、怒りを持っている人たちはすごく多いのではないかと感じられる。例えば次のような状況にある人々はこうした気持ちが起きることもあると思う。

 

・高齢者、妊婦、精神障害者、ワクチン未接種者、基礎疾患を持つ人などコロナの高いリスクにさらされている人、心臓や脳などの急性疾患の恐れのある人やその家族

・仕事や学び(通勤・通学)で高い感染リスクに晒される人

・コロナの後遺症に悩む人

・感染対策で人と会わないことにより、認知症やうつ症状の悪化した人

・コロナの影響で経済的苦境に陥っている人、極度の貧困に陥る人

・検査キットや医療体制、救急体制が不足し医療サービスを受けられない人

・コロナの中で生じている供給不足・物価上昇に苦しめられている人

・入院患者の家族など愛する人と会えない人

・防疫のために我慢を強いられる人(外出、旅行、飲み会などが制限される)

・強制的な検査や隔離、防疫のための人権の制限に苦しむ人

・前線で人や社会を守る・維持する人々で疲弊している人

 

●ところで今私は「自己組織化理論」を勉強中である。これは例えばレーザー光が起きる仕組みを研究するもので、通常はランダムな方向に動いている光子だが、レーザーの中の鏡の反射という拘束条件の中では、徐々に光子の動きが揃い、最終的にレーザー光に自己組織化される。その際大事なのは光子持つ波長が徐々に同期して、増幅されるプロセスである。

 

●こうした自己組織化は、怒りや不安を持つ人が周りにいる同様の気持ちを持つ人と出会い、同期して気持ちが増幅される過程でもみられる。そしてそこに扇動する人が出てきて、「悪いのは・・だ!」みたいな感じで煽ると、レーザー光のように集められた怒りや不安が、個人や特定の集団、政府などに向けられやすくなる。これは政権の支持率低下のような形で現れることもあるが、時には暴力的な形で生まれることもある。

 

●こうしたプロセスはすでに世界中至る所で、また日本でも起きているように思う。コロナという災害で起こる被害も受け入れ難いが、それに対する私たちの反応が暴力的になるとより悲惨な災害(人災)をもたらす。今自分にはこうした不安や不満、怒りのエネルギーがあることはそのまま認めながら、でも根拠のない扇動に煽られて、暴力に向かうようなことだけはしたくない。そのためには事実を見ること、自分の「今ここ」を手放さないで行動することが大切だと感じる。

2022年

1月

25日

“時”の存在を感じとれる体験

●長年ラボラトリートレーニングに関わっていると、時間を超えるかのように感じられる不思議な出来事に出会うことがある。例えば私は10年以上前に一緒にグループにいた人から突然改まって謝罪されたことがある。もちろん私にとってもその体験は何かほろ苦いものとして残ってはいるが、具体的なことは覚えていないし、ましてその人に謝罪して欲しいなどとは思ったことはない。

 

●しかしその人にとってそのグループでの体験を真に自分のものとして受け入れるためには、その時その場を共にした私に謝ることが必要だったのだと思う。出来事は10年以上前に起こったことでも、その体験は“今ここ”でなお続いていて、その人が新たな自分に出会うことを促す。私はその立会人になるのだ。そしてこうしたことがいつ起きるかは誰にもわからない。

 

●こうした出来事に出会うと、日常流れる直線的な時間の体験とは次元の異なる“時”というものの存在(はたらき)を感じる不思議な感覚が生まれてくる。そしてつい先日にも、こうした“時”の立会人となる体験があった。それはコロナが始まる前のラボラトリーで起こったことだったのだが、あるスタッフの方がグループの中で理不尽とも言える形で怒りの対象にされたと感じる体験があった。

 

●これはその方にとってすぐに消化できるものではなく、自分のシャッターを下ろしてラボラトリーから距離を取り、それをとりあえず横に置いておく必要があるほどの体験だったようだ。しかしその体験から数年が過ぎ、コロナ禍も経て、自分なりの学びも深める中で、徐々にその体験を見つめ整理するタイミングが訪れた。そしてふとしたことから私がその話を聞かせてもらい、立会人となることができた。

 

●そしてこうした“時”の立会人となる体験によって、私自身も新たにならざるを得ない。その方と話しているうちに私は、こうして理不尽とも言える体験が起こるようなラボラトリーを続けていていいのだろうかと逡巡していた私に気付かされた。そしてそれと同時に、こうした体験が起こることは望んでいないけれど、人はこうした体験を通じて“時”の存在を感じとれるのだとも気づいた。

 

●これで思い出すのが、私の師匠の体験学習への臨み方で、例えばこちらの提示に対して参加者が反発を覚えても、それも一つの体験として学びの材料にするやり方をされていたことだ。私はそれが苦手で、できるだけ参加者が反発を覚えないで必要な体験ができるように、手順などを工夫することをしていた。それを変えるつもりはないが、でもラボラトリーでは思いもかけず理不尽な体験も生じてくる。

 

●今回の“時”の立会人となる体験によって私は、こうした理不尽な体験が起こることへの恐怖心を少し減らせたように感じている。今私も転換期にあり、ラボラトリーにおいても誰かに呼ばれてスタッフとして参加する立ち位置から、責任を持ってラボラトリーを開く立場に変わってきている。この中でラボラトリーは開かれて良いものだと感じさせてくれる体験だったように思う。

 

2022年

1月

15日

方向性のリフレクションと今年のねらい

●だいぶ前に『7つの習慣』という本を読んで以来、年末から年初の数日をかけて自分の来し方をゆっくりと振り返り、これからの方向性と今年のねらいを言葉にすることを習慣にしている。今年は1月5日に大事な研修があったので、年末年始はそれにかかりきりになってしまい、今週ようやくこの作業に取り組むことができた。

 

●もちろんねらいなどは毎年大幅に変わるわけではない。年によっては文言を少しいじるくらいでいいと感じることもある。しかしおそらくコロナの影響などで私自身の生活や仕事、考えにも大きな変化があったためだろう、今年は全面的に改訂をしたくなった。還暦も迎えるし、自分や周りの変化も大きいように感じていたので、それに合わせて変えていく必要があるように思えたのだ。

 

●ただ何かあった時に立ち帰ることのできる方向性やねらいにするためには、自分の一番奥深いところを見つめて、そこにピッタリくるように腑に落ちる言葉を見出す必要がある。それはとても難しい作業だ。実際作業が終了した今も、まだ完全にこれでいいとは思えてはいない。それでもこうしてリフレクションしたことで、ああ、自分はこれからこうしたことを大切に過ごしたいのだなということが見えてきた。

 

●具体的には私は今年の方向性・ねらいを「“今ここ”だけを生きる実験をすること」という言葉にした。それは“今ここ”で与えられるものを大事にすること、それが生み出すものを受け入れてみること、それが自分や他者を大切にできるものであるかを検証することである。そしてこうした言葉は私を導き、支えてくれる時があるように思うし、今週早速私は、この言葉に支えられた体験があった。

 

●それは認知症を患う母との関わりである。認知症はアルツハイマー病によってだけでなく電解質異常(低ナトリウム症、低カリウム症)によっても悪くなる。だから電解質異常を引き起こす市販の胃腸薬の服用は専門医から厳しく止められてる。また夏に症状が悪化した時は、下剤を飲みすぎて下痢をし、低ナトリウム症になったのが原因であったので、下剤も彼女には危険な薬である。

 

●しかし母は長年、食事後少し食べすぎただけで胃腸薬を常用し、下剤もほぼ毎日のように飲んでいたので、身も心もこうした薬に頼る癖がついている。それで医者の指導通り家族が管理しようと薬を取り上げると、怒って反発し、それではご飯は食べないなどと脅迫してくる。そして一人の時に薬局に行って、市販の薬を買って飲んでしまう。認知症なので何回も薬を飲み下痢をしてしまう。

 

●もちろん薬が認知症に悪いことは繰り返し説明するが、そこは病気ですぐ忘れてしまう。30分かけて何とか説得しても、10分後には一から同じ会話が始まる。こうした中で私は自分の無力感を感じ、自分ではもう面倒を見るのは無理だから他の人に代わってほしいという気持ちや、もういいや、なるようになれという投げやりな気持ちがないまぜになった。

 

●こうした気持ちをリフレクションしてみると次のようなところから生まれていることがわかった。つまり母にとって毒になるわかっている薬を、強制することなしには止めることができない。説得できない。その時はわかっても病のために忘れて一からになってしまう。しかしあまり強く強制すると関係も悪くなるし、24時間監視することもできないので実質的にはできない。でもみすみす身体を壊すのを見てはいられない。

 

●こうして起こっていることを分析してみると、実際この薬についての母への対処には解決策がないように思える。袋小路で行き場がないので、無力感が生じていたのだ。しかし私はここまできて今年の「“今ここ”だけを生きる実験をすること」というねらいを思い出して思った。こうした時こそ頭で考えず、刻一刻“今ここ”だけを大切に関わればいいのだと。

 

●こうして私は今朝も、最近日課にしている「朝の光を浴びてセロトニンを出す」ための散歩を母としてきた。そして近くの公園の楠にいつものように挨拶し、手を温めてくれる日光に感謝し、春に咲くために準備をしている梅や桜のつぼみに感嘆しながら母との時間を、限りない慈しみをもって過ごすことができた。それで十分ではないだろうか。母との関わりに「解決」はいらないように思う。

 

2022年

1月

07日

「発達の論理」を超えた体験からの学び

●私はラボラトリートレーニングという体験学習のための研修会に長く関わり、そのベースとなる思想や考え方を自分なりに学んできた。そして私がとても興味を持って学んできたのが、京都大学教育学研究科臨床教育学講座の先生方の著作である。西平直さんの影響でエリクソンを読み込んだし、齋藤直子さんの「内なる光と教育」は、体験からの学びを理解する上で重要な示唆を与えてくれた。

 

●今回取り上げたい「子どもが世界を深める時」『意味が躍動する生とは何か』を書いた矢野智司さんも臨床教育学講座の先生の一人である。ラボラトリートレーニングで学んだ人の多くは、とても大切なものがあると感じるがそれを言語化できないという体験を持つ。そしてこの本は、その大切なものを全てではないにせよ、ある程度表現してくれているように感じる。

 

●それはまず体験の意味に関連するものだ。矢野はいう。「体験は、なにより問題解決の能力を高めるだろうし、人間関係を深め社会性を身につけることに役だつだろうし、自然への認識力を発展させるだろうし、さまざまな身体の技法や技術を訓練することになるだろう。つまり、体験は子どもの能力を発達させるのに重要な手段であり、子どもの成長にとって不可欠なものであるにちがいない」。

 

●こうして体験は教育の手段となるが、しかしその観点からだけ体験を捉えることは、「体験がもっている重要な側面を見落としてしまうことになる」。矢野によると今日、学校教育をささえる論理は、子どもの能力を発達させる「発達の論理」である。この「発達の論理」は、近代の労働をモデルとして作られている。労働とは、目的をたてて、その未来の目的の実現のために、現在の時間を従属させることである。

 

●そのため、労働ではすべてのことが目的ー手段関係へと組織だてられることになる。この労働の世界を特徴づける考え方とは、目的のために役にたつかどうかという有用性の原理である。「発達の論理」は、基本的にこの労働をモデルとしているから、学校教育でもすべての事柄がこの有用性の原理にしたがって評価されることになる。例えば遊びがその典型である。

 

●遊びは遊ぶために遊ぶのであって、遊びを超える目的はない。しかし、教育の世界では、遊びが結果としてもたらす発達的効果をもって遊びの本質にしてしまう。そしてこの有用性の世界では、最終的な目的などは存在しはしない。なぜなら、あらゆる目的は、その目的が実現されたときにはもう目的であることをやめてしまい、つぎの目的(未来)のための手段に転嫁してしまうからだ。

 

●しかし体験はこうした側面ばかりではない。「私たちは没頭して夢中になって遊んでいるとき、優れた芸術作品に接したとき、あるいは自然のもつ美しさに打たれたときなどに、いつのまにか「私」と私を取りかこむ「世界」との境界が消えていくことがある。すぐれた体験は、このような自己と世界とを隔てる境界が、溶解してしまう瞬間を生みだす。」

 

●この自己の溶解という体験は、「私の経験」として知性によってとらえられることを拒否する。深い感動は言葉にならない。驚嘆しているときには音葉を失ってしまう。溶解体験を捉えようとしたときの、表現の困難さは相対的なものではない。溶解体験では主体が溶解するわけだから、既成の言葉によってはいい表すことのできない体験となる。このような言語化の困難なところにこそ、体験の優れた価値がある。

 

●私たちはこうして、深く体験することによって、自分をはるかに超えた生命と出会い、有用性の秩序を作る人間関係とはべつのところで、自分自身を価値あるものと感じることができるようになる。未来のためではなく、この現在に生きていることがどのようなことであるかを、深く感じるようになる。そして、自己の尊厳は、このような体験を母体に生まれるのである。

 

●私はラボラトリーも全く同じことが言えると思う。「何かのために」役立つ学びだけを求める「発達の論理」を超えた体験がそこにはある。深く自己や他者のいのちの流れを受け入れる体験がそこにはある。自己や世界の捉え方そのものが変化する体験、この本のように発達の論理そのものを相対化する体験がそこにはある。そしてこうした体験からの学びこそが、真に自分らしく生きるのに役立つように思う。

 

 

 

 

2021年

12月

21日

「生物はなぜ死ぬのか」

●最近、小林武彦さんという生物学者が書いた「生物はなぜ死ぬのか」という本を読む機会があった。本の帯に「死生観が一変する」とあったが、読み終わってしばらく立ってふりかえると、今の私の場合は、死生観もそうだが、病気の捉え方、そして”今ここ”の捉え方にも影響があったように感じている。

 

●私がこの本から受け取ったのは、まず生物は環境の変化に対応して生きるために、自らも変化を大切にしてきたことだ。つまり遺伝子が時々コピーエラーを起こすものが進化の中で生き残ってきた。そして個体の死を選ぶことで次世代に生を受け継ぐ戦略を採用した生物が生き残ったということも学んだ。

 

●こうした考えは私にとっても特別新しいものだったわけではない。アポトーシス(多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる)の考えは前から知っていた。ただ還暦を迎えようとしている今の私にとっては、身体は死を準備するのだという事実が改めてとても新鮮に感じられている。

 

●というのも、常日頃から私は身体から生まれてくる”今ここ”の気持ちや感じを大切にしたいと生きている。それが自分も人も大切にすることにつながるのではという仮説を立てて過ごしている。そしてまだ反証には巡り合っていない。だからこの仮説は生き続けていて、今のところ私はこうした身体の知恵を信じている。

 

●そしてこの私の身体もまた死を準備する以上、死は頭が思うような怖いもの、避けたいもの、マイナスのものとは限らないなと感じている。逆に言えば私は頭だけで死をネガティブに捉えているのではないかと疑うようになっている。そしてもっと身体から生まれる感じに目を向けたいと思っている。

 

●さらにこの本の考えを敷衍すると、私という個体は人間という種にとって細胞のようなもので、その死は大きないのちを生かすために意味のあるものと言える。つまり身体は「私」を細胞に当たる個体としての私だけでなく、種そのもの、またはいのちそのものと捉えているのかもしれない。

 

●また変な言い方かもしれないが、私という個体がどんなに悪人でも、罪びとでも、能力がなくても、役に立たなくても、最後は死によって他のいのちを生かすことになる。意識がそれだけ利己的であっても、身体は利他的に行為すると言えるのではないだろうか。もちろんこれは頭の話ではあるが。

 

●またこの本はさまざまな病気、がんや心疾患なども必ずしもネガティブなものではないのではと感じさせてくれる。それらは身体の死の準備、つまり老化から起きるからである。これらの病は、老いを迎えた生物にとって極めて自然なものであり、どこかを治しても他の形で現れ、生物としての最初の設計通りに個体を死に導くものと言える。

 

●もちろんこれからも私は、死を恐れ続けるだろうし、病気になればそれを治そうとするだろう。しかしこの本が教えてくれることは、体の不調を過度に気にやみ、この身体を維持することだけに固執することはないのではと感じさせてくれる。身体の声を大事に与えられた時間の中で、いのちを最大限使いたいなと思いはじめている。

 

 

 

 

2021年

11月

26日

「学習された繊細さ」

●「3月のライオン」と言うアニメをご存知だろうか。主人公・桐山零は17歳のプロの将棋の棋士。幼い頃、事故で家族を失った零は心に深い孤独を抱え、将棋だけを生きるよすがとして日々を過ごしている。そんな中で出会った3姉妹(あかり・ひなた・モモ)と接するうちに、主人公の心は少しずつ変化し、愛と生きる力を見出していく。

 

●ここでは力強い将棋の世界と同時に、桐山零や周りの人々の心の動きが非常に細かく描写されている。この世界に将棋というコンテンツを通じる以外にどこにも居場所が感じられない零の絶望、相手に対し嫌な気持ちを抱く自分への嫌悪、学校でいじめを受ける中での追い込まれ感や反発心、生きる力などが驚くほど繊細に表現されている。

 

●私はラボラトリートレーンングに関わる中で繊細さを持ち生きることは大変なことだと常々感じてきた。それは生きづらさを生み出す時がある。例えば感受性が強いほど、他者の小さな悪意や様々な気持ちに気づいてしまう。そして繊細なほど傷つき、また逆に自分を責めるようなことも起きかねない。もちろんその分愛も強く感じるから人生が豊かになる側面もある。

 

●私は最初このアニメを読んで、自分にはこうした繊細さはないし、作者が特別に繊細に生まれついた人なんだろうなと思っていた。しかし最近、他の作品においてもこうした心理描写が見受けられるようになり、若い人と話していても、多くの人にこうした繊細さを感じるようになった。これはもはや一部の人のものではない。

 

●こうした現象は、人と人との関わり方に大きな影響を与えているように思う。例えば私のようにあまり繊細でない者も、相手が繊細さを持つ場合、そこに配慮して関わる必要が生まれてくる。つまり私の関わりが相手に嫌な思いを与え、傷つけてしまわまいように、また相手の気持ちにより敏感になるように関わる必要がでてくる。

 

●このことは教育現場で合理的配慮の必要性が言われ、特別支援の大切さが強調される中で助長されてくる。私は本来あまり持ち合わせない繊細さを学び、身につけ、関わることが必要となってくるのだ。いわば「学習された繊細さ」が求められる。しかしこれは自然なものではないので、うまくできなかったり、すごく神経を使って疲れてしまったりする。

 

●そこで出来るだけ関わりを避け、必要な場合でも相手を絶対傷つけない関わりを見出そうとする。例えば相手の人の言動が気になっていても、絶対にその人に直接確かめず、本人が自分から話に入ってくるのを待つ。しかしここでは「今ここ」で感じたことがコミュニケーションされないため、より自分らしい関わりを体験から学ぶこと、関係を深めることが難しくなる。

 

●もちろん本当に繊細な人に対して、またこうした特別な関わりが必要な個性を持つ人に対して配慮することは大切なことだ。しかし私が気になっているのは、こうしたことが「学習された繊細さ」を身につけた人同士で生じてしまい、自分らしく成長することが阻害されてしまっているように見えることである。

 

●私たちは、本来今ここで感じたことや気持ちを分かち合う中で、自分らしく成長する可能性を持っている。しかし過度な配慮を学習してしまった結果、その成長の可能性が阻害されてしまっているのではないか。それが今学校や社会で広がりつつあるのではないか。この「学習された繊細さ」という仮説をより詳細に検証してみたいと感じている。

 

 

 

 

2021年

11月

09日

不安への関わり方

●8月に母が低ナトリウム症になり、認知症状が強くあらわれて以降、私たち家族はエマージェンシーモードで対応に当たってきた。何が起きているかわからない混乱状態の中で専門医の受診、認知症の理解のための勉強、必要な生活習慣の模索などを行った。それから3ヶ月経ってようやく一段落した感じになっている。

 

●8月に専門医を受診した際は明らかな認知症が疑われていた。しかし3ヶ月間、これまで常用していた入眠剤や胃腸薬を断ち(医者の指導で薬の管理を家族が行なった)、低ナトリウム症を治療したことで、認知症状が改善したのである。先週再度受診した際には軽度認知障害という正常と病の中間領域にあると診断された。

 

●この3ヶ月の間に介護認定を受け、認知症の進行を抑えるのに役立つデイサービスの利用を始めた。また朝の光を浴びて散歩をし、必要なタンパク質を取り、寝る前にゆったり呼吸するなどの生活習慣も新たに作った。おかげで身体は元気になり、再び一人で電車に乗って趣味の囲碁に行くこともできるようになった。

 

●こうして母の病をめぐる混乱状態が収まり、新たな生活習慣ができつつある中で、浮かび上がってきたのが「不安」の問題である。今から思えば入眠剤などの常用の習慣が、認知症状を悪化させていた要因の一つだったわけだが、母のお薬手帳を見せてもらうと、2年ほど前から処方が急増している。

 

●もともと母はちょっと食べ過ぎたら胃腸薬、30分寝付けないと入眠剤という風に、軽い身体の不調でも薬を服用してきた。それがいつの間にか、心身に関わる不安を薬に頼ることで解消するという姿勢に結びついていったようだ。認知症状が改善した今も、毎日のように薬が欲しいと私たちに求める。

 

●考えてみれば年齢が高くなり身体の不調は増える。低ナトリウム症や認知症はそもそも不安を引き起こす病だ。これがこのコロナ禍の中で起きているのだから、不安は起きない方が不思議だ。その結果、この2年ほどで入眠剤などを処方してもらう薬の量が増えた。それが認知症状の悪化として表面化したのである。

 

●こうしてこの3ヶ月母は薬に頼れず、不安とじかに向き合わざるおえなくなった。こうした母と共にいると、彼女の「不安」にはいくつもの意味があることがわかってきた。例えば家で犬が走り回って目が回ったという時も「不安」と言うし、家族がいなくて寂しい時も「不安」という言葉を使う。初めてデイサービスに行った興奮も「不安」で表現される。

 

●そしてこれら全てと関わっているように思うのが死への不安である。ちょっとした不調も、重大な死に至る病の前兆なのではと感じられ、大きな不安が襲ってくる。一人になった時に何か不調が起きた時、助けが呼べないと不安になる。眠りにつくまでのわずかな時間に、寝てそのまま死んでしまうのではと不安になる。

 

●こうした概念ではない「なま」な死への不安を目の当たりにすると、当然こちらにも不安がうつる。死の問題は父がなくなった時に、またラボラトリーの体験の中で随分と感じ、考えもしたが、それでもやはり揺さぶられる。そして仕事などの日常生活の場では大事な問題に思えるものが、この生死の場から見ると些細なものに見えてしまう。

 

●母と共にいる時間が与えられたことで、改めてこの誰一人逃れることがでいない死への不安との関わり方が、私たちのありように大きく影響を与えるのだなと思い知らされた。母はこれから認知症などに悪影響を与えない抗不安薬を探すことになると思う。私自身はもう一度「今ここ」の流れを感じ取り委ねるありようを大切にしたいと思う。

 

2021年

10月

23日

11月14日のリフレクション勉強会〜気持ちのリフレクション

●私は毎週土曜の朝に、この一週間をふりかえるリフレクションを行い、それを元に日曜日の朝、次の一週間のねらいと計画を立てるルーティンを持っている。ずいぶんと長く続けているが、助けになることが多い。特にふりかえりを次のねらいにつなげることで、より自分らしく生きることを下支えしてくれているように思う。

 

●今日もいろいろふりかえったのだが、まずは最近の自分の感じに焦点を当ててみた。と言うのもこの一週間、基本的に自分に元気がないなと感じているて、何にでもよしやろうという感じは起きない。腰痛なども続いていて、エネルギーが出ない。時折、これが鬱状態かなと思う感じもあったからである。

 

●母の病気のことが原因なのかなと思っていたが、それだけではないなと気づいた。具体的にはコロナのことをふりかえっている中で、今1年ぶりの水準にまで感染が収まっていて久しぶりに平常が戻りつつある。私の家族も1年8ヶ月ぶりに外食して息子の誕生祝いをすることができた。会議などもあまり気にせず対面で行えている。

 

●そしてこのことがこれも今の私のエネルギーの出ない感じにつながっていることに気づいた。つまりちょっと危機を脱してホッとして、長いエマージェンシーモードを解いて、どっと疲れが出ているのだ。そしてこの災害で同時失ったものに目がいっているのだ。母の認知症状が進むなど失ったものが多いと感じているのだ。

 

●こうして気づいてみると、自分の状態に「これも無理はない」と思える。家族みんなが生き残れるように、しかも周りにできるだけ悪影響を与えないようにとずっと気を張っていたのだ。ちょっと気が緩んで疲れが出るのはごく自然だし、こうして気づいてみると、今の状態はむしろ望ましいものに思える。

 

●このようにリフレクションでは、出来事や事柄をふりかえるだけでなく、自分の今ここにある感じや気持ちに焦点を当て、気づきを得て、より自分らしく生きることにつなげることができる。11月14日のリフレクション勉強会では気持ちのリフレクションと題して、この辺りに取り組んでみたい。興味のある方はこちらをご覧ください。

 

2021年

10月

15日

温故知新〜「自己の現象学~禅の十牛図を手引きとして」上田閑照

最近「十牛図」について書かれた本書を読み返してみた。そのきっかけは母の病である。今母は認知症を患い大きな不安に襲われることがある。そんな母の不安を和らげるために朝の光を浴びようと一緒に散歩していた時、彼女から「歳をとってこんな病気になって、何故生きないといけないのだろう」と問われたのである。

 

十牛図とは例えば https://biz.trans-suite.jp/27101 などで示された図版のことである。上田によれば十牛図と呼ばれるのは、求められている「真の自己」が自己実現の途上において牛の姿で表されているからである。自己が真の自己になる自覚的な過程が、野牛をつかまえてかいならしていく具体的な経験の動的過程によって示される。

 

図の解説は本書にゆずるとして、私が今回特に印象に残ったのは、上田の「自覚」の捉え方である。以下みて見よう。まずそれは自己のうちに沈殿していては捉えられない。それは自己の置かれている場所から自己が照らされることである。例えば「父親としての自覚」は、自分の外に出て家族という場に自分を見出すことから生まれる。

 

●自覚とは、その場における自己の位置の自覚であり、その場においていかにあるべきかの課題性に目覚めることを含む。ここでは自己がその場に真に開かれているかが問われる。自己に閉じられ真に開かれているとは言えない場合、場のうちにはあるが、自己を閉じたまま自己を場に押し込み、自己をその場の中心とする。

 

●自己の置かれている場に中心になった自己の影を落として、その影の範囲を自己の場とするのは「自分のペース」であり、真に他者に出会うことはできず、真の自己であることもできない。場から見れば「自己のペース」は場違いであり、交わりや関わりにひずみと歪みをもたらす。その歪みやひずみは自己がその場に真に開かれるべき課題の自覚を迫っている。

 

●親子の問題もそれだけでは解決できない問題を含む(人間の問題)。自覚の場は家族という場をもう一つ越えて家族をも底から支え包むような、より開かれた場に移行する。それは一人の人間と言う方向、孤独であるほどより深いところから結びつくという孤独に向かう。そして死すべきものと死すべきものが親子として因縁を結ぶ。

 

●このように場の開けは、自己が問題にぶつかることによってより開かれた場へと破られながら、これによって包み返される。これは最終的に自己存在の究極の意味の問題になる。家庭という意味の場から、社会という意味の場へとより開かれた場へ移行し続けると、最後にあらゆる意味連関そのものの意味、最後の意味が問われる。

 

●冒頭取り上げた母の「歳をとってこんな病気になって、何故生きないといけないのだろう」と言う問いは、家族の場、世間の場、組織の場、社会の場などの場からは答えることのできない、これまでの人生で築いてきた生きる意味や自己というものを全て崩してしまう最後の、究極の意味を問う問いのように思える。

 

●そして上田は言う。究極の開けは、意味空間ではあるが、究極なるが故にもはや「なぜ」「なんのため」と問うことのできないところ、「無」意味空間にある。「なぜ」に関して言えば「なぜ無し」であり、意味が尽きた無意味即充実となる。これは西田哲学で言う「絶対無の場所」にあたる。ここでは自分のペースではなく、無のペースで他と交わる。

 

私には哲学の深いところは理解できない。しかし母に問われた時、私はこの「なぜ無し」を思い出した。それでもなお私と母は今ここにいると思った。そして返事をした。「生まれる時なんのためにを考えた?自然に生まれたでしょ。だから自然に死ぬまで、生きるしかないよ。」そして一緒に樹齢100年ほどの楠に挨拶をしたのである。

 

 

 

 

2021年

10月

09日

認知症の母と関わる体験から学ぶ

●母が認知症の診断を受け、入眠剤などの影響かもしれないと言われたことを9月24日のブログに書いた。その後改めて今母に出ている症状をまとめ専門家に診てもらうと、薬の影響ではなく、物忘れや考えるのを嫌がるなどの認知症状が明らかに見られると指摘された。つまり認知症の本来の症状であることが明確になったのである。

 

●これまで私は無意識的に、薬からの離脱によって認知症状も改善するという希望を持っていたようだ。しかし専門医からこうして指摘されて、改めて「認知症」という深刻な病気の告知を受けた感じがあった。そして「そうか、これから認知症の母とずっと付き合っていかないといけないのだ」と覚悟をし直すという体験があった。

 

●こうした時私は、まず知識と情報を得たくなる。それで認知症の本を読み、その原因と症状、経過の見込み、本人が体験する世界、周りの介護者の関わり方などをまとめてみた。しかしその作業が終わって、とてもしんどい思いがした。私や家族に求められるものがあまりに過大であるように感じたのである。

 

●例えば本には「認知症初期は気持ちの安定が何より重要。協力し、一人にしない体制を作る」や「本人の気持ちや行動をそのまま受け止める」とある。確かに不安で寂しい気持ちを持つ患者にとって一人にしないことの重要性はわかる。また相手が驚かない、呆れない、怒らないと分かればありのままでいられることもわかる。

 

●また認知症患者は事実は忘れるが、気持ちなどのプロセスは忘れない。だから「イライラぜす、いつもにこやかに」対応する必要があることもわかる。ただラボラトリートレーニングを長年してきた経験から、例えば「本人の気持ちや行動をそのまま受け止める」、や「イライラぜす、いつもにこやかに」がいかに難しいかは容易に想像できる。

 

●普通の対人関係でもこうした関わりを無理なく行おうとすれば、自分自身や人との関わりについてかなりの学びが必要とされると思う。まして一日中一緒にいる家族間でこれを行うのは至難の技と感じる。必然的に認知症の人の家族は、自分がうまくできていない、と自分を責めてしまうことも起きるだろう。

 

●もっといえば最近母は、例えば私たちが夜少しゆっくりと静かに過ごしたいと思っていても、無理に一緒にいて、話をしてもらいたがる。これが繰り返されると私は、母のことを鬱陶しく思ったり、時に恐怖を感じることもある。相手の気持ちに全く斟酌せず、自分の欲望だけをむき出しに、私たちに犠牲を強いるからである。

 

●もしこうした今ここで起きる気持ちに気づけなければ、私は無意識に母を避け、疎んじることが起きかねない。もしくは無理をして関わり自分自身がしんどくなってしまうことも起こりかねない。ラボラトリートレーニングでは自分の今ここに起きる気持ちや感じを大切にする練習をするが、それで今回は随分と助けられている。

 

●もう一つ助けられているのは、自分も母も大切にできる関わりを模索する力を身につけていることだ。例えば私が嫌な時に母が一緒にいたいと言った時、「今は一人で静かにしたいから、ごめんね」と、怒りやイライラという感情が起きる前に今ここの気持ちを大切に断ることができると思う。

 

●これから私は認知症の母と関わる体験から学ぶ必要がある。そしてまだ仮説段階だが、家族の介護においては「本人の気持ちや行動をそのまま受け止める」と同時に「自分の気持ちや感じを受け止め、イライラや怒りをぶつけることなく、でも素直に自分の想いを伝えること」が必要なのではないかと感じる。

 

2021年

10月

02日

自分を評価しない

●私は大リーグの大谷翔平のファンなのだが、それは彼の立ち居振る舞いに惹かれるものがあるからだ。その大谷がある時記者会見で「自分を評価しないことに決めているんで」と言っているのを聞き、彼の言動の源を一つ理解できたような気がしたし、これは私も学ばないといけないなと感じさせられた。

 

●実際、私が自分を評価してきた視線には良い加減というものがないように感じる。非常に厳しく評価を下しすぎて、自分を責め、行き着くところ、「自分には・・する価値(この仕事をする価値、役割を担う価値、さらには生きる価値)があるのだろうか」と思ってしまう。かと思うと逆に反省すべきところを流してしまう。

 

●こうした自分への評価の厳しさはそのまま、新たな一歩を踏み出す時の判断に影響する。失敗を避けるために未知の領域を避け、新たなことに取り組むことを躊躇する。こうしてふとやってみたいという「今ここ」を大切にできなくなる。結果として自分の枠を破るような新たな出会いや体験ができなくなってしまう。

 

●一方、今私の人生を豊かに形作ってくれているラボラトリーや師匠や妻との出会いは、自分であまり評価・判断を加えずに流れに任せる中で生まれてきたように思う。何かのきっかけがあり、あまり評価・判断しすぎずにまず動いてみて、そこで感じる「今ここ」を大切にする中で自分のものとなっていったのだ。

 

●私ももうすぐ還暦を迎え、これまでやってきた仕事は体力的、精神的にできなくなる日も近いなと感じる。ただまだ5年ほどは働ける仕事もあると思う。その際あまり評価しすぎず、自分の判断に固執せず、やってみて、今ここで感じつつ今の私に必要な仕事に出会えるといいなと思っている。

 

