2020年

10月

01日

半年ぶりの体験学習で思ったこと

●コロナ禍のなかで、私が関わるラボラトリー方式の体験学習の場はほとんど中止になってきた。組織研修も、Tグループを中心とするラボラトリーもである。この体験学習ではいわゆる3密を避けられないからだ。しかし先週の金曜日、久しぶりに毎年行っている看護マネジメントの研修を行うことができた。

 

●実施前には研修の担当者とずいぶんコミュニケーションをとって、グループワークをしないプログラムを検討したりして、感染防止に心を砕いた。しかし最終的に研修の必要性と今の感染状況を勘案して、グループの人数を少し減らす他は、グループワークも含めた通常通りの体験学習の学びを実施した。

 

●始まる前、感染防止に注意しなければならない立場の人は、グループワークに対する抵抗感があるかなと思っていた。そして希望者はグループに入らず観察役になってもらおうと思って、その準備もしていた。しかし蓋を開けると、そうした希望はなく全員がグループワークに参加された。

 

●やってみて驚いたのは、多くの人がグループでの実習を心から楽しんでいるように見えたことだ。何の変哲もない課題解決の実習だったのだが、身を寄せ合い、心から笑い、気持ちや意見のやりとりをする。こうした何気ない関わりがとても嬉しそうだったし、もっと言えば彼らを癒しているようにさえ見えた。

 

●後で聞いてみると、こうした研修を再開したのもごく最近のことらしい。恐らく職場では感染防止のために関わりに神経を使っておられるだろう。そして私は思った。こうした人と人とが身体をその場において対面で関わる時、私たちにとって何か不可欠な「何か」をやりとりしているのではないだろうか、と。

 

●コロナ以前は普段の関わりでその「何か」をやりとりできていたのに、コロナ禍のなか感染防止を徹底する関わりが求められ、その「何か」は徐々に欠乏してきていたのだ。だからこの実習での関わりの中で久しぶりにその「何か」をやりとりできて、あれほど楽しみ、満足されたのではないだろうか。

 

●そして私はその「何か」とは、私の言葉で言う「今ここ」なのではないかと思う。隣の人の顔色を見てふと大丈夫かなという想いが湧く。それはケアする視線を生む。ただ相手の息遣いを見て声はかけない。しかし相手の人はそれを察知して、この場は受け入れられる場だなと感じる。

 

●「今ここ」とはこうした言葉でないものも含めた気持ち、思い、感じである。身体をこの場に置いた関わりでは、こうした「今ここ」のやりとりが自然に半分無意識に行われている。そしてこのやりとりの中で、関わる満足感や充足感、相手への信頼などが生まれてくる。

 

●私の中にはこの研修によってこうした「今ここ」がよりよく流れたというイメージが与えられている。自分の中でもその場にいて起きてくる感じや想いがたくさんあり、それを受け取ってもらえた。関わりの中で、この「今ここ」がよりよくやりとりされると、そこには深い喜びが感じられるように思う。

 

2020年

9月

18日

『LIFE SHIFT〜100年時代の人生戦略』を読んで

●これもまたコロナ後の世界をイメージするために『LIFE SHIFT100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著)を読んだ。本の題名どおり100歳を超える長寿が一般的になる時代に、個人や企業、政府がどのように対処していったらいいのかを示唆する内容である。

 

●まずこの本では各種の統計に基づき長寿社会が訪れることが事実としてあることを示す。そしてその社会では従来の教育期間、就労期間、引退後という3つのステージを前提としたモデルが崩れていくという。例えば個人の人生設計や政府の年金制度、企業の人事制度などがその代表である。

 

●そしてこの長寿社会ではこれまでの3つのステージに加え、どのようなキャリアを形成すべきかを探るステージ、次のキャリアを形成する移行のステージなどが加わる。そしてその社会でよりよく生きるためには資金計画をはじめ、今までとは異なるスキルや資産の形成が必要であると説く。

 

●中でも著者たちはお金などの有形資産だけでなく、無形の資産がより重要になると言う。それはより良い成果を生み出すための知識やスキルからなる生産性資産、健康と幸福に関わる結びつきからなる活力資産、そして新たなステージへの移行を可能にする変身資産である。

 

●私が驚いたのは、これから重要性が増すと彼らが指摘するこうした無形資産が、私がいつも指摘している「今ここ」と深い関係にあるように思えることである。つまりこれらの無形資産は「今ここで起きてくる気持ちや想い、感じ」を大切にすることなしには形成できないものなのだ。

 

●まず生産性資産において、著者は経験学習の重要性を指摘する。テクノロジーとオンライン学習の進展によって簡単な知識はいつでも誰でも身につけられるようになる。こうした状況では、知識の量ではなく、その知識を使ってどういう体験をしたかで差がつく。これはポラニーのいう暗黙知と言っていいだろう。

 

●これは別の言葉で言えばリフレクションによって、実践的知識を身につけていく過程に他ならない。つまり実践をやりっぱなしにせず、そこで起きる体験(出来事と結果、その体験で起きる気持ちや想い、感じ)を意識化し、なぜそうなったかを考え、次の行動に向けて仮説を立てるのだ。

 

●また彼らは<ポッセ>という小規模の仕事仲間の重要性を指摘する。個人が知識やスキルを活かせるかどうかは周り次第であり、互いが信頼と評判を大切にするチームでは生産性は高くなる。そしてこの信頼関係はチームメンバーが「今ここ」を大切にして体験から学び培っていくしかない。

 

●次に活力資産だが、これは支えと安らぎ、自己再生をもたらす資産である。3つのステージが中心の社会では学校時代の友人がこの中心になることが多かった。しかし100年ライフの今は、私たちに多くの転機が訪れアイデンティティが変化するので、これまでの友人では活力資産にならないことも多い。

 

●私の経験ではこうした支えと安らぎ、自己再生をもたらしてくれる関係とは、「今ここで起こる気持ち、想い、感じ」を正直に出せて、受け取りあえる関係である。こうした関係のもとで初めて私たちはありのままの自分でいていいと感じられる。そして相互フィードバックによる成長も起きる。

 

●最後の変身資産だが、100年ライフでは変化と新しいステージへの移行が不可欠であり、多くの変身が必要となる。この際必要となるのが自分についての知識である。アイデンティティを自ら主体的に作るには、他の人からのフィードバックをもらって自分が何者かを内省する必要がある。

 

●この変身は単に表面をなぞるだけでは十分ではない。自己認識と世界認識を新たにする必要がある。これによって新たなアイデンティティが生まれるからである。そしてこれは簡単ではない。これこそまさにTグループを中心としたラボラトリーなどで行なっている深いレベルの体験からの学びに他ならない。

 

●例えばラボラトリーでは「今ここ」を大切に小グループで数日を過ごす。信頼関係の深化とともに、ありのままのその人を受け入れつつ、互いにその人をどう感じるか、どう見えるかを忌憚なくフィードバックしていく。こうした積み重なりによって、自己概念、ひいては人間関係感、世界観が変容していく。

 

●こうして見るとこれまで私が取り組んできたラボラトリー、リフレクションによる学び、今ここを大切に定期的に集うコミュニティ、信頼関係構築のチームづくりなどはこれからの社会でこそ必要とされるものだ。そしてこれらが「今ここ」を大切にすることによってはじめて可能になることはあまり認識されていないように感じている。

 

 

 

2020年

9月

11日

LIFE3.0〜人工知能時代に人間であること

●コロナ後の世界がどんな風になっていくのかを探る中で、『LIFE.0』という本に出会った。これは物理学者のマックス・テグマークが、超知能AIが出現したらどうなるかをシュミレーションしたものである。彼はAIの安全性研究を主流にのせ、有名な「アシロマAI原則」の取りまとめに尽力した人でもある。

 

●テグマークによれば、生命には3つの段階がある。まずはLIFE1.0は生き延びて複製できる細菌のような生命である。この生命は個体の段階では変化に対応できない。次にLIFE3.0は自らのソフトウェアを設計できる人間のような生命で、学習によって言語や技術などを習得し、世界観なども改められる。

 

●しかし人間はハードウェアとしての身体を大幅に設計し直すことはできない。この進化というハードウェアの制約から逃れ、ハードもソフトもデザインできるようになる生命の段階がLIFE3.0である。そしてテグマークは、このLIFE3.0AIの進歩によって誕生するかもしれないと考えるのだ。

 

●もちろんこうしたLIFE3.0への移行そのものをどう捉えるか、またこのことがユートピアを生むか、ディストピアに至るかについては様々な観点からの議論がある。しかし私がこの本で最も興味を惹かれたのは、このテグマークという人の生命観であり、宇宙観である。

 

●まず彼は「超知能AI」の誕生が生命の分岐点になると考える。これは人間の知能をすべてにわたって超えたAIで、自ら知能の改良に取り組める。いったんこのAIが生まれると物理法則などが次々に発見され、科学は飛躍的に進歩する。テクノロジーも物理的限界(例えば光速以上早く移動できない)まで進歩する。

 

●この中でLIFE3.0への移行も可能になる。そしてLIFE3.0になった生命が宇宙に広がることも可能になる。ところで彼は今地球に存在する生命はもしかすると唯一かもしれないと考えている。物理学者として彼はもし近隣の星に高度な生命体がいたなら、もう私たちは気づいていなくてはならないと指摘する。

 

●なぜなら超知能AIが誕生した星なら、短時間でテクノロジーは物理的限界に達する。そして宇宙へと乗り出すことが予測されるからだ。一方、あまりに遠くの星だと、宇宙の膨張により、地球の生命とは決して出会えない。光速で移動しても届かないからだ。

 

●こうして一人ぼっちの生命かもしれない私たちがもし滅びたなら、その後の宇宙は、観客のいない劇のように進む。つまり生命が持つ「意識」によって意義づけられることなく、意味なく物資の踊りを続けるだけになってしまう。宇宙の存在価値を意味づけるのは生命にしかできない。

 

●しかしもしこの地球の生命である私たちが、超知能AILIFE3.0を受け入れないなら、絶滅は時間の問題となる。最長でも太陽が冷えて生命が維持できなくなる間しか存続できない。彼はそうではなく、超知能AIによってLIFE3.0となり、この宇宙に生命を広げ宇宙に意義を持たせていきたいと願うのだ。

 

●だからこそ彼はこの生命を惜しむ。間違っても超知能AIの出現が、今の生命を滅ぼすことにつながってはならない。そのために彼はAIの安全性研究というこれまで傍流だった分野を、メジャーな研究領域にするために最大限の努力を重ねてきたのだ。

 

●これまで私は全く意識しないまま、例えば太陽の終焉が生命の終わりであるのは当然だし、小惑星の衝突などでもっと早く生命は滅びるだろうと思っていたことに気づいた。そして私は、もっと長いスパンでこの生命の行き方をイメージしている人がいるということに驚きをもって感じ入ったのである。

 

 

2020年

9月

03日

新型コロナウィルスと私〜コロナという禍が生み出す良いもの

●新型コロナウィルスの蔓延のせいで、生活が一変して半年が経とうとしているが、このコロナウィルスは私にも多くの悪影響を与えている。高リスクの高齢家族と同居しているため、20代の息子も含め感染リスクを最低限にする生活をしなければならなかった。

 

●だから楽しみである外食や旅行も控えたし、電車に乗るのもやめている。仕事面でも体験学習の研修などはほとんど中止となった。結果として収入も減少している。「今ここ」を生きるために欠かせないラボラトリーも開催できなくなり、友人や仲間と顔を合わせるのも少なくなっている。

 

●しかしこうした禍をもたらす一方、新型コロナウィルスは私にとって良いものも生み出している。まず何より出張や移動が大幅に減り、体への負担が軽くなった。ここ数年、年間数十日も宿泊を伴う研修やラボラトリーをしていたが、今は家でゆっくりと過ごすことができ、高血圧の症状もかなり改善されている。

 

●また新たな生活や仕事のやり方を見いだすことができた。例えば大阪市内の移動はこれまで地下鉄に頼ってきたが、最近はほぼ自転車で移動している。確かに雨の人は大変だが、早いし景色が見ることができるなど快適な部分もある。今までなぜこうした通勤手段を思いつかなかったのだろうと思うほどだ。

 

●仕事でも新たな発見があった。私はアドバイザーの立場で会議に出ているが、今はオンラインが多い。もちろん対面でしかできないこともあるが、オンラインでいいこともある。通勤がないので時間が節約できるし、私がそこにいないことで現場の人がより能動的に動いてくれることも起きている。

 

●あと今まで全く見過ごしてきた身近な自然に目が向くようになった。公園にある樹木や小さな花、夕暮れに浮かぶ彩雲、ビルの合間に浮かぶ三日月。これまで自然はどこかに遊びに行って見るものだったが、移動ができない今の私には、ふと目の前にある小さな自然が豊かなものに感じられている。

 

●さらに家族で過ごす時間が増えた。まず私たち同居家族4人でゲームをしたり散歩したりしている。夕食もほとんど一緒に食べている。こうしたことはこれまで旅行に行った時にはあったが、こんなに日常的に行えるのはほとんどなかった。気詰まりな面もあるが、こうした時間を豊かに持てるのはありがたい。

 

●また別居している兄の家族とオンラインを通じてやり取りすることも増えた。「集まれ動物の森」のソフトを私以外の一族全てが持っていて、アメリカにいる姪とも時間を合わせ、一緒にゲームを楽しんでいる。同様に遠くの友人とオンラインで楽しむ時間も増えたが、これもコロナの影響なしには考えられない。

 

●あと私が本当によかったと思うのは、これまで取り組めなかった本のまとめと考察に取り組む時間が与えられたことである。特にキルケゴールの「哲学的断片の結びとしての非学問的あとがき」という本には、私にとって大切なことが書かれていると思っていたが、忙しさの中でずっと後回しになっていた。

 

●ところがコロナの影響で宿泊研修がなくなったので、その時間を使って本を抜き書きし、それを読み直しつつ、私にとってどういう意味があるかを考察していった。それは今の私の実存のありようを意識化することを促し、これからの生き方に影響を与えてくれる本当に貴重な体験だった。

 

●このように新型コロナウィルスは私にとって悪影響を与えているだけでなく、様々な良いものも生み出している。まだしばらくこのコロナを意識した生活は続くと思うが、悪いところばかりを見るのでなく、いいところに目を向け、それらがより良い生成を生み出すように生活していきたいと感じている。

 

 

2020年

8月

28日

コロナ危機の中の私の選択的変化〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」より

●前回記述したジャレド・ダイアモンドの危機を克服する12要因を見ながら、私がこの新型コロナウィルスという危機にどのように対処すればいいのかを考えていきたい。私はまずこの問題が私や家族にとって大きな危機であるとはっきりと認識している。

 

●このウィルスは80代の親がかかると三分の一の確率で死に至る、極めて恐ろしい感染症だ。私たち夫婦もいい歳だから、一旦家に持ち込まれたら皆が無事でいられる確率は高くない。しかも無症状でも家に持ちんでしまう。今コロナを怖がるなとの論調もあるが、これは私たちには大きな危機である。

 

●次に私は責任を受け入れている。私は高齢者と同居している家族のことをわかってくれないと国などの政策に不満を覚えることがある。しかし基本的にはこの危機を自分たちで乗り越えなければならないと覚悟している。何かあっても他者のせいにすることはできない。

 

●だから私たちは生活スタイルを選択的に変化させている。旅行や外食をやめステイホームし、仕事もできる限りオンラインや濃厚接触にならないようにしている。体験学習の研修などは一部を除き、ほぼ中止したり延期したりしている。家に来る人も制限し、運動などもクラブなどに出入りするのはやめている。

 

●こうした行動変容を支えてくれるのが、専門家の方々による研究成果だ。当初はわからなかった感染する可能性の高い要因が徐々に分かり始め、きちんと発表をしてくれる。この周囲の助けは絶対に必要だ。逆に国が無症状でも感染可能性があることを隠していたことを知った時は、本当に怒りを覚えた。

 

●手本だが、こうした状況に置かれている人は周りにあまりいない。しかし自己で責任を引き受けず、選択的変化をしなかった結果、高齢の親に感染させてしまい後悔している手記などを見ると、かなり思い切った形で意思決定と行動をする必要があると感じている。これは他山の石と言えるかもしれない。

 

●自我の強さについては自分では評価できないが、しかしこうした文章を書いて検討することは、自分が大切にしたいことを再確認し行動を軌道修正できる力を与えてくれていると感じる。また家族会議を時々開いて、何を大事にしたいかなどを合意できていることは家族の結束を高めていると感じている。

 

●公正な自己評価については、特に自分がどのようなストレスにさらされ、どんな気持ちが湧いているかを意識することができている。また定期的に専門家が発信してくれる情報を集めることで、このコロナ感染症という災厄の中で、私たちがどのような位置に置かれているかを把握しようとしている。

 

●過去の危機体験についてだが、個人的には銀行員をやめて無職になった時の危機を、そして家族としては十年に渡る父の病と死を一緒に乗り越えることができたことはある程度自信になっている。しかし家族の命を危機に晒すこうしたレベルの危機は初めて遭遇するものと認識している。

 

●忍耐力については、常に試されている。他の人が出勤する中、テレワークをお願いするのは後ろめたい。自粛生活に飽きる。コロナを恐れるなと言われ、Go toキャンペーンと言われると私たち家族だけが置いてきぼりにされた気もする。その中でこの危機に対応する責任を意識し続けるのは大変である。

 

●柔軟性については専門家の知見によって行動を変えている。初めは物品なども全て消毒していた。しかしそれは必要ないとわかった。スーパーに行くのも極力控えていたが、マスクなどの防御策をしっかりとれば、感染爆発期以外は感染のリスクはかなり低いこともわかり、気にしすぎないようにしている。

 

●基本的価値観としては、シンプルに「家族が全て元気に生き残ること」に置きそれを堅持しようとしている。マスコミなどでは、国や地方、飲食店、メーカー、旅行業者、医療者などのそれぞれの立場からの価値が発信されている。しかしそれらは高齢の同居家族を持つ私とは相対立するものが多い。

 

●個人の制約としては幸い恵まれた環境にある。子供も経済的に独立し、母も経済的に困っていない。私も研修などの仕事がなくなってもすぐに困る状況にはない。だから無理することなく感染対策を実行できる。家も長い自粛生活を送るのに十分な広さがあり、外に出かけないといられないことはない。

 

●こう見ると私たちには、異なる立場からの発信に惑わされず、「家族全員で生き残る」という基本的価値を堅持することが必要と感じる。そして専門家の知見の下、リスクを最低限にする行動習慣を身につけたい。そして後は一つ一つの行動を今ここできちんと納得して決め、悔いなく過ごしたいと感じている。

2020年

8月

21日

選択的変化2〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」より

ジャレド・ダイアモンドは危機解決の成功率を多少なりとも上げる要因を12上げている。今日はまずはこの12の要因を概観したい。

 

●危機に陥っていると見て認めること

個人も国も問題を無視し、否定し、過小評価することがある。しかし危機と認めなければ問題に対処できない。また何らかの問題があると感じても、何が問題なのかを見極められないこともある。例えば彼は今の日本は先の大戦での歴史問題を否認している結果、中国・韓国との軋轢を生んでいると指摘する。

 

●責任を受け入れる(被害者意識や自己憐憫、他者を責めることを避ける)

私たちは「この問題は他人のせいだ」と言い訳する時がある。こうした自己憐憫や被害者意識は自分で問題に取り組もうとしない理由となる。問題を認めた後の次のハードルは自分で解決する責任を引き受けることである。原爆の被害を強調するだけでなく、戦争を起こした要因を検証することが責任を受け入れることと指摘する。

 

●囲いを作ること/選択的変化

今うまく機能していて今後も変える必要がないところと、古いものを捨て新しいやり方を取り入れるべきところを問い、選択的変化をしていく。これがうまくできないと個人では完全に自分をダメな人間と思い込んでしまう。明治日本でも漢字の使用や天皇制を維持した上で選択的に海外のモデルを導入した。

 

●周囲からの支援

危機を脱する時、物心両面での支援は有用である。明治政府が西洋諸国から得た支援や先の大戦後アメリカから得た支援は日本が危機を脱出する助けとなった。一方フィンランドのようにソ連との戦争でどこからも支援を受けられなかった体験はその後の国の外交政策を決める基礎となった。

 

●手本になる人・国

周囲に危機に対する手本があると助けになる。自分と同じ危機を克服できた人がそばにいればそれを真似ることができる。また先人の伝記などからアイディアを得ることもできる。明治日本の発展は西洋における成功モデルのうち、日本に移植できるものを選んだことによるところが大きい。

 

●自我の強さ(ナショナル・アイデンティティ)

「自我の強さ」は自信だけでなく、自分が自分であるという感覚を持ち、目的意識があり、他者へ意思決定や生活を依存せず、自立した自分でいられることが含まれる。具体的には感情の揺れに耐え、ストレス下でも集中力を維持し、自由に自己表現し、現実を正確に把握し健全な決断を下す力である。

国単位ではこれはナショナル・アイデンティティと表現される。その国を特徴付け、独自の存在にしている素晴らしいものについての共有された誇りである。言語、軍事的成功、文化、歴史などその源は多様である。明治期の日本はこの存在によって人々を結束させ外敵に立ち向かう勇気を持つことができた。

 

●公正な自己評価

危機に陥った人が適切な選択をするためには、自分の強みと弱みについて、自分の中のうまく機能している部分(何ができて)と、うまく機能していない部分(何ができないか)について公正な自己評価が必要となる。これは時に痛みを伴う。また過大にも過小にも自己評価しないことは難しくもある。

これには自分や国についての正確な知識とそれに対する公正な評価が必要となる。ドイツの優れた現実主義者ビスマルクは公正に自国を評価しドイツ統合を成し遂げた。皇帝ヴィルヘルム二世は公正な評価に失敗し、第一次世界大戦に敗北した。

 

●過去の危機体験

過去に切り抜けた経験があれば、新たな危機も解決できるという自信につながる。逆に過去の危機を克服できなかった時、何をやっても成功しないと感じられる。親密な関係の破綻などはその例である。明治日本も維新を成し遂げ、列強に戦争で勝つという体験から強い自信を得た。

 

●忍耐力(国家的失敗に対する忍耐)

自分を変えて危機を克服する際、最初は失敗するだろうし、不確かさや曖昧さもつきものだ。これらを許容する能力、つまり忍耐力が必要となる。これによって試行錯誤を経て、危機を解決できる。国レベルでも可能性のある解決策を探るため、不満、曖昧さ、失敗に対する忍耐や寛容が必要になる。

 

●柔軟性

危機を克服する上で柔軟な性格は頑固で融通のきかない性格(何事にも正しい方法は一つしかない)より有利である。これはある問題に対して今までとは異なる対処方法の検討を受け入れる能力である。国レベルではある面では柔軟だが、他の面で硬直的であるということが一般的である。

 

●基本的価値観

これは自我の強さと関連したアイデンティティの中核になる信念である。選択的変化をする際に「何があっても譲れない部分」とそうでないものを区分ける基盤となる。フィンランドのナショナル・アイデンティティは言語と文化にあるが、その基本的価値観は「独立」にあった。

ただ危機の時はかつて絶対の価値観と考えていたものを見直す必要が出てくる。変化の中で基本的価値観が的外れになったのにそれに固執すると危機解決の妨げとなる。

 

●個人的な制約、地政学上の制約がないこと

これはどこまで選択の自由があるかの問題である。例えば子育ての責任があったり、きつい仕事をする必要があれば、新しい解決法を試すことは難しくなる。制約があると危機を克服するのに余分な負担がかかる。アメリカは地政学上自由度が大きい。一方フィンランドはソ連との長い国境という制約が大きい。

 

2020年

8月

14日

選択的変化〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」

●今ジャレド・ダイアモンドの「危機と人類」を読んでいる。この本は著者が馴染みの深い7つの国で起こった危機を取り上げ、どのようにその危機を乗り越えてきたのかを著述している。まだ途中なのだが、特に興味深かったのが、「選択的変化」と言う概念だ。

 

●例えば私が何かに失敗して危機に陥った時、私には自分の人格や関わり方などの全てを一度に変えることはできない。それは失敗に終わらざるを得ない。できるのは今のままでいい部分と変化を要する部分を見極め意識して選択して変化させていくことである。これは国家でも同じだ。

 

●フィンランドは歴史的にロシア帝国内部の自治領としてあった。その後独立を果たすが、第二次大戦前後に危機に見舞われる。ソビエト連邦がバルト三国とフィンランドの併合を狙ってきたのである。バルト三国はなすすべなくソビエト領として編入されるが、フィンランドは戦う。

 

●しかしフィンランドの思惑と異なり西欧諸国の助けは得られない。仕方なくフィンランドはゲリラ的に持久戦に持ち込み、ソ連と戦っていたナチスドイツと連合する。結果的に独立は維持するが、人口比で言えば莫大な数の死傷者を出す。また西欧諸国からはナチスドイツの同盟国と捉えられてしまう。

 

●戦後になりフィンランドの選択的変化が始まる。国のアイデンティティと独立の維持は変化させることはなく、外交政策を一変させる。それは戦前のソ連を無視し西欧諸国と結ぶ方策から、ソ連の思惑を理解し、それを叶え、ソ連を安心させ、信頼を勝ち取る戦略への大転換であった。

 

●これはフィンランドの地政学的な制約から来る。ナチスのソビエト侵攻時、もしフィンランドが北から攻めたらサンクトペテルブルグは陥落しただろうと言われる。フィンランドはソビエトにとって喉元に突き刺さる骨のような位置にあるのだ。ソ連が彼らを猜疑すれば、フィンランドの安全は成り立たない。

 

●結果的にフィンランドは報道の自由や選挙制度なども含め、西洋的価値を一部捨て去ってもソ連の信頼を得るための政策を保持し続けた。西洋からは惰弱な外交を痛罵されたが、それによって国のアイデンティティと独立の維持を確保し、徐々に西欧との関係を深めることができたのである。

 

●こうした選択的変化が成功するためには、自らが危機に陥っていることをありのまま受け入れる力、そして自分の置かれた状況や能力をありのままに認める力が求められる。その上で変化のためのモデルを探し、他からの助けを出来るだけ得て、勇気を持って選択的変化に取り組むリーダーシップが必要となる。

 

●そして今私たちが直面する新型コロナの問題は、私には選択的変化が求められる「危機」として捉えられている。そしてこの問題にうまく対処している国は何らかの変化を遂げている。台湾や韓国のようにITとビッグデータを使った資源の配分や感染のトレースの方法の開発などはその代表である。

 

●またニュージーランドのように首相のリーダーシップで人々の行動変容を導く国もある。一方コロナ自体の危険性を否認するリーダーやデータの隠蔽、不効率な行政システム(例えばマスクや10万円を配るのに時間のかかりすぎる)という問題に取り組んでいない国は、危機を増幅させている。

 

●私には今の所日本ではこの新型コロナの問題は十分に危機と認識されていないように感じる。だから「これまで通りこれまでのやり方で」対応しようとしているように見えている。しかし私にはこれは個人的にも国レベルでも大きな危機と捉えられている。まず私自身が必要な選択的変化を志向したいと思う。

 

危機と人類(上)

危機と人類(上)

 

 

2020年

8月

07日

再び市民プロデューサーの時代へ

●「市民プロデューサー」という言葉をふと思い出した。この言葉は、1995年の阪神大震災をきっかけにNPOが社会的に認知されていく中で大阪ボランティア協会が開いた「市民プロデューサー養成講座」をきっかけに、NPO業界ではかなり流行した言葉だ。

 

●私もこの講座の4期生であり、その後数年スタッフも務めた。もともとこの講座は「市民活動仕掛け人講座」として企画されたが、言葉工房を主宰していたライターでこの講座の運営に深く関与した吐山継彦さんが、「市民」と「プロデューサー」という言葉の組み合わせの面白さに気づきネーミングされた。

 

●「市民プロデューサー」という言葉にはいくつかの意味が含まれる。まずこれにはボランティアや市民活動と同様、「ほっとけないからやむに止まれずする」という意味がある。さらに国や自治体、企業が手を出さないニッチな領域に自分から、わたくしから働きかける自発・私発的な活動ということでもある。

 

