2020年

3月

27日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで2

●私が「今ここ」の性質をよく表現しているなと感じるのは、第四図で牛と人との間の綱がピンと張りつめた緊張感に満ちた場面である。人は決して牛を離すまいと、必死で綱を引っ張っている。人が牛を御そうとしているわけだが、しかし見方を変えると逆に牛に引っ張られているとも見える。

 

●心牛は自分の足跡、そして姿を見せ、自分を追いかけさせ、そして自分を追いかけるものが逃げないように、そして方向を導くように綱を引っ張る。私自身の体験でも、「今ここ」の実在は知らない間に姿を現し、水圧を感じさせて逃げられないようにし、そこにどう対応していくかを覚えさせる。

 

●私はいつの間にか「今ここ」の実在の流れから起きてくる感じや気持ち、思いを大切にして生きることを覚える。そしてこのことこそが私を、他の誰でもない私にしていく。つまり今ここを大切に生きることで「私が私になる」のである。この視点からすると、私は自分の力で「私になる」のではない。

 

●一方それも人が決して牛を離すまいと決意し、綱を引っ張るからこそとも言える。私には行者の知人がいて、いつもその方が修行をするのを見聞きして、それが「私になる」のに必要なのであれば、とても私には無理だと感じていた。しかしこの図を見て、これは視点をどこに持つかの問題なのだと気づいた。

 

●つまり人の視点から見れば、あくまで「行」が重要であり、修行を続けることが牛を御していくために不可欠のものと捉えられる。そこには「自力」が必要とされる。しかし逆の視点から見ると、牛に引っ張られる、つまり「今ここ」の促しという「他力」によって私になっていく。

 

●そして私は聞きおよぶような修行は決してできないし、「今ここ」でしたいとも思わない。だから「今ここ」に導かれるまま生きていきたいと感じている。ただそのためにこそ、「今ここ」を見失わないようにし、それがどこに向かおうとしているのかを感じ取ることは忘れないようにしたいと思う。

2020年

3月

25日

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで1

●これまで書いてきたように「今ここに起きてくる実在」の流れにこそ、私が生きるベースを求める上での鍵があると感じられている。ところで映画「シンドラーのリスト」でも感じたことだが、私には様々な文学や映画において「今ここ」が描かれている作品がたくさんあるように思う。

 

●もちろん「今ここ」は名前をつけられるものではないし、直接さし示すことはできない。しかし例えばシンドラーの生き様を通じてそれが表現されうる。逆にいえば「今ここ」とは何か特別なものではなく、この私たちの日常の世界に満ち溢れているものと言えるのかもしれない。

 

●最近『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照著)を読んだのだが、この「十牛図」がそうした「今ここ」の性質を上手く示してくれているように思う。「十牛図」とはとても古くからある禅の手引書で、求められている「真の自己」が自己実現の途上において牛の姿で表されているものと言われる。

 

●つまり自己が真の自己になる自覚的な経験が、野牛(真の自己=心牛と言われる)をつかまえて、飼い慣らしていく十の図に描かれている。この十の図はホームページなどで公開されている。例えば https://biz.trans-suite.jp/27101

(出典:Wikimedia Commons User:MichaelMaggs

 

●この十牛図はまず見失われた心牛を探し求める「尋牛」の図から始まる。「なくてはならぬ唯一のもの」を見失っていることに気づき、驚いて探し求め始めるが、どこに求むべきか、それは何かまだわからない状態である。自己でありながら自己を見失うという問題がここにはある。

 

●そして第二図は「見跡」、牛の足跡を見つける図だ。師や教えを聞いて真の自己についての見当がつく。しかしそれを頭でなく、身の上に実証していく必要がある。それが行である。そして行の中でその牛を我が身に実地にみる(第三図 見牛)。そして飼い慣らしていく(第四図 得牛)。

 

2020年

3月

23日

新型コロナウィルス危機と私2

●この一週間ほどの間に新型コロナウィルスがイタリア以外にも、イラン、スペイン、アメリカ、フランスなどに広まってきている。患者数の急増に伴って医療のキャパシティを超えてしまい、適切な治療を受けられない人も出てきていると報じられている。

 

●日本では一見感染者数が抑えられていて、事態はそれほど深刻でないように見える。実際、昨日NHKの番組を見ていて専門家集団が不眠不休でクラスターの把握につとめ、感染が爆発的に増えるのをコントロールしてくれている現状を知り、本当にありがたいと思った。

 

●しかし同時にその専門家の方が今、感染ルートがわからない感染者が徐々に増えつつあり、いつ爆発的感染が起きてもおかしくないギリギリの状況にあると警告をしている。そして一旦それが起きてしまうと、今世界各国で起こっているような医療崩壊が起こりかねない。