2021年

9月

24日

 情けは人の為ならず〜コロナ禍のストレスを抑える生活習慣

●最近母に軽度の認知症状があるということを前に書いたかと思う。そして専門病院での診断の結果、認知症は軽度に発症しているが、むしろ今まで服用していた薬の影響が大きいのではないかということになった。母が飲んでいた胃薬のガスターや入眠剤であるマイスリーなどは、確かに認知症状を起こすことが知られているようだ。

 

●そして専門医の指導の下、こうした薬をやめることにした。しかしやめてすぐ、母が不安を訴えることが増え、テレビの音がうるさいとか、食事をする前からお腹がいっぱいなど不調を訴えることが増えた。調べてみるとこうした薬から離脱する際には副作用が起きることがわかった。禁断症状も出る。

 

●例えば母に出ているのは(1)精神症状 不安、落ち着きのなさ(ゆったりできない)、記憶・集中力障害、抑うつ気分、イライラ感

(2)身体症状 腸の働き↓(便秘=お腹が張る、食欲低下・体重減少)、心悸亢進、発汗、頭痛、めまい

(3)知覚障害 知覚過敏(光・音) などである。

 

●こうした原因としては、入眠剤が不安時のノルアドレナリンなどの神経系の活動を抑制する形で働いていたため、薬がなくなると自律神経系の活動が多くなりすぎるからである。そして8ヶ月以上服用していると、依存が生じ薬の離脱からくる症状が出やすいらしい。そして特に老人の場合、そこから脱却するのに時間がかかるようだ。

 

●さらに調べてみると、ノルアドレナリンの過剰を抑制してくれるものとしてセロトニンという神経伝達物質があり、これは生活習慣の確立によって分泌されることがわかった。例えば、朝日を10分以上浴びることから始まり、リズムを意識して散歩し、腹式による深呼吸、ストレッチと体操、セロトニンをつくるタンパク質の摂取、団欒の時間を持つなどである。

 

●母にはこうしたことに役立つ体操や散歩、食事などの習慣はなかったので、最近、時間の許す限り習慣づくりを手伝っている。一緒に朝食後15分、近くの公園までリズム良く歩き、楠に挨拶し、その木陰で深呼吸をしている。また意識して食事やおやつを一緒に食べるようにしている。

 

●もちろんこうした薬への依存は簡単にはなくならない。今も夕方になると不安症状がひどくなり、毎晩入眠剤をくれと言いに来る。でも身体はだんだんと元気になってきているのが目に見えてわかる。そしてこうして母に付き合う内にノルアドレナリンの過剰は私にも生じていたのではないかと感じるようになった。

 

●考えてみるとコロナ禍が始まって以来、日常生活の多くの時間で警戒モードで生きていたと言えるだろう。これは私だけではあるまい。ニュースなどを見ても今分断や対立、葛藤が増えているように思うが、これらはノルアドレナリンが暴走し、不安やイライラなどの心の症状が出ていると考えてもいいと思う。

 

●こうした中で母のためにと思って始めた新しい生活習慣が、私自身の心の安定にも役立ってくれているように思う。まず自分自身がゆったりした気分でのんびりしている時間が極端に少なくなっていることに気づいた。そしてこの習慣によってそうした時間を持てるようになってきている。情けは人の為ならずとはよく言ったものだと思う。

 

2021年

9月

17日

温故知新〜木村敏『あいだ』

●この本はラボラトリートレーニングの大先輩で、JICEなどで活躍された坂口順治さんが、自らの体験を語られた中で、ラボラトリーを学ぶのに役立つよと紹介された本である。今回読み直してみてまず、私が感じる“今ここ”の性質を本当によく表現しているなと感じている。

 

●木村はこの本の結びで次のように書いている。「西洋では自己は内面性として内部に、自然は外部にあるものととらえる。一方東洋では自然さの自然、「おのずからそのようにあること」(老子)が強調され内部外部の区別がない。日本語の自己=「みずから」、自然さ=「おのずから」に両方「自」が含まれることでもわかる。」

 

●「自然とは、行為者が何一つ手を加えず「おのずから」を「おのずから」のまましておくことであり、何らかの始まりがある起源からの発する運動が、行為者の意図で曲げられることなく、そのままあらしめることである。無限定の「おのずから」を個別的な「みずから」の中へすくい取って、自己として限定することである。」

 

●「筆者が人と人との「あいだ」、自己と他者との間主体的な「あいだ」という概念で考えているものは、この「おのずから」の動きのことである。これは水圧を感じ続けることであり、水流そのものとは別の存在様式である。これは別の感覚でしか知覚できない。「水圧」は水にとって「絶対の他」なのだ。」

 

●私も“今ここ”は自分の意志で起こすものではなく、他から与えられるものとして捉えている。またそれは水圧のように強くなれば結局それに従わねばならない性質を持っているように感じる。これは言い換えれば水圧の主である「おのずから」の動きが主語であり、私はそれを受動的に受け取るしかないことを意味している。

 

●これは私に大きな安らぎをもたらしてくれる。このコロナという災害の中で、しんどいことも多いし、何が正しいかわからないこともある。その中で私はこの「おのずから」の動き、つまり“今ここ”を待ち、それを受け取り、従うことだけが求められている。またこの“今ここ”は決して私や他者から取り去られることなく、常に共にあってくれる。

 

●次に私はこの本を読み返して勇気をもらった。というのも最近、私の中で何か新しいことに取り組む必要があるのではという想いが、湧いていたのだが、それがどんな感じなのかを腑に落ちる形で掴むことが、今ひとつできていなかった。しかしこの本を読んで、少し方向が明確になったように感じている。

 

●木村によれば、「音楽の演奏では(1)瞬間瞬間に音を作り出す行為、(2)自分の演奏している音楽を聴くこと、(3)これからの演奏を予期して一定の方向を与えるということが同時に行われているという。(1)は一瞬一瞬の現在において直接的な生命活動の一環としての音楽を産出している働きであり、これをノエシス的な面という。」

 

●「一方(2)、(3)は全体的まとまりを構成するための『意識されている音楽』であり、これをノエマ的な面と呼ぶ。ノエシス的働きをノエマ面に投影する事なく意識する事は不可能である。理想的合奏においては、演奏者はノエシス的自発性の中で自分の演奏をすると同時に、合奏全体ですら自分のノエシス的自発性のように感じる。」

 

●「音楽が音楽全体の流れの中で、自然に自分以外の演奏者に移る体験もする。こうした音楽の成立する場所は、誰のところでもない「虚の空間」であり、各演奏者から等距離にある。つまり「あいだ」にある。そして次に来るべき音が、「音と音とのあいだ」に内在する自己運動的な動的構造から生み出される。」

 

●「つまり「間」は未来産出的な志向性を有する。合奏の成立とは、「間があう事」であり、出会っている主体同士が共通の生命的根拠とのノエシス的繋がりを共有することで合奏音楽全体の世界と出会う。主体と主体のあいだは主体内部のノエシス的なあいだを包み込む事で1つの統合的なノエシス的原理として働く。これがメタノエシスである。」

 

●ここを読んで私は、師匠の中堀さんとラボラトリーを共にラボラトリーを作り上げていった体験を思い出した。そこでは一人一人がラボラトリー全体の流れをメタノエシス的に感じ取ると同時に、それぞれが“今ここ”を伝え合う中で新たな流れを作り出すことが起きていた。まさにここで書かれている合奏が起こっていたように思う。

 

●そして自分が過去や現在において真に生かされていると感じた時を思い出すと、この合奏に近い体験があるように思う。私は仕事においても、家庭においてもこうした関わりに恵まれてきた。ただ残念ながら師匠が年をとってラボラトリーに来れなくなってしまったように、そうした関わりのいくつかは今は失われている。

 

●そして私が最近何か新しいことをしたいと思う背景に、こうした「合奏」が共にできる関わりを新たに求めている私がいることに気付いた。もちろんこれもまた自分の意志だけでどうにかなるものではない。しかしこうした関わりは、それを求める“今ここ”があって、「おのずから」与えられてくるあろうと信じている。

 

 

 

 

2021年

9月

08日

安心して人と共にいることのできる環境を失うということ

●この一ヶ月あまり研修や授業がいくつかあり、また家庭内でも母の病のことなどがあって、ブログを書く時間が取れなかった。この間コロナが猖獗を極めていたが、そのため10月に予定していた負荷の大きい仕事がキャンセルとなり、ようやく少し落ち着いてこの文章を書いている。

 

●そして久しぶりに自分の中を感じてみて気づいたのだが、私は安心して人と共にいることのできたコロナ前の環境を失ってしまっている現実を受け入れがたく思っているようだ。そしてまだそれができる前提で計画を立てている私がいる。そのことを無理に受け入れようとすると悲しみというか、身体の一部を失うような大きな喪失感を感じる。

 

●こうしたことを感じたきっかけの一つは、8月の終わりから9月の初めにかけて南山大学の人間関係トレーニングという授業に参加したことだと思う。これは通常は5泊6日の合宿で行い、小グループで集中的に人と関わっていく。そして懸念のある状態から、自分らしく装ったり、演技しなくても大丈夫な安心して人と共にいる関係を作り上げていく。

 

●しかし新型コロナウィルスの感染拡大の中、今回は通いで、オンラインも選択可能という形で行われた。そして感染対策上、対面で行ったTセッションもマスクつきで、通常よりもかなり広く間隔をとらざるを得なかった。またマスク付きの関わりはとても体力を消耗するので、セッション数も少なくし、始まる時間を遅くするなど対策をした。

 

●興味深かったのは大変な感染状況にも関わらず、多くの学生さんが対面で行いたいという想いを持っておられ、3グループは対面で行われたことだ(1グループオンライン)。そして結果的には、セッション数や距離、マスクなど様々な制約がありながらも、授業の成果としては、望んでいたものがある程度生まれてきたように感じる。

 

●ただ感染への不安は常に付きまとい、相手に近寄って話をしたり、食事時でも仲間と一緒に食べながら話すという行為が難しかった。こうした行為が起きないように学生たちに注意を促さざるを得なかった。つまり多くの人は心から安心して人と共にいることはできなかったように思う。

 

●このことはとても不自然なことだ。よく「人との間の距離が縮まる」などと表現するが、グループでの人との関わりが深まり懸念が減少してくると、無意識に相手との距離が縮まり、接触が起きることがある。そこでは言葉だけでは伝わらない感じがやり取りされ、時に自分一人でいるよりもリラックスできる関係なども生まれてくる。

 

●しかしコロナの感染予防を意識すると、相手との距離を取り、マスクで顔を隠し、接触を避けることが起きる。そしてこれは通常、相手との関係を避けるときに行われる。そして関係が深まり、無意識に相手との距離が縮まると、それを注意しなければならない。そこには自然さや心からの安心がない。

 

●そして思ったのだが、こうしたことはこれからも続いていくだろう。新型コロナ感染症はもはやなくなることはないし、変異も起きていく。その中で感染対策を完全に忘れて、ノーマスクで多くの人と無防備に関わることはしばらくは難しいはずだ。私たちはすでに何も考えず人と共にいることのできた環境を失っているのだ。

 

●ラボラトリーでは、宿泊で一緒に食事をし、ノーマスクで同部屋に泊まることが多いが、これは安心して人と共にいることのできる環境を前提としている。私などはまだその観念に縛られている。しかしこうした高リスクの取り組みは余程のタイミングや参加者の覚悟などがないと実施することは難しくなる。

 

●こうして自分の中を探ってみて、改めて私は、私たちが安心して人と共にいることのできた環境を失っていることに直面しないといけないなと感じている。そこには耐え難い喪失感があるが、それでもこの新たな環境のもとで“今ここ”を大切に生きることを助け合うために、今できることを探る必要があると感じている。

 

2021年

8月

14日

「そばにいる体験」と癒しについて

●8月の下旬に予定されている南山大学の人間関係トレーニングという授業のお手伝いを頼まれている。今年は今までのような合宿形式では無理なので、通いで5日間行われる。そして通いということで毎日一応区切りをつけて終わらないといけない。非日常の中で行われるラボラトリーのようにセッションを続けて、最後にふりかえるというわけにはいかないのだ。

 

●しかもコロナ対応として、例えば途中で濃厚接触者になった人が参加できるようにオンラインでの参加も可能にする必要がある。もっと言えば、感染が広がる中で、オンライン参加を希望する学生が多い場合、オンラインでのグループにすることも検討しなければならない。大学ではようやく今年の前期に初めて対面の体験学習の授業ができた状況にある。

 

●こうした変則的な枠の中では、Tセッションの数も大幅に少なくなる。日々家に帰って日常に触れる。だから従来のように目の前のグループや人との関わりにどっぷり浸かって、そこから生まれる深い体験から学ぶことは難しいかもしれないと感じる。もちろんラボラトリーなので何が起こるかはわからないし、予断は許さないけれど。

 

●特にこの感染拡大の中だから、それでもこの授業をする意味、学生さんのために何ができるかを思い巡らせていた。そして昨日ふと、特に「そばにいる体験」から学ぶことが今年の学生さんいとって大切なのではないかと思いついた。「そばにいる体験」から生まれるものに目を向け、気づき、それを受け取りあうことをやってみるのがいいのではと思ったのだ。

 

●こうした思いつきには、背景がある。今私の母は夏バテからくる摂食障害でナトリウム不足に陥っている。同時に認知機能も落ちてきている。そのため一人でいると強い不安を訴える。しかし私の妻がそばにいる、つまり身体的に共にいると、不思議なくらい落ち着く。妻がそばにいるということが、明らかに母の気持ちを癒す働きを持っているのだ。

 

●どうしてそうなのかは言葉にすることが難しい。ただ昨年医療関係の研修をした後、万が一感染していた時の用心に家庭内で自主隔離をした時期がある。その際、ラインでつないで食事をしたのだが、会話がなければ一緒にいる感じがしない。「そばにいる」時にはない欠乏感がある。そばにいると黙っていても充足感を感じ、ただそこにいることができる。

 

●これはオンラインによる研修や会議、飲み会でも感じる。確かに言葉という形になったものはオンラインでもコミュニケーションできる。しかし一緒にいるという感じは弱い。沈黙していても互いを感じ取り、ただそこにいればいいという関係は生まれにくい。大学では昨年一年ほとんどオンライン授業で「そばにいる」という状況でのやり取りはなかったようだ。

 

●こうして「そばにいる体験」から学ぶというコンセプトを思いついて、できること、したいことがあるなと感じられている。それは言葉になる前の、つまり言葉という固いカラに包まれる前の、まだ言葉にならない柔らかい“今ここ”で起きてくる気持ちや想い、感じに目を向け、分かち合うというものだ。そのための実習であれば思いつく。

 

●私が家庭内の自主隔離中に感じたように、このコロナ禍の学生さんのなかには、言葉にならない、非常に強い欠乏感を覚えている人もおられるかもしれないと思う。いつものように非日常の深い体験はできないかもしれないが、でもこの授業の中で互いに「そばにいる」ことはできる。その体験から学ぶこともできる。これが癒しになってくれるといいなと願っている。

2021年

8月

06日

温故知新〜『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より 第8章  両極背反からパラドックスへ K.D.ベネ

●久しぶりに感受性訓練を手に取り、読み返してみた。この第8章はベネが書いたものだが、彼によればこれは17年間、50のラボラトリー(Tグループ)で彼が得た経験に基づく臨床的コメントである。グループがどのように発展するか、そしてどのような機能を果たすかのいくつかの側面を取り上げている。

 

●グループが進む中で、いろいろな葛藤が両極背反という形で現れてくる。ベネはそれをどのように解消していくかによって、グループの成長がもたらされると考えている。つまり両極背反という取り扱い不可能なものから、パラドックスというグループが取り扱えるものにしていくプロセスの中でグループは成長するのである。

 

●最近私がラボラトリーのグループに臨む時には、グループの局面にかかわらず、“今ここ”を大切にすることだけを意識することが多い。しかしこれを読んでまず思ったのは、私は実際にはベネが指摘しているようなことを意識し、把握していいて、その上で、“今ここ”で関わっている。それでは“今ここ”を大切にすることはこれらの両極背反にどう影響するのだろうか?

 

●まずラボラトリーのグループには課題や手順はきめられていないので、「目標と無目標の両極背反」が起きる。つまりメンバーの中にグループの目標が曖昧な感じが起きる。しかし“今ここ”を大切に関わることが、個々人が持つねらいに向けた学習環境をグループに作っていくことにつながることが体感されるとこの両極背反は克服される。

 

●第二はグループおよびそのメンバーの成長と維持の問題についての両極背反である。その一つはグループの維持 対 メンバーの自己維持の葛藤であり、例えばメンバーが黙っていると、その理由をグループとしては知りたくなる。個人の平和や維持の欲求とグループの欲求が相入れなくなる。

 

●そしてグループからの強制、メンバーの個人性・プライバシーへの侵害が減少すると、メンバーは自分の“今ここ”が大切にされている感じを抱き、自分自身をより多くグループに与えるようになる。こうしてメンバーがグループの共通課題により自由に貢献する時、グループは強められ、その凝集性は密となり、メンバーはよりよく自分自身であることが可能になる。

 

●この側面では、気楽さ 対 成長のパラドックスもある。グループが初期のあいまいさから抜け出すと、甘さと自賛に満ちた「ハネムーン」へ移行する。しかし気楽さによる平衡状態は不安定で、メンバー、グループへの否定的感情の否定が起きる。より自由でより強固な相互的かかわりへの要求が生まれてくる。

 

●そしてこの“今ここ”に促され、否定的な気持ちも伝え合い、受け入れ合うことができるようになるとより自由さを感じながら成長を実現できるグループへと成長していく。ここでのポイントは居心地が良いある地点で「止まる」ことで“今ここ”の流れに逆らわないことである。つまり“今ここ”の流れは自然に成長へと導いていく。

 

●さらにグループ内の権威 対 自由の両極背反もある。実際には権威と自由は対立するというのは未熟な認識である。グループが受容しうる標準、手続き、役職や運営パターンの枠内で、各自が“今ここ”を大切に自発性を発揮し相違を認め合い、自由に変化することが許容され、価値あることと合意に達することで権威と自由は統合される。

 

●この他にもベネは課題達成機能についての両極背反も指摘する。Tグループは普通の課題達成グループが課せられる重荷と圧力から保護された環境にある。しかし実際にはTグループはグループおよびメンバーの維持、成長の諸問題解決のために意識的に取り組んでいくことを学ばねばならない。そこには課題があるのだ。

 

●ベネはこれについて「真の問いは<課題達成の問題を分離して、維持・成長の問題の取り扱い方を学ぶのが目標なのか>または<維持、成長、課題達成の諸問題を、それらの相互関係において効果的に処理していくのを、どのように総合するかを学ぶ事を目的にするか>である。」と述べている。これは私にはメンバーが“今ここ”で取り扱いたいことを自由に扱う中で達成されるように感じられる。

 

●またベネはグループにおける科学、芸術、政治の両極背反があるという。例えば「観察と即時的フィードバックが最も有効であることに強調点を置きすぎると、道徳的、政治的配慮が学習範囲をせばめる」。完全に「科学的」になりすぎると、自分たち自身の行動と決定から抽出されるデータは無味乾燥になる。

 

●また彼は「グループの歴史を納得できるように再構成することに強調点を置きすぎると、今フラストレーションを起こした事柄を、もっともらしい言葉の劇にして審美的で終了させてしまう」と言う。成熟したグループは3つの様式のバランスを保ちながら発展し、総合を目指す。グループは実践的解釈、審美的解釈、科学的解釈を別のメンバーに分担する。

 

●私はまずどんなメンバーがいるかによって、どんなグループになるかある程度決まるように感じる。そして皆が十全に自分の“今ここ”を大切にしている時、どんなグループになるかはあまり問題ではない。しかし影響力の強いメンバーに支配されている場合は、他のメンバーの“今ここ”がより立ち現われることでグループが変わっていくことを望む。

 

●次にベネは視点を変えた考察を進める。Tグループは一定期間で終わるが、その体験が日常にまで影響を与えるためには何が必要か?ベネはいう。「この時間的展望の達成は、Tグループがそれ独自の、意味のある文化を蓄積し形成すること、メンバーがこの文化を内面化することに関係がある」。まず事件と感じられる出来事をグループが「芸術的」に再構成する。

 

●そして一般化しうる重要性を「科学的」に分析し、コントロールするための新しい確実な方策へと「実践」に移す。これは私の言葉で言えば“今ここ”で感じたことを相互に伝え合うことで出来事を解釈し、“今ここ”でそれを受け止め、どうしてそうなったのか、次はどうしたら良いかを考え実行に移す。つまり体験から学ぶことである。

 

●次にベネは行為のコトバと観察のコトバのパラドックスを取り上げる。例えば「凝集性」などの科学的な言葉は、正確に説明すると同じ程度、グループをコントロールする武器として機能する。グループがこうした公認語による安定性を不必要とするようになると言葉が想像力豊かに融通性を持って機能しはじめる。それが行為の言葉である。

 

●彼によると「行為のコトバは次のような意味において「詩的」である必要がある」。つまり「グループ、個人の目標達成の努力、どうしてもそうありたいと願うようなイメージに関連しながら、全体に共通した態度、好み、感情、動機を動員するものであり、行為の言葉は「説得の言葉」に不可避的になる」。

 

●私は従来言葉には二種類あると感じてきた。“今ここ”の気持ちや想いがそのまま含まれた言葉と、“今ここ”が捨てられ何かを表象するだけになった言葉である。物事を分析するには後者が必要だが、私が私になると言う関わりを作り出すのは前者の言葉だ。私は前から言葉をこのように区分けする必要を感じていたが、ベネのこの指摘は心強く感じる。

 

●またベネは深淵への一瞥という項目もとり上げている。彼によれば日常生活は慣行、文化的パターンの受け入れで成り立っている。人間が維持している社会的実在の安全保障のかなたに横たわる根源的不安の深い淵をのぞき見ることがないように守られている。しかしTグループでは行動・処置や判断と評価に確実性と保証を与える基準がない。

 

●グループは政治理論家の仮定した前契約的な人間状況の中で動いているように見える。そして意味、コントロール、コミュニケーションの探究を実験的に実施し、評価しながらそれに没入していく。ここから共通の安定性と権威が発生させ、無意味さとあいまいさという恐るべき深淵から自らを救う必要がある。ここから共通の安定性と権威が発生する。

 

●これも私の言葉で言えば、外の世界に何も頼るべきルールも意味もない中で、与えられる“今ここ”だけを大切にして関わり、共有できる意味や文化を作り上げていくということだ。そしてその中で従来の社会文化に隠されて見えなかった人間のありよう、自分の姿をありのままに見る。そこに自己理解と成長の基盤がある。

 

●こうして見ると私は、ベネのいう両極背反をパラドックスに転換する過程を意識しているように思う。しかし個別に対応するのではなく、“今ここ”で生まれてくるものを大切にするということによって、それらを乗り越えていけると思っているのだ。もっというなら、そこを大切にする以外に、これらの両極背反を乗り越えるすべはないように感じているのだと思う。

 

2021年

8月

02日

5月の大阪の悲劇の体験から学ぶ

(先週の土曜日にアップしたものに加筆修正をしています)

●今再び新型コロナウィルスのデルタ株の感染が急拡大している。私はオリンピックからは離れて、5月に大阪でコロナによって800人以上の人が亡くなった悲劇の体験を検証している。そこから学ぶことで、これから起きる悲劇を少しでも減らすことができる可能性があるのではないかと感じているからである。

 

●調べてみてすぐわかったのは、コロナという病気は感染してもすぐに医療を受ける事ができれば、ある程度重症化や死亡を防ぐ事ができるという事だ。実際、兵庫県尼崎でクリニックを開業している長尾医師の記事を見ると、コロナ専用ではないにせよ、医師の処方があれば使うことのできる軽症者用の薬もすでに5月時点で存在していた。

https://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/202102/0014063677.shtml

 

●だから5月の大阪の悲劇は、感染してもすぐに医療を受けれなかったことが主要因の一つと考えられる。つまり感染初期に医者に診てもらえず、薬ももらえなかったこと、さらに重症化の兆候をいち早く掴み、入院・治療などの必要な対処ができなかったことにより手遅れになってしまう人が続出した事が原因と言える。

 

●どうしてそうなってしまったか。第一にこの病気は感染症対策の法律によって、保健所という行政機関を通じないと医療を受けれない仕組みになっている事があるだろう。つまり検査をして感染している事がわかったら、例えばそのかかりつけのお医者さんの手を離れ、保健所の指示に従い、医療が与えられるのをを待たなければならない。

 

●そしてコロナを治療できる医療機関も限られている。日本では通常病気になればまず近くの診療所で診てもらい、重篤な病気や救急の場合だけ大病院に行くのが普通だ。しかしコロナの場合、基本的には、こちらが直接そうした診療所に行って診察・処方を受けることはできない。危険な感染症なので、国が感染者を隔離し、管理する強制力を持っているのだ。

 

●こうした仕組みは危険な感染症を押さえ込むためには必要なものだ。しかし感染者数が急激に増える局面では弊害が出てくる。このやり方では保健所という行政機関が、感染者の把握、医療提供の調整、患者の観察などすべての情報を管理する必要が出てくる。だから感染者数が増えれば増えるほど、限りある人員では情報をタイムリーに処理できなくなる。

 

●結果的に大阪では5月の連休の時には感染が確認された後、保健所から連絡が来るのが10日間もかかったことが報告されている。こうして感染してもすぐに医療を受けれなかったことが生じた。また1991年から2018年の間に、全国の保健所は45%、職員も19%減ったと言われる。こうした行政改革の中で「保健所縛り」のルールがより大きな災厄を生んだと言える。

 

●ルールということでいうと、オンライン診療など自宅療養者を診察し軽症の段階で薬などを処方する仕組みが整っておらず、待機しているうちに悪化する例が相次いだこともある。初診は対面でというルールに縛られていたのである。つまり4月~5月の時点では、自宅療養者の重症化を食い止めるすべがなく、自宅から搬送されたらすぐに亡くなるような人が続出した。

 

●もう一つ大阪の悲劇で忘れてはならないのは、高齢者施設でのクラスターの発生とその対処だろう。特に施設の介護が必要な高齢者の場合、コロナに感染し入院させると、看護の他に介護の世話が必要になる。しかし実際には感染拡大の時期にこうした対処ができる病院は少なく、症状が悪化しても入院できないまま施設に留め置かれるケースが多かった。

 

●こうした要因に加え、感染してもすぐに医療を受けられなかった大きな原因は、大阪で感染者数が急増したことだろう。すでにイギリスで感染力の高いアルファ株の猛威が伝えられていたので、手を打たなければ医療リソースを超える感染者数が出てしまう可能性があることは、当然予想できた。しかし十分な準備のないまま、日本の中でまずアルファ株の洗礼に晒されたのが大阪だったのである。

 

●そしてもう一つ付け加えておきたいのが、行政の対応の遅さである。すでに大阪では4月13日時点で1日の感染者数が1000人を超えていた。しかし大阪府が緊急事態宣言を要請したのが1週間後の20日、実際に国がそれを出したのは4月25日である。これがもう少し早ければ速くピークを抑えることができ、死者はかなり減少したと考えられる。

 

●さて今全国でデルタ株の感染が拡大している。そして大阪の悲劇から学んでいるところもある。例えば自宅療養者への診療の手引き、オンライン診療などが整備されていった。薬などの処方も行われていると聞く。また高齢者に向けたワクチン接種が進み、今の所高齢者の感染者、重症者は比率は劇的に下がっている。だから施設の患者がほっておかれる悲劇は防げるかもしれない。

 

●しかし「保健所縛り」のルールの中で、またかかりつけレベルのお医者さんで、コロナも診療してくれる人はまだ少ない中で、感染してすぐに医療を受けられる体制は整っていないように見える。最近承認された軽症者用の薬も入院しないと処方されない。その中で早くも搬送困難事例が増えていると聞く。例え高齢者でなくても、あまりに時期を逃しては治るものも治らなくなる。

 

●また備えも十分整っていない。自治体では病床の準備を多くするなど大阪の悲劇から学んでいるように見える。しかし例えば5月のアルファ株でもその危険性を把握して、入国管理で2週間の待機を厳格に実施していれば、大流行する時期をもっと遅らせられたはずだ。その時間で大流行に備えた病床の確保やルールの見直しは可能であった。

 

●こうして見ると、大阪のコロナの悲劇は、ある程度国などの選択した枠の中で起こったことだと言える。また今回のデルタ株による大流行も同様である。もし入国管理を厳格にして一ヶ月流行を遅らせられていたら、ワクチン接種が進み、もっと多くの人の苦しみは少なくできたに違いない。ルールももっと見直せたかもしれない。しかしそうした学びや選択はなかった。

 

●こうした現実の中で私が大切だなと思ったのは、4~5月にかけて自宅療養を強いられ、保健所からも連絡がない患者さんが、前述の長尾医師のところに駆け込んだという事実だ。つまり保健所縛りというルールはルールとして、自分のいのちを助けるために自ら救いを求めたことだ。そして長尾医師もそれに応え、保健所に掛け合うなど医療につながる動きが生まれた。

 

●私は日本という国に住み、病気になれば医療は受けられるという信頼を育んできた。しかしコロナの場合は必ずしもそうなっていない。法的には保健所を通じないといけないが、待っているだけでは自分を救えない。インドなどで酸素を自分で買っている人がいたが、何らかの形で自ら諦めずに「助けを求める」事がいざという時には大切なのではないかと感じている。

 

2021年

7月

31日

5月の大阪の悲劇を検証する(2)

●テレビなどはオリンピックで盛り上がっているようにも見えるが、私は少しそこから離れて5月の大阪の悲劇を検証している。調べてみてすぐわかったのは、コロナというものは感染してもすぐに医療を受ける事ができれば、ある程度重症化や死亡を防ぐ事ができる病気であるという事だ。

 

●実際、兵庫県尼崎でクリニックを開業している長尾医師の記事を見ると、

https://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/202102/0014063677.shtml

コロナ専用ではないにせよ、医師の処方があれば使うことのできる軽症者用の薬もすでに5月時点で存在していた。

 

つまり5月の大阪の悲劇が起こってしまったのは、感染してもすぐに医療を受けれず、重症化してしまい、手遅れになってしまう人が続出した事が主要因の一つと考えられる。そしてどうしてそうなってしまったかには複合的な要因がある。

 

第一に、この病気は感染症の法律によって、保健所という行政機関を通じないと医療を受けれない仕組みになっている事がある。つまり検査をして感染している事がわかったら、例えばそのかかりつけのお医者さんの手を離れ、保健所の指示に従い、医療が与えられるのをを待たなければならない。

 

基本的には、こちらが直接お医者さんにかかったり、処方を受けることはできない。入院も勝手にはできないのである。そこには強制力がある。確かにこうした感染症を押さえ込むためには、国が感染者を隔離し、管理する強制力を持つことは必要だと感じる。

 

しかし感染者が爆発的に増えるようなケースでは、「保健所を通さなければならない」というルールは足かせになる。管理する人数が増えれば増えるほど、限られた保健所の人員では感染者の状況を把握し、入院を調整するなど、適切な医療をタイムリーに与えることは難しくなる。

 

しかもhttps://president.jp/articles/-/41601?page=1の記事によると、1991年から2018年の間に、全国の保健所は45%、職員も19%減った。こうした保健所の統廃合という行政改革の大きな流れの中で「保健所を通さなければ」という事がより大きな災厄を生んだと言える。

 

第二は特に自宅療養、宿泊療養をしている人への対処である。当初は自宅や宿泊施設にいる人への医療提供はほとんど行われなかったとされている。そのため4月~5月の時点では、重症化を食い止めるすべがなく、自宅から搬送されたらすぐに亡くなるような人が続出した。

 

そしてまさにこの大阪の悲劇の最中に、自宅療養者への診療の手引き、オンライン診療などが整備されていった。薬などの処方も行われていると聞く。しかし感染爆発の時期、コロナに対応している病院に余裕がなくなった際、自宅療養者に医療が提供できるのはかかりつけレベルのお医者さんである。

 

前述の長尾医師などの話を聞くと、かかりつけレベルのお医者さんで、コロナも診療してくれる人はまだ少ないようだ。私のかかりつけ医もコロナ患者はみないと断言している。そうなると自宅療養者に適切な医療を提供できるかは甚だ心もとない。またコロナ専用の薬も入院しないと適用できない。

 

もう一つ長尾医師の話で私が大切だなと思ったのは、4~5月にかけて自宅療養を強いられ、保健所から連絡がない患者さんが長尾医師のところに駆け込み、直接連絡を取ってきて、そこから医療につながる動きが生まれたということだ。つまり長尾医師から保健所に掛け合ってもらえたのである。

 

法的には保健所を通じないといけないが、それを待っているだけでは自分を救えない。インドなどで酸素を自分たちで買っている人がいたが、そこまで行かずとも、何らかの形で自ら「助けを求める」事がいざという時には大切なのではないかと感じている。

 

2021年

7月

23日

5月の大阪の悲劇を検証する(1)

●オリンピックの期間が始まった。私はもともとスポーツが好きだし、ステイホームの時間を楽しみたいから、できれば見たい気持ちは強い。でも今回は基本見ないでおこうと決めている。IOCに巨額な放映権料を払う米テレビネットワークNBCのトップの発言が気にくわないと感じているからである。

 

●報道によると発言は以下の通りである。「私は(ロンドン五輪のときには)ロンドンに住んでいたが、交通問題にあらゆる人が不安を抱えていた。前回(リオ五輪)はジカ熱の問題があった。だが開会式が始まるとすべての人々が、その問題を忘れて17日間(の五輪)を楽しんだ。今回も同じようになると考えている」

 

●もしかしたら私がへそ曲がりなのかもしれないし、強く感じすぎなのかもしれない。しかしこの発言によって私はとてもバカにされていると感じる。というより何か強姦に近い暴力を受けている感じさえする。もっと言えば、この人やそれが代表するものから、人間というものそのものへの蔑視すら感じられる。

 

●オリンピックを見れば私は確かにのめり込み、感動し、その瞬間問題を忘れると思う。私にはそうした部分があることは確かだ。しかしそれで私は本当に自分を尊重することはできるだろうか。それはできなと思う。なぜなら“今ここ”で私はコロナの問題を忘れたいとは思っていないからである。

 

●むしろそこから目をそらせないで、今起きている事実や知見に直面し、この災害から受ける被害を最低限にするため、小さくても私にできることを見出したいと思っている。「始まってしまえば問題を忘れる」という人間観は、こうした“私が私になる”という人間の厳かさを見損なうものだと感じる。

 

●こうした訳で私は、オリンピックを見ることをやめたのだが、その時間を使って前から手をつけたいと思っていた、5月に起きた大阪での悲劇を検証しようと思い立った。このブログでも取り上げたが、5月の一ヶ月間だけで大坂では新型コロナウィルスで856人もの人が亡くなってしまった。

 

●なぜあの時大阪では、それほどたくさんの人が死なねばならなかったのか?なぜ感染しても10日以上ほっておかれ医療を受けることができなかったのか?自宅で症状が悪化し、高齢者施設でクラスターが起こってもなぜ入院させてもらえなかったのか?それは個人のせいなのか、大阪という地方のせいなのか?私にできることはあったのか?