●しかし市民運動とは異なり、ビジネスで必要な予算の立案、交渉、運営面もしっかり考えて活動するという含意もある。吐山さんはこれを「地球市民として地域に根ざし、アイディアとユーモアとネットワークを武器に、企業や行政にできない社会変革を、経済性をも無視せず造り出せる人」と定義している。

 

●私自身はそれまで会社勤めなどを中心に仕事をしてきたので、私発で自分の想いを大切に、事業を起こすということは考えもつかなかった。しかしこの活動に参加する中で、色々な人が自分の「やむに止まれない想い」を大切に、市場も資源も無視せず事業企画を立てていくのを見て考えが変わっていった。

 

●そしてもともと私は経営関係のキャリアを持っていたが、ラボラトリーに触れる中で一人ひとりが大切にされる「チーム」が組織にもできたらどんなにいいだろうという強い思いに駆られた。そして「市民」+「プロデューサー」を真似て「チーム」+「経営」という言葉を作り事業として展開したのである。

 

●今から考えるとその当時の私の思いには、現実に即していない部分もたくさんあったと思う。その後仕事をしながら想いや運営面を修正していき、今も自分が心から信じることができ自分を動かす想いを大切に、色々な研修や組織でのサポートの仕事に取り組めている。

 

●さてこうした「市民プロデューサー」を思い出したのは、他ならぬコロナ感染症の蔓延の中の社会状況を見ているためである。震災時に行政や企業では提供できないサービスの多くを市民セクターが担ったが、今またこの災厄の中でたくさんの必要性の高いニッチ領域が生まれてきているように思える。

 

●例えばまず心のケアだ。震災の時も被災地に多くの心のケアのボランティアが入ったが、今回は非常に多くの人々が大きなストレスにさらされている。感染への恐れ、同居している高齢者へうつさないかの不安、日常通り働くことを求める組織への対応、経済的不安、先の見通しが立たない不安・・。

 

●また聞くところではニューヨークでは路上に廃材を使ってテーブルを設置し、コロナ対策のために飲食店が外で営業できるようにする取り組みがされているそうだ。こうした配慮を受けたお店は本当に嬉しいだろうと思う。さらに高齢者や外国人、子どもたちなどへのサポートも今ほど必要としている時はない。

 

●今私はつい行政に対し、「もっと・・してくれるといいのに」と怒りを覚えてしまうことが多い。しかしこのコロナがもたらす禍を軽減するためには、まず自分が持っているものをベースに自分発でできることをできるだけ提供することから始める必要があると再認識している。

 

 

2020年

8月

01日

カミュの「ペスト」

●カミュの「ペスト」を読むことができた。コロナ流行の中で今再び注目されていると聞いた時は手に取るつもりはなかったのだが、この本は実際にはナチス占領下の人間模様をペストに託して描いていると知り、にわかに興味が湧いてきて読むことにしたのだ。

 

●実際意外だったのは、この本の舞台が1940年代のフランス統治下のアルジェだったことだ。私は勝手に中世のペスト流行の時をイメージしていたが、ここでは電車や自動車が走り、電話や電報が利用可能な時代が描かれている。まさにナチスがヨーロッパを席巻していた時代だ。

 

●人口20万を数えるある街で、ネズミが大量死し、続いて人間が次々と熱病にかかる。しかし医者と当局者からなる会議は数々の証拠があるにも関わらず、「ペスト」であるという事実を認めることをためらい、中途半端な対策しか取れない。それがもたらす破壊的な影響を受け止めきれないのだ。

 

●しかしついに本国からペストであることを宣言し、街を封鎖するように通知が来る。死者は急増し、毎日100人単位の人が死んでいく。そのピークはいつ終わるかわからないまま延々と続いていく。こうした中、人々が内面で抱えていたものが次々に露わになっていく様子が描かれていく。

 

●病疫のことを一瞬でも忘れたい人々による享楽の姿、非常に高価なものが惜しげも無く購入されていく様子、封鎖された街から逃亡することに熱中する人、ペストによって壊された日常を喜びをもって迎える犯罪人。神に全てを任せることを説く神父は病になっても医者にかかるべきではないと思想を深める。

 

●こうした人間模様の中でペストは淡々とその仕事をし続ける。主人公である医師もまた淡々と日々仕事をする。死者のとり扱いは徐々にぞんざいになる。ペストが終息する希望は失われ、街の人も次は自分の番かもと思いつつ、淡々と日々を送る。極限状況のもたらす絶望にさえ人々は慣れてしまうのだ。

 

●しかしある日突然にペストの勢いは失われる。そして大波は来た時のようにスッと引いていく。封鎖は解かれ電車が来て、離れ離れになった人との再会が祝われる。しかし街の人の喜びの中で、最後の引き波にさらわれてしまう人、別離の苦しみにいる人もいる。全てはもとどおりにはならないのだ。

 

 

●私はこれは「ペスト」について書いた本ではないと思った。むしろ災厄は何でもよく、それがもたらす極限状況が人々にどう影響するかの実験室を詳細に描いているように感じられた。そうした意味ではより壮大なラボラトリーと言っていいかもしれない。

 

●私が印象に残ったのは、こうした状況では日常では覆い隠すことができていたものが全て剥ぎ取られ、白日の下に露わになるということだ。極限状況では私たちは常日頃そうであったように「なる」。今この世界でも同じようなことが起きているのではないだろうか。

 

●もう一つ思ったのが、主人公リウーの淡々とした強さである。恐怖に自分を見失うこともなく、治療が難しく大量の人が死んでいく姿にも意味を見失うこともなく、今目の前にある自分にできることを淡々とやり続ける。私にはその姿が今を生きる私に大切なことを教えてくれているように思えた。

 

ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

 

 

2020年

7月

22日

それでも私は「怖い」と言う

●今再び日本の多くの地域で新型コロナウィルスの感染者が増加している。4月ごろの感染者数より多くなる地域もあって、世論調査などを見ても多くの人が心配していることが感じ取れる。私自身も残念だが、毎年家族で行っていた温泉旅行をキャンセルせざるを得なかった。

 

●こうした状況において、職場や学校に行く必要のある人々の中で葛藤が強まっているように見えている。普段通り働いたり、学んだりしなければならないというプレッシャーと、感染したくない、愛する人に感染させたくないというプレッシャーの板挟みが起こっているように感じるのである。

 

●そして今私は、ウィルスが怖いという事実を認めること、怖さを感じて感染を避ける行動を取りたいと率直に言うことが難しくなっているように思う。端的に言うと「普通」の生活を危うくするような議論や意見を言いにくくする社会的な空気があるように感じるのである。

 

●まず私が恐ろしいなと思ったのは、第一波の際ウィルスの危険性を強く主張してくれた北海道大学の西浦教授が、発言を非難され、公安警察に守ってもらわなければならないほどだったと言われていたことだ。こうした「攻撃」のせいか、今危険について警鐘を鳴らしてくれる専門家の声が届いてこない。

 

●また私の住む大阪では知事が学校を一斉休校しないと宣言されている。つまりインフルエンザのように、ある程度の感染は仕方がないと考え、発生状況にあわせて学年単位や学校ごとに休校するに止めるのだ。そして今多くの学校では、分散登校もやめて、いつもの通り授業が行われている。

 

●他の組織に対しても同様の考え方がされていて、基本的に休業は求めない方向で行政は進んでいる。このゼロリスクを求めない「withコロナ」、「新しい日常」という考えを私は理解できるし、感染がある程度抑えられている状況では必要な考え方と言える。

 

●しかし感染が再拡大する中では、この方針は下手をすると「普通」に生活を続けることへの圧力となる。例えばエアロゾル感染が確認された以上、閉鎖空間である地下鉄に一定の危険性があることは明らかだ。しかし「普通」を求められると、満員電車が怖くて通勤できないとは言えなくなる。

 

●また学校に通う子どもたちの中には、三世代で暮らしている人、既往症を持つ人と暮らしている人もいるだろう。自分は感染してもリスクは少ないが、こうした家族に感染させてしまうかもしれない怖さは想像するに余りある。しかし「普通」であることを求められると、学校に行かない選択肢は取りにくい。

 

●しかもこのウィルスは初めて人の世界に出てきたものなので、私たちの知識は十分ではない。例えばなぜ日本などのアジアで欧米に比べ感染者や死亡者が少ないのかの理由は完全には分かっていない。仮説の段階である。またエアロゾル感染が起こると言うことすらもようやく明らかになったばかりだ。

 

●そしてある地域内で感染者が急増しエピセンター(震源地)化すると、エアロゾルが増え、空気感染のように広がるために、日本でもちょっと前のニューヨークや今のフロリダのような爆発的な感染が起こる可能性があると指摘する人もいる。今このウィルスに関する知見は日々刻々と更新されているのだ。

 

●さらにこのウィルスは人から人へと感染を繰り返す中で今まさに変異の最中にある。スペイン風邪のように強毒化する恐れも当然ある。こうした中では私には警鐘を鳴らすものも含め、ウィルスに関するあらゆる最新の研究や知見に開かれ、それらをベースに柔軟な対策を打っていくことが必要と思える。

 

●だから今、誰かが「普通」と言っていること、当然のように求めてくることを鵜呑みにするのはリスクが高いと感じている。そして私は今こそ自分の中に起きている「感染への怖さ」や「愛する人にうつしたくない」と言う想いから目を背けず、いつも以上に焦点を合わせていく必要があると感じている。

 

●そして周りがどれだけ「普通」を求めてきても、「それでも私は怖い」、「それでも私は愛する人を守りたい」と勇気を持って伝え、行動することが大切なのかなと感じている。私や愛する人が感染してしまった時、誰も私の代わりに責任をとってはくれない。これは取り返しのつかないことなのだから。

 

2020年

7月

17日

対立を煽る人への関わり方

●ふとした出会いで『危険人物をリーダーに選ばないためにできること』という本を読んだ。この本の著者ビル・エディは心理臨床を経験した後に弁護士となったが、数多くの現場で「対立を煽る危険なパーソナリティ」のために葛藤が起きていることを知り、そうした人への対処策を模索してきた。

 

●そして彼によればヒトラーからスターリン、トランプに至る危険なリーダーの共通の特性が「対立を煽るパーソナリティ」である。国のリーダーにこうした人々がついたことで、何千万もの人々が死に追いやられたと主張し、こうした人物をリーダーにしない方法を本に書いたのだ。

 

●対立を煽るパーソナリティは4つの特徴を持っている。それは標的とした相手を執拗に非難する、何にでも白黒をつける、攻撃的な感情を抑制できない、極端に否定的な態度をとることである。そしてこのパーソナリティはソシオパス(支配欲・欺瞞・良心の欠如)とナルシストの特性に支えられている。

 

●彼らは自分が他者の上に立ち、権力を握るためにまず危機を煽る。それは架空(つまり嘘)のことも多いが人々の不安につけ込むものを選んでいる。そして誰かが悪者でその危機を起こしていると攻撃する。その上で自分だけがそれを救えると訴え、権力を持つ地位につけるよう人々を説得する。

 

●例えばこんな感じだ。「ドイツの不況などの危機はユダヤ人の陰謀のせいである。既存の政府は陰でユダヤ人に操られている。エスタブリッシュではない私だけがこの危機を救える」。著者はこうした人を「いかさま王」と呼ぶ。こうした人は私たちの身近にもいて、彼らが引き起こす対立に巻き込もうとする。

 

●私が自分の不安や不満につけ込まれると「いかさま王」は、私の代わりに危機を解決してくれるヒーローに見える。熱狂的支持者になり「敵」を攻撃するようになる。自分で考える必要はなくなる。ただ「いかさま王」は状況が変化すれば自分を支持してくれた側近でさえも攻撃対象にし簡単に切り捨てる。

 

●「いかさま王」には多数の反対派がいる。しかしまとまることができない。まず「いかさま王」に対し感情的に反発する人々がいる。しかし「いかさま王」の支持者は攻撃されたと感じますます結束していく。また同じ反対派の中にもその攻撃性に幻滅して争いから距離をとる人々が出てくる。

 

●穏健派は「いかさま王」を信じないが、彼が権力を握るためなら何でもし、権力を握ればますます分断を煽ることを理解していない。だから政策が一致する部分があれば「いかさま王」を支援してしまう。また「いかさま王」は対立に際限なく精力や時間を注ぐ。穏健な人は辟易して権力を彼に委ねてしまう。

 

●「いかさま王」はこうして反対派を分断し、自分の支持者が少数派でも権力を掌握する。そして際限なく対立を煽り、人々を分断し続ける。ただ彼が力を注ぐのは真の問題の解決ではないので、人々の生活を良くする方向には働かない。むしろ無駄な対立にエネルギーを取られ、集団の力は衰退していく。

 

●私も確かに対立を煽るパーソナリティは危険だと感じる。今のアメリカを見ていると分断で力が削がれている上に、新型コロナウィルスの災いを増幅させているように見える。例えば感染予防のためのマスクが、分断のための道具に使われ、多くの人がマスクを拒否し感染の拡大を起こしてしまっている。

 

●ただ著者のようにこうしたパーソナリティを持つ人が決して変わらないとは思わない。難しいけれど体験から変わる可能性があると思っている。また全ての災いをこうしたパーソナリティを持つ人のせいにもしたくない。この人がもたらす災いを防ぐために私にできることがあるように思うからである。

 

●ポイントは一人一人が心から自分のことを大切にするかどうかにあるように思える。例えば今ここで起こっている不安や怒りにありのままに気づき自分のものとして受け入れるなら、対立を煽るリーダーに感情的に操られることはなくなる。自分が攻撃されても、必要以上に卑下することもない。

 

●事実を受け入れ自分で考えるなら、本当はそんな危機はないこと、それは協力によって解決できる問題であることに気づく。リーダーが悪者とする人々も、同じ人間として尊重することができる。心から自分を大切にする時、その人は対立を煽るリーダーが権力を握り、災いを招くことへの堤防となるのだ。

2020年

7月

10日

コロナの中で働く若者の葛藤

●新型コロナウィルスが再び蔓延を始めているが、単に数字が増えているというだけでなく、本当に身近に迫ってきているなと感じている。というのも私の子供は塾の先生をしているが、その塾の生徒が通う小学校で一年生の児童が新型コロナに感染したのだ。そして学校は消毒のため休校となっている。

 

●塾としても、同じ小学校に通う児童には自宅待機をお願いしたそうだ。ただ私の住む大阪では、コロナがある程度流行しても学校を閉鎖しないと知事が明言している。学校は消毒をして児童の様子を見つつ再開される方針であり、そうなると塾としてもそれらの児童を受け入れざるを得なくなってくる。

 

●感染者は重症化しにくい若い人に多いし、医療態勢も逼迫していないので4月とは状況が異なるとして、国や地方自治体は具体的な対策を打ち出していないように思う。確かに私の子供はまだ若いし、かかっても重症化するリスクが低いことは確かだ。むしろほとんど無症状で過ごす可能性の方が高い。

 

●そして学校が通常通り開かれている中では、例えかなり感染者が増えてリスクが高くなったとしても、塾としても通常通りの授業を続けざるを得ない。また経営的に見ても、リスクを恐れて閉鎖することは考えられない。こうして働く人は、仕事をいつもの通り続けることを要請される。

 

●しかしその働く若者には大切で守りたいと心から願う家族や知人・友人がいる。そしてその中には祖父母などの高齢な人、基礎疾患を持つ人もいるのだ。自分が知らないうちに感染し、無症状のまま例えば家庭に持ち帰り、祖父母を感染させ、重症化させてしまう可能性があるのだ。

 

●もし私が自分の子供だったら、こんな風に感じるに違いない。確かに生活するためのお金を稼ぐ仕事は大事だし、特に今の雇用環境で仕事があるのはありがたいと思う。また子ども達を教えることにも意味を感じる。しかしもし自分が大切な人々に感染させてしまったらどうしよう。それは嫌だ、と。

 

●私は今いくつかのことを感じている。まず親の立場から私はこうした葛藤に置かれている子供には「真に自分を大切にする」という観点から選び、行動して欲しいと思う。どの選択にもリスクはあるが、こうして選んだのであれば、それが生み出す結果は、私としても恐れず受け止めたい。

 

●そしてこうした葛藤は、私の子供一人のことではないだろうと思う。多くの若者に共通した葛藤のはずだ。しかし生活に余裕がない場合、つまり自分の収入で家族を養い、また生活に困窮しているケースでは仕事を辞める選択肢は取りにくいのではないだろうか。葛藤の中で働くしか仕方がないのだ。

 

●だから災厄が起きた時、放っておくと最も被害を受けるのは弱い人(この場合は生活に余裕がない人)なのだと感じる。統計的に見ればリスクの中で仕事を続けた人の何%かは感染し、身近な高齢者などにうつしてしまうからだ。もしそれで愛する人が死んでしまったら、この若者には傷が残るかもしれない。

 

●今考えてみると、4月〜5月の緊急事態宣言は個々人の心の中の葛藤を国が引き受けてくれた側面があるように感じている。しかしそれも限界なのだろう。この葛藤が個人に投げ返された今、弱い立場の人だけにリスクを押し付けずに、私たちはどのようにそれに対処することができるのだろうか。

2020年

7月

03日

災厄を最低限に抑えてくれる「堤防」のような人々

●先日NHKの「英雄たちの選択」という番組で、現代に至るまで岡山を守る堤防を築い津田永忠を取り上げていた。彼も未来に起こりうる災厄を防ごうとした人なのだなと感じる。そして彼の築いた堤を見ながら、洪水以外の災厄にもそれを防ぐ「堤防」に似たものがあるのではないだろうかと思った。

 

●災厄の中には津波や洪水の比喩で例えられるものがある。感染症や戦争はその代表例だ。恐らく溢れた時にコントロールがきかなく水のイメージから来るのだろう。ユングの自伝によると彼は第一次世界大戦を予見し、血に染まった水がアルプスから北海へ津波のように押し寄せるという夢を見るようになった。

 

●全体主義などの席巻も自由と尊厳を脅かす津波のように感じられただろう。カミュの「ペスト」はナチス占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩だといわれる。過酷な占領下では感染症の流行時と同じように、同胞同士の相互不信、刹那的な享楽への現実逃避が起きたのだ。

 

●こうした極限状況をもたらす災厄に対して「堤防」としての役割を果たしてくれるものは何だろうか。私にはそれは人であるように思える。それも心の一番奥深いところでありのままの自分に対し、卑下や蔑視、絶望をしないでいられる人、つまり自分を心から大切にできる人であるように思う。

 

●この新型コロナウィルスという災厄ではどうだろうか。この人は自分を大切にしているので、自分なんかどうなってもいいとは決して思わない。だから感染防止に必要な努力をするだろう。山中伸弥さんもいっていたが、3月中旬以降の日本人の多くがこの努力をした。

 

●またこの人は事実に向き合っても自分が脅かされることはない。だから事実や科学的知見を受け入れることができる。新型コロナウィルスをただの風邪扱いせずきちんと恐れ、社会的接触を減らさなければ流行が避けられないという予測も受け入れることができる。それが感染拡大への堤防となるのだ。

 

●同様にこの人は自分と異なる意見に相対しても自分が脅かされることはない。だから冷静に議論し、協力して最もよい対策を探ることができる。またこの人は外的な要素によって自分の価値が貶められることはないと考える。だからマスクをすることが「男らしさ」を失わせるなどと主張する必要がない。

 

●自分をありのままに受け入れ大切にする人は、社会的地位や配下、「敵」の存在などによって自分の価値を保つ必要がない。だから他者を支配することやリーダー争いなどにかまけることがない。社会を分断し敵を作り貶める党派争いの必要もない。だから災厄への対応に全精力を注ぐことができる。

 

●この人は他者もありのままに受け入れ大切にすることができる。だから感染症による死者をただの数字としてみたりはしない。人々の苦しみに共感し、その中で自分に今できることをする。また感染者や医療従事者を蔑視し、差別することがない。だから人々の協力関係を促進できる。

 

●信玄堤を築いた武田信玄は「人は城 人は石垣 人は堀」と言って堅固な城を築かなかったと言われる。未来の災厄においても同じことが言えると思う。つまりありのままの自分を心から大切にできる人々の存在が、いざという時に「堤防」のように働き、災厄を最低限に抑えてくれるのだ。

 

 

ユング自伝(1)(2) 2冊

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2020年

6月

26日

新型コロナウィルスに対するリスクへの感度

●私はこの頃、新型コロナウィルスに対するリスクへの感度は一人一人違うなあと実感している。身近なところでは家族内での違いがある。4人家族の我が家では86歳になる母がもっとも大胆だ。あまり気にせず公共交通機関にも乗るし、外食もする。

 

●他の3人は母に感染させないように不要不急のリスクを避けた生活を続けている。だからリスク感度の低い母にがっかりしたりする。こうした違いは意外に根が深く、時に葛藤が起きるので我が家ではその都度家族会議を持っている。概ねうまくいっているが母からすれば、私たちは臆病に見えるようだ。

 

●リスクへの感度は一人一人違っている。「怖さ」という感情への対処は個人差が大きい。情報の差もある。私はコロナについての新たな知見を日々集めているので、その怖さとリスクを実感できるし、第二波があることも確実視している。母はそこまでは情報処理ができていない。

 

●また個人差だけでなく、家族構成やライフステージによっても変わってくる。高齢者や基礎疾患を持った人が家族にいる場合、妊娠中や小さい子供がいる家族ではリスクに対し敏感にならざるを得ない。身の回りの友人、知人を見ていても、高リスクの家族がいない人はより大胆に行動しているように見える。

 

●こうした中、怖いなと思うのは同調性の圧力である。もっと正直に言えば、私はこうしたリスク感度の差を無視して、同じであることを求める動きに違和感を感じている。例えば少し前まで、微熱や軽い咳、下痢など少しでも体調が悪ければ学校や職場を休むことが大切だと言われてきた。

 

●しかし今鼻風邪程度で休める雰囲気が再びなくなってきているように感じる。例えば授業で生徒が待っているのに先生として休めない、大切な仕事を放り出して会社を休めないという同調圧力があるように思える。この中でリスク感度の高い私などはもし他の人にコロナを感染させてしまったらと怖く感じる。

 

●ラッシュ時の満員電車での通勤・通学はもともと嫌なものだった。しかしコロナの脅威のある今、リスク感度の高い人は毎日真に怖い思いをしている。そこに共感がない組織が通勤・通学を当たり前に求めると、働く人、学生は道具のように扱われている感じを抱いて心が離れてしまう。

 

●逆にマスク着用、社会的距離などの「新しい生活様式」が押し付けられることにも違和感を感じる。私の友人が言っていたのだが、末期患者の看取りをしていると社会的距離があることで相手の言葉を聞き取れないことがある。またマスクをしていると、相手に大切な言葉を伝えることができないこともある。

 

●一般論としてよく日本は同調性の高い社会であると言われてきた。そこには良いところもあるのだろうと思う。しかしコロナへのリスク感度の違いには、そのベースに恐れという感情があり、本当に大切な人を守りたいという想いがある。だから同調圧力はその集団と個人の中に非常に大きな葛藤を生み出す。

 

●私とって大切なことはコロナ前の当たり前に戻ることではない。自分の中の恐れと大切な人を守りたいという想いに向き合い、その中でどのように人と関わり生活するかを自分で決めることだ。そしてこうした私を理解し、認め、支えてくれる人々や集団とより強固な関係を築いていきたいと思っている。

 

2020年

6月

26日

8割おじさんこと西浦博さんを巡って

●ここ1ヶ月ほど本のまとめなどをしていたので、「今の私」が感じていること、思っていることを言葉にすることがお留守になってしまっていた。何かを忘れている感じがないでもない。そこでしばらくは特にテーマを決めず、「この頃の私」が徒然に思うこと、感じることを書いてみたいと思う。

 

●まず思いつくのが昨日初めてツイッターというもので書き込みをしたことだ。それは新型コロナ対策で「8割おじさん」として有名になった西浦博さんに対し、ネットで非常に批判的な意見やコメントを見たためである。そこで私は西浦さんに感謝していることをどうしても伝えたいと思った。

 

●結果的に見れば彼が提唱した「8割の接触削減」は、日本における感染拡大防止には過大な要求だったかもしれない。しかしあの時点で彼の提唱は、未来に起きたかもしれない大災厄を防ぐ勇気ある行動だった感じている。日本に感染拡大を防ぐファクターXがなければ、実際に大災厄は起こり得たのだ。

 

●特に私がすごいなと思うのは、感染対策しなければ「42万人」が死亡する可能性があるという予測を、様々な人々からの反対を押し切って個人の資格で国民に伝えたことだ。今この予測が間違っていたと多くの人が批判するが、少なくとも私の行動変容を後押ししてくれた本当に勇気のある行動だと思う。

 

●しかし前に書いたように、起きなかった災厄を防いだことは誰も評価しない。それどころか国民に犠牲を強いたとして「叩かれる」可能性がある。これではこれから災厄が予想された時(第二波が来るのはほぼ確実だと言われているが)、それを防ごうとする人の勇気を挫くことになりはしまいかと心配になる。

 

●しかしこうした勇気こそ未来を生かすものだ。西浦さんは3月20日前後の連休前に、阪神間の往来を止めなければ三千人の患者が出ると試算した。厚労省の人が公表してはならないとした資料を大阪府知事の吉村さんは勇気を持って公表し、それが結果的に大阪の今の落ち着いた状況を作り出したと感じる。

 

●私には何もできないけれど、せめて一人の人間として、西浦さんの勇気と自己犠牲に敬意を示し、感謝したいと思った。この気持ちが届いてくれるといいなと思っている(ツイッターの操作がうまくできたかは不安だけれど)。そして私自身、たとえ反対・批判されても未来の災厄を防ぐと自分が信じられることを、勇気を持って行動できるようになりたいと思う。

2020年

6月

17日

未来を生かす人々4〜子どもの子どもの子どものために

●今世界には様々な価値観があふれ、人々の間に分断と衝突が見られる。社会は複雑化し、善意の行動が悪をもたらしてしまうこともある。情報操作が行われ何が真実なのかを判断することすら難しい。そして力を持つ人々がその力を誇示し押し付ける。こうした世界でこの小さな私にできることはあるだろうか。

 

●こうした私にとって「未来を生かす人々」のコンセプトは、大切な洞察を与えてくれるように思える(恐らくこの時代を生きる他の人々にとっても)。具体的にはこのコンセプトは人や世界をとらえる見方、物事を決める基準、行動するための勇気と責任を与えてくれるように思う。

 

●まず私は自分の行為が「未来を生かす」のか、そうでないかという観点で判断できるようになる。私が目の前の人に微笑みを持って接し、その人から生まれてくる「今ここ」を大切に関わるなら、私は未来を生かしている。その人をモノとして捉えた瞬間、私は未来を殺している。

 

●私の小さな一挙一動は、そのまま未来を生かすかどうかに関わっていく。「未来を生かす人々」のコンセプトがあることで、私は自分の行為の影響に気づき把握できるようになる。私は自分の責任に目覚める。そしてできるだけ未来を生かすために自分を育てることができるようになる。

 

●これは同時に他者や世界をとらえる見方を養うことでもある。私に「名、権力、金」を与えてくれる人や組織はありがたい。しかしその人や組織が「今の私たち」だけを考え、未来の人々が生きるためにマイナスの行為をするなら、どれほど私によくしてくれても私は共には歩めない。

 

●その人や組織が「名も権力も金も」求めず、未来の人々が生きるために重荷を背負おうとするなら、その人・組織がいかに小さく弱くても、私は共に微力を尽くしたいと思う。「未来を生かす人々」のコンセプトは、人や組織が行動するその一番のベースにあるのは何なのかを見抜く力を与えてくれる。

 

●また「未来を生かす人々」のコンセプトは、私が生きる意味と行為する勇気を与えてくれる。今の世界で小さく弱い人にできることはあまりない。病で苦しむ人、経済的苦境に立つ人、偏見に苦しむ人を目の前で見ても、何もできない。私は無力だ。

 

●しかしこんなに小さく弱い私でも、「未来を生かす人々」というコンセプトのもとでは、できることとその意味を見出せる。例えばこのコロナウィルスの蔓延の中で、「家にいる」という行為は小さなことだ。しかし自分と他者を未来の感染から守ることができる。医療従事者を守ることにもつながる。

 

●歳をとるに従い、私は自身が弱い無力な存在になりつつあることを実感する。私は物理的に人を助ける力はない。しかし笑顔で周りの人と関わることはできる。もっと歳をとると周りに世話ばかりかけるだろう。しかし安らかに死ぬことで、周りの人々が将来死を恐れて生きる必要がないことを示すことはできる。