 

●また私がショックだったのはこのウィルスはもう封じ込めることはできないという専門家の見解である。例えばアメリカの研究機関は対策がある程度取られても少なくとも数百万人以上の人が罹患すると予測している。高齢者の致死率は10%を超えるから、いったい何人の人が亡くなることになるのだろうか。

 

●このようにクラスターの連鎖によっていつ爆発的感染が起きても不思議ではないこと、つまり日本は今時限爆弾を抱えているような現状にあることを、私は心から怖いと思う。自分に大きなストレスがかかっているのがわかる。これが起きてしまえば、日本でも数百万人の単位で感染することになるだろう。

 

●私の家族には高齢者、高血圧の者がいるが、今言われている致死率からすると全員生き残れる確率は75%しかない。またこうした疫病であるゆえに、病気になった途端隔離され見舞いもできず、死ぬときも一人で死ななければならない。イランで見られているように、家族を自分たちで埋葬できないかもしれない。

 

●こうした中で私に必要なのは、この事実から目を背け、恐怖に打ちひしがれることではないだろう。必要なのは心安らかに、今私ができることに集中することだ。具体的には感染速度を遅らせる時間稼ぎをするために、今専門家が勧告してくれていることが実行されるよう自分と他者に働きかけることである。

2020年

3月

19日

3年ぶりのTグループのメンバーとの出会い

 

●先日、3年前に南山大学人間関係研究センターの「Tグループ」という講座でご一緒したメンバーがオンラインで集まる場に参加した。私はスタッフという立場で参加していたにも関わらず、わざわざお声がけいただいたのも嬉しかったし、お一人お一人のお声を聞けたのも嬉しかった。

 

●話は多岐に及び、それぞれのこの3年の来し方を教えてもらったりしながら2時間あまりの時が過ぎていった。そして私はその会話の中で、気持ちや想いを正直に出して大丈夫な感じ、それを受け入れてもらえる安心感を感じていた。また何人かのメンバーもそれを表明された。

 

●これは恐らく3年前のグループで培ったベースがあるからだろう。思い起こしてみるとあの時、それぞれの方が今ここで起きる気持ちや想いを、感性を研ぎ澄まして感じ取り、言葉にして伝えあった感じが私にはある。そうした中で、それぞれが「今ここ」に「あるもの」の存在を感じとっていたように思える。

 

●これは私が感じることだが、2人以上の人が今ここに「あるもの」を感じそこに触れながら話をする時、とても大切な時であると感じる時がある。もちろん今ここでのやり取りは、体験からの学びによって互いの成長をもたらすのだが、そうした「何のために」を超えた厳かな充足感が生まれるのだ。

 

●これは決して言葉にはできない。ただこのグループではあるメンバーが最後に「他者なのか私なのか、過去なのか未来なのか」という独り言を言われた。この言葉だけではもちろん何も伝わらないが、その場にいて「今ここ」を感じている私には、それがその場に「あるもの」を指した言葉だと理解できた。

 

●それは私と他者の「あいだ」にあり、一人一人が「今ここ」に生き、関わった時に、その実在を感じ取れる。そして一緒に「今ここ」の実在に触れたこの体験は、その人を大きく変化させていくように思える。それは「何のために」を超えた、その人が本当にその人になっていく方向での変化だ。

 

●前述の3年前に「他者なのか私なのか、過去なのか未来なのか」という独り言を言われたメンバーから、その後、アートセラピーを学び実践していると聞いた。そしてこのアートとは人と人との「あいだ」にあるもので、それが3年前のグループで場を感じとったことに関係していることを教えてくれた。

 

●この場に参加して、私は何人かのメンバーが、私が感じていた「今ここ」の実在を共に感じてくれていたのだという確信を持てた。そしてこれからももし機会が与えられれば、一緒に「今ここ」に「あるもの」、その実在を共に感じられるような場を持てればと願っている。

2020年

3月

17日

新型コロナウィルス危機と私

●今新型コロナウィルスが世界で猛威を振るっている。ヨーロッパで感染者、死者ともに急増し、外出や移動の制限や国境封鎖、集会の禁止などの措置が取られている。まさに一ヶ月前には世界の誰もが想像できなかったような状況が起きている。

 

●中でもイタリアではあまりにも患者が急増したため、生き残る可能性の高い患者を優先して治療するトリアージが行われていると報じられている。余命が長いもの、治る確率の高いものに医療リソースを集中するのだ。そしてこのことはすなわち、余命の短い高齢者が見捨てられることを意味する。

 