 

●今またデルタ株によりコロナ感染者が急拡大している。この災害による犠牲を少しでも減らすためには、こうした検証が不可欠だ。しかし私は残念ながらまだ私が芯から納得できるような総合的な検証、つまりその出来事を多角的にふりかえり、次にどう繋げていくかの検証を耳にしていない。

 

●それならば私自身が取り組むしかないだろう。もちろん個人で行うことだからデータは十分には集められないかもしれない。しかしあらゆる利害から自由に、自分自身が「うん」と感じるまでやってみようと思う。そのことが私にとって、そして他の誰かにとっても大切であるような直感があるからである。

2021年

7月

16日

私が私になることを祝福する

●先日、今私が支援している学校から、一時間くらい「命の尊厳」に関わるようなことを話して欲しいと頼まれた。生徒さんの間でいくつかそうした事象が起きたということが背景にあるようだ。それでこの数日、ワクチンの副反応で苦しみながらも、私にできることがあるかを思い巡らせていた。

 

●「命の尊厳」などは直接的に言葉では伝えられないし、私ができるのは体験学習を通じて、それに近いものを感じてもらうことだけである。しかし1時間ではそれも難しい。こうした苦吟の中で出てきたのが、“今ここで起きてくるもの(気持ち、想い、感じなど)”を大切に、自分らしく生きてほしいという私の想いを伝えることである。

 

●そのためにまず今ここ”で起きてくる気持ち、想い、感じなどを大切にすることで、体験から学び、自分らしく成長できることを体験してもらう。具体的には「この学期を過ごした今の私」を色・形で表現し、2人でわかちあうことを通じて、 “今ここ”にきづき、そこに触れることで学びが生じることを体験してもらう。

 

●その上で私の想いをお伝えする。私には4つくらいお伝えしたいことがあるようだ。まず、支援的に他の人に聴いてもらうことで頭や気持ちが整理され、体験からの学びは生まれる。自分が自分になることもできる。だから嫌なこと、気になること、不安なことなどがあった時は支援しあえるといいと伝えたい。

 

●第二に怒りや自傷(自殺)など強い感情や衝動が“今ここ”にある時の対処である。昔電話相談をしていた時に学んだのだが、こうした強い感情・衝動は長く続かない。6分〜30分程度やり過ごすことを覚える。そうすると他の“今ここ”(甘いもの食べたい・・)も見えてくる。一時的な衝動に身を任せないことが大事だ。

 

●こうした時は一人で抱え込まないで支援を求めることも大事だ。先生や「いのちの電話」でも構わない。それでも繰り返しこうした強い衝動が起きる時は「心の風邪」を引いた時と捉える必要がある。これは誰にでもある事なので、風邪を引いた時にお医者さんに行くように迷わずお医者さんに行くと良いと伝えたい。

 

●第三は“今ここ”を大切にするのを妨げる他者の期待、あるべき姿、ルールに身を合わせさせる力についてである。規則で縛り、あるべき姿を身に付けさせようとする力がある。自分の気持ちを出すとイジメる人もいる。会議でも上の人だけが発言する会議もある。こうした「場所」だと“今ここ”を大切にできず、私は私になれない。

 

●でも場所は選べるし作ることもできる。私は私の“今ここ”を大切にしてくれる場所を探すことができる。“今ここ”を大切にしている学校や人がある。そこにいるとあなたも“今ここ”を大切にできる。そしてあなたも他者の“今ここ”を大切にする場所になってほしい。こうした場所を作る力になって欲しいと伝えたい。

 

●最後にこの学校では「多様性を祝福する」ことをモットーにしている。そして多様性は私が私になるということを受け入れることから生まれる。だから私が私になるということは世間からどう言われようとそれは自然なことで、それを受け入れ祝福して欲しいと伝えたい。

 

●こんなふうに思いめぐらせ、先方に送ったのだが、まだ返事がない。もしかしたら過激すぎたかもしれないなとも思う。しかしコロナ禍の中でまた不安が大きくなっている今、このことに想いを巡らせる時間をもらったことに心から感謝している。“今ここ”の生成の力を信頼して生きていく決意を新たにさせてくれたように感じている。

2021年

7月

09日

デザインと“今ここ”

●今デザインということに興味を持っている。直接のきっかけは、私が長年関わっている沖縄ヒューマンインターラクション・ラボラトリーのパンフレットやホームページを新たに作ろうということになったことである。そこでもともとデザインに苦手意識のある私は何冊か本を読もうと思い立った。

 

●まず「デザイン入門教室」という一番基礎的と思える本を読み始めたが、そこでいくつかハッとさせられたことがある。一つはデザインというと「私はセンスがないから」とよくいうが、センスの前にルールがあるのだという言葉だ。私自身も「センスがない」をこうした仕事から逃げる口実に使っていたことに気づかされた。

 

●もう一つはデザインを使えば言葉にならないことを伝えられるということを教えられた。ラボラトリーでは言葉にすることが難しく、むりに言葉にすると陳腐で怪しく思われる体験がある。しかしもしかしたらデザインを使えばある程度その雰囲気を伝えられるのではないかと感じたのだ。

 

●早速この本を参考にしつつ、自分なりにパンフ作りに取り組んでみたのだが、そこでも発見があった。一つは自分がその作業に熱中できるということである。いつの間にか時間が過ぎてしまう体験をした。全く意外なことに、私は昔毛嫌いしていたその作業を楽しんでいると言ってもいいのではないかと感じる。

 

●これは作業をしてビフォーアフターで比べてみると、「明らかにこっちがいい」と腑に落ちる感じや満足感があることに関係しているだろう。つまりデザインには、私の“今ここ”の感じを喚起し、それを動かす力がある。逆に言えば、ラボラトリーについて私が持っている感じをぴったり表現できる力がデザインにはある。

 

●こうしてみると「デザインはプロに任せればいい」という考えはデザインの本質を取り違えているように思う。つまりラボラトリーを深く体験し、その感じを持っている人しか、ラボラトリーを表現するデザインはわからない。ただその人はデザインのルールや道具に習熟していないので、そこをプロに補ってもらう必要があるのだ。

 

●こうしたことを考えているうちに、近代デザインの源流に位置するウィリアムモリスなどは、機械化・工業化の流れの中で失われる手作業を大切にする運動を、デザインを通じて展開したことを知った。これはイリイチが言う「コンヴィヴィアリティのための道具」と言う考えにもつながるかもしれない。

 

●私の理解だが、自分を取り巻く様々なモノや道具、制度について、専門家や機械に任せてしまうことが起きているが、その結果自分の“今ここ”が抑圧されてしまう。身の回りの道具やモノ、制度などについては、自分の“今ここ”をより大切にできるように自分自身が主体的に「デザイン」に参与する必要があると言うことだ。

 

●こうしてみると「デザイン」と言うのは私にとって、目の前のパンフのことだけではなくこれからの生活全般に関わる大事なものだったのだなと感じる。デザインの技術的なプロにはなれないだろうが、自分の“今ここ”が動くかどうかは自分が感じとれる。そこを大事にパンフ制作にも生活の改善にも取り組みたいなと感じている。

 

  

 

2021年

7月

02日

温故知新〜ミルグラム『服従の心理』(1974)

●このブログでは“今ここ”に起きてくる気持ちや想い、感じを大切にすることで体験から学び、自分らしく成長していけると繰り返し書いてきた。そしてこの“今ここ”を大切にすることができなくなる要因の1つを分析したのが本書である。まさに私たちの敵を明確にしてくれる本と言えるだろう。

 

●この本は社会心理学における古典的な実験のレポートである。具体的には人は権威(大学の先生)から実験のために他者に電撃を加えるように指示された時、どの程度までそこに従うかを詳細に調べたものだ。そして事前の予測とは異なり、多くの人が指示に最後まで従い、最大の電撃を加えたのである。

注:実際には本当の電撃は加えられておらず、電撃を加えられたフリがされた

 

●この実験は通称“アイヒマン”実験と呼ばれている。ハンナ・アレントはナチスでユダヤ人虐殺を推し進めたアイヒマンが、実は普通の人であり、権威に従っただけであることを指摘し、「悪の陳腐さ」という発想を提示した。この実験はまさにごく普通の市民が、権威の下でどれほど残虐になりうるかを示したものなのである。

 

●ミルグラムは実験を通じてなぜ人はここまで権威に服従するかを問い、“エージェント状態”という考えを見出した。つまり権威システムに参加する人は、自分が独自の目的に向かって行動しているとは考えず、他人の願望を実行するエージェント(代理人)として、自分の行動を理解する。これが“エージェント状態”である。

 

●この状態になるとどんな行為をしても自分には責任がないと感じられる。それで残虐な行為も良心の呵責なしに行えるようになる。ところで人はどのような条件があると“エージェント状態”に移行するのか。事前の条件としては、私たちは子供の頃から大人や学校、組織の権威に従うことが教え込まれるということがある。

 

●そのベースの上でその状況において社会的コントロールを行う権威が認識され、自分もその権威システムの一部と定義することが条件となる。ここでは実験に参加することに同意することで権威の下に入るのである。また状況が正当であり「正しいことをしている」という意識が生まれると自発的な服従に至る。これは行為を正当化するイデオロギーと関係する。

 

●“エージェント状態”に移行すると、権威から発せられるものに最大の感度を働かせるチューニングが起こる。一方その他の人が発する信号は心理的に遠いものになる。次に状況が定義し直される。人がどのように世界を解釈するかを変えれば、その人のふるまいはかなりの部分コントロールできてしまう。権威による状況定義を受けいれると自発的服従へ導かれる。

 

●その結果、責任の喪失が起きる。エージェント状態への移行の結果、権威に対しては責任を感じるのに、権威が命じる行動の中身に責任を感じなくなる。俺は自分の責務を果たしただけとなる。従属的立場の人が感じる恥や誇りは、権威が命じたことをどれだけきちんとこなせるかになる。つまり忠誠心や責務が重要となる。

 

●ミルグラムは言う。「攻撃は文化的に抑制されているが、権威から発する行動への内的コントロールを育てることは文化は完全に失敗している。これは人間の生存に大きな危険をもたらす」。実際この状態では残虐な行為をしても、自己認識は変わらない。自分に罪はないと感じるのである。

 

●こうした“エージェント状態”にとどまらせる力は非常に大きい。まずそれまでやってきたことを正当化する必要があり、そのためには最後まで続けることが必要となる。また実験者を手伝うと約束したのに、それを反故にすることは、義務を放棄する行為として経験される。

 

●ゴッフマンは、あらゆる社会的状況は参加者間で機能する合意のもとに築かれているとし、その前提は、その状況の定義がいったん参加者の合意を得たらそれは蒸し返さないことと指摘している。皆の認めた定義を一人だけがひっくりかえすには、道徳的侵犯の性格を持つ。

 

状況の定義に関する公然の抗争は礼儀正しい社交辞令では収まらない。実験者への服従を拒否することは、この状況における彼の有能さと権威の主張を否定することとなり、極めて厳しい社会的不適切さを含む。従って中断したら傲慢で無作法に感じる(顔を潰さざるを得ない)。権威との関係のエチケットを破るのは極めて困難である。

 

社会的状況は、その状況に応じたエチケットで結びあわされており、各人は他人の提出した状況定義を尊重し、争いや恥や気まずさを避ける。その状況がヒエラルキー的なものと定義されると、それを変えようという試みはすべて道徳的侵犯として体験され、不安や恥、後ろめたさ、自分の価値が低下したような気分になる。

 

●実際にはこうした状況に置かれると人は極度の心理的緊張を味わう。“エージェント状態”に留まりたい気持ちと、電撃を与えられている人の苦痛の声、自分の道徳的信念や自己イメージを維持したい気持ちが葛藤する。そして多くの場合、権威との関係を壊さずにすむ方法、つまりごまかしやいやいや最低限の遵守をすることなどで緊張は解消される。

 

●私が印象的だったのは、この実験に参加した人々についてのミルグラムの分析である。ある人は「目的、思考、感情が分断し、非服従的行動につなげるだけの心理的なリソースを動員できない」ため“エージェント状態”から抜け出せなかった。一方、自分の強い信念に従って決然と非服従に至る人も少数いたのである。

 

●ここから私は“今ここ”を大切に生きるためには備えが必要なのだとわかった。つまり自分が“今ここ”で感じることは大事だが、組織の人間関係も大事だと「あれも、これも」で生きていると、いざという時非服従に踏み出せないだろう。つまり目的、思考、感情が分断し、心理的なリソースが動員できない可能性が高い。

 

● “今ここ”を大切に生きる意味を探求し、言語化してそれが自分にとってどれほど大切なものであるか腑に落ちるくらいまで得心して、初めて非服従に向けて心理的なリソースが動員できる。これは一朝一夕にできることではない。日頃から自分の全力を尽くし、それに向けて準備をすることが必要なのだなと感じさせられた。

 

 

2021年

6月

26日

リフレクション(体験と学び)勉強会

●一昨日、本当に久しぶりに対面での集合研修に行ってきた。さまざまな機関の中堅係員を集めた4日間研修の1日を担当したのである。例年はグループワークなども交えていたのだが、今年は感染対策のために同じ三人組で1日を過ごすというプログラムで行った。

 

●たまたま研修実施日の前々日に緊急事態宣言が解除されたことから実施されたのだが、私自身も今回は感染への恐れもありつつ、何かワクワク感を感じ、やりたい気持ちが強くあった。それは研修員の方々も同じだったようで、制約のある中ではあるが、多くの方が対面でゆっくりと話すことを喜んでおられるように感じた。

 

●私自身も実施した感想として今、深い満足感を覚えている。それは私が大切にしていることが伝わった感じがしたからである。なぜそうなのかなと探ってみると、今回新たにリフレクションをプログラムに加えたことが大きいかもしれないと感じている。

 

●リフレクションとは日常生活や仕事で、気になることや困ったこと、うまくいかなかったことがあった時、それをふりかえり、気づき学びを得ることである。そしてこのリフレクションを行うためには、“今ここ”で感じている気持ちや想い、感じを大切にする必要が出てくる。

 

●これは一人でやろうとするとハードルにぶつかることが多い。今起こっていることに気づけない、なぜそうなったのかを一人で考えられない、起こったことを人のせいにしてしまう、などでうまくいかないのである。しかし誰かに助けてもらうととてもやりやすくなる。

 

●だから今回の実習ではまず、リフレクションを助けるコミュニケーションを学んだ。具体的には“今ここ”で感じている気持ちや想い、感じを確認するコミュニケーションを互いに練習したのである。これによって聞いてもらう嬉しさや自分が尊重された感じを多くの人が体験できた。

 

●その上で今年に入って困ったことや気になることという自分自身の体験を取り上げ、相互にリフレクションを支援しあう実習を行った。こうして“今ここ”を大切にすることで、今の自分を確かめることができること、これからどうしたいのかという方向性を感じられることを体験してもらった。

 

●もうすぐ60歳を迎える私としては、こうした組織内の研修をいつまでするかなという思いがある。現役世代の学びは現役世代が担う方がいいかなと感じるのである。しかしこうして“今ここ”を受け入れあうことのできる体験があるなら、もう少し時々はやってもいいかなとも感じている。

 

●ところで今回は研修でこうした場を持ったが、日常ではなかなかリフレクションを支援しあう場を持つことが難しいという声も聞く。それで体験と学びの会では、定期的にリフレクションを支え合い、学びあう「リフレクション勉強会」を9月からオンラインでやろうと考えている。もし興味があれば参加してもらえたらと思う。

 

●この勉強会は体験学習のサイクルの知識に触れ、“今ここ”で感じている気持ちや想い、感じを確認するコミュニケーションの練習、リフレクション支援の実習を体験したことのある人を対象にしている。まだ体験したことがない方は事前に「リフレクション基礎講座」を受講して欲しい。

2021年

6月

16日

新型コロナウィルスと私〜ワクチンについて

●ワクチンの接種が進んでいる。高齢の母も昨日2回目の接種が済み、妻も28日に2回目が決まっている。64歳以下の接種も始まろうとしていて明日明後日にも私にも接種券が届く。こうした中、2日も連続してワクチンに関する夢を見た。“今ここ”で何が起きているのかを確かめるために、これを書きつつリフレクションしてみたいと思う。

 

●ワクチンを巡って私に今起きていることを見てみると、まずは母と妻が接種をして、私はとてもホッとしている。彼女たちのリスクが減ったことが嬉しい。同時に私が仕事などを通じて感染し、無症状で彼女たちにうつしてしまう可能性が減ったことに、重たい肩の荷を下ろしたような感じがしているのだ。

 

●またワクチンを打つと引き受けている授業や研修に行くことができるし、仕事も対面で会えるなという期待感がある。特に8月の初めに長岡の看護学校の授業があるのだが、そこの授業でラボラトリーの仲間と会えると嬉しいという気持ちもある。支援している学校にも安心して伺うことができるようになる。

 

●次に焦りも感じる。64歳以下の接種が始まると、またワクチン不足のようなことが起きて、なかなか順番が回ってこないのではないかという恐れがある。その中でインド由来のベータ株が流行るとリスクがかなり高くなる。だから自衛隊の大規模接種などを急いで予約したい気持ちになる。

 

●一方で今ワクチンを打つことに対する前向きでない気持ちもあるようだ。副反応の対する怖さもあるが、むしろワクチンを打つことによって「普通」に生活しなければならなくなることへの躊躇が大きいようだ。つまり電車に乗って対面で会ったり、私の場合、研修をしたりという生活に戻ることへの躊躇である。

 

●この躊躇はまず、今のステイホームの期間中にこうした生活に慣れ、私の身体に優しい、それなりに意味ある生活を築いてきたことを手放さないといけないと感じているところから生まれているようだ。書いているうちに、コロナ以前の生活に完全に戻りたいとは思っていない私がいるのだなとわかってきた。

 

●この躊躇はまた、4〜5月にかけてコロナのために1000人以上が亡くなり入院できない人が続出した大阪の苦しみとも関連しているようだ。なぜ大阪でこうしたことが起きたのかも共有されず、その死を悼む機会のないままで、ワクチンを打って「さあ日常に戻ろう!」とできない私がいるようだ。

 

●またこの躊躇は、基礎疾患のある人など重症化リスクの高い人たちがまだ接種を終えていない中で、私のような者が先に打ってもいいのかという気持ちから生まれている。焦って急いで予約を取ることは、こうした人たちの席を奪ってしまうのではないかという恐れを感じる。

 

●こうして書くことでリフレクションしてみて、いくつかの気づきが生まれてきた。まず私はワクチンを打つこと自体に躊躇を感じてはいないということだ。二度と5月の大阪の苦しみを繰り返さないために、ワクチンは打つ必要がある。ただワクチンを打つことで、コロナ前のような「日常」に戻ることに躊躇を覚えているのだ。

 

●私はこの躊躇を大切にしたい。ワクチンを打ったとしても、元に戻るのでなく、コロナを体験した今の私にふさわしい生活を築きたいと思う。私の希少な注意力をオリンピックには向けないで、5月の大阪の苦しみに心を寄せ、祈り、二度とそれが起こらないために何ができるかを私なりに考えたい。

 

●そしてワクチンの予約を焦らないで、他人の席を奪うことなく、私が接種するのにふさわしい与えられる時を待ちたい。そこで起きる副反応は全て受け入れたい。また接種前までにベータ株が流行し、感染することがあってもそれは受け容れようと思う。こんな時こそ今ここを大切に生きていきたいと願っている。

2021年

6月

08日

温故知新〜パウル・ティリッヒ『生きる勇気』(1995)「The Courage to Be」1959)

●パウル・ティリッヒは哲学、思想にまで大きな影響を与えたプロテスタントの神学者である。キリスト教という枠の中にいる人だが、信条に閉じこもらず、人が現にある時代や状況の中で問われる問いに対して、キリスト教の真理によって答えることが神学の役目であると考えていたと言われている。

 

●この本でも、人が生きることを妨げる要因(“無”に直面する不安)を分析し、それを克服して生きるために何が必要なのかを真摯に検討している。無への不安から病に冒されていた人が、この本を読んでたちまち平癒した出来事は有名で、まさに生きる勇気を与える本と言えるだろう。私にとっても生きる上で大切な本である。

 

●ティリッヒによれば生きる勇気とは、「人間がその本質的な自己肯定に反逆する諸要素に抗してかれ自身の固有な存在を肯定する倫理的行為である」。この勇気についてはソクラテスの死に向かう勇気から始まり、ニーチェなどの生の哲学に至るまで哲学の流れの中で常に取り上げられてきた。

 

●彼によれば勇気とは「それを妨げるものに抗して、“それにもかかわらず”自己を肯定することである」。だから「無(存在を否定するもの)の問題を考察しなければならない」。この無の姿の一つが“不安”である。不安は「存在が非存在(無)でありうる可能性を自覚している状態、無が人間存在の一部であるという自覚である」。

 

●つまりそれは「自分の有限性の自覚(死すべき人間)」である。この不安は対象を持たない。死の不安は不安である限り、それは認識の対象にならない。人間はそれ自身の存在を保持することができない。それは虚無の脅かしであり、永遠の死に関連する。恐怖のように対象がある場合は闘争も、愛も可能だが不安においてはそれはできない。

 

●ところで存在なしに無はない。だから無はそれが否定する存在に依存している。そして存在との関係で無は性質を得る。彼によれば、無が存在を脅かす不安の3類型を区別することができる。その第1は絶対的には死、相対的には運命という形で存在的自己肯定を脅かす。

 

●死は不可避であり、人間の自己の完全な喪失を意味する。私たちは消滅を免れる一瞬の時も持たない。人間はそれでも自分自身を肯定する勇気が必要となる。この死の不安は、その内側で運命の不安が作用する。運命という偶然性の支配は、無の脅かしの相対的現れであり、背後に死という絶対的なものがあり不安を生み出す。

 

●第2に絶対的には無意味性、相対的には空虚さで人間存在の精神的自己肯定を脅かす。意味の領域で創造的に生きると精神的自己肯定が生起する。無意味の不安とはすべての意味あるものに意味を与える意味、つまり究極的関心を喪失する不安である。どの対象も意味を失い、何一つ満足を与えない。懐疑によって真理に対し絶望が生まれる。  

 

●第3に絶対的には断罪、相対的には罪責という形で人間存在の倫理的自己肯定を脅かす。人間はなるべきものになるよう、運命を成就するよう求められる。しかし人間にはそれに背く力がある。最善の善行にも無が顔を出す。完全さを妨げる。この曖昧性の自覚が「罪責感」を生む。そして審判者として自分に否定的な判断を下す。これが罪責である。

 

●勇気とはこうした“無”にもかかわらず、自己自身の存在を肯定することである。どのような時代のどのような社会もある程度、その構成員にこの勇気を与える制度や伝統を持っている。例えば中世ヨーロッパでは教会が無への守りとなっていた。しかし例えば懐疑という思想が広がるなど大きな時代の変化があるとその守りが崩れてしまう。

 

●ティリッヒによると「近代末期は精神的無の不安、つまり空虚と無意味の不安が生じた。絶対主義の瓦解とリベラリズム、民主主義の発展、技術文明の勝利がその原因である。3つの主要な不安の時代は、各時代(古代、中世、近代)の末期に現出した。それは日常構造と化した意味、権力、信仰、秩序の構造の崩壊で顕在化した」とする。

 

●こうした“無”に直面するためにいくつかの道がある。その一つが集団との完全な同一化を図ることである。それは自己自身の喪失でもあるが不安の解消にもなる。集団の大義に身を投げ出すことは犠牲でなく生の完成と感じられる。運命と死は自分の一部であるそれを破壊できない。これは死の超越である。ただ全体主義やカルトはこれを利用する。

 

●またノイローゼの中に逃避することで絶望という最後決定的状況を回避することもできる。「ノイローゼ的人格は無に対する大きな感受性と深刻な不安ゆえに、固定された(制約され非現実的でも)、矮小化された自己肯定にしがみつく。自分を守る城を築く」。それを崩そうとする人に激烈な抵抗を行う。もちろんこれでは変化に対応できない。

 

●一方アメリカなどでは1930年代以降、体制順応(コンフォーミティ)が増大した。そこでは人間の潜在的可能性は無限であり、人間はミクロコスモスで宇宙的諸力が潜在していると考えられた。人間は大宇宙の創造的過程への参与者なのである。現代の進歩は潜在的なものを顕在化、現実化する動きに他ならない。

 

●これは自然や歴史の創造的過程に参与しその部分となる存在への勇気と言える。その意味は、「生産的行為それ自体の中に現れる。生産それ自身が無限性のシンボルであり、歴史の創造的過程への参与(進歩の理念)、つまり生きる勇気となる」。ここから失業が生きる勇気を喪失させることがわかる。ただ「何のための生産か」という懐疑は抑え込めない。

 

●また個人主義という、自らを個的自己として肯定する道がある。これは個的自己を無視して全体の部分として自己肯定する集団主義の対極にある。個人主義はデモクラシーの翼の陰に守られ成長し、実存主義運動の内部であらわれた。実存主義とは特定の哲学形式で、自分自身であろうとする存在への勇気の最もラディカルな形態である。

 

●こうした分析の上でティリッヒは「勇気は無を超克する力を必要とする。勇気は人間の力、世界の力よりも大きな存在の力に根ざす必要がある。生きる勇気は宗教的根底を持ち<存在それ自体>に参与する。それは無に脅かされたとき感知できる」。と述べ、その宗教的根底、信仰の形態を細かく分析していく。

 

●この本を読んで私は自分自身もこの死による存在の消失、無意味と空虚さ、罪責感という“無”から逃れることはできておらず、いろいろな人生の局面で現れてきたことを認めざるを得なかった。そして今もなお、こうした“無”の脅威にさらされ続けている。

 

●そして私の場合、この“無”に直面する力が体験から与えられているように思う。主な体験としてはラボラトリーを何回も行う中で、グループや関係を動かす力が個人を超えて存在することを体験したこと、また父の死に際し誕生から死に至るまで人を促していく力を感じ取れた体験などがある。結婚という体験もその力を感じさせてくれた。

 

●この力を私は“今ここ”で感じていて、まさにティリッヒのいう「人間の力、世界の力よりも大きな存在の力に根ざす」ものであると感じる。この“今ここ”の流れと共にある時、私は“無”の前でも安らかにいられる。死を恐れないですむし、“今ここ”が生み出すことそのものに意味を感じる。また罪は “今ここ”で常に許されると感じる。

 

●しかし私にとって常にこの“今ここ”の流れと共にあることはとても難しい。そしてこの力を感じていない時、すぐに“無”が忍び寄ってくる。今回この本を読み返して特に私の場合、この“無”への不安は(人や組織に対して)“役立たない”という絶望の形で起こることが多いように感じる(もちろん死への不安もあるけれど)。

 

●“役立たない”とお金を稼げず、生活が維持できない。それは死への不安に直結する。他者や社会に“役立たない”と認められない。これによって自分の存在の意味を見失い、罪責感を感じるようになる。また社会という大きな存在とのつながりを失い、それが持つ意味や許しを得られなくなってしまう。

 

●こうして私は“無”から逃れるために、強迫的に他者や社会に役立つことを求める。しかしそこにはもちろん落とし穴がある。ナチスのような集団が生まれた時、そこに“役立つ”ことは他者の存在を抹殺することにつながるからだ。そこには生きる勇気は存在しない。この行為は“無”を包み込んでいないと言えるだろう。

 

●表面的にどんなに意味ある良い行為に見えても、それが“無”から逃れるために強迫的に行われるなら、それは自分も人も生かすことはない。一方、私が “今ここ”の流れと共にいることで不安を克服し、なお目の前に人のために何かをしたいと思うなら、それは生きる勇気と言えるのではないかと感じる。

 

 

2021年

6月

01日

新型コロナウィルスと私〜5月の大阪の体験に心を寄せる

●私の住む大阪ではコロナの感染者数がようやく減少傾向になり、昨日は約2ヶ月ぶりに100人を下回ったと報道されている。確かに私の家の周りを走る救急車の数も少し減ってきているし(それでも日常よりはかなり多いけれど)、陽性者が出て休校になる市立の学校も週2〜3校程度までおさまっている。

 

●こうした中、母も1回目のワクチン接種を終え、妻も今月末くらいには接種の予定が立ち、私は心理的にだいぶホッとしてきているところがある。これは私だけではないのだろう。大阪の人出はまた増えてきているし、研修など仕事においても普通にやっていこう、前に進もうというような動きも出てきている。

 

●特にワクチンの接種が本格化して、日常に戻れる見込みが生まれている今、私にもそれは理解できる。一方で私の中にはこうした“普通に日常に戻る”ということに、まだついていけない感じもあるようだ。そしてこの感じは5月に大阪が体験したことをまだ消化しきれていないところから生まれているように思う。

 

●大阪では4月以降の急速な感染拡大の中、5月の一時期、入院できないで自宅で療養する人が1万5千人を超えた。重症者数も400名を超え重症病床数を上回り、中等症病院で診療せざるを得なくなった。結果的に軽症・中等症病院に入院できる数が減り、自宅療養者への医療的管理がますます難しくなった。

 

●そして自宅などで病状が悪化した人の入院が遅れ、手遅れになる悪循環に陥った。救急隊員も全力を尽くしてくれたが、数十時間も入院先を見つけられない事例が相次いだ。高齢者の施設においても感染が起こっても入院させることができず施設における療養が求められ、次々にクラスターを引き起こした。

 

●この病に感染してしまった人々は、家族や知人にうつしてしまったのではという罪悪感と、重症化する恐怖心と戦う必要がある。しかも保健所にも電話がつながらず、医療からも見放され、全くの孤独のうちに置かれる。症状が悪化し、死に行く時でさえ一人でいるしかない。

 

●周りの人も辛い。施設で働く人々は世話している高齢者が目の前で医療も受けられない中でなくなるのを無念の思いで見つめるしかない。訪問看護師などの医療従事者も、症状が悪化しても適切な治療を施せず、入院させてあげることもできない中で、「命が手からこぼれ落ちるような」体験をした。

 

●そして結果的に大阪では5月だけで859人の死者が出た。5月31日現在でも自宅療養者や入院調整中の人は5千人を超える。今なお何千、もしかしたら何万もの人々がこの病やその後遺症、さらには恐れや罪悪感に苦しんでいる。大切な人を失った悲しみの中にいる。大阪が受けた傷は深い。

 

●そしてそれはその人の落ち度から起こったことではない。大阪で広がった英国株の特徴は、感染者の多くが「どこでかかったのかわからない」ほど感染性が強いところにある。つまり偶然に左右される程度が大きい。感染したのがたまたまその人であったのであり、それが私であったとしてもなんら不思議はなかったのだ。

 

●私にはこの苦難が降りかかったのが私でなくて「運が良かった」と片付け、この出来事を私から切り離して“普通に日常に戻る”ことはできないと感じる。もちろん私も日常は取り戻したいし、私の中にも、長い冬の終わりに生きものたちが感じるであろう、かすかな動きのようなものがあるのを自覚している。

 

●しかしこれは決してこの大阪が受けた傷を見ないようにして前に進むようなものではない。むしろその痛みと共にあり、その中で生まれてくるようなものだ。かつて震災の体験が長い時間をかけて私という人間を変化させたように、この5月の大阪の体験もまた、私を変化させざるを得ないし、まさに変化させつつあると感じている。

 

●そしてそのためには時が必要だ。だから私は今はもうしばらく静かにここにいたい。そしてできれば施政者やリーダーの方々にも充分時間をとってこの大阪の体験に心を寄せてほしいと願っている。そうしてはじめて二度と大阪の悲劇を起こさない知恵と今苦しんでいる沖縄や札幌の人への祈りが湧いてくるように思うからである。

2021年

5月

27日

温故知新〜『対話の奇跡』 R.L.ハウ ヨルダン社(1970)

●今日はラボラトリーの関係者の間で広く読まれている本書を取り上げたい。訳者によると著者の「ルウィル・L・ハウ博士は、アメリカの実践神学にユニークな位置をしめる気鋭の神学者であり、神学ばかりでなく教育学・心理学にも造詣深く、その貢献は、広く宣教・牧会・教育・カウンセリングの分野に及ぶ」と紹介されている。

 

●神学者の書いた本だけに、神や精霊、教会などの宗教用語も出てくるが、彼は決して何かの信条を押し付けようとはしない。むしろ対話の本質に迫り、それを妨げるもの、そしてそれが生み出すものを考察している。私としては私の関わりの体験を、これほど上手く表現してくれる本は数少ないと感じている。