 

●これらはいずれも小さい行為だ。しかしそれが未来を生きる人々に小さい影響しか与えないかと言えば、それはわからない。一つの行為はある人に影響を与え、それがまた別の行為を生み出し、別の人に影響を及ぼす。だから一つの笑顔が、回り回って一つの国を破滅から救うこともありえるのだ。

 

●前に触れた『一万年の旅路』では、「子どもの子どもの子ども」のためにという意思決定と行為の基準を、大切にした人々が描かれていた。文字を持たない彼らはそれを口承によって代々語り継いでいく。私には今またこの「未来を生かす人々」というコンセプトが必要な時代が来ているように感じている。

2020年

6月

12日

未来を生かす人々3〜ラボラトリートレーニングの意味

「未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動を、今ここで自分の担う荷物として受けいれる人々」のことを思い巡らせている。そして私が従事してきたラボラトリーもこの「未来の災厄を防ぐ」という観点から捉え直すと、より深くその意味を理解できるように感じている。

 

●ラボラトリーには参加者全員で行うセッションと8名程度の小グループに分かれて行うグループセッションがある。このグループセッションではメンバーは数日変わらない。そして関わりが深まる中で、「今ここ」で感じたこと、思ったことを伝え、受け取りあう。

 

●この体験の中で自分の感じ方の特徴に気づき、相手に深く触れる感覚が生まれる時がある。自分について感じたことを他者にフィードバックしてもらうことで、自分についての捉え方、自己概念が変化する時もある。考え方や感じ方が違う他者だが、この瞬間に共にいてくれる「ありがたさ」を感じる時もある。

 

●ラボラトリーは時に人間関係トレーニングと呼ばれる。しかしこのような体験があったからといって、人間関係が特別上手になるわけでも、何か目に見えるプラスがあるわけでもない。自分の悪い癖も治るわけでもないし、相手にカチンときて喧嘩することもある。それでは何のためにラボラトリーはあるのか。

 

●それは人間関係がもたらす負の側面が生じた際に明らかになる。例えば人種や性別その他の属性で差別が起きた時がその典型である。またナチスの強制収用所では囚人は全部番号で呼ばれモノ・数字として扱われた。今なお組織の中で、人としてではなく機能として扱われることは珍しくない。

 

●実際リーダーの中には、メンバーに対し力を背景に命令で人を動かす以外の方法を知らない人がいる。一人ひとりが意見や気持ちを伝えることが破壊的に思えるのだ。そして自分に起きた怒りをぶちまけ、力を誇示して、恐怖を煽り、服従を迫る。パワハラなどはその帰結と言える。

 

●これらはすべて人間関係的な災厄と言っていいだろう。そしてラボラトリーでの体験はこうした災厄を防止・軽減する力を持つように思える。私は一人一人が「今ここ」を与えられ生きる存在だと実体験した。だからいくら他の人が人種差別を煽っても、その人を「人種」と言うラベルだけで見ることはない。

 

●同様にいくら成果を求められる場面でも、目の前の人をモノや機能という側面だけで捉えることはない。またラボラトリーでは一人一人に気持ちや思いがあること、それを大切にする中でグループが成長することを学べる。だからリーダーとして合意を大事にした組織運営ができるようになる。

 

●また私はラボラトリーの中で、自分の今ここで起きている気持ちに気づき、それを破壊的にではなく相手に伝えることを学んだ。だからその体験がない場合に起こり得た破滅的な結果、例えばパワハラや深刻な夫婦の危機などの災厄を未然に防止することができていると感じる。

 

●さらに私はラボラトリーの中で「今ここ」がいつも与えられていることを学んだ。だから失敗や至らなさから自分に絶望し、時に滅びてしまった方がいいと感じても、自暴自棄にならず「今ここ」の流れに委ねる中で自分を許すことができる。この体験には絶望を克服する力があるのだ。

 

●人間関係的災厄とは自己概念、人間、人間関係についてのある種の偏りがもたらす災厄と言える。そしてテクノロジーの進歩の中で人間関係的災厄がもたらす影響はますます大きくなるだろう。絶望し自暴自棄になった人が遺伝子を操作する生命科学のテクノロジーを持つ時、どんな災厄が起こりうるだろうか。

 

●ラボラトリーの体験は、私たちに何か特別のプラスをもたらすことはない。それは普通の人間として生き、関わることを可能にしてくれるだけだ。しかしそれは未来に起こりうる人間関係的災厄を防止してくれる。今この活動に従事することは「未来を生かす小さな人」としてあるあり方の一つかもしれない。

2020年

6月

08日

未来を生かす人々2〜小さい人であること

「未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動を、今ここで自分(自分たち)の担う荷物として受けいれる人々」(=未来を生かす人々)は世界の救済や国家の大業という檜舞台だけではなく、市井の目立たない場所にもいるように思う。そしてその人の小さな行動が、大きな災厄を防ぐこともある。

 

●例えば目の前にいる人に笑顔を向けるという行為は小さなことだ。しかしその人を気持ちよくさせ、DVという災厄を防ぐかもしれない。人の話や気持ちをよく聴くというのも何気ない行為だが、聴いてもらった人は「受け入れられた」という信頼感を持つ。だからその人が自暴自棄になることを防ぐかもしれない。

 

●このように身近な人々の小さな、何気ない行為によって災厄は未然に防止されうる。しかしこうした場合、その人の行為によって災厄が防がれたことは、行為した本人にも相手にも、他の人にも見えないことが多い。だから誰にも知られず、感謝もされない。

 

●またこうした行為によって未来の災厄が確実に防止されるわけでもない。それなのに必要な労力やコスト、自己犠牲は「今」払う必要がある。さらにその行為の意味が理解できない人々からの中傷にさらされ、反対されることもある。未来を生かす人々には、疑い、不信頼、挫折、絶望がつきまとうのだ。

 

●しかし私には未来の災厄を防ぐ一人の人の小さな行為こそ、未来の人々を生かすための「梃子」だと感じられる。災厄は起きてしまうと多くの人に害悪を与え、それと戦い、克服するには膨大な労苦や大きな力が必要とされる。起こってからでは取り返しのつかないことも多い。

 

●一方指輪物語では小さい人フロドはたった数人の仲間で世界を救うことができた。疑いや絶望に打ち克ち、「災厄が起きる前」に行為したからである。私はよく夢想する。あのヒトラーがもし青年期に身近な人々に「受け入れられる」体験をしていたなら、世界はどう変わっただろうと。

 

●指輪物語の作者は、物語の中でエルフの賢人に「指輪所持者には力の強い人や戦士ではなく、小さい人、弱い人こそふさわしい」と言わせている。この新型コロナへの対応でも、感染した人を救えるのは戦う力を持った医療者だけである。しかし小さく弱い人は「家にいること」で感染拡大を防止できる。

 

●今の世界があるのは感謝もされず、名も知られず、自己犠牲によって災厄を防止してくれた幾多の「未来を生かす小さな人々」のおかげなのだと感じる。私には彼らがユングの言う「原型」を生きたのだと思える。その時代に必要が生じた時、私たちは人類の記憶に深く刻まれたこうした行為へと誘われる。

 

●今私たちの世界はコロナ感染症という災厄の中にある。そしてそれが困窮、格差、分断・差別、争いなどの新たな災厄をもたらしつつある。未来に起きるかもしれない災厄のリスクが高まる今、それらを未然に防止するために、「未来を生かす小さい人々」の一人になりたいと私は感じている。

2020年

6月

05日

未来を生かす人々1〜未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動

●先日、歴史学者のファーガソンがこれからの社会を語る番組を見ていて、とても面白い考え方を提示していた。それは未来に悲惨な結果をもたらす災厄があるということはわかっているが、それがどのくらいの確率で起こるかわからない時、どのように対応するかという話だ。

 

●例えばこれからも今のような感染症が起きる確率はあるが、一方でそれは幸運にも起きないかもしれない。事前に対策するとコストがかかる。無駄になる可能性もある。たとえその災厄が実際に起き対策によって破滅を回避できたとしても、「起きなかった災厄」は人々には理解されないので感謝されない。

 

●ファーガソンはアメリカの元国務長官であるキッシンジャーを分析する中でこの考えを得たと言う。外交においてはその結果が確実でない事柄について災厄が最小限となる決定を下す必要があるが、それを支持・賞賛してくれることは少ない。彼はこの問題を「外交決定における推定の問題」と呼んだ。

 

●私はこの話に力強く惹きつけられるものを感じた。このテーマは外交に限るものではないからだ。むしろ未来の災厄を防ぐために、支持・賞賛を求めないで行動する人々すべてに関わると感じる。そして私にとっても生きる上で大切なものが含まれているように思える。

 

●実際このテーマは多くの物語のモチーフにもなっている。だから人類共通のものと言えるだろう。その一つが『指輪物語』だ。トールキンの描いたこの壮大な物語では、邪悪な力が詰まった「一つの指輪」が描かれる。この指輪が冥王サウロンに渡ってしまうと世界は悪に支配され巨大な災厄が来る。

 

●小さい人であるホビット族のフロドはたまたま指輪の所持者となり、仕方なしに仲間と共に指輪を捨てに行く。多くの労苦と英雄的行動によって指輪は破壊され世界は救われる。しかしフロド自身は指輪の魔力に侵され、取り返しのつかない傷を負う。そして彼の救世の行為を知っている者はほとんどいない。

 

西郷隆盛に「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬなり」という言葉がある。この時代には身命を投げ出し、未来を生きる人々の災厄を防いだ、多くの無名の人々の物語があったに違いない。

 

●またインディアンの祖先を描いた『一万年の旅路』という物語がある。彼らは「子どもの子どもの子ども」が生きるためによりよい土地を探し、アジアから遥か北アメリカまで移動する。自分たちが今暮らせる土地を見つけても、増えた子孫には十分ではないと判断した時、彼らは移動することを選択した。

 

●こうした物語に共通するのは「未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動を、今ここで自分の担う荷物として受けいれる人々」の存在である。彼らはいにしえに、まだ見ぬ未来の私たちが災厄にあうことを予見し、その苦しみに共感し、自己犠牲を払ってそれを防いでくれた。彼らは未来を生かす人々なのだ。

 

 

2020年

6月

02日

ながれと形7〜人間関係の中の流れ

●前回までに書いてきたように私にとって大切なことは、今ここに従って、私が私であること、新たな自分になることである。それは私の身を流れる気持ちや想い、感じなどの「今ここの実在の流れ」がより良く流れる方向へのパーソナリティの成長としても捉えることができた。

 

●ところでこのように今ここの促しを与えられ、生きているのは私だけではない。例え本人があまり意識していなくても、この世界に生きるすべての人には、今ここで想いや気持ち、感じが与えられている。そして私と同じようにその人自身になるように促され生きている。

 

●他者はまた、今ここに促されて私にかかわってくれる存在でもある。ラボラトリーの中で他の人に今ここで言いたいという想いが湧いて、私について感じたこと、思ったことを伝えてくれることがある。これによって私は自分でも気づかないクセや特長に気づくことができる。

 

●例えば前回否定的な気持ちを伝えられなかった私がいたことを書いた。この時も他の人が私を見ていて、「本当はその気持ちを伝えたいのではないか?」と聞いてくれ、私は初めてその気持ちに気づき、伝えることができた。それによって私はより私らしくなることができたのである。

 

●逆も同じだ。私が他の人に感じたことを「今ここ」で伝えることで、その人はよりその人らしくなっていくことが可能となる。このように「今ここ」を大切に生き関わる中で、私の中でも、相手の中でも、そしても、気持ちや想い、感じという流れがより良く流れるように変化していく。

2020年

5月

29日

ながれと形6〜私が私になること

●こうして変化する私を受け入れることは、別の視点から見ると私が私になるということでもある。私はいま、今ここで与えられる想いや気持ち、感じに目を向け、できるだけ気づくように努力し、受けいれ、必要ならば言葉にし、それに従って行動し、人や世界にかかわっていくことを大切にしている。

 

●ところでどのような時にどのような想いや気持ち、感じが起きてくるのか、私たちは一人ひとり違っている。新しい出来事や人と出会う時、私は少し怖じ気づくが、それを喜びと思える人もいる。同じ時、同じ人に出会っても、私には私の、あなたにはあなたの想いや気持ち、感じが起きてくる。

 

●そしてこのことが、私があなたとは違う私であることの証である。何かをなし、何かになるということは、「私である」ことを保証してくれない。それは他の誰かでもなし得るし、なりうるからである。今ここで与えられたものを大切にし、それに従って生きる時、初めて私は他の誰でもない私でありうる。

 

●同時に今ここで与えられたものを大切にし、それに従って生きる時、私は「新たな私」になることができる。私は長い間、他の人に対し否定的な感じや想いを抱いた時、それを伝えることを恐れてきた。相手を傷つけ、葛藤が起こることを恐れる私がいたのである。

 

●しかしそれが豊かな人とのかかわりを阻害していることに気づいた時、私には今ここで起きてきた自分の気持ちを伝えたいという強い想いが湧いてきた。そしてその想いに従った時、その人との間に深い信頼関係が生まれてきた。私は否定的なことを伝えるのを恐れる私を超えて「新たな私」になったのである。

 

●「ながれと形」について考える中で、今の私にとって大切なことは、私が私である、私が私になることであると感じている。それは私の身を流れる気持ちや想い、感じなどの「今ここの実在の流れ」がより良く流れるような変化を受け入れることである。

2020年

5月

26日

ながれと形5〜変化する私を受け入れること

●前回、ロジャースのパーソナリティ理論から人は「今ここの実在の流れ」が「より良く流れる」方向に成長していくことを見た。この理論は私の実体験にも通じるものがあるように思う。私は「私」を、今ここを与えられ刻一刻と変化しながら生きている存在としてとらえるよう成長してきたように思う。

 

●長い年月をかけて私はいろいろなものを身につけてきている。職業、地位、人間関係、価値観、自分についての概念や私が持つさまざまな特徴なども、私がこれまでに身につけてきたものだ。そして日常私は、こうして身につけてきたものと自分を、ある程度同一視して「私」をとらえている。

 

●しかし長年かけて築き上げ、慣れ親しんできた「私」を捨てることが求められる時がある。例えば自分では「優しい」と思っていたのに、他者に「厳しいですね」と言われる場合である。この言葉が私の腑に落ちると、私は自分を新たにとらえ直す必要に迫られる。「私には厳しい側面もあるのだ」と。

 

●できる私、物覚えの良い私、この職業の私、友人の多い私・・このような「私」はすべて今ここによって変化していく。こうした体験の中で、私はどんな「私」も、絶対的で永続し、私を完全に表現するものではないことに気づいた。それは相対的で、変化し、その時の私の一部を表すものに過ぎない。

 

●こうして身につけてきた「私」を自分ととらえてしまうと、変化が受けいれられなくなることがある。例えば今の職業と自分を同一視していると、それを失う時、私は揺るがされ恐怖を感じる。そして私は過去に築いてきた「私」にしがみつき、新たな私になることを拒否してしまう。

 

●私とは「今ここ」で与えられる私自身のことであり、それは常に生成し、変化し新しくなっている。その「今ここ」を生きることこそが、私にとってもっとも十全なことである。私にとって今ここを生きるということは、今ここを与えられ、変化する私を受けいれ大切にするということだ。

2020年

5月

22日

ながれと形4〜ロジャースのパーソナリティの理論

●前回この身体を流れるものとして「今ここの実在の流れ」があるのではないかと書いた。これは私一人の考えではないように思う。実際ロジャースもそのパーソナリティ理論で人間は気持ちや感じが「より良く流れる方向」へ変化・成長すると指摘している。それには次の7つの段階がある。

 

●第1段階では、そもそも自分について話したくない気持ちがある。変化が起こりにくい状況で、自分の感情や個人的意味づけに気づいていない。親密なコミュニケーションが危険だと思っている。自分自身の中に問題を認識していないし、知覚もしていない。また変ろうとする願望をもっていない。

 

●第2段階では、「私の生活にいつも混乱が起こっている」というように、「私」を主語にすることなく、他人事のように話す。感情は表出されたとしても自分の感情として認めない。体験の仕方は過去に束縛されている。自分で作った概念が変えられない事実のように考えている。

 

●第3段階では、「努力します。彼女に自分を愛してほしいから」というように客体としての自己についての表現がより自由に流動するようになる。ただし、自分の感情が受容されること(acceptance of feelings)はわずかで、過去の経験として語られる。経験の中に矛盾を認めることができるようになる。

 

●第4段階では感情がより自由にあふれ出てくる。過去に味わった“非現在的な”強い感情が述べられる。時には感情が現在のものとして語られることもある。問題について自分の責任を感じ、動揺する。感情のレベルでわずかながらでも人との関係をもとうとし、自ら危険をおかしてみることがある。

 

●第5段階では、感情は現在のものとして自由に表現され、生まれ出る感情に対して驚きと恐れがある。しかし喜びはない。自己の感情が自分のものだという気持ちをもち、“ほんとうの自分(real me)”でいたいという願望が増加する。自分で作った概念の再吟味がなされる。自分の中で自由な対話が起こる。

 

●第6段階では、固着化して、押しとどめていた感情が直接瞬時的に体験される。その感情は充分に流れ出し、その感情があるがまま受容されるようになる。そして、客体としての自己が消失する傾向にある。自分で作った概念や枠組みから解放される。

 

●第7段階では、新しい感情が瞬時性と豊富さをもって体験される。変化する感情を自分のものとして実感して受け入れることができ、自分の中で起こることに対して基本的な信頼をもつことができる。概念は暫定的に再形成されるが、それに固執しない。そして、新しい自分のあり方を効果的に選択する。

 

●こうしたパーソナリティの変化は、過去の体験や概念に固執し、気持ちや感じなどが流れない固い状態から、今ここでの気持ちや感じを受け入れ、自由に流れる状態への成長である。人はこのように気持ちや感じといった「今ここの実在の流れ」が「より良く流れる」方向に成長していく。

 

 

2020年

5月

19日

ながれと形3〜「今ここの実在の流れ」

●これまで「動的平衡」の考え方と『流れとかたち』から「私」について考えてきた。私は身体という形を持っている。この身体は分子の流れの動的平衡によって生まれる。そして形は「そこに流れるものをより良く流すデザインへと変化する」。だから動的平衡は何かをより良く流すために生じる形と言える。

 

●それでは私たちの身体は何を流すために形作られたのだろうか?『流れとかたち』の著者が言うように、人間など動物の形は確かに、質量をより良く移動させる方向に進化してきたことは間違いない。また情報やアイディアといったものをより良く流すデザインとも言えるだろう。しかしそれだけだろうか?

 

●一つ確かだと思えるのは、「私」とは私の身体だけではないと言うことだ。この身体はそこに流れるものと一体になって初めて「私」になる。だとするなら、私を私であらしめるもの、つまり私の中から湧いてくる気持ちや思い、感じ、直感、イメージなどは「私の身体を流れるもの」と言えるだろう。

 

●私が他の人の一言でインスパイアされ新しい何かを発見する時、私の中では何かが流れている。何かに怒りを覚えている時、私の中では何かが流れている。このコロナウィルスによって起こる社会の動きを見て何かをしたいという意志が湧いてくる時、私の中では何かが流れている。

 

●心理療法などで用いられるフォーカシングには体験過程という考え方がある。そこでは自分の身体には自分では意識していない流れがあるとする。そしてその流れに焦点を当てると、つまり刻一刻変化している身体の感じに焦点を当てると、その流れを意識化することができる。

 

●具体的には、今まさに生まれている身体の感じを感じ取れるようになる。そしてその感じにフォーカスして、一番近い言葉を探すと「重い」、「ワクワク」などのように気持ちや思い、感じ、直感、イメージなどを言語化できる。そしてそれがその感じに対応する私の動きを生み出す。これが「今ここの実在の流れ」と言っていいものだ。

 

●このブログで私は生きるベースとして、この「今ここの実在の流れ」を挙げてきた。そして「今ここ」は言葉で直接説明することはできないし、目で見ることもできない。しかしそれはこの身体の中でいつも流れている。それはいのちの流れと言ってもいいのではないだろうか。

2020年

5月

14日

ながれと形2〜『流れとかたち』

●「流れと形」についてもう一つ示唆を与えてくれると思うのが、エイドリアン・ベジャンとJ・ペター・ゼインが『流れとかたち』という本の中で提唱した「コンストラクタル法則」である。それは一言で言うと「すべては、より良く流れるかたちに進化する」と言う考え方だ。

 

●彼らは河川の流れや動物の身体構造、稲妻、毛細血管、脳の神経細胞、道路網など生物・無生物を問わず様々なデザインを分析した結果、こうした「かたち」がより良く流れるように進化したことを発見した。例えば河川であれば水が、道路網であれば自動車がより良く流れるかたちで進化する。

 

●彼らの言葉ではこうなる。「生物・無生物の別なく、動くものはすべて流動系である。流動系はみな、抵抗(摩擦など)に満ちた地表を通過するこの動きを促進するために、時とともに形と構造を生み出す。自然界で目にするデザインは偶然でなく、自然に自発的に現れ、時とともに流れを良くする」。

 

●彼らは「生きていることの意味」をこう定義する。「生命は動きであり、この動きのデザインをたえず変形すること」である。逆に死の状態とは熱力学における「環境との平衡状態」を意味し、そこでは中で動くものが何もない。彼らによれば、私を含めた生物もまたより良く流れる方向に進化してきた事になる。

 

●こう考えると、またもや「私」を何と捉えるかということが問題になってくる。私は身体という形・デザインを持っている。しかし『流れとかたち』の考え方からすれば、そこには流れるものがあるはずだ。この身体は、そこに流れるものがある。それは一体何なのだろうか?

 

 

 

 

2020年

5月

12日

ながれと形1〜動的平衡

●今私は「流れと形」について考えている。このブログでは、私が生きていくベースとしての「今ここ」について繰り返し書いているが、私にはこの「今ここ」が流れとして感じられている。だから「流れと形」を理解することが「今ここ」や「生きる」ということを理解するヒントになるように思うのだ。

 

●まず生物学者である福岡伸一さんの「動的平衡」と言う考え方を見てみよう。私の身体は一見変わらぬ姿・形をし、その存在は長期間保たれているように見える。しかし実際は体内では、組織が絶え間なく分解され、そこに食事で摂取した分子が素早く再合成されて、置き換わり続けている。

 

●人間の身体は一年くらいで、内臓や脳、骨も、分子レベルで置き換わるとされる。生命はこうして何かを取り入れ作ると同時に、自己を壊し排出する流れの中にある。だから「私が生きている」という事は、この流れが私の身体という形を生み出し続け、それが一定期間保たれている状態なのだ。

 

●この生命感は、私が「私」を何と捉えるかという自己概念を変容させるように思う。この考えでは「私」とは、この身体を構成する分子の集まりでもあるし、また分子による動的平衡の流れでもある。さらにはこの動的平衡をもたらすもの、つまり形を決定しそれを維持し続ける働きでもある。

 

●しかし私を構成している分子は、明日には他者や木々、他の生き物を構成するだろう。またそうした生命も全て、同じ動的平衡の流れの中でいのちが与えられている。そうであるなら「私」とは何なのか?この身体に限られたものなのか、その範囲を超えた動的平衡の流れそのものなのか?

 

●前に「十牛図」を読む中で、円の中に何も描かれていない第八図を、形を生み出し維持し、変化させ壊していく力として捉えた。実は十牛図では、この後、第九図で自然を描き、第十図で他者を描く。そしてそれらを「私」として捉えていく。動的平衡の考えと十牛図には通じるものがあるように感じる。

 

 

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか

  • 作者:福岡 伸一
  • 発売日: 2009/02/17
  • メディア: 単行本
 

 

 

2020年

5月

08日

社会的接触と身体2

●今新型コロナウィルスの蔓延の中で「社会的距離」を取ることが必要とされているが、このことは私たちの身体や人間関係にも影響を与えるように思う。メルロ=ポンティは「知覚の現象学」において知覚や身体について論じたが、その中で彼は「関係は身体から相互に伸びる枝」であると述べている。

 

●私たちはただ頭で人と関わるのではなく、この身体を世界に浸して状況を感じ取り、人や世界と関わっている。つまり身体に与えられる「感じ」によって人や世界への志向性・動きが生じる。これが伸びる枝のイメージである。そしてその場に身体が一緒にあることで、関係としての枝が結び合っていく。

 

●私が関わっているラボラトリートレーニングでは、確かにこうして枝が結び合う身体感覚が感じ取れることがある。ラボラトリーでは4泊5日の長い時間、8人程度の小グループで、ずっと同じ場所で過ごしていく。そしてその場に身を浸して、「今ここ」で出てくる気持ちや感じ、思いを分かちあっていく。

 

●こうした時間を過ごす中で、ふと気づくと一人が体調不良で欠けただけで寂しく感じるようになる。一人の人の辛さ・痛さ・嬉しさなどに対して強い共感が生まれる。今ここで感じたことを伝え合う中で、メンバーは互いに成長していくが、一人の人が成長する姿に全員が大きな喜びと感動を覚える。

 

●面白いなと思うのは、こうして培われた関係は、時を超えて続くと言うことだ。何年も経ってから同じグループでご一緒した人と会っても、その時に生まれた関係は失われていない。「今ここ」で感じたことを本当に素直に分かち合える。こうした関係は、私たちが生き成長する力のベースになっているのだ。

 

●考えてみれば、コロナ以前からこうした身体性を伴う関係が失われつつあると指摘されてきた。子育てにおいては、子どもを「無菌状態」に置くと(外で遊ばせない、友達とケンカをさせないなど)、子供の人間関係の成長にマイナスになると言われてきた。また独居老人が生きる力を失う事例も報告されてきた。

 

●そして今新型コロナウィルスによって、社会的接触を避ける動きが加速している。それは感染リスクを避けるために必要なことである。しかしそこには私たちが生き成長する力のベースとしての関係性、つまり身体から枝が伸び結び合うような関係性を失うリスクがあることも忘れないでいたい。

 

 

 

 

2020年

5月

05日

社会的接触と身体1

●緊急事態宣言で家にいることが多いが、気分転換と運動不足解消のために毎日昼食後一時間ほど外に出てジョギングをしている。同じように過ごしている人が多いのだろう、近くの公園は結構な人出である。それで3〜5mの距離を保つために、人を避けて走ることを意識している。

 

●考えてみるとこの新型コロナウィルスが流行し始めてから、「人と近づくのを避ける」ことが私の習い性になってきているように思う。電車に乗るのを避けて自転車で通勤しているし、会議で集まっても1m以上は距離を取るようにしている。宅配便の人とさえ、できる限り近づかないようにしている。

 

●逆に満員電車で出勤をせざるを得ない人や、三密の職場環境にある人などからは不満の声が聞こえてくる。その人たちは感染リスクの高い、「望まない社会的接触」を強要されているように感じているのだ。このように社会的距離が取れないことは「リスク」であるとはっきりと認知され始めているのだ。

 

●このコロナは、人口の70%が免疫を持つようになるまで続くと言われている。またはっきりと「これで終わり」というものでもないので、感染症への警戒は長期に渡って続けられるだろう。そうするとこの「社会的接触」は社会にとって重要なキーワードになるように思える。

 

●例えば就職先を選ぶ時、テレワークの体制が整っている会社と満員電車での通勤が必要な会社だとどちらを選ぶだろうか。社会的距離を取れるオフィスを持つ会社と三密の環境しかない会社だとどうだろうか。多くの人が前者を選ぶようになるに違いない。

 

●今言われているエッセンシャルワーカー(スーパーのレジの人や宅配の人など)は社会的距離が取れない仕事といってもいい。こうした仕事に自ら就こうとする人は、よほど使命感を持つ人以外は少なくなるだろう。ロボットやAIなどはまずこうした仕事を代替するかもしれない。

 

●このことは学校でも同じだと思う。何十人も同じ教室に詰め込んで授業をする学校は、選ばれなくなるだろう。すでに起こっていることだが、先生たちは生徒間の社会的距離が取れるように授業を工夫し、身体接触やグループワーク、合唱なども避けられるようになるだろう。

 