●こうしたニュースに接すると、選択をしなければならない医療者はどんなに辛いだろうか、また見捨てられる患者の家族はどんな気持ちなのだろうと思ってしまう。そしてそこに住む人々、とりわけ高齢者や基礎疾患のある方はどんなに恐ろしいだろうと想像してしまう。

 

●また私が情報収集する限り、こうしたヨーロッパで起こっていることが、日本で起こらない保証は何もないように感じている。楽観的観測も伝えられているが、このウィルスが報じられている通りの性質を持つなら、いつかのタイミングで日本でも流行と呼べるものが起きざるを得ないように思う。

 

●こうした中、今私には色々な気持ち・感じ、反応が生じている。一つはこうした事実や知見を歪曲して軽視したい気持ちである。データを直視しないで根拠なく「大丈夫だ」と思いたくなる。多分これはあまりにストレスが高くなりすぎたため、脳が防御しようとするからだろうと思う。

 

●もう一つは、自分が揺さぶられる感じである。日頃しているラボラトリー、研修、勉強会などが全てキャンセルとなり、改めて自分が何者でもなく、何の役にも立たないように感じている部分がある。なんだかんだ言ってもそうした自己概念の部分で自分を保っていた私があるなと改めて感じている。

 

●さらには恐怖心やもどかしさである。私は80代後半の母と同居しているが、私自身が感染源にならないようにしたいと強く願っている。しかし当然そのリスクはゼロにできない。だからちょっと咳が出ただけで、大丈夫かと怖くなる。それなのに母が平気でリスクを冒すのを見て、もどかしく感じている。

 

●こうした中、いま改めて今年の初めに病の中で立てたねらいの言葉を思い出し、慰めを得ている。それは次のようなものだ。「見通しのつかない変化(来年があるかわからない)の中で、今ここを安らかに信頼することに力がある。そして今ここでできることに集中する」。

 

●こうした危機の中でも、私には「今ここ」の実在の流れが与えられている。そしてこれまでもそうだったように、私にはこの「今ここ」の流れに従い、委ねること以外に、生きるベースはない。このベースに立ち返って初めて、私は心安らかに、いま起きている現実に対処できると感じている。

2020年

3月

14日

『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)2

●もちろんこの本はユートピアではない。ハクスリーは世界統制官にこの社会が幸福と安定性を保つ代償として、芸術、科学、宗教、自由などをすべて犠牲にしていることを告白させている。そして私にはこの社会は、私が生きるベースとしている「今ここの実在の流れ」を覆い隠しているように見える。

 

●この社会は変化を極度に恐れ、「今ここ」に現実に「あるもの」を見ようとしない。ここの住民は一人で月を、海を眺めることをよくないことと考える。そこで生まれてくる「今ここ」の気持ちや感じを恐れているのだ。また人と関わる時も快いことが大切とされ、「今ここ」の気持ちや感じを大切にはしない。

 

●「今ここ」を大切にすると、関わりの中で自分と他者はそのあり方を変えられてしまう。そして最終的には社会の変化をもたらす生成を生み出す。だからこの安定と幸福を何より大切にする社会は、徹底して「今ここ」という実在が存在することを覆い隠し、人々がそこに生きることを妨げようとする。

 

●この社会において、人は生き死ぬベースとして条件付けとソーマ、快感などの感覚に頼っている。しかしそれは「今ここ」という実在を見ないようにする生き方である。だから、ふとした時に垣間見えてしまう現実にある恐れや不安、想いをなくすことはできない。それは私にとっては生きるベースにはならない。

 

●この物語は私に、極度の安定と幸福に拘泥することは、現実を見ないようにすることにつながり、「今ここ」の実在を覆い隠し、結局は人も社会も無意識的なより深い恐れや不安に取り憑かれてしまうことを教えてくれる。そしてそうした社会を保つためには、最終的には強制的圧力が必要となる。

 

●これからの時代、薬物による「生化学的な幸福」が社会に広がっていくことは避けられない流れかもしれない。私もそうした流れに逆らうことはできないだろう。しかし私はそれが私の生きるベースである「今ここ」の実在を覆い隠す働きを持つことを忘れないでいたい。

2020年

3月

12日

『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)1

●以前から『すばらしい新世界』を読みたいと思っていた。それは『ホモ・デウス』などを書いたユヴァル・ノア・ハラリが、未来社会を考えるヒントになる本として紹介していたからである。そして実際に読んでみて、私はこの本には「今ここ」とは何かについての大切なポイントが書かれていると感じている。

 

●ハラリは「幸福への鍵を見つけること」が21世紀に人類が取り組むプロジェクトの1つであるとし、薬物による「生化学的な幸福」がこれからの社会で広がっていく可能性があると考えている。そしてこの『すばらしい新世界』はまさにそうした社会が描かれている。

 