 

●ハウによれば「人類の将来は、人々の共存能力、すなわち、破壊的にではなく建設的に、防衛的にではなく創造的に、共に生きていく能力いかんにかかっている。」私たちは「お互いに心を開き、孤立の道を歩むかわりに、お互いに補いあいながらその相違を生きていけるように」対話を必要としている。

 

●彼によれば対話とは、「各人の存在と真実が他者の存在と真実に対決させられるような、2人またはそれ以上の人たちの間の真剣な語りかけと応答である」。対話は人を人格的存在にし、共同体を生み出す。死んだ関係を回復させることもできる。これこそまさに「対話の奇跡」である。

 

●私がこの本を読んで改めてハッとさせられたことは次の3点である。第一にこの対話を妨げる土壌として「各個人が自分自身の存在のために感じる(人間の存在論的欲求からくる)必要と配慮」があるとされることだ。簡単にいうと私たちは自分の存在への脅威を常に感じ、存在への保証と確認、生き続けていく勇気を常に求めている。

 

●こうした自己への関心が他者の存在論的配慮を求める叫びを聞くことを難しくする。これがひどくなると独白(モノローグ)が生まれる。自分の存在が確かめられることを求め、人格的な出会いを恐れ、自分自身と自分の意見に賛同する者にだけ寛大である。他者は自分に仕える者、自分の存在を確認するための存在としか考えられなくなる。

 

●一方対話(ダイアログ)とは意味の交流がある人たちの間の呼びかけと応答である。ありのままの自分を相手に与えようと努め、相手をありのままに知ろうと求める。自分自身の真理や意見を他者の上に押し付けようとはしない。これが対話の本質を示す関係、対話的コミュニケーションの前提となる。

 

●私がハッとさせられた第二の点は、この対話には危険があるという指摘である。彼によれば対話的人間は「他者に向かって全存在をかけて応答し、理性だけではなく心情を持って聴くことができる。本当にそこにいる自己防衛的ではなく、仲間と関係を持つことを喜び、彼らに負っていることを認める」

 

●こうした対話では自分自身を差し出す行為が求められる。しかし「差し出したものが床に落とされてしまい、誤解を受けてしまうこともある」。例えば子どもは差し出したものが喜ばれないと自分を閉ざしてしまう。グループで批判が喜ばれないと、グループに貢献するのを躊躇する。対話には危険がつきものなのだ。

 

●従ってハウは対話においては「みずからを与える訓練」が不可欠であるという。それはどんな危険があり、その成り行きがどうであろうとも、語られるべき時には語り、行動が要求される時には行動する責任を負う訓練である。対話に携わるのを差し控えると起こるべきことが起こらない恐れがあるのだ。

 

●だからこうした対話が実現するには、誰かが恐れつつも危険をおかして対話を始める必要があるということだ。ハウはいう。「話しなさい、そして言語と行動を解き放ちなさい。それが応答を呼び覚ますことがあるだろう。それが私たちの責任である」。これは対話を呼びかける勇気と言っていいだろう。

 

 

●そして私がハッとさせられた第三の点は、まさにこの呼びかける勇気が今の私に欠けていることに気づかされたことにある。これまで私はラボラトリーに参加し対話と呼べるような関わりを体験してきた。しかし考えてみるとこのラボラトリーは私の師匠の呼びかけで生まれたもので、私がイニシアティブをとったのではない。

 

●そしてこの本を読む中で、今この呼びかけをすることに怖さと躊躇を感じている私がいることに気づいた。私は対話というものが豊かな実りをもたらすこと、つまり今この世界に起こっている分断や人間を道具としてみる見方を克服し、私が私となることを可能にしてくれる道だとわかっているように思う。

 

●しかし同時にそこに内在する危険や障害がいかに大きいか思い知らされてきた。そこには受け入れられないこと、無視されること、馬鹿にされること、利用されること、攻撃されることなど私には耐えがたい過程が含まれている。だから及び腰になっている自分に気付かされているのだ。

 

●ただこうした私の勇気のなさにも関わらず、私の身体の奥底から他者への呼びかけが今ここに生まれてきているように感じる。可能な限り自分や人を無駄に傷つけることのないように周到に準備をして、私なりにこの“今ここ”で生まれている想いや感じに従っていけるといいなと思う。

 

対話の奇跡 (1970年)

対話の奇跡 (1970年)

 

 

2021年

5月

20日

確実なもの、安定したものにしがみつく心

●最近私は、自分がこの世界を“確実で安定している”と信じたい欲求がとても強いなと思っている。逆に言えば私には、自分自身も含めたこの世界には何一つ確実で堅固なものがなく、常に流動し不安定で予測できないものなのではないかという直感があって、それを怖く感じる気持ちがあるのだ。

 

●この新型コロナの問題でも、感染の原因を特定したい気持ちが強い。飲食やマスクを外した会話などをしなければ大丈夫と思いたくなる。しかし実際には感染している人の飛沫が私のところに「たまたま」飛んで来ても感染してしまう。でもこうした偶然を受け入れるのは私にはとても怖く感じる。

 

●これが怖いのは多分、この偶然を受け入れると災厄から逃れる確実な方法がなくなってしまうからだと思う。物事が起きる原因を突き止め「こうしていれば大丈夫」という方法が明らかになると、私は自分の安全を保てる。それがないと私は心理的安定性を保ちにくい。世界の不安定化に耐えられないのだ。

 

●また社会も確かなものではないなと感じる。ある時は飲食店や観光業界の苦境が取りざたされ「外食や旅行をしなきゃ」となる。しかしある時は病に苦しむ人々や医療現場の大変さが報じられ、自粛が呼びかけられる。ここには確実なものは存在しない。寄せては返す波のように常に流動している。

 

●話は大きくなるが、今の生物学による人間の見方もこうした不安定化に拍車をかけている。私は従来自分の身体を確実で安定した“もの”と信頼していた。ところが実際には3ヶ月もするとほぼ全ての細胞は入れ替わっている。つまり“もの”自体はインプットされ、一時身体を形成し、常に流れ去っているのだ。

 

●だから身体とはこうした“もの”ではなく、それらが集まり入れ替わりつつ一定時間だけ身体を形成する“場所”と捉える必要がある。水流の関係で水が集まり入れ替わりつつ形成される“渦”のようなものだ。“渦”が消え去るように私自身もまた一定時間ののち消え去る。

 

●地学による世界の見方もこうした不安定化を後押しする。“堅固な地盤の上に”とは安定や確実を言い表す常套句である。しかし今地球は、ほんの表皮のような土壌の下でマントルなどが常に流動していることがわかっている。この地球も確かなものは与えてくれない。

 

●物理の法則のように確実に見えるものがある。しかしニュートン力学を相対性理論が包括したように、パラダイムが変わると世界や宇宙の見方も大きく変わる。また科学は目的のための手段的知識は与えてくれるが目的そのものは与えてくれない。それは限定された条件付きの確実性なのだ。

 

●こうして私は今すべてが流動し確かなものが何もない所にいる。ここは足元の確かな地面すら崩れ去り、また自分を確保する手がかりすらもない、極めて頼りない所だ。だから私はつい確かで、安定したように見える何か(指導者、宗教、組織、信条・・)にしがみつきたくなる。溺れる者のように藁をも掴む。

 

●しかし私はこうして無理に確かさや安定や求めることが災厄をもたらすことも知っている。出来事の原因を無理やり探し魔女狩りなどをしてしまいかねない。また牛の糞を体に塗り付ければコロナ感染を防げるといった迷信に惑わされてしまう。全体主義がもたらす悲惨な安定性に逃げ込みたくなる。

 

●だから私は諦めて自分自身に、またこの世界に確実で安定的なものは何もないことを認める。何かにしがみついていた手を放す。そして一見確かなものを映しているように見えるこの眼を閉じると、すべてをうつろわせる流れの中で、今ここにいのちの“渦”が形成されているのが感じられる。

 

●そしてここでは私はもはや怖く感じない。“渦”が崩れ、消え去ることも恐れない。自分を含めすべてが流れの中にあることに安らぎを覚える私がいる。しかし再び目を開けると堅固に見えるこの世界で、性懲りも無く確実さや安定性を求めてしまう私がいる。これからも私は何かにしがみついては手を放すことをし続けるのだろうなと思う。

2021年

5月

11日

温故知新〜「専門家の知恵~反省的実践家は行為しながら考える」ドナルド・ショーン(1983)

●久しぶりにショーンの「専門家の知恵」を読み返してみて、この本は今の私を形作ってくれている本だなと感じた。そして内側から生きる勇気のようなものが湧いてきた。簡単に流れを追ったのち、今の私にとって重要だなと感じたところを取り上げて検討を加えてみたい。

 

●ショーンはまず私たちが従来専門家についてどのような見方をしていたかを分析する。それは「技術的合理性」モデルと呼ばれ、そこでは専門家は、一般的な科学的原理をベースとした応用科学や技術をクライアントへのサービスに適用する技能を持つ人と捉えられる。

 

●そして医学などのように実践のベースとなる知識が基本的で一般的であるほどその人の地位は高くなる。例えば社会福祉士が専門職としてサービスに科学的方法を適用すればするほど、専門職の階層構造の中で上昇していける。知識も階層化され、科学的・一般的知識の地位が高く、実践の知識はその下に位置付けられる。

 

●こうした考えは、科学的な理論と技術を実践の問題に適用するものとして専門家の知識をみなす支配的な見解と言える。この「技術的合理性」は科学と技術の成果を人類の福祉に適用することをねらった社会運動として19世紀に成長した実証主義哲学が生み出したと言われる。そして第二次世界大戦を通じて世界中に広まった。

 

●しかし1960年代以降、「技術的合理性」モデルの限界が指摘されるようになった。「技術的合理性」の視点では専門家の実践は問題の「解決」過程であり、すでに確立された目的にとって最適な手段を選択することによって解決される。しかし現実世界では不確かな状況の中から問題を構成する必要がある。

 

●また「技術的合理性」は目的が明らかな時に力を発揮する。しかし目的が交錯し葛藤している場合は、技術の使用によって解決することはできない。達成すべき目的とその目的達成が可能な手段の両方を構造化し明らかにすることは、問題状況に枠組みを与えるという技術的でない過程を通じてなされる。

 

こうしたことから実践者が不確実で独自な価値葛藤をはらむ状況にもちこんでいる実践的認識論を探索することが必要となる。これが「行為の中の省察」である。例えば大リーグの投手はボールの感じをつかみ、その感じでうまくいったときと同じことを繰り返すノウハウと言う実践的な知識を持つ。

 

●ここで「感じ」は再びそれを実行することを可能にするものである。投手は自分の行為のパターン、状況、暗黙のノウハウについての一種の省察を行う。ジャスのセッションでも集団でつくり上げる音楽に対し、個々人が寄与できる音楽について行為の中で省察する。つまり「音楽の感じ」を通じて省察している。

 

●また教育現場においても、教師は指示に従う能力がないと見ていた子どもに困惑していたが、その感じをきっかけとして詳細にプロセスを観察することで、彼なりに教示に従っている事実を見出した。このように不確かな独自の状況の中で、感じや驚き、困惑、混乱を省察することで、現象の新たな理解と状況の変化とを共に生み出すことが生じている。

 

●ショーンはこうした知が十分に社会的に認知され、位置付けられていないことに問題意識を持っている。そして専門家が「実践の中の省察」を通じて知を生み出しつつ実践を行う反省的実践家になることを提唱するとともに、それを科学的な研究に結びつけていく必要を論じた。

 

●今思えば私の中でも、こうした「技術的合理性」から「行為の中の省察」への変化があったなと思う。私は子供の頃は「技術的合理性」モデルに疑問を持たなかった。しかし社会に出る頃になると、現実世界の中で不確実で独自な価値葛藤を体験するようになった。

 

●就職した銀行は自分には合わないように感じる。でも自立と安定のためには勤め続ける必要がある。どう生きたら良いのか?こうした人生の意味と目的に関わる問いには科学や知識はあまり役立たない。一方自分が持つ「感じ」なども、主観的で不完全でうつろいやすく、頼りにできるものとは思えなかった。

 

●しかしその後ラボラトリーと出会い、グループにおける関わりを通じて、「感じ」が持つ意味を徐々に理解することになった。今ここで生まれる「感じ」(例えばある人への違和感を伝えたいと言う感じ)を大切にして、必要であれば伝え聴くことで、体験からの学びが生まれてくる。また関係も深まっていく。

 

●またこの「感じ」を私は覚えていて、次の似たような機会にまたこの「感じ」が生まれているなと気づけると、同じように関わることができる。大リーグの投手のように「感じ」は再びそれを実行することを可能にするのである。こうして体験から「感じ」をある種の知恵として頼りにすることを学んでいったのである。

 

●その後この学びを日常に当てはめ、今ここで生まれた感じを頼りに銀行をやめることになった。今考えればその後自分らしく生きる道を歩む第一歩になったと思う。こうした文脈の中で私はこの本を読み、私は今ここでの「感じ」を大切にした「行為の中での省察」をしていたのだなと気付かされた。

 

●たぶん私は、自らの生の意味を問いよりよく生きるために「私を生きる専門家」になる必要があったのだと思う。自分に今ここで生まれてくる「感じ」を頼りに、利用できる科学や知識などもフルに活用して「行為の中での省察」を行い、私を生きる知恵を自分で築いていく必要があったのだ。この本は私が私を生きるのを手助けしてくれたと感じている。

 

 

2021年

5月

04日

大阪の苦しみに心を寄せる

●最近国のトップにいる人々や他府県の首長、感染症の専門家から、コロナの流行に関して「大阪のようになる」とか、「大阪のようにならないように」などの言葉を聞くようになった。もちろん私は他の地域にいる人たちに大阪のこの経験と苦しみから学んで欲しいと思うが、その前にもう少し大阪の今ここにある苦しみに心を寄せて欲しいとも思う。

 

●この大阪の苦しみを象徴しているように思えるのが救急車のサイレンだ。今朝も11時までに既に10台以上通り過ぎていったし、たった今この瞬間にもまた聞こえ始めた。こうした状況がここ10日ほど続き、街に緊迫感を生み出している。散歩していて、住宅の前に長い時間とまっているのを見ることも増えている。

 

●なぜこんなに救急車が必要なのか。それはもちろんコロナの感染爆発に関わっている。大阪市のホームページによると4月28日現在(それ以後更新なし)のコロナの患者数は10,426人である。今はもっと多いだろう。総人口は275万人なので、ざっと200人に1人くらい今コロナにかかっている勘定になる。

 

●そのうち入院できているのは10分の1の1,097人で7,758人は自宅療養、宿泊療養は234人、調整中が1,337人である。感染症専門医の忽那賢志さんのまとめによるとコロナ感染症では15%が中等症(呼吸不全で酸素投与が必要)に、5%の人が重症(人工呼吸器かEcomoを装着)になると言われている(英国株ではもっと多い可能性も指摘されている)。

 

●だから単純に考えると1万人の患者のうち、2000人は中等症や重症になり入院が必要となる。しかしベッド数には限りがあるからすぐ入院はできない。ここで救急車が登場する。症状が悪化しつつある人に当面の酸素投与を行い、何とか病院のベッドがあくのを待って搬送する。

 

●大阪ではこうして救急車が、容体が悪化した患者を抱えて数時間から数十時間待機することが続いている。この他にも重症化した患者の転院などでも救急車が必要となる。通常の救急も行われているのだから私の家の周りでサイレンが鳴り響くのも無理はない。

 

●私にはこのサイレンの音が、大阪があげている悲鳴のように感じられている。もちろん今重症化し苦しんでいる人が数百人もいる。しかしこの病はいつ急激に悪化するかわからない。軽症の人でもこうした懸念は払拭できない。特に医療や看護の手の届かないところにいる1万人の自宅療養者は今どれほど不安だろう。

 

●この自宅療養者には家族がいるはずだ。患者自身は同居している家族にうつしてしまわないかさぞかし心配しているだろう。看護している家族にも、感染への恐れと患者の病状悪化への不安があるに違いない。加えて経済的に苦しい場合は、生活をどうしたら良いかという悩みも出てくる。今この時に数万にのぼる人々がこうした苦しみを味わっている。

 

●最近大阪府の入院の調整を行う部署のトップが、「高齢者の入院の優先順位を下げざるを得ない」と保健所などにメールを出して問題となった。しかし現実に重症者用のベッドは溢れ、数十人もの重症者が中等症の病院で見ざるを得ない状況にある。この中で「誰を助けるか」の問題に直面する医療者が今ここで受けている心の傷はいかばかりだろうか。

 

●そして病院を支える医療者にも負荷がかかり続けている。もちろん休みなく働く辛さもある。しかし特に今もっと早く診ることができていたら助かった命が、ベッドの空きがないために手遅れで運ばれてくるがゆえに助けられないケースが増えているという。想いを持って働いてくれる医療者にとってその無念さはいかばかりだろうか。

 

●特養などの施設では陽性者が出てもすぐに入院できない状態も生まれている。そのため施設のスタッフは自ら感染するリスクの中で、世話をしてきた高齢者が目の前で症状が悪化していくのを、ただ手を拱いて眺めるしかできない。これはどんなにか辛いことだろう。その家族もどんなに歯がゆいことだろう。

 

●病院のICUなどは大阪ではほぼコロナ専用にされているが、そのため他の病の患者を後回しにせざるを得ないと言われている。癌や心臓病、脳梗塞など緊急の病はいくらでもあるが、その手術などを待たされるのは本当に辛いだろうなと思う。その家族も気が気ではないだろう。

 

●このようにコロナ感染症による苦しみは、今患者となっている1万人の人だけのものではない。その家族や施設スタッフ、医療者、他の病の患者も当事者として苦しんでいる。それは数万人にも達するだろう。明日自分や親しい人が感染するかもしれない不安や恐れも含めれば膨大な市民が今ここで苦しんでいる。

 

●こうした中、私は滋賀県が重症者を一人受け入れてくれたこと、鹿児島県や山梨県など全国の看護師さんが助けに来てくれたというニュースを聞くと泣きたいほど嬉しく感じる。本当に辛く苦しい時は、小さな支援が支えになる。だから大阪の今ここにある苦しみに心を寄せて欲しい。そして「大阪のようにならない」ために備えて欲しい。

2021年

4月

27日

温故知新〜『共同と孤立に関する14章』第2部 A・V・カーム/B・V・クロウネンバーグ/S・A・ムトウ共著/巽豊彦訳 中央出版社(1979)

●4月13日に取り上げた第1部に続いて、第2部も序から始まり、関心、離脱、与える、受ける、創造、同化、回帰について各章が割り振られている。今回は第2部を一章ずつ検討した後、ラボラトリーでよく読まれる「共にあること」を引用してみたい。それはこの言葉がこの本のエッセンスと言えるように思うからである。

 

●まずその人のありようを示すものに、他者に対してどのように「関心」を向けるかがある。人に関心がない自己中心的な人もいる。支配するため、自分の打算のために他者に関心を向ける人もいる。昆虫をピンで留めて拡大鏡で観察するように見つめる人もいる。

 

●一方でその人が“今ここ”でどのような気持ちや想い、身体の感じを与えられているのかに目を向ける人もいる。他者もまた私自身と同じように“今ここ”に応答することを求められる存在として尊重する時、私はその人がその人であることに敬意を払い、受容することになるだろう。

 

●しかしこうして他者に関心を向け近づく瞬間には「いつも遠のいて動機を調べ直す瞬間がともなっていなければならない。近づこうとするのは、ただ好奇心を満足させるためだけなのだろうか。それとも、人間の尊厳を重んじる気持ちがそこに加わっているのだろうか。」

 

●このように人を大切にする共同のためには、私はまず自分の動機、つまり“今ここ”にある思考、感情、空想などを確かめるための「離脱」が必要となる。またこの離脱によって、私ははじめて、(他者に対し)どこで賛成しどこで反対なのかがわかってくる。またわれわれが多くの領域で互いに異なっていることが自覚される。

 

●また「与える」ことは、ものを贈るにせよ自己開示にしろ、そのベースにある“今ここ”の想いや気持ちを分け与えることである。そして「愛を与える」とはその人がその人になる自由を与えることである。「私をして私自身たらしめてくれる人々、そういう人々が与えられているというぐらいすてきな贈り物は他にありえない。」

 

●同様に「受ける」ということは、提供されたものをわが物にするというだけではない。相手の人の“今ここ”の想いや気持ちを受け取ることである。そこを受け取ると気持ちよく関係を結ぶことができる。もちろん私の自由を束縛しそうな底意のある贈り物もあるが、それは丁重に拒絶することができる。

 

●また自分に向かい合い“今ここ”を大切に世界と関わるとそこに「創造」が起きてくる。しかし創造は常に歓迎されるわけではない。「創造的な生活ができなくなった人は、創造性が画一性をおびやかすかのように感じる。」こうした共同体の中で「私はこの賜物を軽んじて人格をしなびさせることもできるし、大事に育てることもできる。」

 

●さらにこうして離脱によって自分に向き合い、他者と共同する中でなじみのない思想とか感情と出会うことがある。これを放置しておくと「私の生活に害を及ぼしかねない。よそものの知識、いら立たせる意見、胸につかえる感情などが、分裂や混乱のタネになりうるのである。」

 

●つまりこれらの体験は「同化」、つまり体験からの学びによって自分の中に取り入れられなければならない。もちろんこの「同化にあたっては、自分なりのペースを見出すことが肝要だ。」さもないと「本来の私自身を忘れてしまいかねないのだ。」

 

●このように「他者に向かって身を乗り出したら、その出会いの成果を自分のものとするため、私自身に立ち戻らねばならない。」これが「回帰」である。「私が自己を最大限取り戻したとき、私の人生のあり方がもっともはっきり自覚される。回帰を伴わない行動は単なる消耗に過ぎず、群衆の支配に引きずられてしまうかもしれない。」

 

●「回帰するとき私は、自己と他者と世界のもっとも深い意味に参加するようになる。私は、全存在の一部になったと感じる。そういう参加は、攻撃的な征服というよりは謙遜な受容であり、語ることよりは黙することである。このような深遠な回帰、充実した自覚は、この世界に新たな仕方で存在せよという誘いとして、恵まれるものなのである。」

 

●この本を読み直すことによって、“今ここ”を大切に生きることは「私が真に私になる」ことであり、しかも同時に真に共同体の一部になることでもあることを再認識させられた。自分の“今ここ”をないことにして他者や世界に合わせることは、自分だけでなく共同体をも損なう行為なのだと改めて感じる。最後に「共にあること」の原文を引用しておこう。

 

「共同の秘訣は、昨日と今日、今日と明日をつないでいる何気ない出来事を、一つ一つしっかり生き抜けるようになることだ。共同とは、われわれのなかに、またわれわれの周囲に現実に存在するものを、見たり聞いたり、それに触れたり、味わったりすることだ。思考、感情、空想といった個人的能力を結集することだ。つまり人格としての自己に面と向かうことである。」

 

「共同とは、ささやかなものに心を寄せることだ−一枚の草の葉、飛び回る虫、ふくらみゆくつぼみ、巣立ったばかりの小鳥など。共同とは、美しい旋律に耳傾けることでもあるが、それと同時に、聞き馴れた音にも注意を向けることだ−吹きすさぶ風の声、軒端うつ雨の響き、道ゆく人の足音、幼子のすすり泣き、工具のうなりなどに。共同とは彩色豊かな絵画に接することでもあるが、それと同時にありふれた物の姿に美を見出すことだ−バラの花の赤さ、思いにふける顔、新緑のみずみずしさ、優雅な裾さばきなどに。」

 

「共同とは互いに耳を傾けあうことだ。友情を持って接する時、自分には役割があるという生き甲斐が感じられてくるのである。共同とは、自己と他者の織りなす世界にかかわることだから、一人楽しむ想像の世界にかくれこんだりはしない。むしろ人々の苦悩と努力に力をあわせるのだ。」

2021年

4月

22日

新型コロナウィルスと私〜私が私であることの大変さと大切さ

●ひと月ほど前、英国株に備える必要性を感じ焦燥感に駆られていると書いた。あの時は私なりに事前の準備を促すことで救える命があるかもしれないと感じ焦っていたのだ。しかし今現実に大きな感染の波がやってきて、あの時予測した通り大阪では入院できない人が溢れ、子供達にも感染が広がってしまっている。

 

●これから起こることを予測すると恐ろしくなるが、こうなってしまってから私にできることはほとんどない。だからかえって心の負担は軽くなっている。とは言ってもこのひと月感染拡大の中で、“今ここ”で起きてくる気持ちや想いを大切にするという単純なことがとても大変なことだと再認識させられた。

 

●例えば私は仕事でラボラトリー方式の体験学習の研修をしているが、グループワークなどが入るため三密になりやい。今週も一つ研修の予定があったのだが、英国株がどのくらい感染しやすいかがまだわかっていない中で実施するのは受講者にも自分にもリスクが高いように感じられていた。

 

●しかし私に研修を依頼している組織は実施することを決定したのである。私としては意味を感じてやってきた大事な研修でもあるし、長年お付き合いしてきた先でもあるので、何とかやりたい気持ちが強い。また私が断ると研修の中に穴が開く時間が生じるが、研修担当者は困るだろうなという思いも湧く。

 

●こうした葛藤のなかで先方の担当者と何回も話し、結局お断りすることにした。もともと感染拡大している状況では私の方からお断りすることを事前に了承してもらっていたので、こうして自分の“今ここ”を大事にすることができた。しかしこの決断に至るのは私には大変だった。

 

●そしてそれが可能だったのは組織の外の人だからだろうなと感じている。組織の中にいたら、自分に命令できる誰かが実施を決断すれば私がどれだけ危ないと思ってもやらざるを得ない。一方私には責任もなくなる。その中では私は自分の“今ここ”を大切にすることを諦めざるを得なかっただろう。

 

●でも「“今ここ”を大切にすることを諦める」ということは重大な意味を持つように感じる。これは何が大切かを感じ考える責任、それが引き起こす結果に対する責任を人に委ねて、他の人の意図にそのまま従う状態になっていると言えるからだ。そしてその他者が悪い意図、間違った意図を持つ時、私はその意味を検証せずに実行してしまう。

 

●そしてコロナの状況は、こうした仕事場面はもとより、人と会うかどうかという何気ない行動においても、葛藤を引き起こしている。会いたいという想いと会うことの怖さが常に今ここで葛藤する。本当に“今ここ”を大切にして私が私であることを全うするのは大変だと思う。でも今こそそれが大切であるようにも感じられている。

2021年

4月

13日

温故知新〜『共同と孤立に関する14章』第1部 A・V・カーム/B・V・クロウネンバーグ/S・A・ムトウ共著/巽豊彦訳 中央出版社(1979)

●ラボラトリー・トレーニングには夜の集いというものがある。一日集中的なグループ体験などをした後、夜に静かに過ごす時を持つのだ。そしてそこではよく「共にあること」という短い詩のような言葉が朗読される。その出典となっているのがこの本である。それだけに私にとってはとても馴染深い。

 

●この本には著者たちがその実存を生きる中で培った知恵が書かれている。それだけにパッと読んで理解できるものではない。また客観的事実を知るようにスッキリとは受け取れない。ただ自分に起きた深い体験を内省した後に読むと、言葉のいくつかがふっと心に染み入るようなわかり方が起きるように思う。

 

●そして今この時期に読み直してみて、ここに書かれている知恵もまた “今ここ”を生きるということと、とても関連しているように感じている。またこのコロナ禍の中で生きる私にとって励まされるところもある。そこでまずその第一部の7章を取り上げ検討してみたい。

 

●この本はその名前の通り、共同(共にあること)と、孤立(一人でいること)の関係を洞察した本である。第一部は序から始まり、交わり、隠退(身を引くこと)、労働、余暇、経験、評価、共同が一章ずつ取り上げられている。この第1部で私の心に染み入ったのは「交わりが実現するためには、まず身を引かねばならぬ」という言葉であった。

 

●著者によると「身を引くのは人生からの逃避ではなく、人生の深奥をきわめるための旅立ちである」。つまり何かをやりとげるとか、手に入れるとか、そういうことから身を引いて、自分の内面から“今ここ”で湧いてくる「本来の自己であれ」という招きの声に耳をふさぐことなく応えることである。

 

●何らかの社会運動に身を投じ、自己の一切を捨てて没入する瞬間は、自己からの完全な逃避の瞬間である。著者は言う。「私が一番逃げたがっている相手、それが自分自身にほかならぬことに気づくだろう」。人との交わりは自分の内から湧いている“今ここ”の想いや感じに目を向けるところから始まるのだ。

 

●そして「本来の自己であれ」という“今ここ”の声に応える時、労働は単に生活費を稼ぐためのものではなく創造の心を持つものとなる。それは「利益と生産を追い求めながら、同時に人格的成長に役立つ。楽しむこともでき、人類への奉仕もでき、崇高な目的に献身することもできるのである」。

 

●そして余暇は「日々の義務にあくせく追われることから離れて、人生と世界における楽しく聖なるものへの参加を求める」ものとなる。つまり余暇によって詩の一行、草の香り、愛する者の死など「読んだこと、感じたこと、苦しんだことが、私のものとなりうる」。こうして経験が深まる時、人生は豊かになる。

 

●もちろん経験とは「思い切って変化し、思い切って適応することである」から、経験の吸収には終わりというものがない。また日常において私たちは自由と制約の緊張関係におかれているが、こうした制限は「束縛の中の自由」に創造的に働きかけよとの誘いである。制約は新たな経験へと私を導く。

 

●こうした経験は評価されることによって、その実態を明らかにし、全体的な人生の意味に組み入れられる。起きた出来事や自分の言動を“今ここ”でどのように感じているかに目を向け、手段を目的としていないか、改めてそれは「何のためか」を吟味する。これによって他者の反応で生きるだけにならずに創造的反応が可能になる。

 

●そして「人生が私にとってもつ意味、それをあらためて主張する勇気がそなわったとき、私ははじめて私自身となり、私の信念に内容を与えることができる」。こうして孤独のうちに人生に耳を傾けるとき示されるのは何世代にもわたって積み重ねられてきた英知であり、それが共同に向かう心の準備となる。

 

●こうして孤独の内に自分の内面と向き合い、私自身が自己と一致するとき、他者との交わりが始まる。自分は何のために人と交わるのか。羨望と嫉妬と貪欲にとらわれている場合もある。権力への意志を胸にかくしている場合もある。しかしその場合の関わりは、人を自分の支配のもとに置くためのものとなる。

 

●しかし孤立の中で自己の奥底までくだった私が、人間世界の根底に目を凝らす時、そこに人間同士を結びあわせる要因が見出される。人間は協力しあうことがなければ、みずからの人間性を失う。ただ自己の内面での心の準備なしに協力すれば、一つの人格としての私は破滅してしまうかもしれないのだ。

 

●この第一部を読んで私は思った。コロナ禍は確かに私にとって大きなストレスになっているし、人との接触が制限されていることも苦しいことがある。しかしその制約は同時に私に、自分の内面の声に耳を傾け、人間世界の根底で人間同士を結びあわせる要因を考察する時間を与えてくれている。

 

●例えばキルケゴールをじっくり読むことも、温故知新をすることもコロナ禍で初めてできたことだ。この時間がなければラボラトリーの活動が自分にとってどのような意味を持つかを言葉にすることもなかっただろう。こうして見ると、このコロナ禍の期間は改めて私が共同に向かうための貴重な準備の時間となっているようだ。

2021年

4月

06日

温故知新〜「サーバントリーダー(The Servant as Leader)」ロバート・K・グリーンリーフ(1991)

●何週間か前に「サーバントリーダー(The Servant as Leader)」を読み直した。著者のグリーンリーフは優れた経営者として名高い。以下を見ていただくとわかるが、彼の説くリーダーシップはとても格調高い。それだけに私は最初近寄りがたい感じがして、ブログにも何を書いていいか思いつかなかった。

 

●もう少し言うと、私はとてもこんな強い人にはなれないと感じ、私には関わりがないと思ってしまったのだ。しかし別の仕事で“今ここ”が何を生み出すのかを考えていた時、ふとここで書かれているリーダーシップこそ“今ここ”を大切にすることで自然に生み出されてくる影響力なのではないかと気づいた。

 

●彼によれば社会を動かす活動を支える本質的な力は、奉仕し導く能力を持っている人々の信頼関係が醸成されることにある。つまりより良い社会が築かれるかどうか、すべてはどのようなリーダーが出現し、私たちがどのようにリーダーに反応するかにかかっている。

 

●だからこそグリーンリーフはより多くのサーバントがリーダーとして出現すべきであり、私たちはサーバントリーダーにのみ従うべきだと主張する。このサーバントリーダーは何よりもサーバントである。初めに奉仕したいという自然な感情があり、奉仕することが第一であり、その上で導きたい感情がある。一方権力欲、物欲のある人は奉仕を後回しにし、リーダーシップが優先される。

 

このサーバントリーダーにとって優先順位が高いニーズは、奉仕を受けている人たちは人間として成長しているか奉仕を受けながら、より健康になり、賢くなり、より自由になり、より自律的になり、自分たちもサーバントになりたいと感じているか。社会で最も恵まれない層に与える影響は?その人は恩恵を受けるだろうか?少なくともこれ以上搾取されないだろうか」である。

 

●こうしたニーズを実現するためのサーバントリーダーの役割は「常に誕生しつつある本質的な動きに目を凝らし、耳をすまし、そして待つ」ことだ。そして予言的な声を聴き、「自分たちが合理的で実現可能と思う社会と、本来社会に奉仕するために存在しながら、組織維持だけに動くあらゆる組織の愚行の間のギャップと激しく戦う」ことである。

 