●これは「社会的距離」が人の権利の一つとして認知され、マーケティングツールになり、そのためのロボット開発などが行われるといった製品開発コンセプトになることも意味している。また人の成長に関わる学習面でのキーワードになることを意味している。

2020年

5月

01日

「何故」の力、「何故なし」の力3

●前に「なぜ」「何のため」という問いが、既存の世界の前提や自分自身を新しくする力を持つと同時に人を断罪する力を持つことを書いた。特にこの問いが「生きること」に向くとそうした傾向が強まる。「生きる」ということに値するだけの「何のため」を持っていない自分に気づかされるからだ。

 

●こうした中で、私には「何故なし」という考え方が大いに救いになるように思えている。前に描いたことと重複するが触れておくと、「十牛図」の著者の上田閑照は西田哲学の考えを取り入れ、もともと「自己」というあり方が場所的であると指摘していた。

 

●例えば「父親としての自覚」が生まれるということは、自分をでて、家族という場に自分を見出すことから生まれる。このように場に連関して自分を捉えることは、自分がどのような世界に住んでいるかということであり、そこに「なぜ」「何のため」という意味が生まれてくる。

 

●ただ親子の問題はその底に人間の問題を含む。そうすると今度は一人の人間、死すべきものと死すべきものとの関わりという場から「自己」を見出す必要がでてくる。こうして次々に底の底まで探っていくと最後にあらゆる区分けや対立を超えた場、つまりすべての形を超えた場に至る。

 

●そこでは「なぜ」を問い続けた意味連関の最後の底が探られる。つまり「何故生きるのか?」の答えとしての「役に立つため」に対し、また「何故」を問い続けていく。こうした底まで至った時、私は「なぜ」を問う必要がなくなる。そこには区分けや対立を超えた「今ここ」の流れがあるだけだからだ。

 

●ここで私は旧約聖書にある「ヨブ記」を思い出す。一点の罪も犯さないヨブは、神に試みを与えられる。ヨブは自分の正しさを主張し、「なぜ」こうした仕打ちを与えられたのかを徹底的に問う。あらゆる答えに納得せずなお「何故」を問うヨブの面前に神は現れ、その「存在」を感じてヨブは口を閉じる。

 

●私もまた今ここに生成の流れが「ある」のを感じる。だから今ここに与えられた時を生き、そして最後には死んでいくことができる。「何故」という理由がなくても、「今ここ」の実在に身を委ね、そこから生まれる想いを大切にしてこの世界を過ごしていいのだということは私に大きな喜びと安心を与えてくれる。

 

●私は、この「今ここの実在の流れ」を感じその流れに従うことによって、自分への断罪や無意味さに飲み込まれることなく生きることができる。私は思うのだが、もしこの「今ここ」が感じられなければ、今の世界や自分を崩す可能性のある「何故」「何のため」は問うことができないように思える。

 

 

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

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2020年

4月

28日

新型コロナウィルスの生み出すもの〜国という単位の限界

●緊急事態宣言の中、家にいる時間を使ってこの新型コロナウィルスが、私に、私たちに、そして世界に何をもたらすかをみて、感じて、考えようとしている。その影響は思ったよりも多くの分野に及んでいて、これからの私の生き方にも関わっているように思えるからだ。

 

●さて今朝テレビで「コロナ後の世界」について東京大学の藤原帰一さんが話されていた。私には彼が国際政治に「動乱」が起きているという強い言葉を使われたこと、そしてこの新型ウィルスが世界的に流行しているにも関わらず、国際協調が進んでいないと指摘されたことが印象的に残った。

 

●確かに私はコロナウィルスが発生した時、SARSやエボラウィルスと同様、WHOが対策をリードしてくれるイメージを持っていた。つまり国際的なスペシャリストを集め、科学的見地からその性質を解明し、適切な検査手法を開発し、薬やワクチンなどについての知見を各国に提供してくれるものと思っていた。

 

●しかし実際には今、各国が個別に対策を実行している現状がある。あのEUですら国際協調体制がとれていない。それは恐らくこのウィルス対策が検査・医療体制などの保健衛生面だけでなく、ロックダウンや休業補償といった社会・経済戦略にも関わっているからだ。つまりこれは政治的課題なのだ。

 

●そしてこの対策の良し悪しは感染による死者数だけでなく、経済状況・失業者数にも表れてくる。実際、国民の信頼を勝ち取りウィルス対策に成功している国もあれば、残念ながら対策に失敗して多数の死者と失業者を出してしまっている国もある。それでもなお「国」単位で対策するしかない現状がある。

 

●私にはこのことに危険を感じている。極論すれば良いリーダーの下では私たちの命は守られるが、ウィルスをフェイクと断じ全く対策を取らないようなリーダーの下では、命は危険にさらされる。自分の国が他国の成功例や知見を無視した合理的でない対策をとっても、私には防ぐ手がないのだ。

 

●またウィルスはこれまで世界が築いてきた国際的な供給体制を遮断してしまったが、これが「国」という単位をさらに重要にしている。マスクの世界的不足を皮切りに検査キット、医療機器、薬など「国を守る物資」を外国に依存することは、危険であるという考えが生まれているように見える。

 

●私はこうした国単位の考えは私たちを危険にさらすように思う。次は食料を含めたより多くのものが「国を守る物資」に思えてくる。そして国産化が進み、分業の利益が失われる。例えばより良い薬を、よりスピーディにより安く手に入れることは難しくなる。結果的にわたしたちの命は危険にさらされるのだ。

 

2020年

4月

24日

新型コロナウィルスと阪神大震災2〜批判する心

●この頃新型コロナウィルスの問題をめぐって、自分がいつもよりも批判的になっているなと感じている。国・行政の対策や識者の意見に対し、批判したい気持ちが起こる時がある。インターネットを見ていても、厳しい批判・非難をしている人が多数おられるのでこれは私だけの現象ではないのだろう。

 

●そして再び阪神大震災を思い出しているのだが、あの当時も政府の支援の遅さを指摘する論調はあった。しかし、今ほどの批判はなかったように思う。むしろ市民による助け合いの方が注目され、95年はボランティア元年と呼ばれたほどだ。今も同じ「災害」と言っていい事態なのに、なぜこれほど批判が多いのだろう。

 

●自分を省みて一つ思うのは、いまの私は「心のケア」が必要なほど不安が大きいことがある。震災の時も不安はあったが、基本的には「起きてしまったこと」だった。今はこれからますます酷くなるのではないかという現在進行形の、先が見えない不安がある。

 

●そしてこうした不安には向ける対象がない。そして自分一人でその不安をそのまま抱えることも難しい。だから不安を怒りや批判に変えて誰かにぶつけたくなる。例えば私はPCR検査の少なさを批判していたが、そのベースには、それによって自分が守られなくなるという不安とそこからくる怒りがあったと思う。

 

●また私が批判をしてしまう原因のもう一つは、私が政府や行政、医療システムに依存心を持ちすぎているからだと思う。阪神大震災では多くの建物や道路が被害を受け、インフラや行政機能がストップまたはパンクし、被災者に支援が行き渡らなくなった。こうなると誰かを批判するだけでは生きていけない。

 

●こうした中で当時は市民が協力し、まずは被災者の救出、そして避難所の運営、物資の配送、そして心のケアなどを自ら行った。行政も自らの限界を隠さず、必要なところは市民の力に頼り、協働を行なった。つまり政府や行政という公助に依存するだけではなく、自助・共助によって難局を乗り越えたのだ。

 

●この新型コロナウィルスに対応していくための政府・行政の役割は確かに大きい。各国政府の感染症対策はずいぶん違うし、その良し悪しで死者数も変わってくると言われている。しかし同時にコロナウィルスへの対応は、政府や行政による公助だけではできないことも明確になってきたように感じている。

 

●このコロナウィルスが蔓延する中で、いま国や行政、システムが提供できるものは、医療面でも経済面でも心理面でも私たちを支えるには十分ではない。そこには限界があるのだ。しかしこうした公助やシステムの限界に気づくに連れ、私の中で根強かった依存心が、そして「批判する心」が小さくなっている。

 

●そして今阪神大震災の時と同じく、公と協働して私・私たちにもできることがあるように感じている。例えば医療システムが崩壊するかどうかは市民行動の変容にかかっている。つまり今また自助・共助が必要になっていると感じるのだ。それはまず「家にいること」である。

 

●そして家族の中で悔いのないようにコロナに対処するための共通認識と行動規範を作ることだ。私の力の及ぶ範囲で在宅勤務などを提案していくことであり、10万円の有益な寄付先を探すことであり、そして不安に思う隣の人の話を聞くことだ。私には何かを批判している暇はないように感じる。

2020年

4月

21日

「何故」の力、「何故なし」の力2

●この「なぜ」「何のため」という問いは、時に私を断罪し、無意味さを感じさせる力を持つように思う。若い時私は、どうしてもやりたい仕事を見出せなかった。「何のため」に働くかに答えを見出し、着実に歩みを続ける友人を見て自分はダメだなと感じさせられた。

 

●今新型コロナウィルスのために家にいる時間が長いが、医療者の奮闘などを見て、ふと何の役にも立たない自分がふがいなく思えてくることがある。今この時間を「何のため」に過ごしているかという問いに答えることのできない私、つまり何の役にも立たない私に軽い絶望を覚えるのだ。

 

●こうしたことは過去にもあった。銀行を辞めて今まで生きてきた世界から落ちこぼれてしまったように感じていた時、平日の昼間から家にいる自分を責める私がいた。この文章にしても今「何のために」を問うと、誰も読まない文章なのに書く意味はあるのかと感じられ、やめてしまおうかなと思う。

 

●そして私を断罪し無意味さを感じさせるのは、特にこの「何故、何のため」という問いが「生きる」ことに向けられる時であるように思う。私のなかに社会や人に役立つこと、認められることが必要であるという考えがあるので、そうでなく生きている自分をゆるせなくなる。

 

●無意識のうちに自分に絶望し、生きる意味がないと断罪する方向に向かってしまうのだ。そしてこの問いは自分にだけでなく他者にも向かう。そうすると相模原事件のように「生産性のない障害者は生きる価値がない」などと他者を断罪する方向に向かってしまう可能性がある。

2020年

4月

17日

「何故」の力、「何故なし」の力1

●「なぜ」「何のために」という問いには、鋭利な刃物のようなところがあるなと感じている。とても大切で役立つ部分と、人の生きる力を削いでしまうようなマイナスの部分が同居しているように思えるからだ。例えば「なぜ」そうなるかを考えさせれば、子どもの論理的思考を伸ばすことが可能となる。

 

●また私が何かに取り組む時も、「何のため」にそれをするのかを意識することが大切だ。進路を探る際も、「なぜ」その道に進みたいのかをできるだけ考えることは必要だろう。また組織においても「何のため」に活動するかのミッションがないと人を引き付けることはできない。

 

●しかし一方、「なぜ」が連発されると、うまく答えることができず腹が立ったり、苛立ったりすることも事実だ。自分が失敗した行動について何回も「なぜ」という問いを畳み掛けられると、うまく答えられなくなるばかりでなく、自分が責められているような気がしてくる。

 

●それはたぶんこの問いには、既存の世界の前提や自分自身を見直し、時には崩してしまって、新しくする力があるからだと思う。例えば教育指導要領では学校で人を育てる際の教育目標として、知識・技能、思考力・判断力、学びに向かう力などが言われている。

 

●しかしこれらの目標はすべて「何を」学ぶかについてのもので、「何のために」は問われていない。言葉は悪いが、こうした力は犯罪集団においても必要とされる。つまり「何のため」にこの力を身につけさせるのかを問うた時、初めて本当にどんな人を育てたいのかが明確になってくる。

 

●このように「なぜ」「何のため」は、日常問われることのない世界の既存の前提を掘り起こし、目の前に晒し、時にはそれを崩して生成を生み出す力を持つ。しかしだからこそ私はこの問いを封印すること覚えてきたようにも思う。例えば受験勉強中に、「何故」を問うと、勉強どころではなくなってしまうからだ。

2020年

4月

14日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで5

●もう一点、この第八図の解説で私に役立つと思えたのは、「何故なし」ということである。上田は西田哲学の考えを取り入れ、もともと「自己」というあり方が場所的であると指摘する。例えば「父親としての自覚」が生まれるということは、自分をでて、家族という場に自分を見出すことから生まれる。

 

●場に連関して自分を捉えることは、自分がどのような世界に住んでいるかということであり、そこに「なぜ」「何のため」という意味が生まれてくる。そして親子の問題はその場だけに終わらず、その底に人間の問題を含む。そうすると今度は一人の人間、死すべきものと死すべきものとの関わりという場から「自己」を見出す必要がでてくる。

 

●こうして次々に底の底まで探っていくと最後にあらゆる区分けや対立を超えた場、つまりすべての形を超えた場に至る。それは禅の世界や西田哲学では色々な述語で呼ばれているが、私にはそれが前述の、形を生み出し維持し、変化させ壊していく力・流れとしての「今ここ」であるように感じられている。

 

●そしてこの底の底では、家庭の中での自己の意味<社会の中での自己の意味<人間としての自己の意味の場というように、あらゆる意味連関そのものの意味、最後の意味が問われる。しかし上田によるとここは意味空間ではあるが、もはや「なぜ」「なんのため」と問うことのできない。

 

●あらゆる形を超えた場では、意味を言葉という形で表現することはできない。しかし意味がないということではない。むしろ「今ここ」は実在としてあり、それを実際に感じ取ることができる。この存在に触れ、そこに充足を感じた時、私はもはや「なんのため」を問う必要がなくなるのだ。

 

●行動において「何のためにそれをするのか」というミッションや使命が重要だという考え方がある。私もそれは否定しない。しかし「何のため」を本当に突き詰めて考えて行った時、私は形を超えた「今ここ」の実在の流れに触れることになる。そしてそこには「何故なし」が出てくるように私には感じられている。

2020年

4月

10日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで4

●この十牛図という本の中で私が大切だなと感じるのが、第八図人牛倶忘」を巡る著者上田閑照の考察である。前に触れた第六図「騎牛帰家」のあと、第七図では自己が真の自己と一体になり、牛の姿が人のうちへ消えてしまう「忘牛存人」へと続く。

 

●これは一つの完成形のように思えるが、十牛図はここで終わらない。円の中に何も描かれていない第八図へと進んでいく。この第八図についての著者の解説で私がおもしろいと感じたのは、「形」をめぐる議論である。牛は一つの「形あるもの」の姿だが、それは自己が真の自己と一体になることで消えてしまう。

 

●同時に「完成した自己」も「形あるもの」として永続することはない。今ここの実在の流れは生成を生み出し、あらゆる形あるものを変容させていく。例えば身体、言葉、自然、世界など形あるものは常に有限性の中にあり、無限性と出会い、なおその形を永続的に保つことはできない。

 

●しかし全て形あるものを変容させていく「今ここの流れ」は常に「ある」。形としては描くことができないが、その形を生み出し維持し、変化させ壊していく力として、形と共に常にそこに「ある」。私にはこの第八図の円相はこうした「今ここ」の性質を描いているように感じられている。

2020年

4月

08日

新型コロナウィルスと私3

●外出自粛が続く中、健康を保つため毎日のようにジョギングをしたり、公園を散歩したりしている。もうかれこれ2ヶ月あまりも続けているのだが、特に最近自然の放つ一瞬の美しさに惹きこまれる体験が増えている。風にそよぐ花の白さに、またふと見上げた空の蒼さにハッとなるのだ。

 

●こうしたことが起こるのは、私の中である種の切迫感が高まっているからだと思う。緊急事態宣言が出され、また大阪で新規感染者が53人も出て、ついに近くの喫茶店でも感染が起こった。新型コロナウィルスはますます身近に迫ってきている。

 

●そして今朝はウィルスが家に侵入しようとしている夢を見て、早くに起きてしまい、ふと考えた。この病は伝染病だから、家族の一人が感染したら隔離されてしまう。悪化して死ぬ時も、死んでからも会うことはできない。すると、もしかすると大切な妻や子ども、母に会えるのは今日が最後かもしれない・・。

 

●ラボラトリーでも数日間「今ここ」に集中することで、世界がキラキラと光り輝くように感じる体験が起こることがある。またドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」にも癌にかかって余命の限られた人が、自然の一瞬の輝きを感じるシーンがある。この危機の中で私にもそうしたことが起きているのだ。

 

●確かにこのウィルスは怖い。しかし考えてみると、いのちは常に切迫したものだ。何をしても、次の一瞬のいのちを保証することはできない。それを日頃は日常の様々なことによって忘れているが、今はこのウィルスによって目の前に突きつけられているのだ。

 

●そして今このブログで生きるベースを再確認してきて良かったと感じる。切迫した危機の中にある今の私に必要なことを教えてくれるからである。それは「今ここ」に生きること、つまり「今ここ」にある実在を感じ、その流れがもたらすものを信じ委ね、心安らかに今できることに集中することである。

2020年

4月

06日

仕事がもたらす偽の安心感

●前回新型コロナウィルスの蔓延の中で、私たちは思ったよりも大きなストレスにさらされているのではと書いた。私は今、外出をできるだけ控えているが、先週だけは仕事がたてこみ、ほぼ毎日出勤をした。ところが週の終わりになって、思いもよらず精神的に楽になっている自分に気づいたのである。

 

●なぜこうしたことが起きたのだろう。いくつか思い当たることがある。まず感じたのは、非常に本能的なことである。単純に家から出て他の場所に行くこと、家族以外の人と会い話をすることそのものが、家に閉じこもっていたのでは味わえない刺激を与えてくれ、私を活性化したように思う。

 

●第二に自分の有用感を感じられたことがある。新型コロナウィルスへの対策の話し合いで、危機感を伝えることができ、それによって自分や人を大切にできる方向に影響を与えることができた。この危機の中で自分にもできることがあったと言う喜びを感じたのである。

 

●そして多分最も大きな要因として感じられているのが、仕事をする中で「日常」に戻ることができたことだと思う。いつものメンバーと話をしていると、仕事上の問題に意識が向く。それはそれで大切であり、また深刻なものもあるので、コロナのことばかり考えてられなくなる。

 

●つまり家にいて時間があると、新型コロナウィルスの情報が入ってくる。そして各国の惨状を映像などで見ると、ストレスは嫌でも大きくなる。しかし仕事をしているとそんな時間はない。一言で言うと、仕事をしていると今が非常時であることを忘れることができるのだ。何やら日常の安心感が戻ってくる。

 

●しかしこの安心感は幻想であり危険だと感じている。今が非常時であることを忘れさせ、現実に起きていることから目を背けさせる。意思決定において、従来の延長線上で考えつい甘い対応を取ってしまう。私は改めて非常時であることをきちんと受け止め続けることの難しさを感じている。

2020年

4月

02日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで3

私が十牛図で好きなのは、第六図「騎牛帰家」である。第四図であれほど緊張感を持って引きあった手綱は手放され、牛と人は一体になっている。人は牛に歩みを任せ、道をそれることをいささかも恐れていない。牛を信じ、委ねきっている。そしてその状態を賛美するように音楽を奏でる。

 

●昨年末に検査入院した時、私はふとこの第六図のことを思い出して励まされ、力を得ることができたことがある。今私はベッドから動くこともできず、ただ呼吸しているだけだが、それでも「今ここ」は刻一刻と流れ、私を導いてくれる。私はその流れを心から信頼し、委ねることができる。

 

●おそらく入院し、点滴に繋がれているという特殊な状況だったので、日頃よりも自分の「身体」を感じやすくなっていたのだろう。私には「今ここ」の実在の流れに委ねることが、「牛にまたがり一体として動く感覚」に非常に近く感じられた。そのためこの図は私にとってとても慰めとなったのである。

 

●この図はまた私にとって、有限性(この身体)が無限性(この身体を超えたもの)に出会った時にどうしたら良いかを示唆してくれるものでもある。「今ここ」の実在の流れは生成を生み出すが、この生成には身体が変化していくこと、つまり死も含まれている。こうした死と生を超えたものに直面することは私にとっては非常な重荷になる。

 

●この重荷は私をこの世における安心や暖かさの中に止まらせてくれない。私は怖さや緊張、冷厳さ、ズンとした重さを感じる。それでも私はこの十字架を一人で背負うしかない。しかし仕方なくそれを背負った時、私は恐怖や苦しみを乗り越え、牛の背にまたがり、委ねることができる。

 

●日常において私はこの十字架を背負いきれず右往左往している。今もまた新型コロナウィルスという危機によって、この身体という有限性は脅かされ、私は心騒いでいる。しかしこうした危機だからこそ、牛にまたがり心を安らかにして、今できることに集中していたいと感じている。

2020年

3月

31日

新型コロナウィルスと阪神大震災

●この新型コロナウィルスの広がりのなかで、今阪神淡路大震災のことが思い出されている。なぜこのタイミングでと自問してみたのだが、それは恐らくあの震災で起きたことが、このウィルスによって起こっていることと似ている部分があり、今の私(私たち?)にとって大切であるからだと思う。

 

●思い返してみると、あの震災の中で広く使われるようになった言葉に、「トラウマ」「PTSD」「心のケア」がある。私もあの時、「心のケア」の活動に参加したが、近親者を失った被災者の心の傷は深いものがあった。また直接の被害者でなくても、例えば映像を見る中で心理的にしんどくなった方も多かった。

 

●こうしてあの時のことを思い返すと、今私(私たち)には「心のケア」が必要とされているように感じる。徐々に感染が広がる中、私は感染への恐怖に苛まれ、安らかさを失うことがある。家族が感染したらどうしようと気が気でない。真綿で首を絞められているような息苦しさを感じる。

 

●高齢者の致死率の高さが言われているが、身近に感染者が増える中で、高齢の母はどれほど怖いことだろう。母は初め、高を括っていたが、徐々にウィルスのもたらすものに直面せざるを得ず、日常の友人との付き合いも制限され、その結果軽いうつ状態が現れている。

 

●震災の時「自分だけが助かって」、「周りの人を助けられなかった」と自責の念を抱く人が多かった。このウィルスでは、無症状の若い人が知らないうちに高齢者にうつすリスクが言われている。もし私や息子がそうなり母が感染したら、その罪責感はどれほどのものとなるだろうか。

 

●日々コロナの報道がなされているが、各国で医療現場の厳しさや惨状が伝えられ、私は映像でショックを受けている。また自粛によって私も毎年行ってきた研修などが中止になっているが、これによって生活が脅かされている人たちもいるだろうと思う。今私(私たち)は自分が意識できるよりもよほど大きなストレスにさらされていているのだと感じている。

2020年

3月

27日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで2

●私が「今ここ」の性質をよく表現しているなと感じるのは、第四図で牛と人との間の綱がピンと張りつめた緊張感に満ちた場面である。人は決して牛を離すまいと、必死で綱を引っ張っている。人が牛を御そうとしているわけだが、しかし見方を変えると逆に牛に引っ張られているとも見える。

 

●心牛は自分の足跡、そして姿を見せ、自分を追いかけさせ、そして自分を追いかけるものが逃げないように、そして方向を導くように綱を引っ張る。私自身の体験でも、「今ここ」の実在は知らない間に姿を現し、水圧を感じさせて逃げられないようにし、そこにどう対応していくかを覚えさせる。

 

●私はいつの間にか「今ここ」の実在の流れから起きてくる感じや気持ち、思いを大切にして生きることを覚える。そしてこのことこそが私を、他の誰でもない私にしていく。つまり今ここを大切に生きることで「私が私になる」のである。この視点からすると、私は自分の力で「私になる」のではない。

 

●一方それも人が決して牛を離すまいと決意し、綱を引っ張るからこそとも言える。私には行者の知人がいて、いつもその方が修行をするのを見聞きして、それが「私になる」のに必要なのであれば、とても私には無理だと感じていた。しかしこの図を見て、これは視点をどこに持つかの問題なのだと気づいた。

 

●つまり人の視点から見れば、あくまで「行」が重要であり、修行を続けることが牛を御していくために不可欠のものと捉えられる。そこには「自力」が必要とされる。しかし逆の視点から見ると、牛に引っ張られる、つまり「今ここ」の促しという「他力」によって私になっていく。

 

●そして私は聞きおよぶような修行は決してできないし、「今ここ」でしたいとも思わない。だから「今ここ」に導かれるまま生きていきたいと感じている。ただそのためにこそ、「今ここ」を見失わないようにし、それがどこに向かおうとしているのかを感じ取ることは忘れないようにしたいと思う。

2020年

3月

25日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで1

●これまで書いてきたように「今ここに起きてくる実在」の流れにこそ、私が生きるベースを求める上での鍵があると感じられている。ところで映画「シンドラーのリスト」でも感じたことだが、私には様々な文学や映画において「今ここ」が描かれている作品がたくさんあるように思う。

 

●もちろん「今ここ」は名前をつけられるものではないし、直接さし示すことはできない。しかし例えばシンドラーの生き様を通じてそれが表現されうる。逆にいえば「今ここ」とは何か特別なものではなく、この私たちの日常の世界に満ち溢れているものと言えるのかもしれない。

 

●最近『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照著)を読んだのだが、この「十牛図」がそうした「今ここ」の性質を上手く示してくれているように思う。「十牛図」とはとても古くからある禅の手引書で、求められている「真の自己」が自己実現の途上において牛の姿で表されているものと言われる。

 

●つまり自己が真の自己になる自覚的な経験が、野牛(真の自己=心牛と言われる)をつかまえて、飼い慣らしていく十の図に描かれている。この十の図はホームページなどで公開されている。例えば https://biz.trans-suite.jp/27101

(出典:Wikimedia Commons User:MichaelMaggs

 

●この十牛図はまず見失われた心牛を探し求める「尋牛」の図から始まる。「なくてはならぬ唯一のもの」を見失っていることに気づき、驚いて探し求め始めるが、どこに求むべきか、それは何かまだわからない状態である。自己でありながら自己を見失うという問題がここにはある。

 

●そして第二図は「見跡」、牛の足跡を見つける図だ。師や教えを聞いて真の自己についての見当がつく。しかしそれを頭でなく、身の上に実証していく必要がある。それが行である。そして行の中でその牛を我が身に実地にみる(第三図 見牛)。そして飼い慣らしていく(第四図 得牛)。

 

 

十牛図―自己の現象学 (ちくま学芸文庫)

十牛図―自己の現象学 (ちくま学芸文庫)

 

2020年

3月

23日

新型コロナウィルス危機と私2

●この一週間ほどの間に新型コロナウィルスがイタリア以外にも、イラン、スペイン、アメリカ、フランスなどに広まってきている。患者数の急増に伴って医療のキャパシティを超えてしまい、適切な治療を受けられない人も出てきていると報じられている。

 

●日本では一見感染者数が抑えられていて、事態はそれほど深刻でないように見える。実際、昨日NHKの番組を見ていて専門家集団が不眠不休でクラスターの把握につとめ、感染が爆発的に増えるのをコントロールしてくれている現状を知り、本当にありがたいと思った。

 

●しかし同時にその専門家の方が今、感染ルートがわからない感染者が徐々に増えつつあり、いつ爆発的感染が起きてもおかしくないギリギリの状況にあると警告をしている。そして一旦それが起きてしまうと、今世界各国で起こっているような医療崩壊が起こりかねない。

 

●また私がショックだったのはこのウィルスはもう封じ込めることはできないという専門家の見解である。例えばアメリカの研究機関は対策がある程度取られても少なくとも数百万人以上の人が罹患すると予測している。高齢者の致死率は10%を超えるから、いったい何人の人が亡くなることになるのだろうか。

 

●このようにクラスターの連鎖によっていつ爆発的感染が起きても不思議ではないこと、つまり日本は今時限爆弾を抱えているような現状にあることを、私は心から怖いと思う。自分に大きなストレスがかかっているのがわかる。これが起きてしまえば、日本でも数百万人の単位で感染することになるだろう。

 

●私の家族には高齢者、高血圧の者がいるが、今言われている致死率からすると全員生き残れる確率は75%しかない。またこうした疫病であるゆえに、病気になった途端隔離され見舞いもできず、死ぬときも一人で死ななければならない。イランで見られているように、家族を自分たちで埋葬できないかもしれない。

 

●こうした中で私に必要なのは、この事実から目を背け、恐怖に打ちひしがれることではないだろう。必要なのは心安らかに、今私ができることに集中することだ。具体的には感染速度を遅らせる時間稼ぎをするために、今専門家が勧告してくれていることが実行されるよう自分と他者に働きかけることである。