●具体的には自らイニシアティブをとり、他者に方向性を示す。洞察力によって予見し、地図にない領域を進む。時に身を引いて本当に必要なものを見出す。粘り強く他者に耳を傾け理解し、共に歩む人たちに共感と無条件の受け容れを提供する。そして他人の重荷を背負いながら、先頭に立って道を示す。

 

回りの状況から感じとれる兆候を生かせるように知覚というドアを開き、すべての物事をありのまま見る。反対運動ではなく穏やかな説得によって一つずつ物事を進めていく。新たなコンセプトを作り、周りを癒しコミュニティを形成する。より大きく・より健康に・より強靭に・より自律的に成長する人たちの集団を作り上げる。

 

●こうしたリーダーが実際に担う役割はさまざまである。ある人は制度上の大きな重荷を背負う。又ある人は静かに一度にひとりの人間とだけ向き合う。いずれにせよそこでは人を支配するパワーではなく、サーバントの説得力と模範が機会や選択肢を与え各人が自律の道を歩めるようにする。

 

●グリーンリーフが説くこうしたリーダーシップはどこから生まれてくるのか。それがもし意志の強さから生じるのなら私には到達できない理想に過ぎなくなる。しかしもし今ここ”を大切にすることで自然に生み出されてくる影響力(リーダーシップ)なのであれば、それは私のような弱い者にも関係したものとなる。

 

●例えばグリーンリーフはサーバントリーダーはまず聞くことを学ぶ必要があると述べる。そして受け容れること、共感することが必要と言う。リーダーとともにいる人々は、自分を導く人が自分に共感し、ありのままの自分を受け容れてくれると、能力や成績を批判されてもぐっと成長する。

 

●これはまさに“今ここ”を大切にすることが自然に生み出すものだ。他者の今ここ”に起きている気持ちや想い、感じを大切に聴き受け取ることで、受容と共感は生じる。また同時に今ここ”で感じたことを伝えあう関わりの中で自分も相手もより自分らしく成長することができる。

 

●また今ここ”を大切にすると言うことは、今ここで現実に起きていることを見て、触れて、感じて、そのまま受け取ることでもある。つまり否定的な感情や、過去に作り上げた考えと相反するデータ、周りの人に生まれている自分とは違う想いを否定せず、そのまま受け取ることである。

 

●これは自分や組織の維持のために都合の悪い“今ここ”からから目をそらし、否定することがないと言うことだ。これによってその人は「誕生しつつある本質的な動きに目を凝らし、耳をすまし、そして待つ」ことができる。自分と人々、世界に起きていることをありのままに見ることができる。

 

●ここから自然に予見が生まれることがある。そして今後苦しむ人、困る人、人を苦しめる社会の問題などが見えた時、その人たちのために「何かできないか」という、止むにやまざる想いが“今ここ”で湧いてくる。その“今ここ”に応答する時、自分から動くと言うイニシアティブが生まれてくる。

 

●ただこうして“今ここ”を大切にすることは大きな危険を伴う。“今ここ”で湧いた気持ちや想いを相手よりも先に自己開示するのは決して簡単なことではない。受け容れられない怖さ、それを利用されて自らが傷つくリスク、不利になる危険を冒す必要がある。

 

●またあるがままに見ることから生まれる先見性は、多くの人の無理解にさらされる。例えば未来に起こりうる災害を予見し、備えようと訴えることは、多くの人にとって受け容れられない。予見できない人にはただの時間とコストの無駄でしかないからだ。だからこうした予見者はリーダーの地位にとどまることが難しくなる。

 

●さらに自分や組織の維持を大事にする人にとって、“今ここ”をあるがままに見てその事実を示されることは大きな脅威になることがある。見たくないものを見せる人には容赦ない攻撃が加えられるだろう。グリーンリーフの言うように“今ここ”を大切にすることには「激しく戦う」と言う側面もあるのだ。

 

●こうした困難にも関わらず、サーバントリーダーはどのように「奉仕する心」を持ち続けるのだろうか。その人の強靭な意志によってであろうか。これも私はそうではないと思う。“今ここ”を大切にすると、自然に予見が生まれ、想いが生まれ、他者や世界に関わらざるを得なくなっていく。

 

●「奉仕する心」はこのように“今ここ”に導かれて生まれてくる。こうして見ると、おそらくサーバントリーダーシップとは強い人のものではない。むしろ私には弱いがゆえに自分には頼ることができないと知っている人、だからこそ“今ここ”に自分を委ねそれを大切にする人に与えられる影響力のように感じる。

2021年

3月

29日

 備えることで救えるいのち〜コロナ第4波に向けて

●このところ新型コロナ感染症の第4波が始まっているという報道が出始めている。しかし私の見る限り、新たな流行に対応しようと備える動きは鈍いように見える。それも当然なのかも知れない。本当に頑張って今年度を乗り切り、苦労して今のコロナへの対処法を確立させたばかりだからである。

 

●しかし私の中では焦燥感といってもいいほどの危機感が膨らんで来ていて、周りとのズレを耐え難く感じ始めている。そこでなぜ私がそんなに危機感を感じているかを探ると次の4つの情報がその背景にあることがわかってきた。それはコロナの変異株についての情報である。

 

●まず信頼できる情報によると英国型の変異株は、感染力が従来株より70%程度高い可能性がある。1人の感染者から何人に感染するかの割合(実効再生産数)も、従来のウイルスより0.52から0.74程度高い可能性が示唆されていている。致死率も同程度高くなると言われている。

 

●実際札幌などでの集団感染において感染する人の割合が倍増していることが明らかになっている。第二に特に大阪では、陽性になった人を検査すると3〜4割が英国株であることがわかっていて、変異株が既存株に取って代わる過程にあると言える。これはいずれ全国に広がるだろう。

 

●第三に英国株では小児への感染性が高まることや、死亡リスクの増加などを示す結果が報告されている。実際、日本でも子供への感染例が増えている。専門家は「(小児が感染のけん引力である)インフルエンザに近い状況になるため、対策が変わってくる可能性もある」と述べている。

 

●第四に英国の研究から知的障害や精神疾患の人は死亡率が高いことが確認されていて、日本でも療育手帳などを持つ人をワクチンの優先接種にするかどうかの議論が始まっている。学校現場にも一定割合こうした子供たちはいるが、実は高齢者や基礎疾患を持つ人と同じくハイリスクグループであるということになる。

 

●これらの情報を総合すると、これから英国株が蔓延すること、そしてインフルエンザのように学校が主な感染経路の一つになることが予測される。もしかするとこれまでは安全とされてきた接触でも、感染率が高まる英国株では安全でなくなる場合もあると覚悟する必要があるだろう。

 

●これはハイリスクグループである子供たちや、子供と同居している高齢者などが大きな危険にさらされることを意味する。また英国株をこのまま放置すると、急速な感染拡大のため医療体制が逼迫するのも予測できる。悪くするとまた入院調整の名の下に、実質的な命の選択が行われる可能性もある。

 

●私にはこれらはあてずっぽうの予想ではなく、ほぼ確実な未来であるように思える。しかも今後2〜3ヶ月くらいに起こる可能性が高い。それにもかかわらず私には、英国株によってもたらされる災害を最低限に抑えるための備えが十分にできていないように感じる。これが私の危機感やズレの根本にある気持ちなのだ。

 

●英国株に備えるにはコストも時間もかかる。「もう嫌だ!」となっている人々に働きかけるのは大変だ。備えを説いて、もし起こらなかったら責任を問われるかも知れない。しかし起こってからでなく事前に備えることで助かるいのちがあるように思う。私も今一度より安全に行動することに気を配り、また周りの人々に事前に備える大切さを伝えていきたいと思っている。

2021年

3月

20日

温故知新 『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より 第6章 Tグループ理論の現状 J.R.ギッブ要約

●今週は『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より6章Tグループ理論の現状を読み返してみた。改めて私のような実践家にとって、理論や研究といったものが実践を導いてくれるものであるかを再確認している。ここでは実践家にとっての理論の意味について書かれた部分を要約しておきたい。

 

●以下要約

「まず理論はTグループで取りうるいくつかの行動の選択肢を明らかにできる。どの程度意図的に働きかけるか、どの程度個人のレベル・集団過程のレベルで働きかけるか、どれほど「いま・ここで」あるいは「あのとき、あそこで」という立場でふるまうか、自分自身や他者の敵意をどの程度までかきたててよいのか、自分の感情・態度・動機づけはどこまで露呈してもよいのか、成員や自分自身に対してどこまで庇護的であればよいのかなどである。

 

 論文で明らかになる第二の選択肢はTグループの目的をどこにおくのかにある。例えば治療なのか、技能の開発なのか、行動の変革なのかである。第三の選択肢はトレーニング・コミュニティの形成において、Tグループをラボラトリーの中にどのように組み込むかである。ただ上記の指針となる研究を見出すこと困難である。これらの論文は、トレーニングの手引きを与えはしない。

 

 トレーナーはトレーニングの理論が彼らの理解している行動科学や社会科学の全知識体系にも合致し、さらに自己の価値体系や存在論との統合をもたらすことを期待してよい。これはグループに自己を投入するトレーナーには必要とされる。対人的役割、成長と精神的健康にも不可欠である。」

 

●特に私が感じたのは要約の最後の部分に書かれた理論と知識、そして「自己の価値体系や存在論との統合」についてである。こうした活動をしていると、自分の存在にも関わる「何のために」という問いに答えざるを得ないし、次は知識や理論に基づく「どのように」にも答える必要がある。これを統合していくことが実践家には求められるように感じている。

 

要約はこちら

2021年

3月

17日

バイアスとラボラトリー・トレーニング

●先週バイアスについて書いたのだが、その後もこのテーマが私の心を離れないでいる。特にピークエンドの法則(ピーク時の体験の強さと終わり方でどれほど良い体験(または悪い体験)だったかが判断される)の持つ意味が気になり、そこに想いが戻ってしまう。それで書きながらもう少し考えを深めてみようと思う。

 

●私たちは生きていく上で大量の情報を処理する必要があるので、情報を短時間で自動的に処理する(例えば顔認識など)システム1と、それがうまくいかない時に注意して情報を処理する(計算など)システム2を進化させてきた。システム1はあまり考えないで直感的に物事を捉え処理するが、大体の状況ではそれでうまくいく。

 

●しかし特定の状況では繰り返し判断と選択についてエラーを起こしてしまう。だからよほど注意してシステム2の助けを借りないと正しく認識できない。ピークエンドの法則についても実験用のモルモットでもみられる特徴というから進化の過程で生存を確保する上で有利な点があったに違いない。

 

●しかしこれが前回取り上げた「講釈の誤り」(過去の出来事や体験について誤った因果を組み立て、過度に単純化したストーリーとして捉えるバイアス)と組み合わされると、人間やいのち、社会、歴史など私たちが生きる上で大切なものを直感的に誤って捉えてしまう可能性があるように思える。

 

●これらのバイアスはまず人の見方に影響する。特によく知らない人の場合、今の地位や置かれた状況(エンド)と過去の業績や事件(ピーク)で「あの人はこんな人」と判断することがある。そして今に至った原因についても、一流大学卒だから、容姿が美しいからなどと勝手に因果をつけて捉えてしまう。

 

●こうした人の見方は、人の成長とは何かという考えに影響を与えずにはいない。ここでは成長とは好ましいとされているエンド(地位や状況)を得ることと捉えられる。そしてそのための教育と努力がなされる。一流の会社に入った人、アスリート、学者、政治家など「何者か」になった人が目指すべき模範となる。

 

●こうなるとこうした人の見方は生涯にわたって人を評価する基準となる。好ましくないエンドを持つ人は過去の過ちや罪を探られ、避けられ、低く見られる。職を失った人、結婚に失敗した人、罪を犯してしまった人などは、それまでにどれほど良いことをしていても、それがエンドとして認識されて悪く判断される。

 

●この評価は自分にも向けられる。私自身大学卒業後一流と言われる銀行に入ったが、途中でやめることになった。しかし仕事がない自分、昼間から遊んでいる自分、名刺を出せない自分が受け入れられず、自分への評価が大きく下がってしまった。

 

●こうした考えが行き着くと、歴史の流れが有名な一握りの人によって作られたと考える歴史観を生み出すことになる。この歴史観では業績や貢献が知られていない(ピークのない)「何者でもない」人々は、他者や社会に影響を与えることのできない価値のない人々と捉えられてしまう。

 

●さらにこうした見方は罪の意識や罪責感に関連する。それが典型的に出てくるのが病に犯された時だ。私の父は晩年ガンで苦しんだのだが、よく「俺は悪いことをしていないのになぜ?」と問うていた。今の状態を、本来因果関係のない過去の自分の行為で説明する事例は枚挙にいとまがない。ここには罪のゆるしというものがない。

 

●これは例えば認知症になってしまった自分や老いた自分をどう捉えるかにも関わってくる。ピークエンドの捉え方では、認知症や老いによって自分は「役に立たない人になった」(エンド)と捉えてしまいがちになる。もう用済みの人間として自分を捉えてしまうと生きる希望を失ってしまいやすい。

 

●私はこうした人間観、社会観、歴史観、罪の捉え方、病や老いの捉え方はピークエンドと講釈の誤りというバイアス、つまり認知と判断の系統的エラーから生まれたものだと知っておくことが大切だと感じる。つまりシステム2を使って深く考えることなく、直感的に捉えることで起こる過ちである。

 

●こうした意味でラボラトリー・トレーニングが、こうしたバイアスを乗り越える力を与えてくれたように思う。ラボラトリーでは「今ここ」を大切に人と関わる体験をするが、日常から離れ集中してこうした体験をしてその意味を吟味することで、システム2の助けを得られるのである。

 

●ラボラトリーで私が学んだことは、人は皆今ここで想いや気持ち、感じを与えられながら生きていること、それをベースに人と関わることで、人とのつながりを感じ、また新たな考えや価値観を生み出すということだ。そしてそれは人を大切にしようという関わりや時には事業を生み出す。つまり社会や歴史に影響を与えていく。ただの人が世界を変えるのだ。

 

●またこうした体験を繰り返す中で私は人間や歴史、罪などの捉え方が変化した。例え昼には死ぬとしても、今朝の最後の一息まで、目の前の人に「今ここ」で影響を与え続けることになる。認知症になって記憶する自己は失われても、今ここを生きる経験する自己はなくならない。最後の最後までその人には生きる責任があるのだ。

 

●例え今仕事がなかろうが、罪を犯そうが、次の瞬間に新たな「今ここ」が与えられる。その「今ここ」を大切にして関わることで、自分も周りの人もよりその人らしくなる。つまり「今ここ」による新たな生成に参与する時、その人は他者との相互関係の中で生かされている。ここには罪のゆるしがある。

 

●こうして見る時私は、私が私になる過程で多くの人々の影響の渦の中にいることに気づく。赤ん坊の時に向けられた笑顔、また子供が赤ちゃんの時に向けてくれた笑顔、ちょっとした気遣い、先生が叱ってくれたこと、こうした小さな関わりの積み重なりが私を私にしてくれている。歴史は誰か有名な人が動かしたのでなく、こうした人々の相互の影響力の網の目が動かしている。

 

●これから生きていく中で、自分に生きる価値がないと思え、「何者か」になれないことに苦しみを覚えた時、私はこのバイアスについて思い出したいと思う。そしてこれまで私を私にならしめてくれた、名もない人々の関わりに感謝したいと思う。そして今ここを大切にする、ただの私であることに満足していたいと思う。

2021年

3月

10日

バイアスと物語、“今ここ”

●ここ数ヶ月、集中的にバイアスについて学んできた。私が“今ここ”を大切にするための示唆を含んでいるように思えたからである。バイアス研究の第一人者であるダニエル・カーネマンによると、バイアスとは「判断と選択についてのエラーのなかで、特定の状況で繰り返し起きる系統的エラー」である。

 

●系統的であるがゆえにバイアスが生じることはある程度予測できる。例えば自信たっぷりの美男子が講演すると、聴衆は彼の意見に本来以上に賛同をおくるだろうと予測される。これは美男子という一つの特徴しか見ていないのに、他の全てに好感を持ってしまう「ハロー効果」と言わるバイアスである。

 

●この他、例えば津波などは思い出しやすいがゆえに発生確率が実際よりも高く見積もられると予測できる。これは「利用可能性ヒューリスティックス」と呼ばれるバイアスだ。そしてこのバイアスの一つに私たちが物事を実際以上に因果関係によって捉えてしまうと言う系統的エラーがある。

 

●例えば空軍のパイロット養成において、多くの教官は「叱る」と次に上手に飛べると認識し、そうした指導スタイルをとっていた。しかし実際にはまだ訓練中のパイロットは1回ごとの出来不出来の幅が大きい。だからうまくできた後はできない確率が高く、できなかった後は成功する確率が高い。つまりこれは偶然なのだ。

 

●しかしバイアスは因果関係をつけて物事を説明するのが好きである。そのため「単なる偶然」の出来事なのに、「叱る」とうまくいくと捉えるエラーをしてしまう。これは株価の上下の解説においても起こるし、コロナなどの災害の発生の説明でも起こる。誰かのせいにして犯人探しをしたがるのもここからくる。

 

●これに関連してもう一つ面白いなと私が思ったのは、私たちが過去の経験を評価する際、ピークエンドの法則が働くということだ。つまりピーク時の体験の強さと終わり方でどれほど良い体験(または悪い体験)だったかが判断される。一方、その体験の持続時間はほとんど考慮されない。

 

●これは過去の体験の評価は「記憶する自己」が行い、“今ここ”を体験する「経験する自己」とは別であるということだ。例えば旅行に行くと“今ここ”で美しい自然に触れる経験ができる。しかし調査によると体験の記憶や写真などが全て失われると仮定した時、旅行に行く意味を感じない人が多いことがわかっている。

 

●このように私たちは過去(出来事や体験)について偶然の出来事も才能や意志で説明するなど誤った因果を組み立て、過度に単純化したストーリーとして捉えがちである。そしてこのストーリーが私たちの世界観や将来予測を形成する。これが自分の周りの様々な出来事を説明するおおもとになるのである。

 

●つまり人間は過去について根拠薄弱な説明をつけ、それを真実と信じることで、のべつ自分を騙すところがある。これは講釈の誤りと呼ばれるバイアスである。これには多くの知識人や評論家なども陥っている。だから長期予測や歴史による決定論は信頼できないとカーネマンは述べている。

 

●ただこうしたバイアスは私自身にもあると思う。私は知らないうちに自分の人生を物語にし、総括し評価してしまう。ナラティブ心理学が言うように、その物語はその時に思い出される人生の印象的な出来事を星座のように繋げて形成されている。それは事実ではなく過度に単純化された講釈なのだ。

 

●もちろんこうした物語は大切なものだ。もし私が人生で起きたネガティブな出来事ばかりを思い出し、自分は人生に失敗した落第者であると言う物語を構成してしまえば、これから先の人生をよりよく生きるのは難しくなるだろう。だからよりポジティブな体験を思い出し、人生を語り直すことは大事だと思う。

 

●しかし同時に私の作る物語がバイアスのかかった講釈に過ぎないことも心に刻む必要があると感じている。もし良い人生の物語にこだわると、ピークエンドの法則から人生の最後を汚すことを避けたいと言う保守的な気持ちが湧いてくる。これは人生の評価を上げたいと言う私欲と言えるだろう。それは私が“今ここ”を生きるのを妨げる。

 

 また考えてみれば“今ここ”の関わりは一人一人をより自分らしく生成していくが、これは強い体験であるとは限らない。また実際の結果も目に見えない。つまり終わりがない。だから“今ここ”はピークエンドの法則に当てはまらず、物語では重要なものとして登場しない。しかし実際にはこの“今ここ”こそ私を生かしてくれるものである。

 

●このように良い人生の物語に拘泥すると、“今ここ”を妨げることがある。自分についても他者についても、物語を見てしまい、“今ここ”で見て感じることを忘れてしまう可能性がある。人生の物語は大事だが講釈に過ぎない。物語は常に“今ここ”を大切にして語り直されるところに初めて意味が生まれるように感じている。

 

 

ファスト&スロー (上)

ファスト&スロー (上)

 

 

2021年

3月

03日

温故知新〜スティーヴン・ハッサン 「マインド・コントロールの恐怖」第3章、第4章(1993)

●今週は大昔に神戸大学の経営学大学院に行っていた時の課題図書だったスティーヴン・ハッサン「マインド・コントロールの恐怖」を読み返し、第3章、第4章をまとめてみた。この著者はかつて統一教会というカルトの中心的なメンバーとして精力的に活動していた。

 

●そして激務のあまり交通事故を起こし、それがきっかけになって家族やカウンセラーの介入を受け、カルトを脱退した。その後他のカルトでの集団自殺事件をきっかけに心理学などを学び直し、本を書いた当時は脱会カウンセラーとして多くのカルトメンバーとその家族を支援していた人である。

 

●私がこの本が重要であると感じるのは、カルトに巻き込まれたメンバーがそこから抜け出す際に、「本当の」自己からのメッセージが鍵を握っているとされているからである。つまり私の言葉で言う“今ここ”を大切にすることで初めてカルトから抜け出せると言うのだ。

 

●ハッサンによれば「カルトは教え込みによって古い人格を破壊し抑圧し、それにかわる新しい人格に力を与えようと大いに試みる」。つまりマインド・コントロールによってカルトの押し付ける教義を信じさせ、行動をコントロールする。そして恐怖と罪責感でその人をがんじがらめにしてしまう。

 

●しかし彼は言う。「それは決して完全には成功しない。本人の内部の深いところにある本当の人格は、カルト内部での矛盾や疑問や幻滅的な体験に気づき覚えている。その当時も感じていたのだが、カルトの人格が支配している間は、その体験と向き合ったり、対決できなかったのである。」

 

●そして続けて言う。「本当の自己が語ることを許され、励まされた時に初めて、これらのことが意識に上ってくる。脱会カウンセリングの本質的部分とは、彼または彼女が、自分で自分の体験を処理できるよう、それを明るみに出してやることなのだ。」

 

●私はラボラトリー・トレーニングの真骨頂はまさにここにあると思う。つまり一人一人が安全な環境の中で自分の中に湧いてくる“今ここ”の想いや気持ちや感じという本当の自己の体験にそのまま向かい合い、それを「自分自身になる」ために受け容れ、学び、成長していく。

 

●そして自分も他の人がその人自身の体験に向き合い、その人として成長していくことを支援する環境となる。それはただ一人の人として関わるというだけなのだが、マインド・コントロールのなかで本来の人格を破壊され、本当の自己を見失っている人からすれば、それはそこから逃れるために唯一頼りにできるものとなる。

 

●そして私の経験から言って、この世界で生きている限り本当の自己を見失うことは少なくないのではないかと感じる。もちろんカルトほどひどくなくても、恐れや罪責感、組織の圧力などから、自分の内なる声をないものとしてしまうことはある。それを長く続けると内なる声を見失ってしまうこともある。

 

●だから私にとって自分の中に湧いてくる“今ここ”の想いや気持ちや感じという本当の自己の体験にそのまま向かい合うことを促してくれる場は本当にありがたいと思う。そして私も自分が他の人がその人自身の体験に向き合い、その人として成長していくことを支援する環境でありたいと願う。

 

●しかしハッサンのこの本を読んでいて気づいたのは、そのためには私は自分の影響力により意識的になる必要があると言うことだった。無意識にも私は他者の環境として影響を与え続けている。そしてそれは他者が自律的に成長していくことを阻害する方向でも働く。

 

●例えば私が「先生のおかげで・・」と感謝されたい、講座の満足度を上げお金を儲けたいと無意識に思っていれば、私は他者をそうした形で支配し利用することになる。人との親密な関係を無意識に求めている場合、私はその他者をその相手として縛り付けてしまう。

 

●私が他のスタッフに対して無意識に忠誠心を求めているなら、それはそのスタッフの心に自分になることとの間の葛藤を引き起こすだろう。つまり私は他の人がその人自身として成長していくこと以外の影響を与えないように、まず自分を育てなければならない。そしてこのことが“今ここ”を生きると言うことなのではないかと感じている。

 

PS これまで温故知新としてブログで取り上げた本や論文は要約をまとめています。必要な方はそちらも見てください。<こちらからどうぞ

 

 

2021年

2月

24日

温故知新〜カール・ロジャース「エンカウンター・グループ」~人間信頼の原点を求めて~(1982)

●今週は昔南山大学の山口真人さんの研究生をしていた時に、課題図書として読んだカール・ロジャースの「エンカウンター・グループ」を読み直してみた。私が体験から感じていたことを、本当に上手く言語化してもらえて「そうそう!」と思う点も多いし、また読んでいて胸が熱くなるところもある。

 

●私にとって重要だなと感じたのは、ロジャースもまたグループを“今ここ”を大切にする場であると捉えていることだ。具体的には彼は自らの経験を敷衍して、グループに何の目的もやり方も持ち込まなくても、“今ここ”で起きてくる気持ちや感じを分かち合う中で、自然にグループが進むと確信している。

 

●そして彼は自らの哲学と態度として、グループ・プロセスへの信頼を挙げている。彼は言う。「グループは、グループの潜在力とメンバーの潜在力を発展させる促進的な風土を自ら持っている。これは個人の心理療法の過程で、指示を与えるより促進的である方が個人を信頼するようになるのと同じである。」

 

●そしてこの“今ここ”を信頼するエンカウンター・グループの哲学と態度は、彼の独創ではなく「(エンカウンター・グループは)哲学的価値としては人間の感情と生き方について<いま、ここで>を強調する実存的意義を持つ。マズロー、メイ、キルケゴール、ブーバーの哲学的姿勢を反映している。」と述べている。

 

●私自身もラボラトリーを行う上で、“今ここ”を大切にすることが大事だと感じてきた。しかし少し前まではこれは私のこれまでの経験から生み出されてきた個人的な考えに過ぎないのではないかと感じていて、他の人におおっぴらに言い表すことはできないでいた。

 

●しかしこのコロナ禍の中で時間ができ、キルケゴールの著書に深く触れる機会があった際、これは私が感じていた“今ここ”と同じことを言っているのだと感じた瞬間があった。またその後、ロジャースが別の論文に彼の言いたいことをキルケゴールが言語化してくれていると感じていると述べているものを見つけた。

 

●こう考えると“今ここ”を強調するありようは、私一人が持つものでない。キルケゴール以来、ロジャースも含めた先人が連綿と伝えてきてくれたものだ。その大きな流れの中に私もいるのだと言うことに喜びを感じるし、勇気を持って“今ここ”を大切にすると公に言い表していきたいと思うようになった。

 

●最後に読んでいて胸が熱くなったくだりを共有しておきたい。それは今も問題になっている孤立・孤独についてである。“今ここ”を大切にすることがどのようなことを起こすのかを示す一つだと思うので、少し長いが第6章「孤独な人―そのエンカウンター・グループ体験―」の要約を以下に載せておこうと思う。

<以下要約>

「現代は歴史のどの時代よりも内面的孤独を自覚している。真実に思える2つの側面 が孤立性と分離性である。私であるとはどういうことか、あなたにはわからない。あなたであるということはどういうことか私にはわからない。誰もが1人で生き、1人で死ぬ必要があり、それとどう折り合うか。自分の分離性を受け入れ、喜び、自己を創造的に表現する基盤として利用できるか。それともこれを恐れ、そこから逃避しようとするか。人が他人と真の接触がないと感じる時存在する孤独が、人との断絶を感じさせる要因となる。

 

 もっと深くもっと共通な孤独の原因は、世間に見せる顔を脱いだ時、一番孤独であることだ。あからさまに示した自己の内部を理解し受け容れ、構ってくれる人はいないと感じる。人生の初期に、自分の感情をありのまま表わすより、重要な他者から認められるような仕方で行動するほうが、愛されるらしいことを学ぶ。そのためみせかけの行動でもって外界と関係を保つ殻を身につける。薄い殻である時も、装甲のようになり内にある真の人間を忘れ去っている時もある。

 自分を見つめようと、または攻撃で防衛が砕かれ、自分の仮面を(一部)取り去る。それによって例えば、子供っぽく、感情豊かで、欠乏感と満足感、創造的衝動と破壊的衝動を伴った自己、不完全で傷つきやすい自己があらわになる。この隠された自己を理解したり受け容れたりできる人は絶対にいないと感じる。そして人生の意味が自分の仮面で外的現実とかかわるところに存在しないと悟る。孤独は絶望に変わる。

 孤独にはいろいろな水準、いろいろな程度がある。しかし孤独が一番こたえるのは、個人が何らかの理由で防衛なしに、評価的世界では拒否されるような傷つきやすく、おびえた、孤独な、しかし真実の自己を見出した時である。

 

 エンカウンター・グループでは、個人がしばしば自分の孤立、他人との関係の欠如をいやす。第一段階では自分にさえ隠している孤独感を腹の底から経験する。例えば友達がいないが欲しいと思わないと思っていたが、深く通じあう関係をどれほど求めているか気づく。

 自分の孤独をひそかに隠す要因として、真実の自己、内的自己、他人から隠している自己はだれからも愛されないと確信していることがある。それは子どもの真実な態度が大人から叱責されたことから生まれる。例えばあらゆる人が魅力ある愛すべき少女だと思う本人が、こころの中で自分を全く愛されない者とみている。多くの人生の一部になってしまっている深い個人の孤独は、他人に真実の自己を示す勇気を持たない限り改善されない。真実の出会い、冒険することによってのみ得られる。

 恐れるものは何もないことを学び、武装を解いて防衛せず、ただの私としてあらわれる。弱点・欠点を持ち、過ちを繰り返し、無知であり、偏見を持つ、状況に合わない感情を持つ事実を受け容れることで、はるかによく真実でありうる。そしてこの時多くを学び、非常に近い関係になる。

 傷つきやすいことを受け容れる。勇気をふるって内的自己になることで、グループの全員が仮面より真実の自己に容易に好意を持つことを発見する。これは本人、メンバーに感動の体験となる。尊敬と愛に値する人間であると実感できるのは、ありのままの自分が愛されるということを人間として発見する時だけである。自他の真実の自己がお互いに触れ合うことで、ブーバーのわれと汝の関係が生じる。これによって疎外が解消される。

 エンカウンター・グループは現代文化の多数が持つ孤独・疎外の感情を解決する現代的発見であると言える。」

 

2021年

2月

18日

温故知新〜早坂泰次郎 「フロムライヒマンにおける「役割」の問題−精神療法とTグループ−」(1978)立教社会福祉研究2.1−11

●ラボラトリーでグループを担当していると、スタッフの人はどんな「役割」をするのですか?と聞かれることがある。ラボラトリーでは通常の学び場のように、スタッフが教師となり教えることもしないし、司会をしたり指示したりしてグループを切り回すようなこともしないからである。

 

●また私はグループを促進しようとしすぎないことを気をつけている。スタッフだからと役割意識を持ちすぎると、つい教科書通りの定型的な反応をしてしまい、“今ここ”で生まれた気持ちや思い、感じを大切にすることが難しくなる。結果としてメンバーも“今ここ”を大切に関わることが難しくなり、体験から学ぶことが阻害されてしまう。

 

●このようにスタッフはまず一人の人として“今ここ”を大切に関わる必要がある。しかし一方ラボラトリーが学びの場である以上、スタッフに何らかの「役割」はあるはずである。そしてそれはラボラトリーが何のために行われるかの意味と連動しているだろう。その役割とは一体何なのだろうか?