2020年

3月

19日

3年ぶりのTグループのメンバーとの出会い

 

●先日、3年前に南山大学人間関係研究センターの「Tグループ」という講座でご一緒したメンバーがオンラインで集まる場に参加した。私はスタッフという立場で参加していたにも関わらず、わざわざお声がけいただいたのも嬉しかったし、お一人お一人のお声を聞けたのも嬉しかった。

 

●話は多岐に及び、それぞれのこの3年の来し方を教えてもらったりしながら2時間あまりの時が過ぎていった。そして私はその会話の中で、気持ちや想いを正直に出して大丈夫な感じ、それを受け入れてもらえる安心感を感じていた。また何人かのメンバーもそれを表明された。

 

●これは恐らく3年前のグループで培ったベースがあるからだろう。思い起こしてみるとあの時、それぞれの方が今ここで起きる気持ちや想いを、感性を研ぎ澄まして感じ取り、言葉にして伝えあった感じが私にはある。そうした中で、それぞれが「今ここ」に「あるもの」の存在を感じとっていたように思える。

 

●これは私が感じることだが、2人以上の人が今ここに「あるもの」を感じそこに触れながら話をする時、とても大切な時であると感じる時がある。もちろん今ここでのやり取りは、体験からの学びによって互いの成長をもたらすのだが、そうした「何のために」を超えた厳かな充足感が生まれるのだ。

 

●これは決して言葉にはできない。ただこのグループではあるメンバーが最後に「他者なのか私なのか、過去なのか未来なのか」という独り言を言われた。この言葉だけではもちろん何も伝わらないが、その場にいて「今ここ」を感じている私には、それがその場に「あるもの」を指した言葉だと理解できた。

 

●それは私と他者の「あいだ」にあり、一人一人が「今ここ」に生き、関わった時に、その実在を感じ取れる。そして一緒に「今ここ」の実在に触れたこの体験は、その人を大きく変化させていくように思える。それは「何のために」を超えた、その人が本当にその人になっていく方向での変化だ。

 

●前述の3年前に「他者なのか私なのか、過去なのか未来なのか」という独り言を言われたメンバーから、その後、アートセラピーを学び実践していると聞いた。そしてこのアートとは人と人との「あいだ」にあるもので、それが3年前のグループで場を感じとったことに関係していることを教えてくれた。

 

●この場に参加して、私は何人かのメンバーが、私が感じていた「今ここ」の実在を共に感じてくれていたのだという確信を持てた。そしてこれからももし機会が与えられれば、一緒に「今ここ」に「あるもの」、その実在を共に感じられるような場を持てればと願っている。

2020年

3月

17日

新型コロナウィルス危機と私

●今新型コロナウィルスが世界で猛威を振るっている。ヨーロッパで感染者、死者ともに急増し、外出や移動の制限や国境封鎖、集会の禁止などの措置が取られている。まさに一ヶ月前には世界の誰もが想像できなかったような状況が起きている。

 

●中でもイタリアではあまりにも患者が急増したため、生き残る可能性の高い患者を優先して治療するトリアージが行われていると報じられている。余命が長いもの、治る確率の高いものに医療リソースを集中するのだ。そしてこのことはすなわち、余命の短い高齢者が見捨てられることを意味する。

 

●こうしたニュースに接すると、選択をしなければならない医療者はどんなに辛いだろうか、また見捨てられる患者の家族はどんな気持ちなのだろうと思ってしまう。そしてそこに住む人々、とりわけ高齢者や基礎疾患のある方はどんなに恐ろしいだろうと想像してしまう。

 

●また私が情報収集する限り、こうしたヨーロッパで起こっていることが、日本で起こらない保証は何もないように感じている。楽観的観測も伝えられているが、このウィルスが報じられている通りの性質を持つなら、いつかのタイミングで日本でも流行と呼べるものが起きざるを得ないように思う。

 

●こうした中、今私には色々な気持ち・感じ、反応が生じている。一つはこうした事実や知見を歪曲して軽視したい気持ちである。データを直視しないで根拠なく「大丈夫だ」と思いたくなる。多分これはあまりにストレスが高くなりすぎたため、脳が防御しようとするからだろうと思う。

 

●もう一つは、自分が揺さぶられる感じである。日頃しているラボラトリー、研修、勉強会などが全てキャンセルとなり、改めて自分が何者でもなく、何の役にも立たないように感じている部分がある。なんだかんだ言ってもそうした自己概念の部分で自分を保っていた私があるなと改めて感じている。

 

●さらには恐怖心やもどかしさである。私は80代後半の母と同居しているが、私自身が感染源にならないようにしたいと強く願っている。しかし当然そのリスクはゼロにできない。だからちょっと咳が出ただけで、大丈夫かと怖くなる。それなのに母が平気でリスクを冒すのを見て、もどかしく感じている。

 

●こうした中、いま改めて今年の初めに病の中で立てたねらいの言葉を思い出し、慰めを得ている。それは次のようなものだ。「見通しのつかない変化(来年があるかわからない)の中で、今ここを安らかに信頼することに力がある。そして今ここでできることに集中する」。

 

●こうした危機の中でも、私には「今ここ」の実在の流れが与えられている。そしてこれまでもそうだったように、私にはこの「今ここ」の流れに従い、委ねること以外に、生きるベースはない。このベースに立ち返って初めて、私は心安らかに、いま起きている現実に対処できると感じている。

2020年

3月

14日

『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)2

●もちろんこの本はユートピアではない。ハクスリーは世界統制官にこの社会が幸福と安定性を保つ代償として、芸術、科学、宗教、自由などをすべて犠牲にしていることを告白させている。そして私にはこの社会は、私が生きるベースとしている「今ここの実在の流れ」を覆い隠しているように見える。

 

●この社会は変化を極度に恐れ、「今ここ」に現実に「あるもの」を見ようとしない。ここの住民は一人で月を、海を眺めることをよくないことと考える。そこで生まれてくる「今ここ」の気持ちや感じを恐れているのだ。また人と関わる時も快いことが大切とされ、「今ここ」の気持ちや感じを大切にはしない。

 

●「今ここ」を大切にすると、関わりの中で自分と他者はそのあり方を変えられてしまう。そして最終的には社会の変化をもたらす生成を生み出す。だからこの安定と幸福を何より大切にする社会は、徹底して「今ここ」という実在が存在することを覆い隠し、人々がそこに生きることを妨げようとする。

 

●この社会において、人は生き死ぬベースとして条件付けとソーマ、快感などの感覚に頼っている。しかしそれは「今ここ」という実在を見ないようにする生き方である。だから、ふとした時に垣間見えてしまう現実にある恐れや不安、想いをなくすことはできない。それは私にとっては生きるベースにはならない。

 

●この物語は私に、極度の安定と幸福に拘泥することは、現実を見ないようにすることにつながり、「今ここ」の実在を覆い隠し、結局は人も社会も無意識的なより深い恐れや不安に取り憑かれてしまうことを教えてくれる。そしてそうした社会を保つためには、最終的には強制的圧力が必要となる。

 

●これからの時代、薬物による「生化学的な幸福」が社会に広がっていくことは避けられない流れかもしれない。私もそうした流れに逆らうことはできないだろう。しかし私はそれが私の生きるベースである「今ここ」の実在を覆い隠す働きを持つことを忘れないでいたい。

2020年

3月

12日

『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)1

●以前から『すばらしい新世界』を読みたいと思っていた。それは『ホモ・デウス』などを書いたユヴァル・ノア・ハラリが、未来社会を考えるヒントになる本として紹介していたからである。そして実際に読んでみて、私はこの本には「今ここ」とは何かについての大切なポイントが書かれていると感じている。

 

●ハラリは「幸福への鍵を見つけること」が21世紀に人類が取り組むプロジェクトの1つであるとし、薬物による「生化学的な幸福」がこれからの社会で広がっていく可能性があると考えている。そしてこの『すばらしい新世界』はまさにそうした社会が描かれている。

 

●ハクスリーは西暦2540年、いくつかの悲惨な戦争(自由主義的価値観がもたらした)の後に生まれた、安定と秩序・幸福を最大の価値としている社会を描いた。この時代、人間は壜を使って「生産」されていて、壜の中にいる時から成長過程すべてにおいて、社会に適応するように操作・教育されていく。

 

●人間は統治する人、働く人など階級に分けて生産され、その階級で幸福を感じるように徹底的に条件付けされる。またいつも皆と一緒にいること、楽しく気晴らしをすること、フリーセックスなど感覚的な快感を良いこととし、一人でいて感じ考えること、異性を自分だけのものと思うこと等を「悪徳」とする。

 

●それでも落ち込み、嫌な気分になる時は、副作用のない「ソーマ」を数グラム飲むだけで「幸福」な気分になる。衛生管理は完璧で老いも克服され、60歳でポックリと死ぬまで皆、若々しさが保たれている。死も恐れる必要のないものとして条件付けされる。この社会を統括する世界統制官は言う。

 

●「今の社会は安定している。みんなは幸福だ。欲しいものは手に入る。手に入らないものは欲しがらない。みんなは豊かだ。安全だ。病気にもならない。死を怖がらない。激しい感情も知らなければ老いも知らない。強い感情の対象となる妻も、子供も、恋人もいない。しっかり条件付けされているから望ましい行動以外は事実上取れない。何か問題が起きた時はソーマがある。」

 

 

 

 

2020年

3月

10日

シンドラーのリスト

  • 空き時間を利用して録画してあったスピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』を見た。シンドラーはナチスドイツの虐殺からユダヤ人を救った人として有名だが、映画では戦争を利用して成り上がる野心家として描かれている。これは以前にも見たことがあったが、今ふと見返してみたくなったのだ。

 

  • この映画に私が惹かれるのは、主人公シンドラーと彼に与えられる「今ここ」との関係が非常に繊細かつ明確に描かれているからだと思う。シンドラーは賄賂を使いナチスの許可を得て、軍需物資を作る工場の経営者として成功する。その際ユダヤ人の足元を見て資金を出させ、賃金の安いユダヤ人を雇い入れる。

 

  • また女性関係も派手で、社長室で昼間からしたいようにしている。そして最終的には大きなトランクいっぱいの宝を持って帰ることを夢見ている。彼は決して人を助けることを使命として感じるようないわゆる善人ではなく、むしろ道徳的には悪人と言っていいような人だ。

 

  • しかしナチスのユダヤ人迫害がエスカレートする中で、工場の従業員が殺され、また共に工場を立ち上げてきた番頭格のユダヤ人が収容所に送られようとする。その中で徐々に彼の中に「今ここ」が育ち始める。最初は、「工場のため」と言って、リスクを冒して番頭を救い出す。

 

  • その後ゲットーでのユダヤ人の虐殺を目撃したりして、彼の「今ここ」は大きく育ち始める。シンドラーはユダヤ人を救う行為を行うようになるが、そこにおいてもこの行為は彼には善行とは捉えられていない。彼はただそうせざるを得ない、他に仕様が無いものなのだ。

 

  • そして最終的にシンドラーは軍需工場という立場を利用してナチスを騙し、自らの破滅というリスクを冒して、何千人ものユダヤ人を虐殺から救う。その人々からの深い感謝を受けながら、しかし彼は「もっと救えたのに」と泣き叫ぶのだ。

 

  • 私はこのシンドラーに「今ここ」に変えられていく一人の人の姿を感じる。その人がどんな人かは関係なく、今ここはある時与えられる。初めはそれを意識できず、うまく関われない。しかし徐々にその力は大きくなり、その促しによってそうせざるを得なくなる。

 

  • そして最終的にはシンドラーの意志でそのことは行われる。今こことシンドラーの意志はここで完全に一致する。ただ本人にとってそのことは何ら誇るべきものを持たない。なぜならただ与えられたものに従っただけだからだ。そしてそれが多くの人を生かすことにつながるのだ。

     

    シンドラーのリスト(字幕版)

    シンドラーのリスト(字幕版)

    • 発売日: 2013/11/26
    • メディア: Prime Video
     

     

2020年

3月

06日

病の生み出す新しい私

●今新型肺炎への対処で、いろいろな勉強会やTグループが中止になり、ぽっかりと時間が空いている。そして今後残された時間をどのように過ごしていきたいのかを改めて探っている。こうしたことを考える上で、この3ヶ月くらいの病の経験から生み出された新たな私を理解することが大事だと感じている。

 

●これまで私はラボラトリーでは自分の身体に負担をかけることを厭わないことが大事と思っていた。例えば良いものを作るために夜遅くなることを受け入れてきた。しかし直近のラボラトリーではこうした思いを捨て、自分の体を大切にラブに臨み、それでも参加者は豊かな時間や学びを得たように感じる。

 

●また病を経た私は関わり方においても変化しているように感じる。ラボラトリーの勉強会に行くかどうかでも、これまでは他者の期待や評価を少し意識して、無理しても参加していた時があった。しかし今は、家族に新型肺炎をうつさないため行かない、と今ここで大事にしたいことを躊躇なく選択している。

 

●またある人からラボラトリーのことについてのメールが来た。これまでの私だったら「返事をしないのは失礼だ」と考えて何らかの応答をしたと思う。しかしその方のメールの言葉は私の中にブラックホールにように吸い込まれ、応答すべき言葉が一切湧いてこない。それで返事をしないという選択をしている。

 

●おそらく私は病を経て、なりふり構わなくなっているのだろう。本当に今ここから出てきているもの以外は捨て去るしかなくなっている。自分の身体に余裕がないので、真の今ここ以外の雑味の部分(他者や自分の評価、社会的な礼儀・・)を捨て去るしかない。これは病が生み出してくれている新しい自分だと思う。

2020年

3月

04日

新型コロナウィルスと今ここ

●新型コロナウィルスが日本において流行しはじめている。昨日は家の近くのビルでも患者が発生し、私にとっても他人事ではなくなっている。特に私は高リスク(致死率が20%をこえるといわれる)の80代後半の母親と同居しているので、万一にも私からうつさないように気をつけている。

 

●ところが昨日、母は地下鉄に乗って梅田まででて、日常通っている囲碁教室に行ってしまった。閉鎖空間の危険性をあれほど伝えたにもかかわらず、である。私は少しがっかりしたが、ふともしかすると今私たちには「正常化バイアス」が生じているのではないかと気づいた。

 

●災害時に脳は3つの段階を経ると言われている。第一段階は否認である。9.11テロが発生した時も、ビルにいた人たちは避難を先延ばしし、非常に鈍い行動をとったことが知られている。そこには現実に対する奇妙な無関心があり、いのちを守る行動ができなくなってしまったのだ。

 

●こうした事が起こる理由として「正常性バイアス」がある。何か起こるたびに反応していると精神的に疲れてしまうので、人間にはそのようなストレスを回避するために自然と脳が働き、心の平安を守る作用備わっている。これによって非常事態であるにもかかわらずその認識が妨げられてしまう。

 

●日々新型コロナウィルスがじわじわと広がっていること、しかも高齢者にとって危険であることが報道されている。こうした中で母が過度のストレスを避けるために、正常化バイアスという防御をしても不思議ではない。実際彼女は、高齢の囲碁友だちが、皆元気でぴんぴんしていたことをとても喜んでいた。

 

●こうした正常化バイアスは今、母一人ではなく多くの人に起こっているように感じられる。しかしこれが行き過ぎ、日常と同じ行動を皆がとると、感染リスクを増やし、新型コロナウィルスを早期に押え込む可能性をなくしてしまう。だから今こそ自分がそうした心理状態に陥っていることに気づき、対処する必要がある。

 

●災害心理学によると緊急時は感情(扁桃体)が理性に勝り、現実に起こっていることを受け容れられなくなることがある。つまり恐怖心が強くなりすぎて行動につながらなくなる。これが正常化バイアスにつながる。こうした時に一番有効なのが「今ここ」の呼吸を意識し、深くゆっくりと息を吸うことだ。

 

●呼吸は体神経と自律神経を橋渡しするので、感情を統制できるようになると言われている。その上で、もしかかってしまったら、とかこうしなければよかったとか、未来や過去に煩わされないことだ。つまりありのままを見て、起きていることを否認せず、今できることに集中することである。

2020年

3月

02日

今こことしての私

昔銀行員であることを辞めた時、名刺を渡せないことをショックに感じたことがある。私はその時、「・・銀行の博野」ということに価値を感じ、それが「私」であると信じていたのだと思う。私は自分が所属している組織、過去の経験、行動を認識し、「私」を銀行員、○○大学卒・・・などととらえていたのである。

 

つまり私を何かを持っている私、つまり「何者か」ととらえていた。しかし前述の「水圧を感じる体験」が、自分にも他の人にも日常的に生じているごく普通の体験であることがわかってきてから、その「私」のとらえ方はかわっていったように思う。自己の捉え方が変えられたのである。

 

この「水圧」の具体的な形としての気持ち、想い、体の感じは、私の意志とはかかわりのないところで今ここに生まれてくる。またある状況を打開するのに必要な「水圧」はいつも私に与えられるわけではない。それは他の誰かに与えられることもある。またいつ生じるか予測もつかないし、望む時に与えられるわけでもない。

 

こうした体験においては、自分のことを例えば「管理職」とか「研修のスタッフ」という風に、私がもっているものでとらえることは、ほとんど意味がない。むしろそれは自意識過剰をもたらし、例えば自分がグループをなんとかせねばといった間違った方向に私たちを導きかねない。

 

こうした自己概念は「今ここ」で「水圧」を感じ、従うことを阻害しかねない。こうして私は、何かを持っている私、「何者か」であることが自分であるとは考えないようになった。これは自己についての物語にすぎず、私そのものではない。それでは私とは一体何なのか。

 

考えてみると今ここの実在の流れ、具体的には、何かの気持ち、想い、体の感じは、私の意志を超え、私に与えられる。そしてその「水圧」が私や私たちを導き、関係やグループを成長させる。つまりそれを大切にすることが、自分も他者も大切にすることになる。

 

そうであるなら、その時々に「今ここ」で生まれてくるもの、例えば感じや気持ち、想いこそ、私ではないだろうか。つまり私とは、私についての物語や自己概念ではない。むしろそれを変容させる力を持つ「今ここ」こそ、真に実在するありのままの私だと捉えることができるだろう。

 

しかしこうした私は、自らの意志では生み出すことはできない。私とは「今ここ」の流れの中で刻一刻と与えられている存在であり、自分を超えたものによって生み出されている。私はこのように「自己」を徹底した受動性の中で理解するようになっている。

 

2020年

2月

28日

ラボラトリートレーニングと今ここ

こうした「今ここの実在の流れ」について私は、ラボラトリートレーニングからより深く学んだように思う。前述の銀行員時代に、私は今ここで与えられる「水圧」のようなものを感じ、電話相談のボランティアをしていたことがあるが、その時ラボラトリートレーニングに出会った。

 

しかしラボラトリートレーニングの体験を重ねるうちに、こうした「水圧を感じる体験」は決して私一人にあるものではなく、多くの人が感じている比較的ありふれたものであることがわかってきた。むしろそれはあまりにも当たり前の何気ないものなので、あまり注目されないことの方が多い。

 

例えばグループの中で、いまここでグループの誰かが「ふと感じて言いたくなったこと」を伝えてくれ、グループが思わぬ形で展開することがその典型である。本人はその「今ここの実在の流れ」による水圧を意識化していないが、実際にはその「水圧」に従うことで関係性やグループが大きく進展している。

 

ラボラトリートレーニングでは、人為的に権限関係や社会的ルールなどが全くない状態、つまり社会的真空状態を作り出す。そのため参加者はこれまでに培ってきたかかわり方のパターンでは対処することができないことが多い。つまり自己や世界の物語を再検討せざるを得ない状態に置かれる。

 

そこでフルに自分の中を探り、新たなかかわり方、反応の仕方を探ることが起きる。その中で、自分が「いまここ」で伝えたい、かかわりたいことへの感受性が高まっていく。ある時、私は「今ここの実在の流れ」の力を確かめるために、ラボラトリーの中で一つの実験を意識的に行った。

 

それはグループの中でそれぞれのメンバーについて「今ここ」で感じていることを、フォーカシングの方法を使って言葉にし、そして「水圧」を感じたら、つまり伝えたい気持ちが生まれたら、それを率直に相手に伝えるというものであった。そしてそれは驚くべき効果を上げ、グループを進展させたのである。

2020年

2月

24日

私一人の道を歩む

このようにいま私は生きるベースを求める上で、私や世界についての物語を変容させる「今ここに起きてくる実在」の流れが大切であると感じている。つまり今ここの流れこそが私の生きるベースになりうるのではないかという仮説を持っている。

 

考えてみると私は「今ここに起きてくる実在」の流れによって導かれてきたように思う。初めてそれに気づいたのは、最初についた仕事を辞めた時のことである。20代の頃私は銀行員をしていて、安定した収入を得ているエリートサラリーマンとしての自己概念を持っていた。

 

また当時銀行が経済の血液の役割を果たしていると思っていて、仕事自体には必ずしも違和感を持っていなかった。ただふとした時、私の中からこうした生き方をしていていいのだろうかという想いが湧くことがあり、それは時間が経つに連れ、ますます強いものになっていった。

 

それは水圧のようで常に私に何かを迫ってくる。しかしこうした体験は、簡単に人に言えるものでもないので、自分一人の胸に納めておいた。それで私はその「水圧を感じる体験」が、私一人に起こる異常なものなのではないか、さらにそれは何か危険性を秘めているのではないかと疑いを持っていた。

 

このように私は当時、そうした「今ここの実在の流れ」に対処する方法を知らなかった。だから私はこれまで私が作ってきた安定した世界を守ろうと、「今ここ」と葛藤を繰り広げ、心理的に疲れ果ててしまい、自分を傷つけたい気持ちが起こることもあった。

 

こうした中、父がガンにかかり、それをきっかけに私は銀行員を辞めることになった。これによってこれまで築いてきた私の自己の物語は崩れていくことになった。例えば偏差値教育の影響もあって、私には銀行員として生きることが社会的地位もあり、たくさんの人が通る広々とした道に見えていた。

 

だから銀行を辞めた時、優秀な友人たちがいる世界から一人落ちこぼれた感じを受けた。また銀行の時は病であっても出勤することが当たり前だったので、無職になって平日の昼間に家にいることに長い間罪悪感を感じた。与えられたものをこなすことが身についていて、誰からも課題や仕事を与えられない状況に慣れることができなかった。

 

しかしその中で私は徐々に私一人の道を歩みだした。フリーで仕事をし始めてしばらくすると、平日昼間に家にいることに対して罪悪感をひとかけらも覚えることもなくなった。課題や仕事を作るために企画し、自分から動くことの面白さも覚えた。

 

昔の自分を思い出す時、いかに自分がその当時作っていた自己についての物語に縛られていたかに気づかされる。今から考えればその罪悪感やエリート意識は、私がその当時属していた集団のもつ物語に同化し、そこから生まれていたものだったのだとわかる。

 

そして気づくと、「今ここ」と葛藤を繰り広げ、心理的に疲れ果ててしまっていた自分はどこにもなかった。そして銀行をやめるという選択に対し、身体はスッキリした感じ、間違っていない感じを持ち続けていた。私は私という物語を守ろうとして「今ここ」と葛藤することをやめ、それに従い私一人の道を歩むことを学んだのである。

2020年

2月

13日

 今ここと自己という物語の変容

さて私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、「私が生きる知」を探求する上で、今ここにある実在に裏打ちされた言葉で語られた物語かどうかを見分けることが大切であることを考えてきた。私は実在のない恣意的な言葉で語られる物語に注意する必要がある。

 

ところでもう一つ注意が必要と思えるのが、こうした実在に裏打ちされた言葉で語られる物語は常に変化しうるということだ。新たな経験によって常に新たなフェルトセンスが今ここに生起し、その象徴化によって自己の物語、そして世界の物語は塗り替えられていく。このことは何を意味するだろうか。

 

一つはこの世界の中で私が「何のために」、「何を大切に」「どのように」生きるかのベースを求める過程には終わりというものがないということだ。新たな経験によって自己や世界の物語は変化するから、生きるベースもまた変化する。この物語には完成形はなく、常に経験に開かれている。

 

もし世界や自己についての物語が閉じられたもの、変化しないもの、つまりは究極のものと主張されたなら、その世界は非常に危険だということだ。私をその世界に閉じ込め、エージェント状態に貶める可能性を持つ。そしてその物語は今ここの実在に裏打ちされていないだろう。

 

逆に言えば常に変化することだけが変わらない。世界や自己の物語は、新たな経験の中で今ここで新たに起きてくる実在によって常に塗り替え続けられる。だから私には物語の中味と同様、「今ここに新たに起きてくる実在」の流れこそ生きるベースを求める上で鍵になると感じられている。

2020年

2月

08日

物語と「今ここ」

これまで書いてきたように物語は可塑的であり、悪意のある共同体によって悪用される危険を持つ。『ホモデウス』の中でハラリが述べたように、自己も含めた世界は全てフィクション(虚構)の物語であると捉える人もいる。それではこうした物語は全て捨て去るべきものなのだろうか。

 

本当に世界や自己という物語が全て、虚構に過ぎないのであれば、生には何の意味も、価値もなくなるだろう。歴史は編纂できず、どこに向けて歩みを進めることもできなくなる。私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」を学び問うのも絶望的となる。

 

ところで先日私は、生きるための知を理解するために「身体の知」ということが大切になることを書いた。つまり私には一つの経験の中で今ここに起きてくるフェルトセンスを身体の知を使って自己概念に取り入れるということが可能である。このことは何を意味するのであろうか。

 

それは物語には二種類あるということを示しているように思われる。経験の中で生まれるフェルトセンスは実際に今ここに存在している。私はその実在を感じることができる。言葉やイメージ(象徴)として象徴化する際も、その実在に触れて、「それは違う」、「そうそう」と区分けすることができる。

 

そしてその象徴化作用の中でその経験は受容され、自己概念は変容していく。これはつまり自己の物語が変容していくということだ。ところでここにおける自己の物語は、常に今ここに存在する実在に裏打ちされている。つまり誰かの恣意によっては語ることのできない言葉であり、物語なのだ。

 

一方私が起きる経験(フェルトセンス)を拒否し、今までの自己概念にしがみつく時、その私についての物語には何の土台もない。そこにあるのは実在に裏打ちされない空虚な言葉であり、物語である。それは悪意のある人によって恣意的に作られうる。そこに取り込まれると他者からマインドコントロールされる自己になってしまう。

 

世界についても同じだ。もしそれが空虚な言葉で語られるなら、それは全く虚構であり、ただの言葉に過ぎない。しかしもし私の中で今ここにあるという実在に裏打ちされた言葉で語られる物語であるのなら、それは虚構ではない。私にとってこの2つの違いを見分けることは、生きる上でとても大切なこととなる。

 

 

 

2020年

2月

02日

服従の心理

前述のように共同体の持つ世界や物語は可塑的である。それは絶対でもないし、過ちを含み、変化していくものでもある。一見こうした世界は物理的な現実に見えるが、それは暴力や罰、配分、規範などによって物語を補完して実体のあるものに見せているだけで、実際には物理的な現実ではない。

 

しかし一度ある物語が共同体に共有されたら、それは成員間の協力や社会の秩序を維持するためにとても役立つものとなる。そのため共同体は権威と強制力を使って物語を成員に教え込み、その物語を信じない人、規範に従わない人には罰をあたえる。

 

そして私はこの共同体で生きていく必要があるから、脅迫的に世界に適応しようとする。ミルグリムが行なった通称「アイヒマン実験」では、多くの人たちは、権威を持つとされる実験者の命令に従い、罪のない人に電撃を与えた。そして強い電撃を与えた人ほど自分の行為を正当化した。

 

『服従の心理』の中で彼は、これを「エージェント状態」と呼んでいる。私たちは世界に適応するため、上位者(実験者)に、「何のために」「何を大切に」を考えることを委ねてしまう。そしてそこで行った自分の行為が人として許せないものであるほど、世界とその物語を正当化しようとする心理が働く。

 

悪名高いナチスのアイヒマンはこの状態になって何百万ものユダヤ人虐殺を行ったと言われる。私が求めている物語は、こうした出来合いの物語を受け入れることで得られるものではない。それは「何のために」、「何を大切に」生きるかを人任せにせず、自分で感じ、考える中でしか得られない。

 

服従の心理 (河出文庫)

服従の心理 (河出文庫)

 

 

2020年

1月

30日

私と世界についての物語

私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、「私が生きる知」は、私がこの世界とその中での私(またはその関わりの歴史的流れ)をどのように捉えるかに関わっている。だからこの「知」は、世界と私について、私がどのように「物語るか」と関わっていると言えるだろう。

 

それではどのような物語によって、私は他ならぬこの私がそのために生き、死んで良いと感じるようなベースを得られるだろうか。それはまず自分の生きる意味や存在意義を確かにしてくれる物語であるだろう。それは世界や他者に自分が貢献できる物語でもあるだろう。

 

しかしこうした物語には危険もある。それは共同体が与えてくれる物語を鵜呑みにしてしまう過ちに陥る可能性が出てくることだ。例えば私がナチス時代のドイツに生まれ、その世界観、ゲルマン民族だけが至上でありそのための世界建設のために戦う必要がある、を教えられ身につけたとする。

 

その私がナチス党員になり親衛隊に入れたとしたら、私は誇りに感じ、生きる意味や存在意義を見出しただろう。そして恐らくユダヤ人を迫害することを必要なことと感じ、命じられれば実行したかもしれない。しかし今この場で生きる私にとってはもちろんそうではない。

 

このように時代や場所を少し離れて眺めると、共同体の物語はあまりにも多様だ。ナチスの描く世界、キリスト教の描く世界、侍の世界、現代日本の国が描く世界・・。それぞれの世界はあまりにも違う。そしてそれは時に偏狭であり、外部の人に残虐でもある。私の求める物語はこうしたものではない。

2020年

1月

24日

身体の知恵

前回、これから私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」を学び問うためには、私が「私を生きる専門家」として、現実状況に向き合い、それを「省察」すること、つまり体験から学んで行くことが必要であると書いた。

 

ところでここで学び問う「知」は、もちろん大学入試で測られるような知ではないだろう。また科学的知見や技術的方法についての知でもない。それはこの私が本当にこれでいいのだと心から腑に落ちるように生き、そして死ぬことを可能にしてくれる「私についての知」である。

 

こうした知についてより理解を深めるには、フォーカシングを創始し『体験過程と意味の創造』という本を書いたジェンドリンの考え方が役立つように思う。彼は哲学者として自分のテーマを追求する過程で、心理学者のカール・ロジャースに弟子入りし、共同研究をすすめた。

 

ロジャースは、自分についての見方、捉え方である自己概念と経験の関係を追求した。そして、自己概念とあわない経験を排除してしまうのではなく、新しい経験を受け入れ、新しい自己を発見していく中で、自己概念と経験の一致が起こり、自己成長が促されると考えた。これが「経験の受容」の考え方である。

 

ところでジェンドリンによると、物事や問題・人に対し「どう感じる?」と問われた時、何かが感じられていてもそれが何だかわからない、よくわからないけど、もやもやしている、胸が重苦しいなどの「感じ」が起きることがあるという。はっきりしたイメージ、言葉、感情になる前の未分化な「感じ」である。

 

これをジェンドリンは「フェルトセンス」と呼んだ。これを無視してしまうと、経験の受容による自己成長は起こらない。ジェンドリンはこの未分化の「感じ」に注意を向け、それが言葉やイメージになっていく(象徴化される)ように丁寧につきあうことで、経験の受容が促進されると考えた。

 

具体的にはこのフェルトセンスは、(例えばある人とのかかわりにもやもやした違和感がある)現状の自分を示すとともに、自分がよりよくあるための変化の契機を含んでいる。(何がこんなにもやもやするの?何が必要なの?)そしてこれが象徴化され受容されることで、その変化が実現していく。

 

そしてこうして体験が言葉やイメージ(象徴)になっていくことで自己概念の中に取り入れられるプロセスが「気づき」である。これはまさに「私についての知」が生まれる瞬間と言える。このように彼は、私たちが受容を求められる経験について、頭でとらえるより前に身体は知っていると考える。

 

ところでフェルトセンスに丁寧に焦点を当て、経験が受容されると、身体的特徴として、必ず身体に何かがほぐれた、気持ちのいい感じが伴うとする。それは「そうそう!」「そうそれ!」と感じられるものであり、まさに「腑に落ちる」感じを伴うものなのだ。

 

このように私は、「私を生きる体験」から起きるフェルトセンスを大切にし、「腑に落ちる感じ」を頼りにすることで、これから私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」を学び問うことができる。これは頭だけではない、身体の知によって可能になるのだ。

 

 

2020年

1月

23日

体験から学ぶ「私を生きる知恵」

前に書いたように今の私には、これから何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」が必要になってきている。しかしこうした知は多分客観的、科学的な方法では得られないだろう。それは人間一般ではなく、この「私」が生きるための知だからだ。

 

それでは私はどのようにしてこうした「知」を学び問うことができるのだろうか。それにはまずドナルド・ショーンが『専門家の知恵』という本の中で述べた知恵を獲得する方法が参考になると思う。彼は科学的知識を技術に転用し、現実の問題を解決していく方法論を技術的合理性モデルと呼んだ。

 

この方法は医学や工学という分野で大成功をおさめた。その結果、科学に基づく技術を政治や社会といった分野にも使用することで問題解決が可能であるという考えが広まっていったとする。しかしこのモデルは、社会的な目標を達成し、問題を解決することはできなかった。

 

この現実の世界には、複雑性、不確実性、不安定さ、独自性、価値葛藤という現象がある。その現実の実践の中で、技術的合理性モデルには限界があったからである。そして「私」がこの現実の世界を生きる際にも、同じような現象に直面する。私は科学的・技術的方法では生きることはできない。

 

こうした中、ショーンは、実際に不確実な状況の中で有効に働いている様々な「専門家」を分析し、彼らが無意識ながらも実践のなかで、状況に対応するための「知」を生み出していることに着目した。その「知」の探求のプロセスが「行為の中の省察」である。

 

例えば技術的合理性のモデルでは、「なんのために」が問われることはない。与えられた目的のために「どのように」技術を適用するかだけが問われる。しかし社会にかかわる現実状況には価値葛藤が存在し、まず実践者は「専門家」として今の状況を分析し、それに枠組みを与える必要がでてくる。

 

つまり実践を行う人は、すでにある科学や技術などの一般的知識を活用しつつ、その上で行為の中で生じる体験を省察し、自分の向かいあう状況の中で「何のために」「何を大事に」「どのように」行為すればいいのかついて新たなフレームワーク、「知」を構成しながら実践していく。

 

もし私が「私を生きる知」を得たいなら、「私を生きる専門家」になる必要がある。つまりこの私を生きるという現実状況の中で、「省察」によって「何のために」「何を大事に」していくかのフレームワークを作り、その枠組みの中で、さらに「省察」することで「どのように」生きればいいのかを見いだしていく必要がある。

 

こうした観点から、私にとって真に意味のある生きるためのベースは、次のような方法論で生み出していけると考えられる。まず現実状況の中で私自身の生きてきた体験を「内省」することである。つまり体験をふりかえる中から「私が生きるための知」を見出すことである。

 

また先人たちが築き上げた哲学や思想、理論といった一般的知識や先人たちが自身の体験から抽出した「その人が生きた知」も役立つと考えられる。こうしたすでにある「知」と私自身の体験をつきあわせることで、「何のために」「何を大事に」生きればいいのかのフレームワークはよりブラッシュアップされるだろう。

 

 

2020年

1月

17日

生きていくためのベースについて

60歳を目前にして、今改めて自分が生きていくための指針・ベースについて学び問いたい気持ちが強くなっている。年齢的にも、身体的にも、死を意識せざるを得ない状況の中で、これから私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベースを再確認したい気持ちが生まれているのだ。

 

このように私が再確認したい指針・ベースには、次のものが含まれている。

 ・何のために生きるのか(生きる使命・生きる意味・死の意味)

 ・生きる上で大切なものとは何なのか(価値観、行動指針)

 ・どのように生きるのか(生き方)

 

つまり私の求めているベースとは単なる生きる意味、価値観、生き方ではない。それらが密接に組み合わされた総体、つまり自分自身にこうしたベースを生きることが大切であることを確信させ、その大切にしていることを実現するために、いかに現実状況の中で生きていくかについて導いてくれるものである。

 

それは「人間どう生きるべきか」といった問いに答えを与えてくれる客観的な真理や科学的知識を得たいということではない。これは人間一般の話ではなく、この「私」が生きるための指針なのだ。かつてキルケゴールが「私がそのために生き、かつ死んで悔いないような実存的真理」と呼んだものに近いと思う。

 

このベースは、別の観点からすると「私自身が生きるための知の体系」と呼べる側面もあるかもしれない。それはまさに私がこの世界を生きていく時に様々な選択の指針となり、私を導いてくれるものである。それがあるがゆえにこの世という大海原を安心して渡っていけるようなものなのだ。

 

ところで人間は皆、自然に生まれ、生き、死んでいくのだから、こうした「私が生きるための知」がなくても困らないのではないか。いや、私は生きる上で大変な困難に直面すると思う。それはティリッヒが指摘したように、この世界には「生きる勇気」を奪う不安や脅かしがあるからだ。

 

例えば最近私はある慢性病にかかっていることがわかり、その検査の過程で万が一のこと、つまり死の存在に直面せざるを得なかった。「私を生きるための知」がなければ、自分が死によって無に帰するという恐怖とそれに伴う不安に対処することは難しいように感じる。

 

考えてみると病気でなくても死はいつ襲ってくるかわからない。死への恐怖やそれに伴う不安は、日常の中では巧みに「見ない」ようにできる。しかし決してなくなることはなく、時限爆弾のように人生に現れてくる。「私を生きるための知」というベースなしに、絶望や虚無に陥ることなく生きていくのは難しい。

 

また人生の中で、例えば一人で寂しく老いて死んでいくような運命が待ち受けているかもしれないという不安は拭えない。こうした不安は無力感を生む。突き詰めて考えた時、この世界には本当に意味があるのかという問いも生じてくる。これに答えられないと空虚さが人生を満たしてしまう。

 

さらにこの世界で自分が悪しきものと感じられることもある。それは罪責という形で私を脅かす。だから私はこうした不安や脅かしの中であってもなお、絶望や無力感、虚無に陥らず、自暴自棄にもならないで人生を送るための、生きる勇気を与えてくれるベースが必要と感じている。

2020年

1月

15日

自分について解釈することと今ここをいきること

昨日の夜中に目が覚めて、自分の来し方をふと考える時間があった。いろいろなことを思い出しながら、自分って真面目すぎてつまらないなと感じたり、自分の過去の人との関わり方が本当に良かったのかと考えさせられた。そしてやるせないような気持ちが生まれ、自分に否定的な感じが生まれてきた。

 

こうした「自分って真面目すぎてつまらない」「自分の関わり方は誤っているのでは」などという解釈や評価は常に過去の自分に向けられる。そして私自身が何か失敗者として決定づけられたように私自身に思わせる。例えば「真面目すぎてつまらない人」という風に私を何かの枠(檻)に閉じ込めてしまおうとする。

 

しかし今朝起きてふとした瞬間、「それでも私には今ここが与えられている」という感じが起きてきた。そしてそのことが、私に希望の光として差し込んできた。それはこのような事だ。つまり過去のある関わりを今振り返った時、「自分の関わり方は誤っていたのでは」と感じることは確かにあった。

 

しかし私はそれを機械的に繰り返す存在ではない。同じような状況が起きた時、私は新たに与えられる「今ここ」の気持ちや想い、感じを頼りにして新たにその人や状況と関わることができる。だから私は「関わり方の下手な人」ということに未来永劫決定づけられることはないのだということだ。

 

しかも「自分の関わり方は誤っていたのでは」と感じた過去の出来事においても、私は「今ここ」の気持ちや想い、感じをできるだけ大切にして関わってきた。その時は、そこには他の選択肢はなかったのだ。だからこんな風に自分を否定的に感じ、評価する必要はどこにもない。

 

今感じているのは、まず第一に自分が自分を解釈、評価する、その仕方は時に恣意的であり、不完全なものだということだ。しかし、生きている中で自分を解釈、評価することは避けられない。ただその時でも、私はそれによってどんな枠にも閉じ込められはしない、人生の失敗者などと決定づけられはしないことを忘れないでいたい。

 

 

今ここを生きるということは、こうした過去の解釈や評価によって自分を自分で作った檻の中に閉じ込めないことだ。今ここはまさに新しい時として与えられる。この今の私は新たな「今ここ」に応答して、新たな私として生きることができる。

2020年

1月

11日

今ここに生きることと平安について

昨日、消化器内科の受診があった。やはり膵臓の嚢胞病変であり、大きいもので15ミリくらいあるとのことだった。癌マーカーの検査をし、またCTを取ることが決まったが、医者の話ではガンは疑っておらず、嚢胞を一年に一度くらい経過観察するような感じで説明された。

 

前回検査の結果を自分で調べた結果、膵臓の嚢胞病変があるとわかってから、私なりに色々と覚悟をしてきた。来年があるかどうかわからない中で、どんな時が与えられても平安でいることをねらいにもした。

 

しかし昨日病院から帰ってから、いろいろな言葉にはつくせない気持ちや感じた、想いが奔流のように湧いてきて、平静でいることが難しい状況が生まれた。また妻に少し当たってしまった感じにもなった。

 

まず思ったのは、もし医者から癌が疑われ、来年が迎えられるかどうか疑わしいのであれば、こうしたものは湧いてこなかっただろうということだ。これは「ガンは疑っていない。年に一度経過観察をする」という言葉、つまり来年がある可能性が高いという認識から生まれてきたものだ。

 

それはただ良かったという安心ではない。うまく言い表せないが、この身体の奥深くから湧いてくる、生きたいという根源的な欲求のようなものであり、生も死も今ここで同じに受け入れる万物斉同の考えに対し、それは嫌だと叫び声を上げているような感じだった。

 

その感じは他の人の下の世話をしている時のような生々しさ、ドロドロしたものを含んでいた。いのちをこの身に持つ身体が、それそのものの存在を主張して、自己の存続に執着しているように感じられた。これが「来年があるかもしれない」という認識の中で、まさに溢れ出てきたのだ。

 

さらに身体を脅かす危険の中でも、「今ここ」を信頼し平安でいたいと努力することが、こうした生々しさやドロドロした感じに蓋をする作用となっていたようにも感じる。恐れや根源的欲求を含んだ生々しさやドロドロした感じが、平静の心を失わせることを私は嫌がっていたのだなと感じる。

 

しかし今思うと、こうした中でも私は一番奥底で「今ここ」を信頼していたと思う。また身体が自己の存続を求めて生々しい叫び声を上げることは、私の平静さを失わせることになるかもしれないが、いのちの一番深い真実に近い、とても大切なものであるように感じる。

 

私のしたいことはこうした奔流のような気持ち、想いに蓋をして平静を保つことではないだろう。むしろこうした言葉にならない気持ちや感じの洪水の中で、それも与えられた大切な時であると捉え、でもそのさらに底流にある「今ここ」のいのちの流れを感じ取り、そこに信頼して、もっとも奥の部分で平安の中にいることだと思う。

2020年

1月

10日

今ここを生きるということ

最近、今ここを生きるということの大切さを痛感しています。

昨年12月に検査入院をしたのですが、先を思い煩ったり、過去を後悔したりすると心が乱れ、穏やかな気持ちでいられなくなります。どんな時が与えられても、平安を保つには、「今ここ」を信頼すること、今ここでできることに集中することが大事だなと感じています。

 

今年はこのブログで「今ここを生きること」について書いていきたいと思っています。

2015年

7月

06日

老年期

エリクソンの「老年期」を読んでいます。CommentsAdd Star

今年は4月くらいからエリク・エリクソンを読み始めました。ライフサイクルやアイデンティティに関するさまざまな彼の考えをおってきましたが、この本は彼自身が80代になったときに書かれた、人生の最後の時期の「生き方」に関する本です。


彼がまだ若い時に始めた研究の際に、対象となった若い親たちが年を取り、老人となったのを詳細なインタビューで調査しています。


この年代になった時、老人が死に直面しつつ、これまでの自分の生き方を改めて再吟味し、残された時間に向かう様子が克明に記録されており、私自身、こうした時期に向かう準備を今からしておかねばならないと強く感じています。

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2015年

6月

25日

「青年ルター」

いまエリクソンの青年ルターを読んでいます。CommentsAdd Star

青年ルター〈1〉

青年ルター〈1〉


エリクソンの考え方の重要なものの1つに、個人がその深い内面的葛藤を克服するための闘いが、その時代に共通する矛盾や葛藤を乗り越えるエネルギーとなることがあります。これを体現するのが、歴史を動かすアイデンティティを提示する偉人たちです。エリクソンはその例としてガンジー、ルターを取り上げ、その前半生を分析する本を書いたのです。


私が感銘を受けたのは、一人ひとりの内面と歴史の動きが連動しているという指摘であり、しかもあたかも内面的な弱さととらえられがちな葛藤の存在、しかもそれを深く感じ取り生きている人、つまり今の社会にそのまま適応できにくい人が、はじめて社会を変革する新たなアイデンティティを提示することができるということでした。


しかしこれらの本をみると、総じてこうした偉人には、表面的な意味での心の安心、知足というものはないようで、私だったら嫌かなとも思います。でも最近こうした葛藤や矛盾があっても、それが起きるままに起きることを受け入れることが「心の平和」なのかもしれないと感じてもいます。

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2015年

5月

28日

死を見つめる心

いま岸本英夫さんの『死を見つめる心』を読んでいます。Add Star

死を見つめる心 (講談社文庫)

死を見つめる心 (講談社文庫)


これは随分前の本ですが、宗教学者だった岸本さんがガンにかかり10年間の闘病の中で、死と向き合いながら書かれた本です。人生の午後を迎え、自分の死について目をそらすことのできない年になっている私にとって大切なことが書かれていました。


まず岸本さんは私のような立場の者と、病気等で余命が限定されてしまった状態では大きな違いがあると言います。それが「生命への飢餓感」です。死に向かってはいるがまだ余裕のある状態とは異なり、余命がはっきりと限られると、「空腹」と全く同じような命への飢餓感が猛然と湧いてくると記されています。空腹に耐えることが苦しい様に、生命の飢餓に耐えることも苦しい。これは覚悟が必要だなあと感じます。


また岸本さんは、死を「大きな別れ」ととらえる見方を提示しています。引っ越し、転職などいろいろな別れがある時、私たちは相当の準備をします。しかし死という大きな別れに際して私たちは十分な準備をしないことが多い。それでは「よい別れ」ができないというのです。


この準備の一つが、自分がそれによって死ぬことができる「生死観」を持つことです。岸本さんは宗教学者の立場から4つの生死観の類型をあげています。


1、肉体的生命の存続を希求するもの 例 不老長寿、ミイラ

2、死後における生命の永続を信じるもの 例 霊魂不滅 死後の生命 輪廻

3、自己の生命を、それに代わる限りなき命に託するもの 例 経済 会社 子孫など

4、現実の生活の中に永遠の生命を感得するもの 例 時間を超えた永遠感 禅


自分がそれで死ねると確信できる生死感を持っているのかどうか、今のうちに準備しておかねばならないと感じています。

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2015年

5月

04日

ピアジェの『知能の心理学』

いまピアジェの『知能の心理学』を読んでいます。


これは人間の成長を取り扱うラボラトリーにおいても基本図書の一つだと感じます。

とりわけ私が感動したのは、ピアジェが人間の発達の最終段階で挙げている形式的操作、つまり論理の発生が社会的協働関係とかかわっているという指摘でした。


その前の段階である知覚も感覚運動的知能も、直感的知能も「自己中心化」の傾向を持ちます。これは自分の身体を基準に物事をとらえるため、他者の視点からみるということが制約されるためです。このためこの段階の知能は、一方通行的で、自分の身体に固定化されたものになります。


一方形式的操作、論理においては、自己中心を脱却し、完全に可逆的で可変的になります。これは言い換えれば自分という視点を完全に離れ、他者の視点と自己の視点を等価でなものとらえないとできないのです。


ところでこうした形式的操作は言語や、数字といった表象を基盤としていますが、これは個人的に作られるものではありません。社会、つまり共同体のものなのです。そしてこの共同体が対等な社会的協働関係を作っている時、自己と他者の視点の等価性、可逆性が学ばれるのです。


社会のあり方と人間の発達が関係していることがこれほど明瞭に語られる理論に驚きを感じています。

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2015年

4月

21日

『ガンディーの真理』とアイデンティティ

いまエリック・エリクソンの『ガンディーの真理』を読んでいます。CommentsAdd Star

エリクソンと言えば「アイデンティティ」の概念が有名ですが、この言葉は通常私たちが理解しているよりも深い意味を持っています。


例えばこの『ガンディーの真理』は、ガンディーが自らのアイデンティティを確立していくプロセスが、イギリスの植民地としての支配を受ける中で衰微し喪失されていったインドのアイデンティティを取り戻すプロセスとして描かれています。


つまりアイデンティティとは、心理的に自分を支える中核的なものであるばかりでなく、同時にコミュニティや社会の中核的価値を表すものであり、そしてそれは歴史的なものでもあります。


ところでこうした歴史的アイデンティティが衰微しているかどうかを測るものとしてエリクソンは次のような指摘をしています。それは「子どもが、自分たちの未来について親が信念を欠いていることを知覚」しているかどうかです。


例えばイギリス製の綿布を強制的に消費させられていたインドでは、手織りの綿工業が衰退し、多くの民衆が職と誇りを失ったと言われています。法律や裁判もすべて英国式であり自分たちで何も決められず、変化させられない。こうした時、子どもを育てる親は、子どもの将来に信念を持つことは難しいでしょう。唯一未来への希望が持てるのは、上から押し付けられたアイデンティティ(英国の認めるインド人の役割)を受け入れる時だけなのです。


こうした時、ガンディーは手回しの「糸車」を復活させ普及する活動に取り組みました。それは単に反機械文明の活動ではなく、まず自らのアイデンティティの象徴であり、同時にインドの民衆が自らのアイデンティティを回復する上での象徴となりうるものであったのです。これは彼の考える「自治」の象徴なのです。


これを読んで私は、今の私たちの時代、そして社会のアイデンティティは衰微を始めているのだろうかと自問せざるを得ませんでした。なぜなら私はいま子どもの将来に信念を持つことは難しいと感じているからです。


植民地でないにもかかわらず、いまここで違和感を感じている原発が動いたとき、その作る電気を消費することを拒否する自由がないと感じています。異常気象が温暖化のせいと思っても、それを変化させることができない。そこに私は絶望を感じます。

その中で子どもたちはよい職業に就くために(希望を失わないために)よい大学、よい高校に入るための競争から逃れることができない、つまり与えられたアイデンティティを身につけるしかない状況にあります。


今求められているものは、私たちが心理的・社会的に重要であると感じることができ、そして子どもにもそうなってほしいと信念を持って思えるような歴史を包み込むアイデンティティなのではないかと感じています。

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2015年

4月

15日

教育と科学的方法〜経験を巡って

Tグループを中心としたラボラトリートレーニングはよく研究が少ないと言われています。CommentsAdd Star

確かに論文を検索してみると、60年代の草創期から10数年間にまとまって生み出された後、十分な数の論文がありません。論文の数が多いのはちょうどTグループの流行期にあたり、この研究で研究者になれた時期にあたります。


論文の数が少ないのはこれだけが理由ではないと思います。まずTグループではとても深い体験が起きるので、これを研究の枠組みで解き明かすことはとても難しいと感じます。論文として広く認められる実証研究ができないわけではないのですが、それが取り扱える範囲はいわば「浅い体験」にとどまる傾向があり、Tグループの実践者にとって、意味が薄く感じられるのです。またそのとらえ方が非常に一面的に感じられます。


しかし考えてみると、これは「教育」という実践にもあてはまることでしょう。ボルノウはその著書の中で、経験ということを再吟味して、例えば経験を積んだよい教師に成長するという「経験」をいわゆる実証主義的に解き明かすことが無理であることを述べています。


これはこれまでその教師が持っていた子ども観(世界観)を打ち破る新しい体験(例えば失敗体験など)が起こり、それによって子ども(世界)への自分の見方自体が変化するという痛みを伴いながら新しい認識や知恵を得るプロセスです。従って元の世界のとらえ方をベースにいくら実証的に数値を積み上げても、経験を語ることはできないからです。


つまりこれは狭い意味での経験論的な科学では語れないものであり、逆に言えばこうした狭い意味での科学の枠に入るものしか取り扱えないとしたら、教育実践は全く無味乾燥な人の成長に意味を持たないものになるでしょう。


この時私たちにできることは、新しい世界観、子供観をもたらしてくれた経験を解釈し言葉にしていくことです。つまりこの経験の前にもっていた自分の世界や子供についての認識はどのようなものであったのか、それがどう変化したのかを言葉にし他者と共有していくことです。


実際には私たちは日常生活を送るうち、自分でも意識しないまま、世界(例えば子供)をどうとらえるかの認識を作り上げ、それに沿って世界をとらえていきます。しかしラボラトリーでもよくいわれるように、そのとらえ方では新しい事態に対応できない危機的状況(例えば失敗体験)が起きた時、私たちははじめて自分の過去の認識を意識し、それに修正を加えていくことが可能になります。


こうした取り組みこそ、ラボラトリーを含めた教育実践の意味を広い意味で明確にしていくための「科学的方法」と言えると思います。こうしたボルノウの認識論が私は好きです。

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2015年

4月

10日

「出会い」の教育学的な意味

いまボルノウの「人間学的にみた教育学」を読んでいます。CommentsAdd Star

この中で彼は実存主義哲学が教育学に与えた影響として「出会い」の概念を挙げています。これはまさに「いまここ」の瞬間に他と出会うことで自分の生の意味が根本的に変わる実存体験のことを指しています。


また彼は教育が教養を知識として教えるだけでなく、この出会いによって非連続的成長をもたらすことを意図することが重要であると言っています。


私はラボラトリーでよく言われるこの出会い(エンカウンター)の概念がこうした哲学的基礎を持っていることを再確認できた感じを持ちましたし、同時に教育学がこうした方向にきちんと目を向けていたことを嬉しく感じました。


しかし今の学校教育でこの出会いが意識されることはほとんどないかもしれないなと思いますし、それだけにどこかでそれが社会的に提供されることが重要になるように感じています。

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2015年

4月

02日

離見の見

人が自分らしく成長していくことにおいて、「自分が自分をみる」感覚がとても重要だと感じています。CommentsAdd Star

でもこの感覚をうまく言葉にできない感じがしていたのです。例えばよく第3の目、つまり自分の視点で見る(第1の目)、他者の視点で見る(第2の目)、自他の関係を見る(第3の目)と言われますが、この説明ではその感覚をつかみきれない感じがしていました。


しかし西平直さんの『世阿弥の稽古哲学』の中で紹介されている、世阿弥の「離見の見」という考え方は、腑に落ちるところがあります。


世阿弥は3つの「見る」を説きます。最初は「我見」で、これは自分の意識作用で、「その時、その場(即座)」の当事者の視点です。2つ目は「離見」で我見から離れて、他者(世阿弥では観客)の視点に身を置いて、自分を見ること(自分の後ろ姿を見る)です。


そして「離見の見」とは、もう一度自分の「からだ」を取り戻しながら、こんどは、「離見」を含む自分を見るということです。これによって我見の「その時、その場(即座)」の立脚点から離れ「その時、その場(即座)」を今までの仕方とは違った仕方で体験する視点です。

ところでこの「離見」には「見る」という意識作用から離れること、つまり主客の区別をなくし、対象と一体化する感覚が含まれています。そして矛盾するようですがこの一体化した「私」を見るのが「離見の見」といえるでしょう。


この話を聞いて私には2つの気づきがありました。


1つは「離見」とフロイドのスーパーエゴの関係です。例えば他者の視点で自分を見る中には、「評価的視点」、「批判的視点」が入ることは避けられません。観客は舞い手をいつも「評価的視点」で眺めています。


そしてこうした評価的視点は、社会や親、学校などで意識的、無意識的に教えられた「こうあるべき」からも生まれてきています。例えば男は一生懸命働くのが当たり前という家庭や社会に育つと、何かの理由で職を失った時、平日の昼間にいくところがない自分をとても厳しくみる「離見」が生じかねません。これは社会や親の価値観と一体化しているのです。