 

●こうした問いにヒントを与えてくれると私が感じるのが、早坂泰次郎の論文、「フロムライヒマンにおける「役割」の問題−精神療法とTグループ−」である。早坂泰次郎さんは、私自身は面識がないのだが、初期のラボラトリー運動を担われた先達の一人である。

 

●この論文では役割には2つの捉え方があることが指摘されている。一つ目は、役割は社会の秩序が作られる中で生まれると考える。そしてその役割には社会的に期待される行為が求められる。そのためこの役割についた個人は、その社会的期待に沿うように役割演技(role playing)することが必要となる。

 

●例えばこの種の役割を重視すると、スタッフは自分の中で湧いてくる今ここの気持ちに蓋をして、メンバーから期待されるグループを促進するように見える行動をとるようになる。ここでは「内にある真の人間」としての自己自身と役割とは完全に別のもの、対立するものとみなされている。

 

●これは例えば上司としての役割、看護師として役割など通常言われている「役割」概念に近い捉え方であると言えるだろう。しかしもう一つの役割の捉え方が社会心理学者ミードによって提唱されている。それは人間の相互作用において生まれてくるもので、「役割採用」(role taking)と呼ばれる

 

●まずミードは人間の相互作用の基本的特徴を、意味あるシンボル〜具体的にはことば、身ぶり、記号など〜による媒介の働きにおく。そして「相互作用は他者の意図を読み取ることによって成立する。」と考える。つまり「人は相手の動作の主観的意図を読み取り、これに応じた反応を示す。」

 

●それは言い換えれば「一時的かつ想像的に自分を他者の立場におき、他者の眼を通して自らを見るということである。それは他者の意図を知ることによってその行動を自らがとるためである。」ここでいう役割とは人間的な相互作用を可能とするために意志される関わり方と捉えられるように思う。

 

●ラボラトリーはまさにこうした相互作用の中で、自分と他者が共に尊重される関わりを探るためのものである。スタッフはこの相互作用が実現するよう意識的に関わる。こうした関わり方は普通「役割」とは呼ばれていないかもしれない。しかし考えてみるとここには幾つもの「役割」が必要となる。

 

●まず相手の話を聴く役割、自分のことに引きつけて話してしまうことを避ける役割、感情を爆発させ相手を傷つけないようにする役割がある。また自分の怖さや不安のゆえに相手をコントロールしないようにする役割、さらに自分の偏見、因習への囚われが相手に悪影響を与えないようにする役割もある。

 

●そして自分自身であることを恐れず、また相手が相手のままであることを受け入れようと意志し、その上で一人の人として“今ここ”に起きてくる気持ちや感じを大切にして相互作用を行う役割が必要となる。これは常に自分の至らなさに直面させられる極めて厳しい役割である。

 

●この関わりは役割演技(role playing)では実現できない。しかし単なる一人の人として自由に関わるだけでも十分ではない。自分と他者を共に大切にするという思いの中で、それを実現するための相互作用のあり方を自ら選んで引き受け、そのあり方に向けてトレーニングしていく必要がある。それはまさにrole takingなのだと感じる。

 

2021年

2月

10日

温故知新〜C.R.ロジャーズ 『ロジャースが語る自己実現の道』(2005)第1章、第8章

●今週は昔日曜クラブで取り上げたロジャースのロジャースが語る自己実現の道』第1章、第8章を読み返している。そして最初に読んだ時よりも静かな深い感動を覚えている。そして今の私にとってとても大切なことを教えてくれているなと感じている。

 

●まず第1章「これが私です」では、改めて自分であることの意味を感じさせられた。彼は言う。「同じように感じたり、考えたり、信じなければならないという文化の共通パターンがある。しかし一人ひとりの人間は自分と言う一つの島である。まず自分が自分であろうとし、それが許された時、他の島との間に橋を架けられる。」

 

●「私は自分や他者のうちなるリアリティに開かれていればいるほど、急いで物事を処理しようとしなくなるようである。自分の内側で進行中の体験過程に耳を傾けようとし、他の人にも同じ傾聴の態度で接するほど、生命の複雑なプロセスに対して敬意を感じる。ただ自分が自分であり、その人がその人であることに満足である。」

 

●最近コロナの新規感染者数が減ってきて、仕事などで外に出て人と会うことをどうしたらいいか悩んでいた。他の人はほとんど対面で行っているのに私だけわがままを言ってテレワークをお願いしていることが少し心苦しかったのだ。しかし一方で高齢の母に感染させたくはない。こうした複雑な気持ちが私にあった。

 

●しかしロジャースの話を聞いて、改めて私は他者の期待に応える必要はないこと、自分の中で起きてくる体験過程(刻一刻と流れる気持ち、思い、感じなど)を大切に、私そのもので行動すればいいと感じられた。彼はこうした自己信頼の気持ちを後押ししてくれる。

 

●「私は自分の体験を信じることができる。ある行動が価値があるとか、するに値すると感じられるならば、それは実際に行うに値する。自分の知性より自分の生命体全体で感じることの方が信頼に値する。馬鹿げているように思えても、正しいと感じられる方向に進むと後悔しない。」

 

●また第8章「自己が真にあるがままの自己であるということ」—人間の目標に関するある心理療法家の考え−においても自分であることの重要性を書いている。彼は言う。「人生の目的を表現する最も適切な言葉は、キルケゴールの言った「自己が真にあるがままの自己であること」である。」

 

●そして言う。「これはバカバカしいほど単純に思えるし、これは目的というより明白な事実に思える。しかし自己探求からこうした奇妙な見方に到達した。人がこの見方に到達するのは、自身の経験をとおして、それが真実であることがわかった場合だけである。」

 

●私たちは成長過程の中で、自分でない所の自己から遠のいていき、「べき」から離れ、期待に応えることから離れる。他者を喜ばすことから離れ、「汝自身に誠実であれ」というシェイクスピアの言葉を再発見する。自分自身であるという自由は、驚くほど責任の重い自由である。

 

●注意深く、恐れを抱きながら、最初は自信なしに進む。これは常に健全な選択をするということではない。自分が選ぶこと、その結果から学ぶことを意味する。その中で私はある過程や流動性や変化であることに向かう。絶え間ない流れの中に身を浮かべ、この流れの中に身を委ね続けることに満足していて、結論や結果に向かおうとはしなくなる。

 

●いつも新しい、冒険、それは今ここにあるものである。真に実存している人間についてのキルケゴールの言葉に「真に存在する人間は常に生成の過程にある。」がある。さらに複雑さに向かっていく。自分自身の感情が非常に複雑であることを意識する。

 

●思ったのだが、例えば異性と関わる時には複雑な感情が生まれてくる。恐さや拒否することの罪悪感、性的なことへの恐れや躊躇、欲求。恥の感情。さらには自己確認やプライド、拒否される怖さ、異なるものへの好奇心、理解のし難さ、面倒臭さ。

 

●様々なことで起こるこうした複雑な感情全てを受容し、統合して私らしくいると言うのは至難のことだ。しかし今私はこうした小さな一つの感情もないことにしないで生きていきたいと思う。ロジャースと共に「自分自身に隠すものは何もなく、恐れるものもなく、その瞬間瞬間に豊かさ、複雑さのすべてでありたい。」と思う。

 

C.R.ロジャーズ 『ロジャースが語る自己実現の道』(2005)第1章、第8章の要約はこちら

2021年

2月

05日

温故知新〜『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より 第2章 ラボラトリ

●相変わらず昔読んだ文献を読み返しながら、“今ここ”を大切にするということについて思いを巡らせている。ラボラトリーの歴史についてはだいたい読み終わったので、これからはラボラトリーが何を目指しているのかの意味について書かれた文献に取り組みたいと思っている。

 

●今回取り上げたいのが『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より第2章「ラボラトリ法」である。私自身はラボラトリーを“今ここ”を大切にするためのトレーニングとして理解しているが、ここにはそれが生まれた際に目指された目標が書かれているからである。

 

●著者たちによるとラボラトリーの一般的目標は、「人が団体成員として所属、事業に参加する際の、参加の質を改善できる機会を与えることにある。」これは言い換えれば「外部の諸力に受動的に順応することを拒否し、外部環境を修正し変革することを目指す。」ことである。

 

●これは私の言葉では、自分を殺して外の人や集団に身を合わせてしまうのではなく、互いが“今ここ”で生まれた気持ちや思いを大切にできる人間関係や組織を作っていくということになる。そしてこれを実現するには“今ここ”に気づく力、受け取る力、それを伝える力、学びにつなげる力などが必要となる。

 

●これらはベネたちが指摘するラボラトリーの5つの重要な学習領域と重なっている。少し引用してみよう。

(1)感受性を高めること 

 自他の情緒的反応、感情表出に気付く。こうした意識化がないと、人間の目標・価値観の行為などが全人としての実存と不協和になる。結果的に半ば盲目状態で行動してしまう。

(2)自他の感情に注意 

 自分の行為の結果を認知し、それを通じて学習する能力高める。そのために他者の行動から与えられる手がかりへの感受性を高める。フィードバック技法の活用能力の開発に力点が置かれる。

(3)社会的で、かつ個人的な意思決定や行為の問題に対する民主的、科学的アプローチと両立する価値観や目標を発展させるよう参加者を刺激

 特に気づかずにいた自己の価値観の矛盾に、公の場で直面し、食い違いの解決の途中で、評価や批判を伴わぬ心理的支持が他者から与えられる場合に重要な学習が発展する

(4)自己の個人的な価値観、目標、意図を行為と結びつけ、内外からの要請と矛盾せずに行為できる道具として有効な諸概念や理論的洞察を発展させること

(5)参加者の環境に対する行動のしかたを有効なものにする助力を与える

 人間的努力の大きな無駄は、意図並びに診断と行動のアウトプット(影響)に脈略ない事である。意図と行為のよりよい結合に資する行動技術の発達に焦点をあわせる

 

●感受性を高めることや感情に注意することは、“今ここ”に起きている気持ちや思いを大切にすることと直結している。そしてこのことは時に自分が過去に身につけた行動パターンと自分の価値観、今の自分の想いが食い違っていることに気づかせる。

 

●ラボラトリーとは、参加者相互の援助の中で、より良い行為を試し、確かめ、身につけることで、こうした自分の中での矛盾を統合し、より私らしく成長していくことを可能にする場なのである。そしてこうした学びを最終的に確固としたものにするための道具として概念や理論が重要となる。

 

●また今回読んでみて改めて私は “今ここ”を大切にすることの中には、「今ここで起きている事実」を大切にし直面することが含まれているのだと気づいた。考えてみれば“今ここ”で感じたことを伝え合うということは、私の言動がどう影響したかの事実に直面することに他ならない。

 

●また何もないのにスタッフに反発心が起きるという“今ここ”が起きることがある。それはある種の投影と言っていいだろう。しかしラボラトリーではその反発心を含んだ言動に対し、他のメンバーやスタッフが“今ここ”で感じたことを伝え、吟味するということが起きる。

 

●この中でそのメンバーは自分の反発心に根拠がないこと、それが投影であるという事実に直面する。こうしたことは投影だけでなく、言葉を間違って解釈する認知の歪みなどでも同様に起きる。“今ここ”を大切に関わることは、事実に基づく関係を築くことでもあるのだ。本当に厳しい学びだなと思う。

 

●長くなるのでこの辺りにしておくが、この文章では他にも科学的民主的価値と方法の重要性やラボラトリーがベースにしている学習理論にも触れている。さらに学びを阻害する要因についても論じられている。興味をお持ちの方は要約を読んでいただければと思う。

 

『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より第2章 ラボラトリ法(K.D.ベネ、L.P.ブラッドフォード、R.リピット)の要約はこちら

2021年

1月

28日

「役に立つ私」というラベルを剥がす

●2度目の緊急事態宣言によって予定していた研修がなくなるなど、年明けから再びステイホーム中心の生活をしている。身体に無理のない生活ができるという良い面もあるが、心理的には揺れを感じている。コロナへの恐怖が強くなる時、家族内の安穏とした暮らしに過度に依存していると感じる時もある。

 

●中でも最近私が特に気になっているのが、世間から取り残された感じ、自分が何の役にも立てなくなってしまった感じである。自己有用感と言うのだろうか、そうしたものが感じられなくなっている。そして何でもいいから動いてみたい、仕事をしてみたいという気持ちが湧いてくるのだ。

 

●もちろん冷静に考えれば、今ステイホームすることは、自分にも他者にも大切なことだし、高齢の母がワクチンを打つまで感染をできるだけ避けるのは理にかなっている。それにもかかわらずこうした不合理な焦燥感が私の中にあり、しかもそれは何か渇望のような強いものを含んでいるのだ。

 

●そこで思い切って時間をとってこの気持ちに焦点を当て、感じ、考えてみた。そして気づいたのが、私がこれまでの仕事や活動の中で本当に意味ある体験をしてきているということだ。グループで他者と共に生かされた体験、研修で参加者が“今ここ”に開かれたように感じられた体験などがそれに当たるだろう。

 

●こうした体験は私が「私であること」に満足をおぼえ、自信を与えてくれている。自分が人の役に立つことができるという自己有用感を持つことができる。これは生きる上でとても大事なことだと感じる。しかしよく見てみると、この自己有用感のようなものこそ、今の私の焦燥感や渇望を生んでいる原因のように思える。

 

●いつの間にか私は、人の役に立てるという満足感やそうした自信のある「私」でいることが、当たり前であると認識してしまっていたようだ。そしてこの自己有用感を再確認できる体験を繰り返し求めてきた。ところが今コロナでこうした体験を得ることが難しくなり、焦燥感や渇望が湧いてきていると気づいたのだ。

 

●これは怖いことである。私は “今ここ”で生まれてくる気持ちや想いを大切にすることの大事さを仕事や活動で伝えている。それが自分や人を大切にすることにつながると思うからだ。しかしいつの間にか自己満足や自信を保ちたいという私欲のために行なってしまっている可能性があるからである。

 

●こうした気づきの中でいくつかのことを思った。まずナラティブ心理学では人生の組織化原理としてナラティブ(語り・物語)を捉える。この人生を物語にして意味にまとまりをつけると考えるのだ。そして自分が無意識で持っているストーリーを書き換えることでよりよく生きることが可能になるとする。

 

●そして私は無意識のうちに、これまでの体験をストーリーとして組織化し、人の役に立つ「私である」という意味を受け取ってきたように思う。これはこれまで私を生かしてくれていた。しかしこのストーリーは繰り返し再確認を求めてくる。だから今の私にとって焦燥感や渇望の源になってしまっている。

 

●こうして想いを巡らせる中で私は、先日長尾文雄さんに紹介してもらった「障害受容」という言葉を思い出した。WHOでは障害を「心身機能・構造」に問題が生じた状態、「活動」に問題が生じた「活動制限」、「参加」に問題が生じた「参加制約」の3レベルが統合されたものと捉えているらしい。

 

●このWHOの定義からするとコロナの中の私は、活動も参加も制限されるという障害を持っているとも言えるだろう。だから今までできたことができなくなることが生じても不思議はない。そこではこれまで築いてきた自己が揺るがされる。今私には「役に立たない私」を受容していくことが求められているのだ。

 

●そしてこれと関連して昨年南山大学人間関係研究センターの講座で自己概念を再検討する実習をしたことを思い出した。それは自己概念を何十個かの言葉にしてラベルを作り画用紙に貼り、もう一度今の自分にフィットしたものを探る実習だった。この自己概念はまさに昔の体験を基盤とした物語によって作られている。

 

●私はその際、たくさんのラベルが剥がされたこと、つまり今の自分に必要な自己概念(=物語)が少ないことに驚いた。これを思い出し私はイメージの中で「有用である私」「役に立つ私」というラベルを自分から剥がしてみた。すると不思議に焦燥感や渇望感は消え去り、心安らかにいられるようになったのだ。

 

●この時、多分次のようなことが起きたのだと思う。私は刻一刻と変化していく。その中で自己概念やそれを支える物語も変容せざるを得ない。しかし私や他者、世界を変化させる力、つまり私を生み、私を私にならしめ、物語を生み、時に障害を与え、最後には死に至らしめるこの力は常に“今ここ”に存在している。

 

●この力はまた、物語や意味を超えてただ存在し流れている。いのちに「なぜ」はないのだ。そして私が今までの物語に頼れなくなった時こそ、その実在を感じやすくなる。そしてこの流れの実在を感じる時、生きることに条件は要らなくなる。役に立たない私にも、ただいのちはこの瞬間も与えられ続ける。

 

●うまく言葉にできないが私はこのようなことを感じ、心安らかになったのだと思う。これからも私は“今ここ”を大切にする活動を続けていきたいと思っているが、それが自分を支える条件になってしまわないようにしたいと思っている。そのためにもいつもこの“今ここ”の実在を感じていたいと思うのだ。

2021年

1月

22日

温故知新〜中堀仁四郎(1985)「JICEラボラトリー・トレーニングの変遷−その2」南山短期大学紀要『人間関係2.3』

前回に引き続き、中堀さんJICEラボラトリー・トレーニングの変遷についての続きを見てみたい。これは1968年から71年の間に行われた、第11回から第20回までのJICEラボラトリーの記録である。私が興味を持ったのはラボラトリーの基本的方向性の変化についてである。

 

●まず第11回から「教会生活指導者研修会」が「JICEラボラトリー・トレーニング」と改称された。これは教会以外からの参加者が増加しつつあったからとされている。このラボラトリーで強調されたのは“共同体の生活”“創造的に生きる”ことであり、感情表現の自由さを増すようなプログラムが取り入れられている。

 

●69年に行われた第12回でも「ラブを行うからにはコミュニティ意識を念頭に置いてやるという姿勢がなくてはならない」、「Tグループトレーナーの意識だけでなく、ラブ全体の共同体づくりにもっと配慮することが必要だ」、「至れり尽くせりの配慮をし、準備をすると、かえって共同体意識の生成を抑えてしまうことになるのではないか」など、共同体が強く意識されている。

 

●第14回においても全体会には共同体としての意識を参加者が持つような要素を入れることが意識されている。また礼拝は“人と根源的なものとに出会わせるものに気づき、他者の介入を受け入れ、創造的に生きる力を得る時”としてトレーニングの一環と考えられている。

 

●しかし71年に行われた第17回になると現場適用ということが意識されてくる。これまでのラブではTグループが終わりの日まで続いていたが、このラブでは最終日の前日でTグループが終了し、その後、全体会でアッセンブリーゲームを行い現場に帰る準備としている。

 

●また同年の第18回では参加者との間に心理的契約を結ぶ機会を持ち、参加者が学習方法についてある程度の知的枠組みを持って出発できるようにしようとした。その順序は(1)委員長のパーソナルな挨拶(2)学習過程の理論としてのEIAHの説明(3)学習例として実習とふりかえりの実施(4)ラブのねらいなどを示す(5)一人になって自分の持ってきたねらいと提示されたラブのねらいの統合を試みる(6)聖書朗読、賛美歌であった。

 

●このラブの準備会ではこうした心理的契約によってトレーナーの役割やそこで行うことを明確にしてしまうことが、Tグループの学習に必要でありその学びの素材である“不安”を解消させてしまうことにならないか、との意見も出された。しかしねらいや学習場面での枠組みを明確にして無駄な不安をなくし、共通のレベルで出発するのも良いというような意見も出されている。

 

●そして同年に第20回ではラブ学習の現場適用を重視しようと話し合っている。個人の内的経験に止まらず、そこにあるプロセスに気がつく人になる。現場で効果的に働ける人になることが目標として話されている。このラブは北海道で行われている。

 

●こうした10回のラブにおいて、直後の感想としては自己・他者についての新しい肯定的認識、他者との出会いというものが非常に多く挙がったようだ。つまり自己・他者、および相互関係の領域での参加者の受けたインパクトは大きかった。ラボラトリーが生まれた当初強調された組織社会の変革推進体になる、ということは参加者には身近なこととしては受け取られなかったらしい。

 

●こうしたこともあるのだろう、徐々に“共同体”への意識は薄くなっていく。しかし私自身は意識できなくても、“今ここ”で感じたことを語り聞くような共同体が生まれることなしに、自己・他者・相互関係の部分での学びは生まれないだろうと感じている。実践する際に私はそこをもう少し意識していきたいと思う。

 

●また面白いなと思ったのは、“不安”を学習の要素とはっきりと捉えていることだ。心理的契約をして例えばスタッフの役割を事前に説明することは、この不安を解消させてしまい、学びの要素を減らしてしまう可能性があるという意見が出されている。

 

●私自身はラボラトリーや研修をする時、出来るだけ参加者の抵抗感がないように気を配るタイプである。もちろんこれは当初のねらいに皆が向かいやすくなるという意味で良い部分もあるが、学びの要素としての不安や抵抗感を参加者から取り去ってしまう可能性があるということはもう一度意識したいなと思った。

2021年

1月

14日

温故知新〜中堀仁四郎(1984)「JICEラボラトリー・トレーニングの変遷−その1」南山短期大学紀要『人間関係』創刊号

●前回は『感受性訓練』からアメリカにおけるラボラトリーの誕生とその後17年の歴史を見た。そしてこのラボラトリーはいくつかのルートで日本に伝えられたと言われている。その一つがアメリカ聖公会というキリスト教の団体が、キリスト教教育という枠組みの中で日本に持ち込んだ流れである。

 

●この流れはその後立教大学キリスト教教育研究所(通称JICE)、南山短期大学を経て南山大学などに受け継がれ、現在に至っている。著者である中堀仁四郎さんは、日本におけるラボラトリーの受け皿となったJICEに在籍し、日本のラボラトリーの創成期からこの運動に関わってきた。

 

●そしてその後南山大学短期大学に移られ、そこを退官後もHIL(ヒューマンインターラクション・ラボラトリー)研究会を主宰し、年3回のラボラトリーを実施している。私も中堀さんに誘われこの活動に関わり始めた。だから彼は私のラボラトリーの師匠ということができる。

 

●今回はこの中堀さんが南山大学短期大学時代に2回にわけて紀要『人間関係』に投稿された、1958年から1970年までのJICEラボラトリー・トレーニングの変遷についての文章を読み直してみようと思う。まずは1984年の紀要に書かれている第10回までの流れを見る。

 

●1958年に行われた第1回から第10回までのラボラトリーは、「教会集団生活指導者研修会」と呼ばれた。その目的には次のような文言がある。「教会の共同体生活は、キリスト教信仰の伝達のための基本的媒体である。」この共同体の生活をより良くするための研修会と考えられたのである。

 

第1回は11泊12日の日程でアメリカ聖公会およびカナダ合同教会より10名の指導者をスタッフとして迎え、参加者には日本のプロテスタント教会各教派の教職者など英語ができる35名が選ばれた。そしてプログラムにおける学びの構成要素としては次の3本柱が強調された。

 

●まず研修会の1日はTグループで始まる。Tグループで、メンバーは参加者としてグループ内の様々の事象を経験し、同時にそれを観察する。メンバーが互いに認知した今ここの出来事を、フィードバックし、共有化する。その過程はまた新しい事象をグループの中に生み出すのである。

 

Tグループに続いて、理論セッションが持たれる。ここではTグループに起こっていることに関係のあると思われる理論が提示される。この提示は講義、スキット、バズなどの手法を用いてなされる。これはTグループの体験を整理し、理論として深めることを目指しているものと考えられる。

 

●午後には構成化された小グループで、グループ観察、ロールプレイング、司会者のスタイル、変革の技法などのグループ・スキルを参加者が現場で活用できるような学びを持つ。夜は自由またはその他の領域の問題—「神学と研修」など−を取り扱う時間として用いられている。

 

●第1回研修会の参加者のあるものは強力なインパクトをこの研修会より受けたようである。彼らはその後自主的研究会を続けた。その結果2年後に第2回研修会が開催されることになり、その後にJICEが設立された。第3回から初めて日本人のスタッフだけで開かれるようになった。

 

●第2回から第4回まではアメリカより移植されたラボラトリーを我が国の土壌に根付かせる努力がなされた時期であった。そして第6回は、大きな変化があった。Tグループの“今ここ”での体験を通して、個人が自己についてより深く学ぶ方向に進んだと見ることができる。Tグループを重視する動きが起こったのである。

 

●しかし一方では研修会の学習体験を現場に生かすという立場からグループ・スキルの習得に強い関心が持たれており、この2つの側面をいかに研修の場で結びつけていくかがその後の課題となっていった。第7回ではそこを意識したプログラム構成が試されているし、この問題意識は現在にまでつながっている。

 

●その後第10回では研修期間を7日に短縮した。それは研修を2つに分けて、Tグループ中心のものを基礎訓練とし、現場適用のためのスキルトレーニングはある期間を置いてから行うことが効果的であるという考え方から行われたことでもある。

 

●以上を通し中堀は、「初期のものは教会のリーダーとしてのスキル習得、責任ある、創造的なあり方を目標としているのに対し、後のものはより個人の成長と自分らしい生き方を見いだすことが表面に出ている。」と指摘している。また中堀は“pre-Lab”というスタッフによる”ラボラトリー“に触れている。

 

●研修会の都度そのスタッフチームが編成されると、開催の数ヶ月前に準備研究会を3泊4日あるいは2泊3日で行い、それまでの研修会の結果の検討、そこからお互いが今回の研修会に持つ期待を出し合い、研修会のねらいを作りながら、どのような新しい変革をしていくかを話し合い、それについてのお互いの分担を決め宿題として持って帰る。

 

●そして研修の始まる丸2日前から第2回目の準備会、pre-Labを行う。今度は実際の参加者を念頭に置いて準備がなされる、という風であった。前回を踏まえて新しいものを作り出す作業がなされてきたのである。ここまで手をかけて作っていたというのは本当に驚きである。

 

●中堀は最後をこう締めくくっている。「何事もそうであるが、トレーニングも定形化してくると安定はする。また参加者の満足にもムラがなくなる。しかし“ラボラトリー”ではなく“ラボラトリー・トレーニング”という定形訓練になってしまう。しかし時には“ラボラトリー”の冒険が必要なのかもしれない。」

 

●私は「今ここ」で起きてくるものを大切にそこから学ぶということを大事にしたいと考えている。しかしこの文章を読んで私は、それは一人でできるものではなく、自分や他者に生まれてくる「今ここ」を相互に大切にしあう「共同体」の中でこそ実現できるものだと改めて感じた。そしてそこにこの運動の原点があるのだと再認識させられた。

2021年

1月

11日

温故知新〜『感受性訓練−Tグループの理論と方法』より 第4章「ラボラトリにおけるTグループの歴史」 K.D.ベネ

●温故知新という言葉がある。昔読んだ大切な文献であっても、しばらく触れないうちに忘れてしまっている所が出てくる。コロナ のおかげで時間的余裕のある今、こうしたものを読み直すことで、新たな意味を見出し、さらに自分のものにすることもできるのではないかと感じている。

 

●そこで今年はこのブログでもこうした温故知新の取り組みから生まれてきたものを書いていきたいと思う。具体的な文献としては、過去に読んだもののうち、今の私にとってラボラトリや日常で「今ここ」を生きるための血肉となっていて、今この時に生きる勇気や希望の湧いてくるものを取り上げたい。

 

●そしてその第一回目として『感受性訓練−Tグループの理論と方法』の第4章「ラボラトリにおけるTグループの歴史」(K.D.ベネ)を選んだ。それは「今ここ」で起きる体験を学習の源泉にするラボラトリ方式体験学習という学び方のルーツがここに書かれているからである。

 

●この第4章ではこの学び方が生まれた1946年以降、17年に渡る発展が書かれている。生まれた当初はまだ「今ここ」に起きる体験を学習の源泉にするという考えはなかった。その後のラボラトリの経験から、「今ここ」の体験から学ぶ学習のやり方として「Tグループ」が開発された。

 

●これは10人前後の人が小グループになって椅子を丸く並べて座り、時間と場所とメンバーという枠だけを決め、特に議題を設けず、司会などもなしで関わっていくという方法である。当初はぎこちないが、徐々に「今ここ」で感じたことを伝え合える関係が生まれ、グループ自体も成長して行く。

 

●この学び方が発見された際は、社会科学における大発見として捉えられたそうである。その証拠に当初のラボラトリであるBST(基礎的技能訓練)では非常に壮大な目的が掲げられている(下記参照)。しかし徐々にそれが過大であることが認識され、目的は絞られてきた。

 

●その際どこに焦点を合わせるかによって、ラボラトリは様々な発展を遂げた。臨床心理系の専門家が加わり個人の成長や関係に焦点を当てるラボラトリ、組織開発や社会変革などのスキルを学ぶことに焦点を当てるラボラトリなどである。この際、Tグループをどう使うかも色々な試行錯誤が行われた。

 

●またTグループで深い体験をした後、それを日常生活や現場でどのように使ってもらえるかを意識したラボラトリも多く試された。そしてグループにおけるスタッフの役割も多様であった。非常に多くの役割を求めるラボラトリもあれば、スタッフはグループに入らず自分たちでグループを診断させつつ進める方法も試された。

 

●こうした17年の経験を経た上で、ベネはTグループ運営の中心的主題について次のように述べている。「これはメンバー全員が相互に学習の促進に専念するグループであり、学習の主な内容は“いま・ここで”の行動的事象の中で展開するグループやメンバーの経験である。」

 

●「Tグループについて、少なくとも“いま・ここで”の集団内のエピソードや事象に焦点をあわせることにより、自己・対人関係・小集団の機能について学習を達成する上で重要であることを否定するものはない。これは実証済みの事実である。またTグループの相互交渉過程は、より大きな社会体系のダイナミクスについても付加的学習をもたらせてくれる。」

 

●さらにベネはTグループの1つの大きな流れとして次のような目的を挙げている。「感受性訓練は、文化的標準によれば“正常”であるが、実際にはこの文化的標準そのものによって複雑・微妙に影響を受けている人間の人格的成長を促進する方法であり、個人の全人格をたかめる方向を目指すものである。」

 

●私はこれを読んで、連綿と今に連なる模索がすでにこの時代からあったということを再認識した。そして色々な考え方やアプローチの違いはあっても、「今ここ」を大切にするという点には異論がない。これからもこの「今ここ」を大切に体験から学ぶというコンセプトを大事にしていきたいと感じさせられた。

 

<参考 1947〜1948年のBST(基礎的技能訓練)の目的>

(1)「変革媒体者としての技能、諸概念を習得する場所」

自分の職務が他人を援助することである人が、個人・集団についての理解、態度、技能に変化をもたらすために活動するには以下の基礎的技能が必要とされる

①変革媒体者が自分の個人的動機付けや「被変革者」と自分自身との関係について行う評価の技能

②変革や診断的過程の必要なことを「被変革者」に自覚させる技能

③行動、理解、感情を手掛かりにして、変革媒体者と被変革者とが状況を共同で診断する技能

④他人と協力してその問題を決定し、行動を計画しそれを実践する技能

⑤成功裡にかつ生産的に計画を遂行する機能

⑥活動・思考の方法ならびに人間関係などの諸領域において、全体的な進歩が認められるかどうかを測定・評価する機能

⑦すでに達成された変化を持続させ、拡大させ、維持させる機能

 

(2)集団の成長と発達を理解し援助することを学習する場所

①集団成員間の相互コミュニケーションの卓越性(自由な気持ちで防衛的にならず討議するため、共通理解や発言の意味内容についての敏感さと許容性をもつこと)

②集団の機能様式に対し、集団としての客観性をもつこと(集団がその集団の機能様態の分析と評価を行い、それを許容することができる程度)

③成員としての集団の責任を受け入れること(成員が各自の潜在的な貢献について感受性を高め、励まし合うだけでなく、リーダーシップの機能とメンバーシップの責任とを受容し共有しようとする意志を持つこと)

④集団の凝集性もしくは自我の強さ(新しい成員と新しい企画との同化作用を増大させ、葛藤によって崩壊するのではなく葛藤を活用し、集団の長期的な目標を保持し、成功や失敗から学ぶことができるのに十分な程度)

⑤自らを知り、かつ正しく思考することのできる集団の能力(集団の内外において資源を活用する能力。集団思考の誤りを発見し、それを正す能力)

⑥集団の新陳代謝のリズム(疲労、緊張、速さ、ペース、情緒的雰囲気)を発見し、それを活用する集団の能力

⑦集団成長過程において、意味あるソシオメトリックな諸要因を認識し統制し、それを活用する集団の能力

⑧メンバーの理想、欲求、目標を、集団の伝統、目標、理想に統合していく集団の能力

⑨必要な時に新しい機能や小集団を作りだし、適当な時期に集団の存在を終わらせることのできる集団の能力

 

 

2021年

1月

05日

感染症という脅威のあることがデフォルトである世界

●新型コロナ感染症の蔓延の中で、私がずっと不思議に思ってきた妻の生活習慣の謎が解明できたように感じている。彼女は比較的几帳面なのに、なぜか換気扇だけをいつもつけっぱなしにする。もっといえば肌寒い季節でも家中を開け放つ癖がある。

 

●その他の時はわりとゆっくりとしているのに、食事だけはすごく食べるのが早い。また決して途中でお茶を飲まない。部屋の掃除にはそれほど神経質ではないが、洗濯だけは1日最低でも2回はする。比較的長く外出していても、外ではお手洗いをできるだけ我慢して家で済まそうとする。

 

●最初は何度かこうしたことを指摘したが、決して改まらない。そのうちこの人はそうするのが好きなのだなと受け入れ、慣れて何十年も経った。しかしこのコロナ感染症の中で、こうした彼女の持つ生活習慣への見方が大きく変わった。実はそれらは全て感染症予防の対策になる行動だったのだ。

 

●言うまでもないが、換気扇をつけることや家を開け放つことは換気のためになる。無駄口を叩かず食事を早く済ますと唾液の飛沫が飛ばない。食事中お茶を飲まないのは、胃液を薄めず雑菌を殺すためになると考えられる(現代の研究では常識的な量だと問題ないとされているらしい)。

 

●また家庭内感染を防ぐには外で着た衣類をすぐに洗濯するのが大事だ。さらに新型コロナでもお手洗いを通じた感染の危険が言われている。外でお手洗いに行かないのは感染予防になる。つまり私の妻の生活習慣は全て感染症を予防するためには非常に合理的な行動だったのだ。

 

●しかし聞いてみると、自分ではそこまで意識はしていなかったらしい。ただ彼女の父がシベリアに抑留されていた時、衛生兵として衛生管理を指導していたことがわかってきた。当時薬などは十分なかったので、感染予防のための生活習慣を身に着けることが生き残るために極めて重要だったのだ。

 

●そして義父は日本に帰ってからも家族に対し厳しくこうした指導を行なった。私の妻は知らず知らずのうちに、いわば家風のようなものとして感染予防のための生活習慣を身に着けた。そしてそれらは今でもこの新型コロナの蔓延の中で、我が家を守る働きをしてくれているのだ。

 

●こうしたことがわかって私は、妻や義父に思わず感謝の念を覚えた。同時に私たちよりたった一世代前の人たちにとって、命に関わる感染症という脅威が、とても身近なものであったことを思い起こさせてくれた。結核をはじめとして多くの致死的な感染症が存在したし、ただの風邪ですら特効薬のない時代には命取りだったのだ。

 

●言わばこうした感染症という脅威のあることがデフォルトである世界を、義父の世代より前の全ての人たちは生きてきた。そして身を守るためにできることを生活習慣として身に着け、世代を越えて引き継いできたのだ。こうしてみると感染症という脅威のない世界がどれほどありがたいものであったかがわかる。

 

●そして今、新型コロナウィルスの蔓延によって、私たちは再び脅威のあることがデフォルトである世界に引き戻された。確かに恐ろしいけれど、これは私たちの先祖が何万年も生きてきた世界でもある。義父を見習って、今必要とされる生活習慣を身につけ、あとは淡々と生きていきたいなと感じている。

2020年

12月

25日

クリスマスの夢

●今日はクリスマスである。私の家では特にツリーも飾らないし、ケーキも食べない。特別な日として扱っているわけではない。ところが昨晩、この聖夜にとても印象的な夢を2つ見た。一つは地下深くにある薄暗い回廊(ちょっと洞窟に近い)のようなところに部屋があり、そこを日々訪れている夢だ。

 

●最初私は怖かったようだが、毎日来ているうちにだんだんと慣れてきて、その部屋にはとても貴重なものがあることに気づく。その回廊は開かれていて、観光客のような家族連れも訪れるのだが、回廊自体をちょっと見物するだけですぐに帰ってしまい、その部屋や貴重なものには気がつかない。