私も非常に厳しく自分をこうした評価的視点でみるなあと感じていて、でもこれが行き過ぎると、本当に自分らしく、のびのびふるまうことは難しくなるなあと感じます。言い換えれば「離見」の仕方には人ぞれぞれクセがあるのです。


2つ目は「離見の見」と「いまここ」の関係です。ラボラトリーでは「いまここ」に起きてくる気持ちや想い、感じを大切にするということが言われますが、でもこの表現では「我見」、つまり「わがまま」を大切にするという意味にもとることができます。


しかしラボラトリーでいう「いまここ」は、「その時、その場(即座)」の当事者の視点だけではなく、他者とのかかわりの中で他者の視点も含みこむ「離見の見」でみて、「その時、その場(即座)」に湧いてくるものを大切に生きるということに近いと感じます。

私のラボラトリーの体験に即した言葉に翻訳すると、他者とのかかわりの中で、不完全で罪あると感じる自分をゆるし、それでもなお、いまここで湧いてくる感じや気持ち、想いを大切にしていく。これが「離見の見」の意味なのかなと感じます。

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2015年

3月

28日

エリクソンの「ライフサイクル、その完結」と今の課題

いまエリクソンの『ライフサイクル、その完結』を読んでいます。CommentsAdd Star

その中でエリクソンは、主観的な「私」という感覚が、ある種の中心性を保証されるように経験を統合することが、「自我」の持つ機能の1つであると述べています。

私たちはこれによって、「雑多な事象の流れの中で、無能な受難者ではなく有能は実行者になり、活力を奪われた存在ではなく、能動的で自ら動き出す存在であり、辺縁に追いやられた存在ではなく、中心的で包含的な存在であり、圧し潰された存在ではなく、自ら選択する存在であり、混乱し困惑した存在ではなく、ものごとがはっきりと見えている存在であると言う感覚」を得て、自分が安心して存在できることにつながると言います。

同時に私たちは、発達の中で、次第に多くの他者と出会い、その中でこの重要な中心的感覚=「私」を再生していかなければならないこと、つまり相互関係で結ばれたこうした他者との間にリアリティの感覚を共有することで、確固としたものにする必要があることも述べています。これが現実世界への適応なのです。

しかし考えてみると、現代は2つの意味でこうした「私」の確保が難しくなっているように思えます。1つは地球規模で広がる他者、特に例えばイスラム原理主義者のように理解不可能な異質な他者の存在と出会わざるを得ないことです。もう1つは自然科学における革命的進歩がもたらす、既存の支配的な世界像(現実世界の像)の揺らぎです。地球環境の問題などがその典型でしょう。

これはコペルニクス的展開によって、「自分が中心にある」という「私」感覚の秩序が、「世界」の広がりと変容によって脅かされている事態といってもいいかもしれません。

もし私たちが、こうした世界の変容という事態に対応できない時、「私」をという中心性を守るために、防衛機制を働かせるかもしれません。典型的にはこうした世界の変化をみないようにして、従来自分が持っていた狭い世界観に固執することもあるでしょうし、個人の精神的な病の症状が引き起こされるかもしれません。

前者の場合は、自分を守る必要があるため、他の世界観を持つ人への攻撃性が増すでしょう。また後者の場合、社会における精神疾患の割合が増えるでしょう。実際にいま他国や他の宗教、民族に対する攻撃性は増しているように思いますし、厚生労働省のデータでは、精神疾患を持つ人の数は増加しています。

こうした時エリクソンは「全人類的な成熟をかちとる」ことについてふれ、「現れ出ること」「成ること」の重要性を指摘しています。つまり人間の発達において、幼児期などでの課題に固着してしまわないで、発達することが重要なように、人とそして社会が「成るようになっているか」が課題であると考えているのです。

エリクソンの考えから見ると今の社会には、防衛的に狭い世界観の中に、人々を囲い込もうとする防衛機制が働いているように見えるのです。いま私たちの課題は、そうではなくむしろ私たちが「成るようになる」ことを後押しすることではないでしょうか。そしてその「成るようになる」という流れの中に「私」を見出していくことではないかと思います。

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2015年

3月

25日

セレンディピティ

今日は西平直さんの本の中で「セレンディピティ」と言う言葉に出会いました。これは「思わぬものを偶然に発見する才能」「幸運を招き寄せる力」と呼ばれます。CommentsAdd Star

教育人間学のために

教育人間学のために

確かにお金を稼ぐ、奉仕するなどの目標を達成するために、計画を立てそれを実行していく事は大切だと思います。

しかし人間の成長過程、人が生きることは一直線ではありません。ある段階まで来るとこれまでのアイデンティティを捨てなければならない時があります。後から見るとその時には既に次のステップが内包され、開花するのを待っていたことがわかるのですが、捨てるその時にはまだ次のステップは見えていません。

こうした時、私たちは確実な目標を立てることができません。そして今までやってきたことは、新たなステップでは意味がないように感じられます。

こうした時、「道草」をする中で幸運を見つけ、それをつかんでいくという発想は大きな手助けになってくれるような気がします。たぶんいままでは意味が感じられなかった何かに、「私の方の変化」によって新たに気づきが生まれる。そうした契機のことなのではないかと感じています。

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2015年

3月

21日

エリクソンの人間学

いま西平直さんの「エリクソンの人間学」を読んでいます。CommentsAdd Star

エリクソンの人間学

エリクソンの人間学


この中でエリクソンのキーワードであるアイデンティティを読み直し、受け取り直す作業をされていますが、この言葉は「主観的であると同時に客観的である、個人的であると同時に社会的であるという特徴を持つ」と言っておられます。


これは自我心理学のように自分の内界と外界を分離するのでなく、関係論的に見る見方です。従ってこのアイデンティティの発達は<関係の発達>として語られることになります。それは「自分はどこに属する者なのか」という問いと結びついた「一体自分は何者なのか」という問いなのです。

そしてエリクソンは最終的に「意味ある他者」として「人類全体」を受け入れることが自我発達の延長線上にあると考えていました。これは超越論に向かう流れです。


一方エリクソンは時代のアイデンティティの変化と相対的=関係的なものとして個人のアイデンティティを考えていました。歴史が変化する時、個人のアイデンティティも変化せざるを得ないのです。

またエリクソンはアイデンティティを単に達成するものととらえず、<プロセス>である<運動>としてとらえていました。古い自分を保持し一貫することと、より新しい自分へと再生していくことのズレを産みだしながらバランスをとっていく運動として理解する。


同時にアイデンティティと言う用語を、学者の説明概念ではなく、生を生きるもの自身によって使われる、当の本人の感じる<感覚>を写し取るための言葉と理解する。それは名付けられることによって初めてそれとして取り出された感覚の表現なのである。


最後に次のようなエリクソンの言葉を引いている。

「文化人類学者のウェストン・ラ・バールはかつて、人間だけが立てる故に、人間は一人で立つといいました。私たちはこれに、我々は各々が一人で立っているが故に、共に立たなければならないと付け加えることができるでしょう」


西平さんは言います。「初めて立ったときの「僕は立てるんだ」という感激が、やがて、いくつかの危機を経た後、「このためにこそ私は立っている」という自身になり、さらにはルターの「我ここに立つ」という確信へと高まっていく。」


私はこれを読んで、「今の時代」を生きつつ、自分の組織や友人といった枠を超えて、自分と社会を結びつける言葉で、つまり他の人にも届く形で「我ここに立つ」と言うことを言うための、「言葉」を見出すことが必要なように感じています。

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2015年

3月

20日

身体のゼロ地点

今日は「身体のゼロ地点」と言う言葉について考えています。CommentsAdd Star

これは西平直さんの

世阿弥の稽古哲学

世阿弥の稽古哲学


という本に出てくる用語で、能の稽古にまつわる観世寿夫氏の発言に即して言われています。

能の稽古ではまず生身を濾過すること、役者の生身の感情や欲望を濾過してしまう=自分を澄み切った身体にしてしまうことが重要だとされます。これは生身の個別性を無化し、抽象化する作業ですが、これによって初めて役柄の中で「役者その人自身の存在感」がにじみ出るそうです。西平はこの生身を濾過した透明な身体を「身体のゼロ地点」と呼んでいます。


私自身はラボラトリートレーニングを行う際に、いろいろなかかわりが起きる中で、一つ一つを終わって、元の位置に戻ることの重要性を感じてきました。過去の出来事から生まれる印象や感情を引きずっていると、「いまここ」で起きてくることに応答しにくくなりますし、へたをすると頭の中で作り上げた「その人像」に対して反応してしまうことが起きかねません。


それらを「濾過」して「いまここ」に応答できる瞬発性を保つ必要があるような気がしていたのです。そこに名前はなかったのですが、この「身体のゼロ地点」という言葉は、ラボラトリーを行う時に使えるなあと感じています。

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2015年

3月

18日

経験の貧困化

今日は「経験の貧困化」という言葉に出会いました。CommentsAdd Star

ラボラトリー、特にTグループを中心とするものでは、一回一回のグループ体験はそれぞれ全く異なります。そこでの経験は、一回きりで固有のもので、言葉にすることが難しいものをたくさん含んでいます。なのでその経験を他の人に語ろうとしてもうまく言葉にできません。このことを今まで私たちラボラトリーにかかわるものは「不利な条件」と考えていましたし、できるだけわかりやすく伝えるにはどうしたらいいだろうと頭をひねってきました。

しかし『経験のメタモルフォーゼ』という本に、『経験の貧困化』という考えが示されていてなるほどと思いました。そこでは「現代の特徴として言語的表現をこえた出来事との出会いの喪失が起きている。経験が固有性と一回性を失い、既知の出来事の分類箱に回収される。特定の土地や場所で生じた物語の固有性が薄められ、ありきたりの言葉で情報として流通する」と指摘します。そしてこうした貧困化し薄っぺらな情報としての「経験」を所有する自己はあらゆる関係から抜け出ているから、決して傷つくことはないと指摘しています。

これは言葉でコピーできるのは現実の経験の表層だけだと言う意味だと思います。本当に私にとって意味のある経験は言葉では伝えることができない、他者との関係をそのうちに含みこんだその場、その時だけの固有性、一回性を持つ、コピーできないものを含んでいるのです。

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2015年

3月

04日

「生きることのかなしみ」という力

立命館大学の蔦野さんという方が「生きることのかなしみ」という力という論文を書いておられます。CommentsAdd Star

以前から私はラボラトリートレーニングをする中で、トレーナーやファシリテーターが自分の有限性に気づき、何もできないと言う形で自分の力に絶望することが必要なように感じていました。その中でこそ、何か大いなる力に目覚めることにつながり、余計なことをせずそこにいることが可能になり、その力が「いまここ」で働くことにつながると思っていたのです。

蔦野克己さんは、まず「かなしみ」ということを自分の思いが持つ力の及ばなさや思いの無力さの意識ととらえ、人間が生きることそのものがこのかなしみの中にあると説きます。

そして愛娘を失った西田幾太郎の文章を引用します。「我が子の死をただひたすらかなしみ、ひたすらかなしみ抜く中で、私たちはあらゆるいのちを貫流する「不可思議の、絶大の力」の存在を感受することに開かれていく。かかる感受を通して私たちは自己の過信を棄て、その力に委ねられた自己の運命を生きる」そしてこの力を感受することこそが「生きる力」の教育に結びつくと論じています。

私は本当にそうだなあと感じています。この論文が載っている本をご紹介します。

教育人間学: 臨床と超越

教育人間学: 臨床と超越

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2015年

3月

03日

標準に近づける教育とその人らしい成長を促す教育

長岡看護学校で先生たちと話していたのですが、いま看護教育の現場では、試験に受かるための「標準に無理にでも近づけるかかわり」と「その人らしい自由な成長を促すかかわり」の間で葛藤が起きているそうです。CommentsAdd Star

試験に受かるためにある一定の標準に達する必要があることは明らかですが、しかし標準に達するための指導ばかりが行われるとその人らしく成長していく機会を奪うこともでてきます。

私は先生には、両方の視点が求められると思います。前者を自明と考える先生にとってラボラトリートレーニングに携わることは後者の目を養う重要な機会にると感じています。

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2015年

3月

02日

自分を見る「まなざし」

先週は、新潟県長岡市に出張して、ある看護専門学校で2日間の「人間関係トレーニングⅡ」の授業をしてきました。


これは看護師の国家試験の終わった直後に行われるもので、あとは卒業式しかないという本当に最後の授業です。3年間の学校生活をふりかえり、またこれからの人生や10年先を見通して、新たな一歩を探りながら、「マイブック」という自分だけの本を作るという長いスパンの「リフレクション」を促す授業です。


今回私にとって印象的だったのは、学生さんから自分自身を否定的にとらえる傾向があったことに気づいたというコメントが多く寄せられたことです。例えば一つのプログラムに「私のインベントリー」という実習があったのですが、自分がうまくできることは思いつかず、うまくできないことばかり思い浮かぶといった感じです。


だからでしょうか、この授業では「自分が自分自身を見つめる視線」には評価的で責める視線と、自分をありのままで受容し大切にし、また10年後のありたい姿に向けて育む「まなざし」があることを伝えたくなりました。そして後者を大事にしながら、こうした「まなざし」を他者に向けたとき、自分も人も大切にするかかわりが生み出されるように感じています。


看護師としてこれからもこうした「まなざし」を大切にして欲しいなと思います。

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2015年

2月

20日

国の機関でのリフレクション研修

昨日はさまざまな国の機関の評価者(課長級)を集めた部下の育成にかかわる研修でした。CommentsAdd Star

こうした方々もやはり部下の育成や部下とのかかわりには頭を悩ませておられるようで、午前中は互いにヒントを与えあうグループワーク、昼からはリフレクションの支援のロールプレイを行いました。

平均52歳くらいの方々なのですが、最初は堅く、いかにも管理者風に見えますが、互いにしっかり聴きあう実習などをしていくと、だんだんその人となりが見えてきます。

印象的だったのは、ベーシックな聴くということの重要性を再認識される方が多かったことです。部下を大切にして、いい職場をつくってもらえるといいなあと思います。

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2015年

2月

17日

魂のライフサイクル

今教育関係の本を読んでいます。いま面白いなと思うのは西平直さんの「魂のライフサイクル」です。CommentsAdd Star

単純に生きている間のライフサイクルを論じるのではなく、ユング、ウィルパー、シュタイナーという3人の大家を取り上げその理論を詳細に整理し、死後も含めたより広い観点から「成長」とライフサイクルを論じておられます。

ともすれば怪しくなりがちな話ですが、きちんと理論ベースに立ちながらこのことを論じていく勇気と方法に頭が下がります。

私は20代の頃ユングを読みあさった経験があるので、すごく惹かれました。

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2015年

2月

11日

組織づくりリーダークラブ第2期の打ち合わせ

昨日は産業創造館の組織づくりリーダークラブ第2期の打ち合わせをしていました。


これは産業創造館の「強い組織づくプロジェクト」に参加した企業や組織が、自主的に学びを進めるのを産業創造館が講師代など出してサポートしてくれる仕組みです。


昨年度は第1期で、3つの組織のリーダーが人を大切にする会議運営のファシリテーターとして成長することを支援しました。最後は実際に自分の組織の会議で知恵とチカラをあわせて課題を解決するところまでやったのです。


今回もこのまま2期目に入ってもよかったのですが、社長さんなどともう一度自分たちが今感じていること、望んでいることを出し合いました。結果として、リーダーとしてチームづくりを行っていくときのコミュニケーションをやろうということになりました。


特におもしろかったのは、社長さんも自分たちがちゃんと成長を促すフィードバックができているかを自己チェックできる場を持つことになったことです。これは上に立つ人にとって大変重要な学びになるのではと感じます。

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2015年

2月

06日

教育人間学

いま教育関係の本を読んでいます。CommentsAdd Star

最近印象深く感じているのが、教育人間学の考え方です。西田哲学の流れを汲んだ教育学者の考えを見ているのですが、その一節にこういうくだりがあります。

臨床的人間形成論の構築―臨床的人間形成論〈第2部〉

臨床的人間形成論の構築―臨床的人間形成論〈第2部〉

「・・・状況では、状況も主体ももろともに、全面的かつ持続的に変化する。これに対応するために、私たちはそのつど・・これを実存的に引き受け、このような主体として変化する状況に働きかけ、ここから翻って、あらためてまた主体を再生成する」

ここでは人間を変化するもの、常に状況の中で「生成していくもの」とらえています。そしてこの生成は自己の中で、同時に学ぶもの、教わるものの関係の中での相互生成によって起きてくると考えられています。

こうした中で教育学の問題として

(1)教育する側が一方的に教えるのではなく、相互性を取り入れること

(2)人間存在を受動的なものとしてとらえず、生成的なものととらえること

が挙げられています。

ラボラトリートレーニングは、まさにいまここを大切にした生成を大事にしおり、相互作用(トレーナーとメンバー、メンバー同士も含めて)から学ぶという観点で、こうした問題意識を先取りした学び方のように思えます。


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2015年

2月

04日

第3回ミニラボの打ち合わせをしました

先日、第3回目となるミニラボの打ち合わせをしました。CommentsAdd Star

まず毎年沖縄で一週間行うラボラトリーのスタッフと久しぶりに会い、近況などを話し合いました。

その話で印象的だったのは、ラボラトリー哲学である「体験から自分と人を大切にしていくことを学んでいく」というのは、必ずしもエスタブリッシュされた組織や仕組みの側から見ると歓迎できないものがあるのだなあと感じたことです。

ラボラトリー哲学の「いまここ」という中には、いまここで生成、創造されるものを大切にするということが含まれています。しかし、既成の考え方や正義、理念を守り、メンバーに受け取らせようとする側から見ると、それは危険思想に映るようです。

でも私はその中にこそ、「生きる」ということがあると感じます。

どうぞミニラボにご参加下さい。

<以下広報 第3回ミニラボ

「かかわり」から学ぶ‐自発的、主体的に体験から学ぶ能力を高める

昨今、絆という言葉が盛んに叫ばれ、人と人との関係性についての関心が高まっています。しかし現実には

 

 なんでも他者と同じでないといけないと思ってしまう

 役割を演じすぎて自分を見失う

 相手を大切にしようとするあまり、疲れて果ててしまう

 といったこと、起きてませんか?

 

 私たちはこういった状況を少しでも改善し、自分を生かしつつ、相手も生きる豊かな関係を目指して、このミニラボを企画しました。

≪第3回 ミニラボ

■日時 :2015年5月23日(土)13時~24日(日)15時

■会場 :京都/宇多野ユースホステル 

    世界1のユースホステル評価を受けた施設です

     http://www.yh-kyoto.or.jp/utano/index_j.html

     〒616-8191 京都市右京区太秦中山町29 

     TEL:075-462-2288

■参加費: 1万8千円(宿泊、食事代込み)

■定員 16名

■主催 :ミニラボ実行委員会

■お問い合わせ・申し込み:

メール、電話、ファックスでミニラボ実行委員会事務局  博野までお申し込み下さい。

  TEL:090-6234-0230 FAX:06-6629-0230 Mai: hirono@maholo-ba.jp 

<申し込み締め切り日 2015年4月24日(金)定員になり次第〆切ります>

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2015年

1月

30日

場づくりの場での違和感

ここ10年ほど仕事で、「知恵とチカラをあわせる場を作る」支援を行ってきましたが、最近ある種の違和感を覚えていました。


確かに「知恵とチカラをあわせる場を作る」ことは人を大切にする上で重要なことです。人を大切にしたいリーダーにとってこれができることは重要なことだと思います。


しかしもし「知恵とチカラをあわせる場を作る」ために必要な役割をリーダーが「無理して身につける」としたら、それはリーダー自身が自分を大切にするということをなおざりにすることになるでしょう。またメンバーにその役割を押し付けるならメンバーも大切にできないことになってしまいます。


これは私が望むことではないと感じていましたが、ある所でチームの一人ひとりが自分のグループへのかかわり方をふりかえり、その内省の中から、人とチームを大切にするための自分のかかわり方を見出していくことで、「知恵とチカラがあっていく」ことが重要なのだと気づきました。


これは似ているようですが、一人ひとりの内から湧き出るものを大切にしているかどうかという点で全く違います。私はこれから後者の方を選んでやっていきたいと思っています。

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2015年

1月

28日

成長のために内からわき上がるもの

昨日は障害を持つ方の「家」を作ることを理念としておられる社会福祉法人でのリーダー研修の最終回でした。CommentsAdd Star

6回のプログラムで、トップの想いを聴いたり、これまで生きてきた道をふりかえり自分の大切にしたいことを確かめたりしました。また自分たちの3年後をイメージしてみたり、自分が3年後にどう育って欲しいかの上司の期待をきいたりしました。

そして自分を3年後に向けてどう育てていきたいかを「想いのこもった目標」として作っていきました。

今回も多くの感動があったのですが、私が特に印象に残ったのは、いままであまり自分から意見を言わず、人との関わりをどちらかと言えば避けておられたメンバーです。

この研修でいろいろな人とのかかわりを体験し、より自分を大切にそして他者を大切にするために、より能動的に発言し、人とかかわることを目標にあげられたました。

4回目位からこのメンバーの内から湧き出てきている能動性みたいなものを感じていました。研修の中でもだんだん積極的になってきて、驚くほどしっかりした考えをもっておられることもわかってきました。こうした方が自分のかかわり方をより自分らしく見直していかれると、職場のチームや入居者の方によりよい貢献をしてもらえるに違いないと感じます。

でもいつものことなのですが、こうしてその人の内から湧き出てきて、その人の成長のために「いまここ」で働きかけてくるものの偉大さに打たれる想いがします。

体験と学びの会

http://www.maholo-ba.jp

博野英二

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2015年

1月

27日

看護協会さんでの研修で印象的だったこと

昨日は、大阪府看護協会さんで学びを共にしました。認定看護師のファーストクラスの数十日ある学びの1コマです。毎年3回行われ、私は今年で2年目です。


毎回80名の師長、副師長、主任さんが集まり、グループワークでもすごいエネルギーを持つ学びの集団になります。


昨日印象的だったのは、実習が終わってグループでその体験をふりかえってもらい、気づき学びを整理して発表してもらったことでした。あるメンバーが、他のメンバーから「気をつかい過ぎじゃない?」とフィードバックを受け、なぜそうなったかを自分で内省し、「自分はグループメンバーを信頼していないんじゃないかと気づいた」と共有してくれました。


ラボラトリーのトレーナーとしての学びにおいても、一番重要なのがグループやメンバーを信頼することです。これがないと、自分の思うようなところにコントロールしたくなったり、過度に干渉したりすることが起きて、人が本来の学びを実現することができなくなります。


こうした気づきは、自分も人も大切にできるかかわりづくり、チームづくりに本当に重要な気づきだなあと感じたことと、それができるメンバーの力に驚きを感じました。





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2015年

1月

21日

自分と人を大切にする「あり方」を学ぶラボラトリー

会社は経営者の器以上にならないとよく言われますが、チームもリーダーの器以上に「人を大切にできる」ものにならないのではないかと感じています。


これはリーダーの「あり方」と言っていいでしょう。そしてやはりこうした自分のあり方に気づき、学び、成長していく、つまり「器」を大きくすることができる学び場はラボラトリーだなと感じているのです。


http://hi-laboratory.com/hil-about.html


私たちが自分と人を大切にできるかどうかは、私たちの「あり方」にかかっています。そしてその背後には、自分をどうとらえるのか、人間をどうとらえるのか、グループをどうとらえるのかなどのとらえ方があります。これは私たちが持つ「枠組み」といってもいいかもしれません。

 

こうした「とらえ方」がどのように私たちのあり方に影響を与え、自分や人を大切にすること、しないことにつながるのか、いくつかの事例をあげて考えてみましょう。

 

(1)自分や人のとらえ方

 

私たちが自分や人を肩書きや地位、財産など「何かを持つもの」=「何者か」として自分ととらえていると、他者を自分より劣ったものととらえたかかわりが生じがちです。また例えばいい学校を出て、一流企業に就職していることが、そうできなかった人たちよりも能力があるなど学歴や社会的なポジションなどのラベルで人を判断することや社会的偏見につながっていきます。また他者と自分を比較して、自分はダメだと自己評価することにつながります。

 

(2)人間の成長や目的についてのとらえ方

 

自分を「何者か」でとらえると、将来資格や肩書き、スキル、財産、家族などを得てよりよい「何者か」になる必要があるという考え方が生まれます。これは例えば中学は高校に、高校は大学に入るためにある、大学はよい企業や団体に入るためにあるという考え方を導きます。


このことは私たちが「目的」とどのようにかかわるか、人間の「成長」をどうとらえるかと関連しています。もし成長の目的となる何か絶対的な目的や正しさがあるという考えに立つと人を成長させる取り組みは、いかに効率的にその目的に達するかになります。結果的に明確なひとそろいの目標によって測定され、その中で「卓越性」を得ることが求められます。

 

それができない人は未熟なもの、未達成なものととらえられてしまいます。本人も自分をダメな人間ととらえてしまうようになるでしょう。これは個々人をその定められた目的や正しさの枠内に閉じ込め、一人ひとりの個別性を飲み込んでしまうことにつながり、自分も人も大切にできなくなります。

 

(3)集団や社会とのかかわり方についてのとらえ方

 

集団や社会に適応しなければならないという考え方が行き過ぎると、集団や社会に適応するために自分の身を合わせていく必要が生じます。ここでは集団や社会を変化しないもの、させられないもの、自分たちの意志を超えて決定してしまっているものととらえています。

 

こうしたとらえ方をすると、集団や社会に受け容れられないことへの脅迫観念から、多くの人と同じように集団・社会が認める、奨める生き方をしなければならないという考えが生まれてきます。結果として私たちはありのままの自分を大事にしなくなります。

 

自分や人は他の人と置き換えのきく機能的なものとなり、その結果自分自身について、「人生(人、人間関係)とはこんなものさ」というあきらめが生まれてきます。また他者を機能としてとらえ、モノのように扱ってしまうことが起きてきます。


こうした自分のあり方は、自分では「当たり前」になっているので普段は気づきませんが、実際には日常の何気ない一つ一つの人とのかかわりの中にでてきます。


ただ日常では例え「大切にされていない」と感じてもそれを流してしまうことがほとんどで、それをきちんと伝えてくれる人はほとんどいません。


しかしラボラトリートレーニングの場では、ねらいを持って参加したメンバーが比較的長期間、時と場を同じくしてかかわる中で、自分の中からわき出してくる「今ここ」で感じた気持ちや想いを大切にして、深いかかわりが行われていきます。


その結果、例えば自分のかかわり方についてメンバーから「何かモノのように扱われているような気がする」とか、「何かあなたの考える正解に向かわされているきがする」などの率直なフィードバックが行われるのです。そしてその自分のかかわりの影響をグループメンバーで丁寧に検証していく中で、自分が自分や人を大切にしていなかったこと、それが例えば「目的に向けてこう歩むべき」という自分のとらえ方、あり方にあったことに気づいていきます。


つまり一つのかかわりの体験で起こったこと(例えば「モノのように扱われた感じがした」)を指摘し合い、それがなぜ起こったのかを考え、そこから気づき学びを得ていくという体験から学ぶプロセスによって学んでいくのです。

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2015年

1月

20日

憲法をもう一度読み直しています

自分と人を大切にする思想・哲学を求める中でいま、改めて日本国憲法を読んでいます。


http://www.jicl.jp/kenpou_all/kenpou.html


その中に二度に渡って「努力」によって権利を保持する必要があると書かれています。たぶんそれだけ大事なので重複を恐れず書いておられるのでしょう。


第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。


第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。


本当に身近な一つ一つのかかわりでも、自分や人が大切にされないことは数多くあります。こうした小さな日常で、自分と人を大切にする闘いを戦っていくことが、大事なのだなあと改めて感じています。

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2015年

1月

15日

一人ひとりに息づく「物語」から学ぶ重要性

先日、ここ数年支援している社会福祉法人の運営会議に出てきました。

 この法人は、障害者施設に押し込まれるのではなく、自分の家のように自由に楽しく住むことができる場を作ることを目指して活動されている法人です。

 もともとこの法人には明文化された理念はありませんでした。長年法人理念を体現されてきた理事長さんがおられたからです。

 でもだいぶお年を召したので、理念をことばにして、若い人に伝達していきたいという想いをもたれ、理念の文章化を行いました。そしていまどうやって若い職員さんたちに伝えていくかという課題に取り組みんでいます。

 その中で、会議のメンバー一人ひとりが、自分が法人で働く中で、胸が熱くなるような、自分の宝物とも言える「物語~エピソード」をわかちあいました。

 例えば普通施設の入居者さんは行動が束縛されます。しかしこの法人では例えば電動車いす自由に外出したいと言えば、「できない」「だめ」とはいわず、どうその希望をかなえてあげるか、に心を砕きます。

 向かう先の人と話し合ったり、外出の練習を手伝います。また外出された方の後をこっそりついていくこともあるそうです。実際危険なこともあって、田んぼにおちて怪我をしたりすることもあったようです。それでも入居さんの想いがあればそれを大切にするのです。

 こうしたエピソードを聴いていると、一人ひとりの想いを本当に大切にするという理念が、職員一人ひとりに「物語」という形で息づいていることがわかります。聴いていて思わず涙する体験でした。

 会議では、こうした職員一人ひとりの「物語」を共有することが、法人理念を皆で共有していくことにつながるねという合意がなされました。こうした体験からの学びは一人ひとりを大切にする上でとても重要なように感じています。

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2014年

7月

15日

ラボラトリーに影響を与えた人々(6)JICE草創期

 

 JICEの初代所長を務めた菅円吉(1967)は「関係の神学」の序文に次のように述べている。「関係が実在だということだ。個人の人間というのは抽象にすぎない。人間は他人との関係の中において実在する。『我は汝によってある』というのはその関係を意味している。この人間関係は聖書的には『隣人愛』の問題となる。関係が実在であるならば、究極的実在である神も関係でなくてはならない。」これはキリスト教のものの考え方は、実体概念ではなく関係概念の上に成り立つことを意味する。

 

 JICEの実質的な主導者であった柳原(1980)は、自己内の関係に生きる「私」が他者との関係に入り、同じ関係的存在である他者も彼の自己内関係を保ちつつ「私」とかかわる対人関係を大切にする。対人関係がグループに広がり、個と全体の緊張関係を学習して、すでにこれらの関係に実在し活動する超越者との関係に生きることが、キリスト教教育の目的であると述べている。そのためにはこのような人間関係の様態をよりよく理解するための助けとなる諸科学を援用して「私」を「永遠の汝」との正しい関係をもたらすように働きかけることが重要であると主張した。

 

 柳原(1980B)によると聖書は人と神の契約の書であり、キリスト教教育はその実現の社会的過程に生じるものであると述べている。そこでは神と隣人との人格的関係こそ教育であり、教育は関係によって成り立っているとする教育的神学を展開している。

 

 JICE活動を推進したメリット(1962)によるとJICEの主導理念は「対話」である。それはケリグマを実践すること(神との出会い、その対話において成長する信仰の表現)と、コイノニア(交わり、共同的であること)であり、そのためにこそ人間関係の科学とキリスト教教育とが相互依存関係をもつのである。そして教会の使命、交わり、人格の価値を明らかにするはたらきがJICE活動であり、神の働きたまう場における神のみ業への応答であると述べている。さらいに教会が社会と文化の価値に対して、規制の概念に躊躇していることを打破して、行動科学を用いて教会の革新にチャレンジしていく神学的決断と冒険の精神が必要であると述べている。

 

 このようにJICEの教育活動の基礎となった教育の神学は、直覚的で直接の関わりの体験において、隣人とともに覚醒され覚知する関係の理解がある。早坂泰次郎(1967)の言葉を借りれば、トレーニングは人間の関係性を眺めて学ぶことではない。人間を対象化したり、ひとつの機能としてとらえるものでもない。私が「関わりあってあること」(Relatedness)でなくてはならないと述べている。そこにも恵みの方法としての超越者の恩寵を実感しつつあるわれわれであること、その実存の再発見がトレーニングであると言える。

 

 また坂口(2010)は当時のJICEにおいてラボラトリー活動に参加したスタッフたちがいつも議論していたのが、人間存在の意味を追求することと、戦後の民主主義社会建設のリーダーシップ発揮の願いであった。一方、実際の行動は「万燈われを照らして、我を知る」というような西田哲学や鈴木大拙の「禅と精神分析」のような悟りの世界を知る道場のような感覚を持っていた。

 

 こうした議論をしていた背景には、戦中戦後の人間社会の不信の経験と混乱から解放されて、自分自身と対人関係の信頼をいかに形成していくか、また人との連帯と団結をどのように得るかという社会的ニーズがあった。

 

 当時のキリスト教の世界では、伝統的な教会教育や倫理的しつけ教育が中心で激変する社会から乖離した観念論的な教育論が多かった。そうした中、JICEの運動はブーバーの対話思想をなぞらえながら、触れ合い、関わり、相互性の体験、そして「出会い」の出来事としての「愛」の実践力を発揮していった。キリスト教会の交わりを深める「愛」の精神は、生命と生命をつなぐ人間の絆を支える超越者のはたらきが基盤にあると、多くのスタッフは世の中に伝えるミッションを持っていた。ヨハネの手紙1−3−18にあるように「言葉や口先だけではなく、行いを持って誠実に愛し合おう」の聖書の言葉を確かめ合って、活動を展開していった。

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2014年

7月

07日

ラボラトリーに影響を与えた人々(5)関係性の神学の流れ

 さて前述のように日本のラボラトリートレーニングはキリスト教教育の流れが1つの大きなベースとしてある。

 

 坂口(2010)によるとJICEが発足した60年代には、JICEのグループアプローチの運動には、神学的実践の根拠と意味があるのかと疑問視される向きもあった。その中でキリスト教教育の領域では「関係性」の概念を中軸に、神の招きとその応答のダイナミクス、ブーバーの「我と汝」の思想を用いて啓示の可能性と人格的自由意志の応答という出会いの教育論があった。坂口(2010)と坂口(2005)をベースに見ていきたい。

 

 まずJICEの産みの親であるアメリカ聖公会の教育局長であったハンターは、キリスト教教育は神と出会い、神の約束に応答する身体的直感をもってはたらく教育主体としての人間になることであると主張した。責任の主体(Engagement)とは神との直感的、瞬時の出会いを意味した直接的関係である。人間は時間的、空間的、身体的事実として関係のリアリティとして神の前に存在すると説く。ハンターはハーバードで博士号をとったが、それはレヴィンの知覚心理学とデューイの教育学をベースにしたものであったと言われる。

 

 そして坂口自身の経験として多大の影響を受けた神学として、アメリカ聖公会の牧会神学者ハウとティリッヒの文化の神学をあげている。ハウ(1962)は人間は和解の使者であり、癒しと和解の執行者であり、恵の手段であり、自分が恵みの方法になるためには、聴くこと(人が神と人に出会うことにつながる)、参加すること(他者のパートナーになること、対話すること、関係を回復すること)を説いた。さらに対話は関係を回復するとともに、相互に受容し、受容されることによって関係が創造していく。

 

 この神学の基礎は、対話は関係を創造していく恵みにあずかることであり、聖霊の助けを受けて対話が成り立つという理解である。成人教育の根本は対話であり関係である。人間関係の中にあってこそ、共に神の恵みにあずかることができる。従って神の恩寵は人間にとって驚きを感じる奇跡であり、関係が創造的人間を創りだすという神学である。ティリッヒには「存在への勇気(生きる勇気)」という有名な言葉がある。神は存在し存在そのものが力であり、自分が存在そのものとして受け容れられていること、矛盾に満ちた自分でもその存在を肯定し受け容れられることを実感する時、生きる勇気を得るという。坂口はこのメッセージを自分のグループ活動の感覚的原点としている。

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2014年

6月

24日

ラボラトリーへの思想的影響の流れ(4)カール・ロジャースの流れ

 坂口(2009)はロジャースがラボラトリートレーニングに与えた影響を次のようにまとめている。ロジャースはTグループを20世紀最大の教育的革命をもたらす発見として賞賛したことで知られている。

 

 ロジャースはTグループの心理的教育的意義を、人間関係の交流体験を通して、相互刺激、相互援助、相互依存、相互独立も自覚を主体的に学び取る画期的学習であると述べた。その特徴の第一は、成人の再学習としての人格の再構成を図る時、他人の存在を認識しながら自分のあり方を見定めていくという自己存在の帰納的な学習である。人間存在の本質にかかわる主題を、Tグループという直接の対面的場面で、他の存在と邂逅するモメントであると理解し、「生きる意味」の根源を問いかけ合う人間学習の根幹にかかわるものであるとした。

 

 第二の特徴は方法である。対面的小グループの編成によって、言葉による直接的コミュニケーションの対話場面を構成し、連続的コミュニケーションの過程を通じて、小グループの会合を重ねていくプロセス学習法である。そのプロセス体験を通して相互に理解し合い、相互に存在の意味を再発見する「出会い」の学習であるとした。これを「エンカウンター」と呼んだのである。ロジャースは敬虔なピューリタンの農家に育ち、大学時代は農業経済を専攻していた。第1次世界大戦後の世界YMCA大会に米国代表として中国を訪れ、人種の違う若者が一堂に会して同じ祈りを捧げていることに感激したと言われる。この驚きが彼の人生の方向を変化させ、大学を卒業してユニオン神学校に進むようになり、さらにコロンビア大学で学位を取って、心理臨床家として社会の中で人を救う道を選んでいったのである。そして有名な来談者中心療法を創始する。

 

 その中心的な考えは次の通りである。人間には有機体として自己実現する力が自然に備わっている。有機体としての成長と可能性の実現を行うのは、人間そのものの性質であり、本能である。カウンセリングの使命は、この成長と可能性の実現を促す環境をつくることにある。カウンセラーは、クライエントを無条件に受容し、尊重することによってクライエントが自分自身を受容し、尊重することを促すのである。

 こうしたロジャースがTグループをカウンセラー養成、さらにはグループ・カウンセリングの技法として用いたことで、日本でエンカウンター・グループとして定着することになった。同時に来談者中心療法の基本的なスタンスは、ラボラトリーを実施するトレーナーにも大きな影響を与えた。

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2014年

6月

13日

ラボラトリーに影響を与えた人々(4)レヴィンの後継者たちの流れ

 

 また坂口(1989)によると1950年代の10年間くらいでNTLには大きな変化があり、3つの流れが生まれたという。1つはレヴィンの流れを汲む社会心理学やサイコセラピィとはやや距離を置き、自己内プロセスとグループ・プロセスの中で、自分がどう変容していくかを自分で見つめることを大切にする流れである。坂口はこれを「self in process」の流れと表現している。この流れの代表にはウェシュラー、マサリックなどがおりUCLAがその中心であった。これがいわゆるセンシティヴィティ・トレーニング(ST)である。

 

 第2の流れはブラッドフォードを中心に、理論的にはブーバーをおきながら、関係性を中心に考えていく流れである。ここでは実存哲学や現象学的な影響が色濃く見られる。坂口はこの流れを「Relatedness」の流れと表現している。更に第3として生産性をあげるために人間関係をいかにすればよいか、言い換えれば生産性をあげるために人間関係を手段にしていく流れである。代表はブレイクとムートンによるマネジリアル・グリッドであり、坂口はグループ・プロダクティビティの流れと呼んでいる。

 

 そして坂口(1989)によるとこうした3つの流れは80年代に入り大きな3つの分野に別れていく。それがサイコセラピーの分野、ヒューマンリレーションズの分野、そして組織開発(OD)の分野である。Tグループを中心とするラボラトリートレーニングはこの中のヒューマンリレーションズの分野に位置づけられる。

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2014年

6月

11日

ラボラトリーに思想的影響を与えた流れ(3)実存主義の流れ

 

 また坂口(2012)は、レヴィンが生み出したグループ・ダイナミクスの人間哲学として「実存主義」がその背景にあるとしている。実存主義哲学は「いま、ここにいる個人の具体的な存在」を立脚点にした哲学である。19世紀末にキルケゴールが観念論的思弁的哲学を批判して、不安と絶望の中に生きる人間のあり方を実存と呼び、ハイデカーは「人間は自己の存在を問題にしながら存在するという現存在」を実存と呼んだ。また坂口(2012)はサルトルの実存主義を自分なりに解釈し、「実存とはいまここにある自分のこと。自分は何ものかである(自分の肩書きなど)というとらえ方とは区別して、存在が先にある」と紹介している。またこれは木村敏(1972)のいう「こと」としての自分と「もの」としての自分という区別に通じるとする。これは純粋の主観的自我(こととしての自分)と客観的自我(自分が何ものかというものとしての自分)のことで、実存はいまここにある自分のことで、眺めた自分よりも自分自身の存在が先行するという理解である。

 また精神医学に現象学的方法を導入して、ハイデカーと同じように実存主義を体系化したヤスパースは、自らの思索と行動の根源において、挫折と絶望の中にあって自己の実存に目覚め、超越者と向かい合うことによって、神の存在を通してこそ自己の存在を知ることができると述べている。

 

 このように第2次世界大戦終結後の復興という社会状況の中で、人間尊重の思想とその中での民主社会の構築が求められ、グループ・ダイナミクスもこうした問題意識を共有していたが、その哲学的バックボーンとして「実存主義」と「実用主義(プラグマティズム)」が用いられたのである。双方ともこの時代の代表的な哲学であるが、グループ・ダイナミクス、ひいてはTグループもこうした大きな時代の流れの中に位置づけて考える必要がある。

 

 そしてグループ・ダイナミクスのベースにある実存的人間観と経験主義的学習論は、表現的には変化があるけれども、次の時代に受け継がれているのである。

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2014年

6月

10日

ラボラトリーに思想的影響を与えた人々(2)デューイなどプラグマティズムの流れ

 その後このグループ・ダイナミクスはレヴィンの弟子たちに受け継がれ、やがてTグループが生み出されていくが、坂口(1989)はその思想的基盤にウィリアム・ジェームスの流れから来るプラグマティズムがあると指摘している。つまりレヴィンとプラグマティズムの代表的哲学者であるジョン・デューイの哲学がTグループのベースにあるとしている。

 

 実際マロー(1972)もこうしたグループ・ダイナミクスが、ジョン・デューイの進歩的教育、つまり「行為によって学習する」という考えの実践から発展したと述べている。また坂口(2008)によるとオールポートがあるところで「アメリカ生まれの哲学者(デューイ)とドイツ生まれの心理学者(レヴィン)とが同じ考えを持っていた。すなわちデモクラシーの社会思想とその教育理念を持ち合わせ、両者とも熱心な実現遂行者であった」と語っているのを紹介している。

 

 ジェームスは絶対的な真理概念を否定し、真理を自分の経験的認知が実際に役立つかどうかで見分けていくことができるものととらえた。従って人間は生きている間、経験とともに自分のために重要と思われる「意味」を組み立てながら、追い求める価値と行動目標をその都度創りだすことができる。

 

 またデューイの教育哲学は、学習者の経験中心主義の教育実践であった。人間の成長とは未熟さや欠けているものを補うというものではなく、その可動性や潜在能力を伸ばすものである。親や教育者は子どもとの間に相互依存関係を創りだし、子ども自身がその相互依存関係から学び取っていく過程の経験を重視した。つまり学習者中心の学習過程に重要な鍵があると主張したのである。

 

 デューイが主張する所のLearning by Doingという、行動することによって学ぶという経験主義は、行動の反復とその反省の思考というサイクル的な積み重ねによって学習を積み重ねていくのである。

 

 ところでこうした経験主義的な学習の考え方は、ラボラトリーの実践ともあいまって、その後体験的学習または経験学習(Experiential Learning)の理論の発展をもたらし、成人教育にも応用されるようになった。この特徴は、いまここでの相互作用が引き起こす現実の相互交流の体験を、自発的に自ら学ぶという経験による理解を重視した学習であること、さらに学習が個別的でインフォーマルであること(学校における集合的で公的な学習形態とは反対)、学習が生涯行われるという生涯学習の考え方、そして知識中心ではなく全人格的学習であることにある。

 

 そしてこの学習の方法として、フィードバックという電子工学の用語を援用し、学習の体験を具体的な事象から体験の内実化を通して一般化していく体験学習のサイクル(Experience,Identify,Analyze and Generalize)の理論が構築されていった。そしてこれは多くの論者の手を経て、後年コルブ(1984)によって経験学習のサイクルにまとめられていく。

 

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2014年

6月

07日

ラボラトリートレーニングに哲学的・思想的影響を与えた人々(1)クルト・レヴィンを中心とした流れ

 これまでラボラトリートレーニングのアメリカと日本における生成・発展の経緯、特にその活動の歴史を見てきた。そしてここではその活動の歴史と共に、その活動の背後にある人間観、人間関係観、さらには世界観、そして人間の成長をどうとらえるかの教育観を含む哲学、つまり何のために、何を大切にその活動をしようとしていたのかについての歴史が理解される必要がある。つまりラボラトリーの哲学に影響を与えた代表的な人々とその思想が理解される必要がある。

 

 幸い、この部分はアメリカ留学時代にレヴィンの後継者の1人であるリピットの教えを受け、JICE草創時からかかわった坂口(1989、2006、2008、2010、2012)にラボラトリーの教育、哲学の歴史についてのレビューがある。これを中心にまずはラボラトリーに哲学的・思想的影響を与えた人々の歴史的な流れを大きく見ていこう。

 

(1)クルト・レヴィンを中心とした流れ

 

 まずラボラトリーに思想的影響を与えた人として、その創始者であるクルト・レヴィンがあがるのは当然と言える。坂口(1989)によるとレヴィンがグループ・ダイナミクスという言葉を作ったのは1935年である。それ以前レヴィンはゲシュタルト心理学のメッカであったベルリン大学にいた。

 

 そこでレヴィンは、ドイツでゲシュタルト心理学の祖と言われるカール・シュトゥンプなどの指導を受けたと言われる。要素の組み合わせの結合が心理学だという学派に反対して、全体観を優先した場の理論がゲシュタルトの立場である。例えばレヴィンは戦場に向かう風景と戦場から帰還するときの風景は同じように見えない自己体験から、視界の広さや明るさなどが動機づけによって変化するという研究を行っている。

 

 またシュトゥンプのゼミは非常に自由であったと言われ、喫茶店でお茶を飲みながら行い、自由に話し合う「クワッセルストリッペ(馬鹿者が、がやがやいう)」が行われていた。マロー(1972)などが後にレヴィンのゼミの自由さについて書き残しているが、これはこのベルリン大学時代に培われたものと言えるだろう。

 

 しかしレヴィンの個人的側面として熱心なユダヤ教徒の家に生まれたため、ライプチッヒ大学には入れず、成績が良くても終身任用の専任教員になれないなどの人種差別を受けていたという。その後ナチスドイツによって生命の危機に直面し、アメリカで定職に就くことになる。レヴィンの弟子であったマロー(1972)は、ヒトラーの存在がレヴィンに「民主的な社会とはどういう人間共同体であるべきか」の問題意識を抱かせ、民主的リーダーシップや人間成長への興味を抱かせたと述懐している。 

 

 レヴィンのこうした思考様式はアリストテレスのように現象を白と黒という対照的な対としてとらえる静的概念に対してガリレオの連続性という動的概念を用いていた。前者でとらえると白と黒は反対側で相互に無縁であり、独立の領域と言える。しかし後者で考えれば、白と黒は連続体の部分としてとらえられる。

 

 またレヴィンは一般法則を作るために多くの類似した事例が必要であると言う考え方ではなく、一回だけ生じる事例も人にとっては生命をかけた出来事であるから、歴史的な頻度は法則性を決める決定要因にはならず、むしろ多様な人間性の研究には具体的な事例を全体性の観点から知ることが大切であるとした。

 

 つまり多数の事例からその平均値をとって人を理解することは危険であり、むしろ具体的事態とその固有の性質との双方が理解されれば単一の事例でも全体性を知ることができるとする。つまり人間行動は動的で質的な事柄をとらえる必要があるとするのである。

 

 またレヴィンは産業界で後の大量生産方式へとつながる科学的管理法、つまりテイラーシステムを批判している。テイラーシステムは一時労使の最大幸福を図るものとして評価されることもあったが、レヴィンは労働者を効率一辺倒の手段として扱っていることに反発し、個人の人間性を無視するものとして批判した。

 

 坂口(2012)はこうしたレビューをふまえて、レヴィンが「理論と実際の生活においていつも『生きる意味』を追求していくという姿勢を外さなかった」と述べている。レヴィンの理論は単なるグループの効率性を求めるものではない。人間の相互依存的な関係をベースに協力的な共働関係をつくり、理論と実践を結びつけるアクション・リサーチを通じて民主主義社会を構築していく人間のあり方を問うものであったのである。

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2014年

6月

06日

日本におけるラボラトリートレーニングの発展

 津村(1996 「日本人の人間関係トレーニング」長田雅喜(編)『対人関係の社会心理学』第8章第2節)によると日本にTグループが導入されたのは、九州大学、名古屋大学、そしてキリスト教教育の流れであるという。しかし大学におけるTグループは試行的なものに終わり、ラボラトリーの発展に大きく寄与したのはキリスト教教育の流れ、特に1962年4月に設立された立教大学キリスト教教育研究所(JICE)であった。中堀(1984)によると第14回キリスト教教育世界大会が1958年に日本で開催され、教会の聖職者や教師に向けて本格的なラボラトリートレーニングが英語で実施された。これが第1回教会集団生活指導者研修会である。これはアメリカ聖公会がNTLとともに行っていたラボラトリーを基本とするもので、NTLの直系と言えるものだった。

 

 その後第2回教会集団生活指導者研修会が1960年にアメリカ聖公会から4名のスタッフを招いて、また第1回の参加者で研究会を続けていた日本人がスタッフとなり実施された。この研修会の成功を受けて、この種の運動を日本で推進する組織として、1962年4月に立教大学キリスト教教育研究所(JICE)が設立された。その後1963年からは「教会生活研修会」という名称で、1968年からは「JICEラボラトリー・トレーニング」という名称で毎年トレーニングが実施された。1970年代前半にかけてJICEの活動は非常に活発で日本におけるラボラトリートレーニングの中心として機能したのである。

 

 一方、アメリカにおけるTグループの隆盛を聞きつけた産業界は、企業研修にTグループを導入した。1963年産業能率短期大学は、UCLAのマサリックを日本に招聘し、第一回STSensitivity Training)講座を開催した。これは日本企業のニーズと合致し、STブームとして広がっていった。しかしこれは一方で企業の望む人材への「作りかえ」が意図され、結果として倫理面での問題を生み出し、社会問題化することにつながった。一部の行き過ぎた研修では暴力が容認され、自殺者が出たり、トレーナーが逮捕される事件も起きた。このようにSTは当初のラボラトリートレーニングとは全く違うものとなり、1970年代終わりにはブームは終焉することとなった。

 

 一方1973年4月、ラボラトリー方式の体験学習を中心とした教育カリキュラムを持つ南山短期大学人間関係科が設立された。これは「人間の尊厳のために」という南山学園の教育理念を具現化するために、当時のスタッフがJICEに相談を持ちかけ実現したものと言われている。初代学科長にはJICE所員のリチャード・メリットが就任した。その後、1982年にJICE所員であった中堀仁四郎が人間関係科の専任教員になった。そして2000年4月、南山短期大学人間関係科は南山大学人文学部心理人間学科に引き継がれていった。Tグループは必修から選択科目になったが引き継がれ、実習型の授業も引き続き行われている。また1977年9月には南山短期大学人間関係研究センターが設立され、87年からは毎年同センター主催のTグループ(5泊6日)が開催されている。また92年からはTグループのトレーナー・トレーニングも実施されている。

 

 そして80年代以降のJICEの組織変更に伴い、Tグループ活動の継続に懸念を持ったメンバーが独自に活動を引き継ぎ今に至っている。大阪を中心とするSMILE(聖マーガレット生涯教育研究所)、中堀を中心とするHIL(ヒューマン・インターラクション・ラボラトリー)研究会などがそれである。

 

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2014年

6月

05日

アメリカにおけるラボラトリートレーニングの発展

その後、ラボラトリーには臨床心理学者や精神医学の専門家が加わり、臨床的な傾向が強まり、グループ内の対人的なプロセスにトレーナーの関心が向いたとされる。スタッフやトレーナーの強調点の置き方によって、「グループ中心」、「対人関係中心」のラボラトリーが意識されたのである。

 

 また1950年代後半、NTLはアメリカ赤十字奉仕団、アメリカ聖公会、エッソ石油会社などに対してラボラトリートレーニングを行う支援を行った。特にアメリカ聖公会での組織的な実施は1956年から始まったが、それを推進したのが1953年にNTLTグループをベセルで受けた聖公会のDavid Hunterであった。清里の清泉寮にTグループのためのハンターホールが建てられているように、その後彼は日本へのラボラトリーの導入に大きな役割を担うことになった。そして60年代に入ると、大学教育や産業界において、ラボラトリートレーニングが多く行われるようになった。

 

 同時にトレーニングにも様々なバリエーションが生まれた。例えば西海岸のUCLAでは正常者に対する治療としてグループプロセスの学習を強調せず、個人の感受性やパーソナリティを発達させることに主眼を置いた感受性訓練(ST Sensitivity Training)が発達した。これは後にマサリックによって日本の産業界に導入されることとなる。

 

 そのアメリカでは構成的な実習集が出版され、そのハンドブックが便利さなどから企業などで多く使われるようになっていった。またラボラトリーにおける個人の変革をベースとして組織・社会を変革するというアプローチに限界を感じたNTLメンバーは、アクション・リサーチのモデルをベースとしていわゆる組織開発のパイオニアとしてその理論や手法を開発していった。

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2014年

6月

03日

ラボラトリートレーニングの誕生

何回かにわたって、ラボラトリーの歴史を見ていきましょう。

 

ラボラトリートレーニング、すなわちラボラトリー方式の体験学習は1946年米国コネチカット州で、クルト・レヴィンとその弟子たちによって実施されたワークショプにおいて誕生したことは、多くの論者によって紹介されている。(例えば中村・杉山・ 植平、2009)また1947年にメイン州ベゼルにおいて、いわゆるNTLNational Training Laboratory)が設立され、Tグループ(当時はベーシックスキルトレーニングと呼ばれた)を中心とするラボラトリーが行われた。ベネ(1964)によると、第1回のラボラトリーのねらいは次のようなものであったとされる。

 

 1、変革推進体(change agent)として計画的な変革の輪郭をつかみ、変革推進体としての必要なスキルを得ること、グループ発達に関する指標や基準について学習すること、という体系的な概念を内在化すること。

 2、(関係性やグループの)診断技術や行動スキルの実習をすること。

 3、行動の内容が、個人レベル、対人レベル、グループ・レベルからグループ間レベルまで「人間組織」のすべての領域をカバーすること。

 4、ラボラトリーでの学習を現場に適用しようとするメンバーの計画を援助し、さらにメンバーが自分たちやその同僚たちの成長に援助を与えること。

 5、メンバーが他者との関係において、またグループ全体の発達と関連させて、自分自身をより客観的に正確に把握できるようになること。

 6、民主主義的価値について理解を深めること。

 7、メンバーが変革推進体としてより機能するために、他の人々に伝えるために必要な態度とスキルを体得すること。

 

 このように当初のラボラトリーではグループをベースに社会を変革していくというレヴィンのアクション・リサーチの考え方が根底にあったと言える。

 ただ実際には数回の開催の後、このねらいは過大であると認識されるようになり、Tセッションのねらいはグループのプロセスに焦点化され、変革推進体やコミュニティの構造などは他のセッションで扱われるようになった。これは後に組織開発などの分野の確立につながっていく。

 

 

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2014年

6月

02日

フローラーニング

昨日は、Tグループ勉強会でした。

 

「ネイチャーゲーム2」という本を読んで学びましたが、その中に自然教育を行う上である流れ(フロー)にそってプログラムを展開することの重要性が述べられています。

 

第一段階 熱意を呼びおこす

 

第二段階 感覚を研ぎすます

 

第三段階 自然を直接体験する

 

第四段階 感動をわかちあう

 

 ラボラトリートレーニングでも、まずは参加者の参加意識を高め、それから感受性を研いで、人とのかかわりを直接体験していくフローがあります。

 

 それを感じ取ることが、実施者に求められることなのだと思いました。

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