 

●もう一つは、綺麗な部屋がプレイルームのようになっていて数人の大人と子どもがいる。そして何かの理由で、一人の子ども(あまり大きくない)が私たちの下で過ごすことになった。私たちはその子を迎えるために生活を改める準備をしているが、そこに大きな恵みが感じられていた。

 

●この夢について思いを巡らせていた時、ふと前回ブログで触れた、昔読んだ本を読み返しながら“今ここ”を大切にすることを考えていくという、今私が取り組んでいることを思いだした。実は昨日も私のラボラトリーでの関わりや日常を生きるベースになっている文献を整理し、ざっと見返していたのだ。

 

●これらの本の中にはよく知られている著者のものもあり、普通の人にも手に入るものである。ただ比較的昔の本でもあるし、それを手に取る人は少ないかもしれない。しかし私はたまたまそれらに触れ、自分が生きる上で不可欠で、それを助けてくれる宝と思えたので、読みこまざるを得なかったのだ。

 

●そして私が生きることを助けてくれると感じるのは、そこに私の言葉で言う“今ここ”が描かれているからだと思う。“今ここ”は、例えば気持ちや身体の感じが“今ここ”で起きてくると言うような、本当に何気ない身近なものだ。しかしこれらの本はその何気ないものの持つ意味の大きさを指し示してくれる。

 

●それは体験からの学びの源泉になるばかりでなく、一人一人を大切にする関わりの、一人一人の尊厳の源でもある。また私が誤った道を進もうとした時、それは違うと導いてくれた。コロナのような危機において、心やすらかに生きるための砦となっている。さらに絶望や無意味さに苛まれる時に与えられる希望でもある。

 

●今年の初めこのブログを書き始めた時から、私は今まで以上にこの“今ここ”を大切にできるよう生活を改めたいと思っていた。そしてこうしてクリスマスの晩に見た夢は、私がこうして生きていることがそれでいいんだなと深く感じさせてくれている。

2020年

12月

18日

温故知新

●新型コロナウィルスが流行してからこのかた、私の中では何かを前向きに取り組むことが難しいと感じていた。刻々と移り変わる状況の中で家族を守るために情報を集め対処する必要もあったし、これまでやってきたことをこのコロナの中でどう行うかに注意を集中する必要があったからだ。

 

●しかし流行後およそ一年が経って、コロナについて新たな情報・知見が出てくることは稀になった。私も家族も感染防止のために日常どう振る舞うかのルーティンも確立した。今日本では感染拡大が続いているが、私としてはやることはやった感じがしている。

 

●恐らくこうした理由からだろう。私の中では今徐々にこれからのことに思いを巡らせる時間が増えている。特にラボラトリーのことを考える時が多い。感染防止の観点から今年は一度も開催できなかったが、来年以降どんな風にラボラトリーをしていけばいいだろうということが私の大きな関心事になっているのだ。

 

●こんな風に考える中で、ふと昔、南山大学におられた山口真人さんの研究生をしていた時を思い出した。この時はラボラトリーに関わる本などが課題図書として与えられ、それを読んで抜き書きを作り、自分なりに検討してから、月に一度、先生の研究室で60〜90分ほど討議する。その中で学んでいく。

 

●私はこの時間がとても好きだった。それはもちろん学びが深まることもあるが、文献を読んで感じたことを、本当にきちんと聴いて受け取ってくださる先生のお人柄があったからだろう。また同じ実践をする者として、根っこの価値観を共有しあえるということに喜びが感じられていたこともある。

 

●さてコロナの状況からすれば、少なくとも来年上半期はまだ合宿のトレーニングは難しいだろうし、勉強会も避けたほうがいいように感じる。ただふと思いついたのだが、オンラインという道具を使えば、文献を読んで、“今ここ”で感じたことを分かち合う場を持つことはできるのではないか。

 

●私自身も昔読んで、ラボラトリーの実践のための血肉になっている文献ではあっても、しばらく触れないうちに忘れてしまっている所もある。こうした昔の文献を今読み直すことで、温故知新ではないが、新たな意味を見出し、さらに自分のものにすることもできるのではないかと感じている。

 

●そして山口先生としたように、ラボラトリーに興味・関心を持つ人と、“今ここ”で感じたことを分かちあいつつ、こうした学びを行えるといいなと思う。こうしたことが来年以降のラボラトリーの実践につながっていくような気がしていて、年明けには知り合いにこうした呼びかけをしてみよう思っている。

2020年

12月

11日

新型コロナウィルスと私〜コロナによる精神的不安と「今ここ」

●今私の住む大阪では、新型コロナウィルス感染症が広がりを見せている。ついに重症病棟の看護師さんが足りなくなって、自衛隊から派遣してもらわなければならないほどになった。死者数も12月9日時点で380人と、全国の15%を占める。人口は7%くらいなので、死亡率はかなり高いと言えるだろう。

 

●私の身の回りでも次々と感染が出ている。私の支援している学校でも陽性者が出たし、私の子どもは塾の先生をしているのだが、先週教えている生徒さんの中に陽性者が出た。それで彼は高齢の祖母(私の母)に感染させないため、急遽近所のアパートに引っ越すことになった。

 

●こうした状況の中で私は先週、かなり精神的にしんどくなり、自分でもうつ的な状態になって、周りにも迷惑をかけているなと感じることがあった。その原因としてまず感染拡大の中で家族を感染から守れないのではという恐れがある。感染拡大に対する対策の遅い政府や行政への怒りもある。

 

●また私が支援している組織でも、普通に仕事が行われていて、そこではテレワークはほぼ私一人という状態にある。そのため申し訳ない気持ちやそれでもテレワーク大事やん、と言いたい気持ちが葛藤を起こす。周りを見てもあまり怖がっていない人も多く、私だけが怖がっているのかとまた不安になる。

 

●こんな感じで一週間を過ごし、先週末これではいけないとふりかえりをした。そして今週は「心安らかでいる」ということを一週間の目標にして計画を立て臨んでいる。まず先週は怖くて自粛したテニスを再開した。これは何も考えないで屋外で体を動かす機会になっていて、精神的にプラスになっている。

 

●またニュースに接しすぎないように、夜意識してアニメを見たり、軽い本を読んだりしている。大阪府がようやく医療緊急事態を宣言し、不要不急の外出を控える呼びかけをしてくれてホッとしたこともあるだろう。だんだん不安が薄れてきて、昨晩は改めて「今ここ」を大切に生きて、あとはどうなってもいいやと安らかさを感じられるようになった。

 

●幸いもう還暦に近く、若い頃のように世の中を無理して回す必要はなくなりつつある。「今ここ」を大切にして仕事がなくなるとしても、まあなんとかなるだろうと思える。そして「今ここ」を大切にして万が一感染しても、それは本当にやるだけやってのことだからまさに仕方がないことなのだと諦められる。

 

●そして何より自分の中で「今ここ」で起きてくるものの存在感が何やらとても信頼できるように感じられたことが大きい。私は難しく考えすぎる必要はなく、ただ「今ここ」で起きてくる感じや気持ち、想いなどを大切にして生き、それが生み出す結果をそのまま受け入れればそれで良いと思えたのだ。

 

●こうして「今ここ」に委ねる心の有り様は、私はラボラトリートレーニングで学んできたものである。それはこれまでも私を導いてくれるものであったが、こうして大きなストレスのかかるコロナ禍の中で、私にとって唯一頼ることのできるものとして重要性を増しているように感じられる。

2020年

12月

04日

啓蒙主義と異なる人々の間の共通言語について

●ここ数年私は、アメリカの政治状況を巡って不思議に思っていることがあった。例えば地球温暖化という気候変動がいまだに存在するかどうかが争われることや、新型コロナ対策を巡ってマスクをするかどうかについて対立していることもそうである。

 

●これらはいずれも今の所、科学的に反証することのできないほぼ確実な知見なのに、それがなぜ争点になるのだろうと不思議に感じていたのだ。しかし前にも取り上げたスティーブン・ピンカーの「21世紀の啓蒙」を読んで、なるほどと腑に落ちるところがあった。

 

●彼が言うには、啓蒙主義とは「私たちは理性と共感によって人類の繁栄を促すことができる」と言う原則を持つ考え方であり、理念として理性、科学、ヒューマニズム、進歩、繁栄、平和と言うキーワードがある。つまり理性を用いて世界を理解し、その知識を用いて進歩と繁栄、平和を築くと言うものだ。

 

●そのモットーは「知る勇気を持て!」で、言論と思想の自由によって様々な因習やドグマから抜け出すことを大切にしている。実際17世紀後半から18世紀にかけてこの考えが広まってから、様々な側面での進歩が起こり、私たちが生きているこの世界に至っている。

 

●しかしピンカーによれば今この啓蒙主義には多くの攻撃が加えられている。そしてその一つの大きな流れを作ったのがニーチェであると言う。ニーチェにとって偉業とは啓蒙主義がもたらしたような病気を治療する、飢えた人々に食事を与える、平和をもたらすことでなく、芸術上の傑作や軍事上の征服によって達成される。

 

●つまり人生で重要なのは、善悪を超越し、意志を力に変え英雄的栄光を手にする「超人」になることである。このようなヒロイズムによって人類という種の可能性を引き出し、人類を存在の高みへと押し上げることができる、とする。啓蒙主義は文明を堕落させる女々しい退廃に他ならない。

 

●ニーチェにその意志があったかは別にして、彼の考えはファシズムやナチズムの思想的基盤となり、暴力と力の賛美、自由民主制度の破壊、人命への冷酷な無関心に結びついた。そして個人を国の一つの使い捨ての戦士として考えるような人権を軽んじる基盤ともなった。

 

●そしてピンカーは今のアメリカの政治状況をニーチェの流れを汲む「権威主義的ポピュリズム」の隆盛として理解する。この考えでは人々は文化、血統、母国から切り離すことはできない。淘汰の単位は個人ではなく集団であるというファシズムの考えが一つの要素となる。

 

だから国家が国際合意(例えば地球温暖化防止のパリ協定)のために国益の一部を譲るのは、偉大な国家を目指す生得権を放棄することになる。そして国家は有機的統一体であり、人民の魂を直接言葉にできる偉大な指導者がいれば、その指導者に国家の偉大さを託することができると考える。

 

●「権威主義的ポピュリズム」のもう一つの要素は反動主義である。この考えによれば啓蒙主義のお粗末なビジョンは、アノミーと快楽主義と不道徳の蔓延を生むだけである。社会は高みを目指すべきであり、より偉大な存在が指し示すより厳格な道徳規範を奨励すべきとされる。その拠り所が伝統的キリスト教とされる。

 

●彼らは過去のある時代に秩序立った幸せな世界があったと想定し、その後敵対勢力のせいで秩序が乱され、社会は衰退したと考える。そして今の社会を立て直して黄金時代を取り戻すことができるのは、古き良き時代のやり方を記憶にとどめている英雄的指導者だけなのだ。

 

●私はこうしたピンカーの話を聞いて、トランプさんは人民の魂を直接言葉にでき、今の社会を立て直して黄金時代を取り戻す英雄的指導者として振舞っているのだなと初めてわかった。そしてトランプさんの支持者が科学を軽視する理由もわかったように感じる。

 

●またこの本を読んで私は改めて啓蒙主義は、異なる文化や考えを持つ人々との間に共通の価値観や言語を築く上で極めて重要な役割を果たしてきたのだと理解できた。「権威主義的ポピュリズム」の考えでは、国や人種、民族、宗教が異なれば共有できるものが何もなくなるからだ。

 

●そしてこれは遠いアメリカだけで起こっていることではないように感じる。例えば私の従事しているラボラトリートレーニングにおいても、それが科学に基盤を置くことによって初めてそこに取り組む人々の間に共通の言語ができるように感じている。

2020年

11月

27日

新型コロナウィルスと私〜弱い立場にある時の感じ方

●今また新型コロナ感染症が蔓延してきている。私の住んでいる大阪は特に流行がひどく、10万人あたりの新規患者数も多いし、重症者も増えていて、重症者用の病床もほぼ埋まりつつあると言われている。さらに昨日は大阪だけで12人もの人が亡くなった。

 

●こうした中、私の中ではここ数日お腹の中にズンと重いものがある感じがしていて、今日はついに朝早く目を覚ましてしまった。それでフォーカシングの方法を使ってベッドの中でその感じに焦点を当て、それが何を言いたいのかに耳を傾けてみた。

 

●まず出てきたのは、私自身が感染することへの恐れだった。でも「怖いよ〜」という感じはあるが、今感じているほど重いものではない。次に出てきたのは「わかってもらえない」「助けてもらえない」という気持ちだった。もう一つ「打つ手がなくなる」という切羽詰まった感じもあった。

 

●何回かこのブログでも触れたが、私は4人家族で、感染すると重症化のリスクの高い既往症のある高齢者と同居している。致死率は少し下がったと言っても老人が感染すれば10数パーセントは死に至る病が目の前にある中で、どうにか皆元気でこのコロナ禍を乗り切りたいと心から願っている。

 

●そしてまず私は残念ながら世の中はこうした私の願いを助けてくれる方向には動いていないと感じているようだ。大阪では政治は「病床のある限り、感染は容認する」という方針をとっている。また国もGo toキャンペーンなど感染のリスクを一定とる方向で進んでいる。

 

●学校も特に10代の子供の重症化リスクが小さいため、「普通」に行われている。感染のゼロリスクを目指すと経済が行き詰まり多くの人が困るのだから、こうした政策は理解できる。また休校などをすると、生徒も保護者もより大変になる家庭が多い。それもよくわかる。

 

●しかし結果として市中感染が容認されると、私のような「感染した時のリスクが大きい立場の者」は、苦しい状況に置かれることになる。例えば今東京や大阪では、働く世代の人々が外で無症状者から感染し、家庭内で高齢者にうつす事例がとても多い。こうした「見えない感染」を防ぐことは困難だ。

 

●例えば私が今支援している学校でも、前期はオンライン授業や時差出勤、シフトを組んでの在宅勤務と感染対策に気を遣っていた。しかし今では「普通」に出勤することが当たり前になっている。これは「見えない感染」のリスクは仕方がないという考え方の元に成り立っているといっていいだろう。

 

●一方私はそれでもこうしたリスクも回避し、家族を守りたいと思っている。「感染した時のリスクが大きい立場の者」にとっては、このリスクは「仕方ない」では済まないものなのだ。だから私は「わかってもらえない」「助けてもらえない」「打つ手がなくなる」という気持ちになっているのだろうと感じる。

 

●今私はこうした「仕方がない」という風潮と戦う必要を感じている。労働災害も「仕方がない」で済ましていた時は減らなかった。そして労使双方が安全管理に注意をはらい出して改善されていった。だから私も少し頑張って感染拡大状況ではテレワークなど予防的措置をお願いして行こうと思う。

 

●実際、私の場合は今のところ職場で一人だけオンラインで会議に参加しても「気にしないで」と声をかけてもらえる。ありがたいなと思う。弱い立場にある時は、いつも以上に配慮のある言葉や対応が身にしみて嬉しく感じるのだ。私もそのことを忘れないで他の人に配慮できるといいなと思う。

2020年

11月

19日

オンラインでの体験学習の研修

●コロナ感染症が再拡大する中、初めてラボラトリー方式体験学習を使った研修をオンラインで行う体験をした。対象は山梨のある病院に新しく入られた看護師さん達である。もともと5月に清里の清泉寮で宿泊研修を行うはずだったが、このコロナ感染症のおかげで中止になりこの研修になったものだ。

 

●オンライン研修といっても感染拡大地域である大阪にいる私だけがオンラインで、スタッフや受講者は病院の一室に集まる形である。こうしたオンライン研修で、私が最も危惧したのは受講者の安全であった。つまり私が現地に行かない状況で、受講者への侵襲性をどうなくせるかである。

 

●体験学習では主催者側が計画した実習に取り組んでもらう際、またはグループダイナミクスの中で思わぬストレスがかかることがある。また少し学びへの参加が真面目でないと見える時、スタッフのかかわりいかんでは侵襲性が生じる。こうした時、傷つき体験になることもあるので安全性の担保が必要なのだ。

 

●またオンラインでは研修中に少し声をかけたり、グループワークの際にちょっと助けたりということもできない。実際、オンラインでは一人一人の顔は見えてもグループで何が起こっているのかはほとんどわからない。こうした役割をどうするかも問題だった。

 

●それで事前にこうした懸念を率直に伝え、先方と綿密に打ち合わせをした。そして昨年清泉寮での宿泊研修をご一緒し、体験学習を経験してもらっている教育委員の方々と一緒に企画を立て、運営することにした。また精神科に勤める心の安全に関する専門性を持った看護師さんに参加してもらうことにした。

 

●またコロナ感染症に対する対策もしなければならなかった。グループワークをするかどうかも議論したが、当然マスクをした上で、2時間と時間を区切り、グループの人数を少なくすることで実施することにした。現地での感染状況を見ながら最後までギリギリの判断だったが、幸い実施できた。

 

●こうして実施してみて私は、まず何より受講された1年目の看護師さん達に、同期の人とこうして何気ないコミュニケーションを楽しむ体験がとても必要とされていたのだと感じられた。現地の病院のスタッフにも、こんな芯からの笑顔を初めてみて安心したと感じられたようだ。

 

●コロナ感染症が蔓延する中で、いつものように先輩と飲みに行く機会もない。雑談することも著しく減っている。こうした中、ふと困った時に自分から先輩に声をかけたり、同期に話を聞いてもらったりすることも難しくなっていて、一人で抱え込んでしまいがちとなる人もいたのではないかと感じる。

 

●こうした中、研修という枠を作ることで、「何気なく他者と話せる」ということが実現したのだと思う。だからこんなに嬉しそうだったのだ。そして今ここで起きてくる気持ちや想いを大切にして、自分を少し開いてかかわることの重要性も感じられたのだと思う。

 

●私はこうした研修を企画する際、ついオンラインで体験学習を実施するリスクの方に目がいってしまう。しかし今回、現地のスタッフとチームを組むことで大きな懸念を抱くことなく実施できたし、何より受講者の様子を見て、実施しないリスクを強く感じることができたように思う。

2020年

11月

11日

“今ここ”と認知バイアス〜「21世紀の啓蒙」を読んで

●私は“今ここ”で起きる気持ちや想い、感じを大切に生きていきたいと思っているのだが、最近 この“今ここ”を大切にする上で、気をつけないといけないなと感じたことがある。それは「認知バイアス」によって、私が多くの思い込みをしていること、それによって“今ここ”を大切にできなくなる可能性があることだ。

 

●認知バイアスとは、人が物事を判断する場合において、個人の常識や周囲の環境などの種々の要因によって非合理的な認識や判断を行ってしまうことをしている。その代表が「利用可能性バイアス」である。これは記憶に残っているものほど、頻度や確率を高く見積もる傾向のことだ。

 

●例えば飛行機事故は印象に残りやすい。そのため飛行機に乗るリスクは高く見積もられやすい。同様に日々テロや気象災害、銃の乱射、汚職などのニュースを見ていると「世界は間違った方に進んでいる」と思い込んでしまう。人間には悪いことの方が簡単に想像できてしまう「ネガティビティバイアス」もあるので余計だ。

 

●しかし「21世紀の啓蒙」を書いたスティーブン・ピンカーによると啓蒙思想が起きたこの2世紀半で世界は確かに良くなっている。例えば世界の平均寿命は30歳から71歳になった。5歳未満の死亡率はかつて最も豊かな地域でも3分の1であったが、今は最貧国でも6%に過ぎない。致死性の感染症も減少した。極度の貧困は9割から1割に減少し飢饉もほぼ姿を消した。

 

●こうした認知バイアスに関して私自身危ないなと思ったのは、私の原発への嫌悪感である。福島原発の事故は大きく取り上げられ、印象に残るものであったので、私の中には原発への安全性に対する疑問符がある。また豊かな自然が汚染され、多くの人が故郷に帰れない事実もあり、私には「原発はダメ」と言う思いがある。

 

●しかしこの思いは認知バイアスからくる「思い込み」である可能性がある。前述の「利用可能性バイアス」やネガティビティバイアス」に加え、代表性ヒューリスティックも働いていると思われるからだ。つまり福島原発を原発の代表と捉え、そこで事故が起こるのだから全ての原発は危ないと言う思い込みに陥っているのだ。

 

●ピンカーによれば、こうした認知バイアスから逃れ、合理的に判断するためには「数を数えること」が大事であると言う。彼はまずエネルギーの利用なしに上にあげたような進歩を実現することはできないこと、そしていま環境問題は差し迫った現実の脅威であり、脱炭素化は人類の喫緊の課題としてあることを主張する。

 

●その上で石炭や石油による発電の死者数と原発による死者数を比較する。例えば石炭火力発電の場合、大気汚染などで毎年100万人が死亡していると推計されている。一方十分なエネルギーを供給できる原子力発電の安全性は高まり死者数も少ない。ちなみに再生可能エネルギーでは十分なエネルギー量にならない。

 

●もし私が認知バイアスからくる思い込みに囚われていたら、原発推進派の人がその必要性を説いても私はこの思い込みからくる嫌悪感しか感じないかもしれない。これでは自分もまた原発推進派の人も、さらに石炭や石油による発電で大気汚染に苦しむ人をも大切にできない。

 

●こうした認知バイアスによる思い込みから逃れることは難しい。一度思い込んでしまうと新たな情報が来てもそれをはねつけてしまう「代表性バイアス」があるから尚更だ。しかし思い込みである可能性を常に疑い、それを真実ではなく仮説として扱い、ピンカーに倣って数や論理で検証して見る姿勢を常に持つことは、思い込みをできるだけ防ぐために重要であると感じる。

 

 

2020年

11月

04日

人と共にいるということ

●コロナ禍のなかで、「人と共にいること」の意味が少しだけわかったように感じている。これまでは人と共にいるというのは、いわば当たり前の状態だったように思う。家庭でも職場でも友人と会うときも、普通に人と共にいて、いろいろなことをしてきていた。

 

●しかしコロナによって状況は一変した。私の場合、仕事はリモートが増えたし、研修を受けるのもリモートになった。そして9月・10月に少しだけ感染リスクのある仕事をしたので、万一感染していた時の用心のために、2週間家族に会わないように自主隔離をした。

 

●このように「人と共にいること」が欠如したことで、かえってこれまで見えなかったものが感じられるようになった気がする。まず家庭内での自主隔離中、食事などはラインを使って「一緒に」食べていた。ある程度コミュニケーションをすることも可能だった。

 

●それは助かったのだが、すぐに感じたのは、リモートだと無言でいると「一緒にいる」感じがしない。だからすぐに他のことをしてしまう。ラインをつなぎっぱなしにする気もしない。一方自主隔離が明けたあと、家族と一緒に居間にいると、何もしないでも一緒に「いる」ことができることに気づいた。

 

●また10月に南山大学の人間関係研究センターのリモートの2日間の研修を受けたのだが、そこでは自己概念の再検討という深いテーマを取り扱った。そして私は1日目が終わった後、魚を締めようとしているが、なかなか死なないというとても生々しい夢を見た。

 

●それは今になって思うと恐らく私自身の自己概念の内、今は必要ないものを捨て去る、ある意味「死と再生」に関わる何かだったのかなと感じる。いのちには生々しくグロテスクに感じられる部分があると思うが、こうした揺らいでいる状態の中で、恐らく私の身体からは何かの形でこうしたメッセージが発せられていたと思う。

 

●しかしそれはまだ言語化される遥か以前の状態に止まっていて、リモートの講座では講師や学んでいる仲間も気づくことは難しかったのではないかと感じる。しかし身体が共にある形での講座なら、私の様子を見て何かを感じ、働きかけてくれる人もいただろうと思うのだ。

 

●こうしたことから私は、私たちが共にいる時、言葉というレベルではなく何かをわかちあっているのだと感じている。だから一緒にいるだけで自然にリラックスして時を過ごせたり、まだ本人も意識できていないような身体の奥で起きている揺れを感じとれたりする。

 

●コミュニケーションの語源はラテン語のコムニカチオだが、それが「分かち合う」「共有する」という意味を持つ。私は魚が引き上げられてから「水」の存在に気づくように、「人と共にいること」が失われて初めて「分かち合う」ことの意味に気づいたように感じている。

2020年

10月

01日

半年ぶりの体験学習で思ったこと

●コロナ禍のなかで、私が関わるラボラトリー方式の体験学習の場はほとんど中止になってきた。組織研修も、Tグループを中心とするラボラトリーもである。この体験学習ではいわゆる3密を避けられないからだ。しかし先週の金曜日、久しぶりに毎年行っている看護マネジメントの研修を行うことができた。

 

●実施前には研修の担当者とずいぶんコミュニケーションをとって、グループワークをしないプログラムを検討したりして、感染防止に心を砕いた。しかし最終的に研修の必要性と今の感染状況を勘案して、グループの人数を少し減らす他は、グループワークも含めた通常通りの体験学習の学びを実施した。

 

●始まる前、感染防止に注意しなければならない立場の人は、グループワークに対する抵抗感があるかなと思っていた。そして希望者はグループに入らず観察役になってもらおうと思って、その準備もしていた。しかし蓋を開けると、そうした希望はなく全員がグループワークに参加された。

 

●やってみて驚いたのは、多くの人がグループでの実習を心から楽しんでいるように見えたことだ。何の変哲もない課題解決の実習だったのだが、身を寄せ合い、心から笑い、気持ちや意見のやりとりをする。こうした何気ない関わりがとても嬉しそうだったし、もっと言えば彼らを癒しているようにさえ見えた。

 

●後で聞いてみると、こうした研修を再開したのもごく最近のことらしい。恐らく職場では感染防止のために関わりに神経を使っておられるだろう。そして私は思った。こうした人と人とが身体をその場において対面で関わる時、私たちにとって何か不可欠な「何か」をやりとりしているのではないだろうか、と。

 

●コロナ以前は普段の関わりでその「何か」をやりとりできていたのに、コロナ禍のなか感染防止を徹底する関わりが求められ、その「何か」は徐々に欠乏してきていたのだ。だからこの実習での関わりの中で久しぶりにその「何か」をやりとりできて、あれほど楽しみ、満足されたのではないだろうか。

 

●そして私はその「何か」とは、私の言葉で言う「今ここ」なのではないかと思う。隣の人の顔色を見てふと大丈夫かなという想いが湧く。それはケアする視線を生む。ただ相手の息遣いを見て声はかけない。しかし相手の人はそれを察知して、この場は受け入れられる場だなと感じる。

 

●「今ここ」とはこうした言葉でないものも含めた気持ち、思い、感じである。身体をこの場に置いた関わりでは、こうした「今ここ」のやりとりが自然に半分無意識に行われている。そしてこのやりとりの中で、関わる満足感や充足感、相手への信頼などが生まれてくる。

 

●私の中にはこの研修によってこうした「今ここ」がよりよく流れたというイメージが与えられている。自分の中でもその場にいて起きてくる感じや想いがたくさんあり、それを受け取ってもらえた。関わりの中で、この「今ここ」がよりよくやりとりされると、そこには深い喜びが感じられるように思う。

 

2020年

9月

18日

『LIFE SHIFT〜100年時代の人生戦略』を読んで

●これもまたコロナ後の世界をイメージするために『LIFE SHIFT100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著)を読んだ。本の題名どおり100歳を超える長寿が一般的になる時代に、個人や企業、政府がどのように対処していったらいいのかを示唆する内容である。

 

●まずこの本では各種の統計に基づき長寿社会が訪れることが事実としてあることを示す。そしてその社会では従来の教育期間、就労期間、引退後という3つのステージを前提としたモデルが崩れていくという。例えば個人の人生設計や政府の年金制度、企業の人事制度などがその代表である。

 

●そしてこの長寿社会ではこれまでの3つのステージに加え、どのようなキャリアを形成すべきかを探るステージ、次のキャリアを形成する移行のステージなどが加わる。そしてその社会でよりよく生きるためには資金計画をはじめ、今までとは異なるスキルや資産の形成が必要であると説く。

 

●中でも著者たちはお金などの有形資産だけでなく、無形の資産がより重要になると言う。それはより良い成果を生み出すための知識やスキルからなる生産性資産、健康と幸福に関わる結びつきからなる活力資産、そして新たなステージへの移行を可能にする変身資産である。

 

●私が驚いたのは、これから重要性が増すと彼らが指摘するこうした無形資産が、私がいつも指摘している「今ここ」と深い関係にあるように思えることである。つまりこれらの無形資産は「今ここで起きてくる気持ちや想い、感じ」を大切にすることなしには形成できないものなのだ。

 

●まず生産性資産において、著者は経験学習の重要性を指摘する。テクノロジーとオンライン学習の進展によって簡単な知識はいつでも誰でも身につけられるようになる。こうした状況では、知識の量ではなく、その知識を使ってどういう体験をしたかで差がつく。これはポラニーのいう暗黙知と言っていいだろう。

 

●これは別の言葉で言えばリフレクションによって、実践的知識を身につけていく過程に他ならない。つまり実践をやりっぱなしにせず、そこで起きる体験(出来事と結果、その体験で起きる気持ちや想い、感じ)を意識化し、なぜそうなったかを考え、次の行動に向けて仮説を立てるのだ。

 

●また彼らは<ポッセ>という小規模の仕事仲間の重要性を指摘する。個人が知識やスキルを活かせるかどうかは周り次第であり、互いが信頼と評判を大切にするチームでは生産性は高くなる。そしてこの信頼関係はチームメンバーが「今ここ」を大切にして体験から学び培っていくしかない。

 

●次に活力資産だが、これは支えと安らぎ、自己再生をもたらす資産である。3つのステージが中心の社会では学校時代の友人がこの中心になることが多かった。しかし100年ライフの今は、私たちに多くの転機が訪れアイデンティティが変化するので、これまでの友人では活力資産にならないことも多い。

 

●私の経験ではこうした支えと安らぎ、自己再生をもたらしてくれる関係とは、「今ここで起こる気持ち、想い、感じ」を正直に出せて、受け取りあえる関係である。こうした関係のもとで初めて私たちはありのままの自分でいていいと感じられる。そして相互フィードバックによる成長も起きる。

 

●最後の変身資産だが、100年ライフでは変化と新しいステージへの移行が不可欠であり、多くの変身が必要となる。この際必要となるのが自分についての知識である。アイデンティティを自ら主体的に作るには、他の人からのフィードバックをもらって自分が何者かを内省する必要がある。

 

●この変身は単に表面をなぞるだけでは十分ではない。自己認識と世界認識を新たにする必要がある。これによって新たなアイデンティティが生まれるからである。そしてこれは簡単ではない。これこそまさにTグループを中心としたラボラトリーなどで行なっている深いレベルの体験からの学びに他ならない。

 

●例えばラボラトリーでは「今ここ」を大切に小グループで数日を過ごす。信頼関係の深化とともに、ありのままのその人を受け入れつつ、互いにその人をどう感じるか、どう見えるかを忌憚なくフィードバックしていく。こうした積み重なりによって、自己概念、ひいては人間関係感、世界観が変容していく。

 

●こうして見るとこれまで私が取り組んできたラボラトリー、リフレクションによる学び、今ここを大切に定期的に集うコミュニティ、信頼関係構築のチームづくりなどはこれからの社会でこそ必要とされるものだ。そしてこれらが「今ここ」を大切にすることによってはじめて可能になることはあまり認識されていないように感じている。

 

 

 

2020年

9月

11日

LIFE3.0〜人工知能時代に人間であること

●コロナ後の世界がどんな風になっていくのかを探る中で、『LIFE.0』という本に出会った。これは物理学者のマックス・テグマークが、超知能AIが出現したらどうなるかをシュミレーションしたものである。彼はAIの安全性研究を主流にのせ、有名な「アシロマAI原則」の取りまとめに尽力した人でもある。

 

●テグマークによれば、生命には3つの段階がある。まずはLIFE1.0は生き延びて複製できる細菌のような生命である。この生命は個体の段階では変化に対応できない。次にLIFE3.0は自らのソフトウェアを設計できる人間のような生命で、学習によって言語や技術などを習得し、世界観なども改められる。

 

●しかし人間はハードウェアとしての身体を大幅に設計し直すことはできない。この進化というハードウェアの制約から逃れ、ハードもソフトもデザインできるようになる生命の段階がLIFE3.0である。そしてテグマークは、このLIFE3.0AIの進歩によって誕生するかもしれないと考えるのだ。

 

●もちろんこうしたLIFE3.0への移行そのものをどう捉えるか、またこのことがユートピアを生むか、ディストピアに至るかについては様々な観点からの議論がある。しかし私がこの本で最も興味を惹かれたのは、このテグマークという人の生命観であり、宇宙観である。

 

●まず彼は「超知能AI」の誕生が生命の分岐点になると考える。これは人間の知能をすべてにわたって超えたAIで、自ら知能の改良に取り組める。いったんこのAIが生まれると物理法則などが次々に発見され、科学は飛躍的に進歩する。テクノロジーも物理的限界(例えば光速以上早く移動できない)まで進歩する。

 

●この中でLIFE3.0への移行も可能になる。そしてLIFE3.0になった生命が宇宙に広がることも可能になる。ところで彼は今地球に存在する生命はもしかすると唯一かもしれないと考えている。物理学者として彼はもし近隣の星に高度な生命体がいたなら、もう私たちは気づいていなくてはならないと指摘する。

 

●なぜなら超知能AIが誕生した星なら、短時間でテクノロジーは物理的限界に達する。そして宇宙へと乗り出すことが予測されるからだ。一方、あまりに遠くの星だと、宇宙の膨張により、地球の生命とは決して出会えない。光速で移動しても届かないからだ。

 

●こうして一人ぼっちの生命かもしれない私たちがもし滅びたなら、その後の宇宙は、観客のいない劇のように進む。つまり生命が持つ「意識」によって意義づけられることなく、意味なく物資の踊りを続けるだけになってしまう。宇宙の存在価値を意味づけるのは生命にしかできない。

 

●しかしもしこの地球の生命である私たちが、超知能AILIFE3.0を受け入れないなら、絶滅は時間の問題となる。最長でも太陽が冷えて生命が維持できなくなる間しか存続できない。彼はそうではなく、超知能AIによってLIFE3.0となり、この宇宙に生命を広げ宇宙に意義を持たせていきたいと願うのだ。

 

●だからこそ彼はこの生命を惜しむ。間違っても超知能AIの出現が、今の生命を滅ぼすことにつながってはならない。そのために彼はAIの安全性研究というこれまで傍流だった分野を、メジャーな研究領域にするために最大限の努力を重ねてきたのだ。

 

●これまで私は全く意識しないまま、例えば太陽の終焉が生命の終わりであるのは当然だし、小惑星の衝突などでもっと早く生命は滅びるだろうと思っていたことに気づいた。そして私は、もっと長いスパンでこの生命の行き方をイメージしている人がいるということに驚きをもって感じ入ったのである。

 

 

2020年

9月

03日

新型コロナウィルスと私〜コロナという禍が生み出す良いもの

●新型コロナウィルスの蔓延のせいで、生活が一変して半年が経とうとしているが、このコロナウィルスは私にも多くの悪影響を与えている。高リスクの高齢家族と同居しているため、20代の息子も含め感染リスクを最低限にする生活をしなければならなかった。

 

●だから楽しみである外食や旅行も控えたし、電車に乗るのもやめている。仕事面でも体験学習の研修などはほとんど中止となった。結果として収入も減少している。「今ここ」を生きるために欠かせないラボラトリーも開催できなくなり、友人や仲間と顔を合わせるのも少なくなっている。

 

●しかしこうした禍をもたらす一方、新型コロナウィルスは私にとって良いものも生み出している。まず何より出張や移動が大幅に減り、体への負担が軽くなった。ここ数年、年間数十日も宿泊を伴う研修やラボラトリーをしていたが、今は家でゆっくりと過ごすことができ、高血圧の症状もかなり改善されている。

 

●また新たな生活や仕事のやり方を見いだすことができた。例えば大阪市内の移動はこれまで地下鉄に頼ってきたが、最近はほぼ自転車で移動している。確かに雨の人は大変だが、早いし景色が見ることができるなど快適な部分もある。今までなぜこうした通勤手段を思いつかなかったのだろうと思うほどだ。

 

●仕事でも新たな発見があった。私はアドバイザーの立場で会議に出ているが、今はオンラインが多い。もちろん対面でしかできないこともあるが、オンラインでいいこともある。通勤がないので時間が節約できるし、私がそこにいないことで現場の人がより能動的に動いてくれることも起きている。

 

●あと今まで全く見過ごしてきた身近な自然に目が向くようになった。公園にある樹木や小さな花、夕暮れに浮かぶ彩雲、ビルの合間に浮かぶ三日月。これまで自然はどこかに遊びに行って見るものだったが、移動ができない今の私には、ふと目の前にある小さな自然が豊かなものに感じられている。

 

●さらに家族で過ごす時間が増えた。まず私たち同居家族4人でゲームをしたり散歩したりしている。夕食もほとんど一緒に食べている。こうしたことはこれまで旅行に行った時にはあったが、こんなに日常的に行えるのはほとんどなかった。気詰まりな面もあるが、こうした時間を豊かに持てるのはありがたい。

 

●また別居している兄の家族とオンラインを通じてやり取りすることも増えた。「集まれ動物の森」のソフトを私以外の一族全てが持っていて、アメリカにいる姪とも時間を合わせ、一緒にゲームを楽しんでいる。同様に遠くの友人とオンラインで楽しむ時間も増えたが、これもコロナの影響なしには考えられない。

 

●あと私が本当によかったと思うのは、これまで取り組めなかった本のまとめと考察に取り組む時間が与えられたことである。特にキルケゴールの「哲学的断片の結びとしての非学問的あとがき」という本には、私にとって大切なことが書かれていると思っていたが、忙しさの中でずっと後回しになっていた。

 

●ところがコロナの影響で宿泊研修がなくなったので、その時間を使って本を抜き書きし、それを読み直しつつ、私にとってどういう意味があるかを考察していった。それは今の私の実存のありようを意識化することを促し、これからの生き方に影響を与えてくれる本当に貴重な体験だった。

 

●このように新型コロナウィルスは私にとって悪影響を与えているだけでなく、様々な良いものも生み出している。まだしばらくこのコロナを意識した生活は続くと思うが、悪いところばかりを見るのでなく、いいところに目を向け、それらがより良い生成を生み出すように生活していきたいと感じている。

 

 

2020年

8月

28日

コロナ危機の中の私の選択的変化〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」より

●前回記述したジャレド・ダイアモンドの危機を克服する12要因を見ながら、私がこの新型コロナウィルスという危機にどのように対処すればいいのかを考えていきたい。私はまずこの問題が私や家族にとって大きな危機であるとはっきりと認識している。

 

●このウィルスは80代の親がかかると三分の一の確率で死に至る、極めて恐ろしい感染症だ。私たち夫婦もいい歳だから、一旦家に持ち込まれたら皆が無事でいられる確率は高くない。しかも無症状でも家に持ちんでしまう。今コロナを怖がるなとの論調もあるが、これは私たちには大きな危機である。

 

●次に私は責任を受け入れている。私は高齢者と同居している家族のことをわかってくれないと国などの政策に不満を覚えることがある。しかし基本的にはこの危機を自分たちで乗り越えなければならないと覚悟している。何かあっても他者のせいにすることはできない。

 

●だから私たちは生活スタイルを選択的に変化させている。旅行や外食をやめステイホームし、仕事もできる限りオンラインや濃厚接触にならないようにしている。体験学習の研修などは一部を除き、ほぼ中止したり延期したりしている。家に来る人も制限し、運動などもクラブなどに出入りするのはやめている。

 

●こうした行動変容を支えてくれるのが、専門家の方々による研究成果だ。当初はわからなかった感染する可能性の高い要因が徐々に分かり始め、きちんと発表をしてくれる。この周囲の助けは絶対に必要だ。逆に国が無症状でも感染可能性があることを隠していたことを知った時は、本当に怒りを覚えた。

 

●手本だが、こうした状況に置かれている人は周りにあまりいない。しかし自己で責任を引き受けず、選択的変化をしなかった結果、高齢の親に感染させてしまい後悔している手記などを見ると、かなり思い切った形で意思決定と行動をする必要があると感じている。これは他山の石と言えるかもしれない。

 

●自我の強さについては自分では評価できないが、しかしこうした文章を書いて検討することは、自分が大切にしたいことを再確認し行動を軌道修正できる力を与えてくれていると感じる。また家族会議を時々開いて、何を大事にしたいかなどを合意できていることは家族の結束を高めていると感じている。

 

●公正な自己評価については、特に自分がどのようなストレスにさらされ、どんな気持ちが湧いているかを意識することができている。また定期的に専門家が発信してくれる情報を集めることで、このコロナ感染症という災厄の中で、私たちがどのような位置に置かれているかを把握しようとしている。

 

●過去の危機体験についてだが、個人的には銀行員をやめて無職になった時の危機を、そして家族としては十年に渡る父の病と死を一緒に乗り越えることができたことはある程度自信になっている。しかし家族の命を危機に晒すこうしたレベルの危機は初めて遭遇するものと認識している。

 

●忍耐力については、常に試されている。他の人が出勤する中、テレワークをお願いするのは後ろめたい。自粛生活に飽きる。コロナを恐れるなと言われ、Go toキャンペーンと言われると私たち家族だけが置いてきぼりにされた気もする。その中でこの危機に対応する責任を意識し続けるのは大変である。

 

●柔軟性については専門家の知見によって行動を変えている。初めは物品なども全て消毒していた。しかしそれは必要ないとわかった。スーパーに行くのも極力控えていたが、マスクなどの防御策をしっかりとれば、感染爆発期以外は感染のリスクはかなり低いこともわかり、気にしすぎないようにしている。

 

●基本的価値観としては、シンプルに「家族が全て元気に生き残ること」に置きそれを堅持しようとしている。マスコミなどでは、国や地方、飲食店、メーカー、旅行業者、医療者などのそれぞれの立場からの価値が発信されている。しかしそれらは高齢の同居家族を持つ私とは相対立するものが多い。

 

●個人の制約としては幸い恵まれた環境にある。子供も経済的に独立し、母も経済的に困っていない。私も研修などの仕事がなくなってもすぐに困る状況にはない。だから無理することなく感染対策を実行できる。家も長い自粛生活を送るのに十分な広さがあり、外に出かけないといられないことはない。

 

●こう見ると私たちには、異なる立場からの発信に惑わされず、「家族全員で生き残る」という基本的価値を堅持することが必要と感じる。そして専門家の知見の下、リスクを最低限にする行動習慣を身につけたい。そして後は一つ一つの行動を今ここできちんと納得して決め、悔いなく過ごしたいと感じている。

2020年

8月

21日

選択的変化2〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」より

ジャレド・ダイアモンドは危機解決の成功率を多少なりとも上げる要因を12上げている。今日はまずはこの12の要因を概観したい。

 

●危機に陥っていると見て認めること

個人も国も問題を無視し、否定し、過小評価することがある。しかし危機と認めなければ問題に対処できない。また何らかの問題があると感じても、何が問題なのかを見極められないこともある。例えば彼は今の日本は先の大戦での歴史問題を否認している結果、中国・韓国との軋轢を生んでいると指摘する。

 

●責任を受け入れる(被害者意識や自己憐憫、他者を責めることを避ける)

私たちは「この問題は他人のせいだ」と言い訳する時がある。こうした自己憐憫や被害者意識は自分で問題に取り組もうとしない理由となる。問題を認めた後の次のハードルは自分で解決する責任を引き受けることである。原爆の被害を強調するだけでなく、戦争を起こした要因を検証することが責任を受け入れることと指摘する。

 

●囲いを作ること/選択的変化

今うまく機能していて今後も変える必要がないところと、古いものを捨て新しいやり方を取り入れるべきところを問い、選択的変化をしていく。これがうまくできないと個人では完全に自分をダメな人間と思い込んでしまう。明治日本でも漢字の使用や天皇制を維持した上で選択的に海外のモデルを導入した。

 

●周囲からの支援

危機を脱する時、物心両面での支援は有用である。明治政府が西洋諸国から得た支援や先の大戦後アメリカから得た支援は日本が危機を脱出する助けとなった。一方フィンランドのようにソ連との戦争でどこからも支援を受けられなかった体験はその後の国の外交政策を決める基礎となった。

 

●手本になる人・国

周囲に危機に対する手本があると助けになる。自分と同じ危機を克服できた人がそばにいればそれを真似ることができる。また先人の伝記などからアイディアを得ることもできる。明治日本の発展は西洋における成功モデルのうち、日本に移植できるものを選んだことによるところが大きい。

 

●自我の強さ(ナショナル・アイデンティティ)

「自我の強さ」は自信だけでなく、自分が自分であるという感覚を持ち、目的意識があり、他者へ意思決定や生活を依存せず、自立した自分でいられることが含まれる。具体的には感情の揺れに耐え、ストレス下でも集中力を維持し、自由に自己表現し、現実を正確に把握し健全な決断を下す力である。

国単位ではこれはナショナル・アイデンティティと表現される。その国を特徴付け、独自の存在にしている素晴らしいものについての共有された誇りである。言語、軍事的成功、文化、歴史などその源は多様である。明治期の日本はこの存在によって人々を結束させ外敵に立ち向かう勇気を持つことができた。

 

●公正な自己評価

危機に陥った人が適切な選択をするためには、自分の強みと弱みについて、自分の中のうまく機能している部分(何ができて)と、うまく機能していない部分(何ができないか)について公正な自己評価が必要となる。これは時に痛みを伴う。また過大にも過小にも自己評価しないことは難しくもある。

これには自分や国についての正確な知識とそれに対する公正な評価が必要となる。ドイツの優れた現実主義者ビスマルクは公正に自国を評価しドイツ統合を成し遂げた。皇帝ヴィルヘルム二世は公正な評価に失敗し、第一次世界大戦に敗北した。

 

●過去の危機体験

過去に切り抜けた経験があれば、新たな危機も解決できるという自信につながる。逆に過去の危機を克服できなかった時、何をやっても成功しないと感じられる。親密な関係の破綻などはその例である。明治日本も維新を成し遂げ、列強に戦争で勝つという体験から強い自信を得た。

 

●忍耐力(国家的失敗に対する忍耐)

自分を変えて危機を克服する際、最初は失敗するだろうし、不確かさや曖昧さもつきものだ。これらを許容する能力、つまり忍耐力が必要となる。これによって試行錯誤を経て、危機を解決できる。国レベルでも可能性のある解決策を探るため、不満、曖昧さ、失敗に対する忍耐や寛容が必要になる。

 

●柔軟性

危機を克服する上で柔軟な性格は頑固で融通のきかない性格(何事にも正しい方法は一つしかない)より有利である。これはある問題に対して今までとは異なる対処方法の検討を受け入れる能力である。国レベルではある面では柔軟だが、他の面で硬直的であるということが一般的である。

 

●基本的価値観

これは自我の強さと関連したアイデンティティの中核になる信念である。選択的変化をする際に「何があっても譲れない部分」とそうでないものを区分ける基盤となる。フィンランドのナショナル・アイデンティティは言語と文化にあるが、その基本的価値観は「独立」にあった。

ただ危機の時はかつて絶対の価値観と考えていたものを見直す必要が出てくる。変化の中で基本的価値観が的外れになったのにそれに固執すると危機解決の妨げとなる。

 

●個人的な制約、地政学上の制約がないこと

これはどこまで選択の自由があるかの問題である。例えば子育ての責任があったり、きつい仕事をする必要があれば、新しい解決法を試すことは難しくなる。制約があると危機を克服するのに余分な負担がかかる。アメリカは地政学上自由度が大きい。一方フィンランドはソ連との長い国境という制約が大きい。

 

2020年

8月

14日

選択的変化〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」

●今ジャレド・ダイアモンドの「危機と人類」を読んでいる。この本は著者が馴染みの深い7つの国で起こった危機を取り上げ、どのようにその危機を乗り越えてきたのかを著述している。まだ途中なのだが、特に興味深かったのが、「選択的変化」と言う概念だ。

 

●例えば私が何かに失敗して危機に陥った時、私には自分の人格や関わり方などの全てを一度に変えることはできない。それは失敗に終わらざるを得ない。できるのは今のままでいい部分と変化を要する部分を見極め意識して選択して変化させていくことである。これは国家でも同じだ。

 

●フィンランドは歴史的にロシア帝国内部の自治領としてあった。その後独立を果たすが、第二次大戦前後に危機に見舞われる。ソビエト連邦がバルト三国とフィンランドの併合を狙ってきたのである。バルト三国はなすすべなくソビエト領として編入されるが、フィンランドは戦う。

 

●しかしフィンランドの思惑と異なり西欧諸国の助けは得られない。仕方なくフィンランドはゲリラ的に持久戦に持ち込み、ソ連と戦っていたナチスドイツと連合する。結果的に独立は維持するが、人口比で言えば莫大な数の死傷者を出す。また西欧諸国からはナチスドイツの同盟国と捉えられてしまう。

 

●戦後になりフィンランドの選択的変化が始まる。国のアイデンティティと独立の維持は変化させることはなく、外交政策を一変させる。それは戦前のソ連を無視し西欧諸国と結ぶ方策から、ソ連の思惑を理解し、それを叶え、ソ連を安心させ、信頼を勝ち取る戦略への大転換であった。

 

●これはフィンランドの地政学的な制約から来る。ナチスのソビエト侵攻時、もしフィンランドが北から攻めたらサンクトペテルブルグは陥落しただろうと言われる。フィンランドはソビエトにとって喉元に突き刺さる骨のような位置にあるのだ。ソ連が彼らを猜疑すれば、フィンランドの安全は成り立たない。

 

●結果的にフィンランドは報道の自由や選挙制度なども含め、西洋的価値を一部捨て去ってもソ連の信頼を得るための政策を保持し続けた。西洋からは惰弱な外交を痛罵されたが、それによって国のアイデンティティと独立の維持を確保し、徐々に西欧との関係を深めることができたのである。

 

●こうした選択的変化が成功するためには、自らが危機に陥っていることをありのまま受け入れる力、そして自分の置かれた状況や能力をありのままに認める力が求められる。その上で変化のためのモデルを探し、他からの助けを出来るだけ得て、勇気を持って選択的変化に取り組むリーダーシップが必要となる。

 

●そして今私たちが直面する新型コロナの問題は、私には選択的変化が求められる「危機」として捉えられている。そしてこの問題にうまく対処している国は何らかの変化を遂げている。台湾や韓国のようにITとビッグデータを使った資源の配分や感染のトレースの方法の開発などはその代表である。

 

●またニュージーランドのように首相のリーダーシップで人々の行動変容を導く国もある。一方コロナ自体の危険性を否認するリーダーやデータの隠蔽、不効率な行政システム(例えばマスクや10万円を配るのに時間のかかりすぎる)という問題に取り組んでいない国は、危機を増幅させている。

 

●私には今の所日本ではこの新型コロナの問題は十分に危機と認識されていないように感じる。だから「これまで通りこれまでのやり方で」対応しようとしているように見えている。しかし私にはこれは個人的にも国レベルでも大きな危機と捉えられている。まず私自身が必要な選択的変化を志向したいと思う。

 

危機と人類(上)

危機と人類(上)

 

 

2020年

8月

07日

再び市民プロデューサーの時代へ

●「市民プロデューサー」という言葉をふと思い出した。この言葉は、1995年の阪神大震災をきっかけにNPOが社会的に認知されていく中で大阪ボランティア協会が開いた「市民プロデューサー養成講座」をきっかけに、NPO業界ではかなり流行した言葉だ。

 

●私もこの講座の4期生であり、その後数年スタッフも務めた。もともとこの講座は「市民活動仕掛け人講座」として企画されたが、言葉工房を主宰していたライターでこの講座の運営に深く関与した吐山継彦さんが、「市民」と「プロデューサー」という言葉の組み合わせの面白さに気づきネーミングされた。

 

●「市民プロデューサー」という言葉にはいくつかの意味が含まれる。まずこれにはボランティアや市民活動と同様、「ほっとけないからやむに止まれずする」という意味がある。さらに国や自治体、企業が手を出さないニッチな領域に自分から、わたくしから働きかける自発・私発的な活動ということでもある。

 

●しかし市民運動とは異なり、ビジネスで必要な予算の立案、交渉、運営面もしっかり考えて活動するという含意もある。吐山さんはこれを「地球市民として地域に根ざし、アイディアとユーモアとネットワークを武器に、企業や行政にできない社会変革を、経済性をも無視せず造り出せる人」と定義している。

 

●私自身はそれまで会社勤めなどを中心に仕事をしてきたので、私発で自分の想いを大切に、事業を起こすということは考えもつかなかった。しかしこの活動に参加する中で、色々な人が自分の「やむに止まれない想い」を大切に、市場も資源も無視せず事業企画を立てていくのを見て考えが変わっていった。

 

●そしてもともと私は経営関係のキャリアを持っていたが、ラボラトリーに触れる中で一人ひとりが大切にされる「チーム」が組織にもできたらどんなにいいだろうという強い思いに駆られた。そして「市民」+「プロデューサー」を真似て「チーム」+「経営」という言葉を作り事業として展開したのである。

 

●今から考えるとその当時の私の思いには、現実に即していない部分もたくさんあったと思う。その後仕事をしながら想いや運営面を修正していき、今も自分が心から信じることができ自分を動かす想いを大切に、色々な研修や組織でのサポートの仕事に取り組めている。

 

●さてこうした「市民プロデューサー」を思い出したのは、他ならぬコロナ感染症の蔓延の中の社会状況を見ているためである。震災時に行政や企業では提供できないサービスの多くを市民セクターが担ったが、今またこの災厄の中でたくさんの必要性の高いニッチ領域が生まれてきているように思える。

 

●例えばまず心のケアだ。震災の時も被災地に多くの心のケアのボランティアが入ったが、今回は非常に多くの人々が大きなストレスにさらされている。感染への恐れ、同居している高齢者へうつさないかの不安、日常通り働くことを求める組織への対応、経済的不安、先の見通しが立たない不安・・。

 

●また聞くところではニューヨークでは路上に廃材を使ってテーブルを設置し、コロナ対策のために飲食店が外で営業できるようにする取り組みがされているそうだ。こうした配慮を受けたお店は本当に嬉しいだろうと思う。さらに高齢者や外国人、子どもたちなどへのサポートも今ほど必要としている時はない。

 

●今私はつい行政に対し、「もっと・・してくれるといいのに」と怒りを覚えてしまうことが多い。しかしこのコロナがもたらす禍を軽減するためには、まず自分が持っているものをベースに自分発でできることをできるだけ提供することから始める必要があると再認識している。

 

 

2020年

8月

01日

カミュの「ペスト」

●カミュの「ペスト」を読むことができた。コロナ流行の中で今再び注目されていると聞いた時は手に取るつもりはなかったのだが、この本は実際にはナチス占領下の人間模様をペストに託して描いていると知り、にわかに興味が湧いてきて読むことにしたのだ。

 

●実際意外だったのは、この本の舞台が1940年代のフランス統治下のアルジェだったことだ。私は勝手に中世のペスト流行の時をイメージしていたが、ここでは電車や自動車が走り、電話や電報が利用可能な時代が描かれている。まさにナチスがヨーロッパを席巻していた時代だ。

 

●人口20万を数えるある街で、ネズミが大量死し、続いて人間が次々と熱病にかかる。しかし医者と当局者からなる会議は数々の証拠があるにも関わらず、「ペスト」であるという事実を認めることをためらい、中途半端な対策しか取れない。それがもたらす破壊的な影響を受け止めきれないのだ。

 

●しかしついに本国からペストであることを宣言し、街を封鎖するように通知が来る。死者は急増し、毎日100人単位の人が死んでいく。そのピークはいつ終わるかわからないまま延々と続いていく。こうした中、人々が内面で抱えていたものが次々に露わになっていく様子が描かれていく。

 

●病疫のことを一瞬でも忘れたい人々による享楽の姿、非常に高価なものが惜しげも無く購入されていく様子、封鎖された街から逃亡することに熱中する人、ペストによって壊された日常を喜びをもって迎える犯罪人。神に全てを任せることを説く神父は病になっても医者にかかるべきではないと思想を深める。

 

●こうした人間模様の中でペストは淡々とその仕事をし続ける。主人公である医師もまた淡々と日々仕事をする。死者のとり扱いは徐々にぞんざいになる。ペストが終息する希望は失われ、街の人も次は自分の番かもと思いつつ、淡々と日々を送る。極限状況のもたらす絶望にさえ人々は慣れてしまうのだ。

 

●しかしある日突然にペストの勢いは失われる。そして大波は来た時のようにスッと引いていく。封鎖は解かれ電車が来て、離れ離れになった人との再会が祝われる。しかし街の人の喜びの中で、最後の引き波にさらわれてしまう人、別離の苦しみにいる人もいる。全てはもとどおりにはならないのだ。

 

 

●私はこれは「ペスト」について書いた本ではないと思った。むしろ災厄は何でもよく、それがもたらす極限状況が人々にどう影響するかの実験室を詳細に描いているように感じられた。そうした意味ではより壮大なラボラトリーと言っていいかもしれない。

 

●私が印象に残ったのは、こうした状況では日常では覆い隠すことができていたものが全て剥ぎ取られ、白日の下に露わになるということだ。極限状況では私たちは常日頃そうであったように「なる」。今この世界でも同じようなことが起きているのではないだろうか。

 

●もう一つ思ったのが、主人公リウーの淡々とした強さである。恐怖に自分を見失うこともなく、治療が難しく大量の人が死んでいく姿にも意味を見失うこともなく、今目の前にある自分にできることを淡々とやり続ける。私にはその姿が今を生きる私に大切なことを教えてくれているように思えた。

 

ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

 

 

2020年

7月

22日

それでも私は「怖い」と言う

●今再び日本の多くの地域で新型コロナウィルスの感染者が増加している。4月ごろの感染者数より多くなる地域もあって、世論調査などを見ても多くの人が心配していることが感じ取れる。私自身も残念だが、毎年家族で行っていた温泉旅行をキャンセルせざるを得なかった。

 

●こうした状況において、職場や学校に行く必要のある人々の中で葛藤が強まっているように見えている。普段通り働いたり、学んだりしなければならないというプレッシャーと、感染したくない、愛する人に感染させたくないというプレッシャーの板挟みが起こっているように感じるのである。

 

●そして今私は、ウィルスが怖いという事実を認めること、怖さを感じて感染を避ける行動を取りたいと率直に言うことが難しくなっているように思う。端的に言うと「普通」の生活を危うくするような議論や意見を言いにくくする社会的な空気があるように感じるのである。

 

●まず私が恐ろしいなと思ったのは、第一波の際ウィルスの危険性を強く主張してくれた北海道大学の西浦教授が、発言を非難され、公安警察に守ってもらわなければならないほどだったと言われていたことだ。こうした「攻撃」のせいか、今危険について警鐘を鳴らしてくれる専門家の声が届いてこない。

 

●また私の住む大阪では知事が学校を一斉休校しないと宣言されている。つまりインフルエンザのように、ある程度の感染は仕方がないと考え、発生状況にあわせて学年単位や学校ごとに休校するに止めるのだ。そして今多くの学校では、分散登校もやめて、いつもの通り授業が行われている。

 

●他の組織に対しても同様の考え方がされていて、基本的に休業は求めない方向で行政は進んでいる。このゼロリスクを求めない「withコロナ」、「新しい日常」という考えを私は理解できるし、感染がある程度抑えられている状況では必要な考え方と言える。

 

●しかし感染が再拡大する中では、この方針は下手をすると「普通」に生活を続けることへの圧力となる。例えばエアロゾル感染が確認された以上、閉鎖空間である地下鉄に一定の危険性があることは明らかだ。しかし「普通」を求められると、満員電車が怖くて通勤できないとは言えなくなる。

 

●また学校に通う子どもたちの中には、三世代で暮らしている人、既往症を持つ人と暮らしている人もいるだろう。自分は感染してもリスクは少ないが、こうした家族に感染させてしまうかもしれない怖さは想像するに余りある。しかし「普通」であることを求められると、学校に行かない選択肢は取りにくい。

 

●しかもこのウィルスは初めて人の世界に出てきたものなので、私たちの知識は十分ではない。例えばなぜ日本などのアジアで欧米に比べ感染者や死亡者が少ないのかの理由は完全には分かっていない。仮説の段階である。またエアロゾル感染が起こると言うことすらもようやく明らかになったばかりだ。

 

●そしてある地域内で感染者が急増しエピセンター(震源地)化すると、エアロゾルが増え、空気感染のように広がるために、日本でもちょっと前のニューヨークや今のフロリダのような爆発的な感染が起こる可能性があると指摘する人もいる。今このウィルスに関する知見は日々刻々と更新されているのだ。

 

●さらにこのウィルスは人から人へと感染を繰り返す中で今まさに変異の最中にある。スペイン風邪のように強毒化する恐れも当然ある。こうした中では私には警鐘を鳴らすものも含め、ウィルスに関するあらゆる最新の研究や知見に開かれ、それらをベースに柔軟な対策を打っていくことが必要と思える。

 

●だから今、誰かが「普通」と言っていること、当然のように求めてくることを鵜呑みにするのはリスクが高いと感じている。そして私は今こそ自分の中に起きている「感染への怖さ」や「愛する人にうつしたくない」と言う想いから目を背けず、いつも以上に焦点を合わせていく必要があると感じている。

 

●そして周りがどれだけ「普通」を求めてきても、「それでも私は怖い」、「それでも私は愛する人を守りたい」と勇気を持って伝え、行動することが大切なのかなと感じている。私や愛する人が感染してしまった時、誰も私の代わりに責任をとってはくれない。これは取り返しのつかないことなのだから。

 

2020年

7月

17日

対立を煽る人への関わり方

●ふとした出会いで『危険人物をリーダーに選ばないためにできること』という本を読んだ。この本の著者ビル・エディは心理臨床を経験した後に弁護士となったが、数多くの現場で「対立を煽る危険なパーソナリティ」のために葛藤が起きていることを知り、そうした人への対処策を模索してきた。

 

●そして彼によればヒトラーからスターリン、トランプに至る危険なリーダーの共通の特性が「対立を煽るパーソナリティ」である。国のリーダーにこうした人々がついたことで、何千万もの人々が死に追いやられたと主張し、こうした人物をリーダーにしない方法を本に書いたのだ。

 

●対立を煽るパーソナリティは4つの特徴を持っている。それは標的とした相手を執拗に非難する、何にでも白黒をつける、攻撃的な感情を抑制できない、極端に否定的な態度をとることである。そしてこのパーソナリティはソシオパス(支配欲・欺瞞・良心の欠如)とナルシストの特性に支えられている。

 

●彼らは自分が他者の上に立ち、権力を握るためにまず危機を煽る。それは架空(つまり嘘)のことも多いが人々の不安につけ込むものを選んでいる。そして誰かが悪者でその危機を起こしていると攻撃する。その上で自分だけがそれを救えると訴え、権力を持つ地位につけるよう人々を説得する。

 

●例えばこんな感じだ。「ドイツの不況などの危機はユダヤ人の陰謀のせいである。既存の政府は陰でユダヤ人に操られている。エスタブリッシュではない私だけがこの危機を救える」。著者はこうした人を「いかさま王」と呼ぶ。こうした人は私たちの身近にもいて、彼らが引き起こす対立に巻き込もうとする。

 

●私が自分の不安や不満につけ込まれると「いかさま王」は、私の代わりに危機を解決してくれるヒーローに見える。熱狂的支持者になり「敵」を攻撃するようになる。自分で考える必要はなくなる。ただ「いかさま王」は状況が変化すれば自分を支持してくれた側近でさえも攻撃対象にし簡単に切り捨てる。

 

●「いかさま王」には多数の反対派がいる。しかしまとまることができない。まず「いかさま王」に対し感情的に反発する人々がいる。しかし「いかさま王」の支持者は攻撃されたと感じますます結束していく。また同じ反対派の中にもその攻撃性に幻滅して争いから距離をとる人々が出てくる。

 

●穏健派は「いかさま王」を信じないが、彼が権力を握るためなら何でもし、権力を握ればますます分断を煽ることを理解していない。だから政策が一致する部分があれば「いかさま王」を支援してしまう。また「いかさま王」は対立に際限なく精力や時間を注ぐ。穏健な人は辟易して権力を彼に委ねてしまう。

 

●「いかさま王」はこうして反対派を分断し、自分の支持者が少数派でも権力を掌握する。そして際限なく対立を煽り、人々を分断し続ける。ただ彼が力を注ぐのは真の問題の解決ではないので、人々の生活を良くする方向には働かない。むしろ無駄な対立にエネルギーを取られ、集団の力は衰退していく。

 

●私も確かに対立を煽るパーソナリティは危険だと感じる。今のアメリカを見ていると分断で力が削がれている上に、新型コロナウィルスの災いを増幅させているように見える。例えば感染予防のためのマスクが、分断のための道具に使われ、多くの人がマスクを拒否し感染の拡大を起こしてしまっている。

 

●ただ著者のようにこうしたパーソナリティを持つ人が決して変わらないとは思わない。難しいけれど体験から変わる可能性があると思っている。また全ての災いをこうしたパーソナリティを持つ人のせいにもしたくない。この人がもたらす災いを防ぐために私にできることがあるように思うからである。

 

●ポイントは一人一人が心から自分のことを大切にするかどうかにあるように思える。例えば今ここで起こっている不安や怒りにありのままに気づき自分のものとして受け入れるなら、対立を煽るリーダーに感情的に操られることはなくなる。自分が攻撃されても、必要以上に卑下することもない。

 

●事実を受け入れ自分で考えるなら、本当はそんな危機はないこと、それは協力によって解決できる問題であることに気づく。リーダーが悪者とする人々も、同じ人間として尊重することができる。心から自分を大切にする時、その人は対立を煽るリーダーが権力を握り、災いを招くことへの堤防となるのだ。

2020年

7月

10日

コロナの中で働く若者の葛藤

●新型コロナウィルスが再び蔓延を始めているが、単に数字が増えているというだけでなく、本当に身近に迫ってきているなと感じている。というのも私の子供は塾の先生をしているが、その塾の生徒が通う小学校で一年生の児童が新型コロナに感染したのだ。そして学校は消毒のため休校となっている。

 

●塾としても、同じ小学校に通う児童には自宅待機をお願いしたそうだ。ただ私の住む大阪では、コロナがある程度流行しても学校を閉鎖しないと知事が明言している。学校は消毒をして児童の様子を見つつ再開される方針であり、そうなると塾としてもそれらの児童を受け入れざるを得なくなってくる。

 

●感染者は重症化しにくい若い人に多いし、医療態勢も逼迫していないので4月とは状況が異なるとして、国や地方自治体は具体的な対策を打ち出していないように思う。確かに私の子供はまだ若いし、かかっても重症化するリスクが低いことは確かだ。むしろほとんど無症状で過ごす可能性の方が高い。

 

●そして学校が通常通り開かれている中では、例えかなり感染者が増えてリスクが高くなったとしても、塾としても通常通りの授業を続けざるを得ない。また経営的に見ても、リスクを恐れて閉鎖することは考えられない。こうして働く人は、仕事をいつもの通り続けることを要請される。

 

●しかしその働く若者には大切で守りたいと心から願う家族や知人・友人がいる。そしてその中には祖父母などの高齢な人、基礎