●ハクスリーは西暦2540年、いくつかの悲惨な戦争(自由主義的価値観がもたらした)の後に生まれた、安定と秩序・幸福を最大の価値としている社会を描いた。この時代、人間は壜を使って「生産」されていて、壜の中にいる時から成長過程すべてにおいて、社会に適応するように操作・教育されていく。

 

●人間は統治する人、働く人など階級に分けて生産され、その階級で幸福を感じるように徹底的に条件付けされる。またいつも皆と一緒にいること、楽しく気晴らしをすること、フリーセックスなど感覚的な快感を良いこととし、一人でいて感じ考えること、異性を自分だけのものと思うこと等を「悪徳」とする。

 

●それでも落ち込み、嫌な気分になる時は、副作用のない「ソーマ」を数グラム飲むだけで「幸福」な気分になる。衛生管理は完璧で老いも克服され、60歳でポックリと死ぬまで皆、若々しさが保たれている。死も恐れる必要のないものとして条件付けされる。この社会を統括する世界統制官は言う。

 

●「今の社会は安定している。みんなは幸福だ。欲しいものは手に入る。手に入らないものは欲しがらない。みんなは豊かだ。安全だ。病気にもならない。死を怖がらない。激しい感情も知らなければ老いも知らない。強い感情の対象となる妻も、子供も、恋人もいない。しっかり条件付けされているから望ましい行動以外は事実上取れない。何か問題が起きた時はソーマがある。」

2020年

3月

10日

シンドラーのリスト

●空き時間を利用して録画してあったスピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』を見た。シンドラーはナチスドイツの虐殺からユダヤ人を救った人として有名だが、映画では戦争を利用して成り上がる野心家として描かれている。これは以前にも見たことがあったが、今ふと見返してみたくなったのだ。

 

●この映画に私が惹かれるのは、主人公シンドラーと彼に与えられる「今ここ」との関係が非常に繊細かつ明確に描かれているからだと思う。シンドラーは賄賂を使いナチスの許可を得て、軍需物資を作る工場の経営者として成功する。その際ユダヤ人の足元を見て資金を出させ、賃金の安いユダヤ人を雇い入れる。

 

●また女性関係も派手で、社長室で昼間からしたいようにしている。そして最終的には大きなトランクいっぱいの宝を持って帰ることを夢見ている。彼は決して人を助けることを使命として感じるようないわゆる善人ではなく、むしろ道徳的には悪人と言っていいような人だ。

 

●しかしナチスのユダヤ人迫害がエスカレートする中で、工場の従業員が殺され、また共に工場を立ち上げてきた番頭格のユダヤ人が収容所に送られようとする。その中で徐々に彼の中に「今ここ」が育ち始める。最初は、「工場のため」と言って、リスクを冒して番頭を救い出す。

 

●その後ゲットーでのユダヤ人の虐殺を目撃したりして、彼の「今ここ」は大きく育ち始める。シンドラーはユダヤ人を救う行為を行うようになるが、そこにおいてもこの行為は彼には善行とは捉えられていない。彼はただそうせざるを得ない、他に仕様が無いものなのだ。

 

●そして最終的にシンドラーは軍需工場という立場を利用してナチスを騙し、自らの破滅というリスクを冒して、何千人ものユダヤ人を虐殺から救う。その人々からの深い感謝を受けながら、しかし彼は「もっと救えたのに」と泣き叫ぶのだ。

 

●私はこのシンドラーに「今ここ」に変えられていく一人の人の姿を感じる。その人がどんな人かは関係なく、今ここはある時与えられる。初めはそれを意識できず、うまく関われない。しかし徐々にその力は大きくなり、その促しによってそうせざるを得なくなる。

 

●そして最終的にはシンドラーの意志でそのことは行われる。今こことシンドラーの意志はここで完全に一致する。ただ本人にとってそのことは何ら誇るべきものを持たない。なぜならただ与えられたものに従っただけだからだ。そしてそれが多くの人を生かすことにつながるのだ。

2020年

3月

06日

病の生み出す新しい私

●今新型肺炎への対処で、いろいろな勉強会やTグループが中止になり、ぽっかりと時間が空いている。そして今後残された時間をどのように過ごしていきたいのかを改めて探っている。こうしたことを考える上で、この3ヶ月くらいの病の経験から生み出された新たな私を理解することが大事だと感じている。

 

●これまで私はラボラトリーでは自分の身体に負担をかけることを厭わないことが大事と思っていた。例えば良いものを作るために夜遅くなることを受け入れてきた。しかし直近のラボラトリーではこうした思いを捨て、自分の体を大切にラブに臨み、それでも参加者は豊かな時間や学びを得たように感じる。

 

●また病を経た私は関わり方においても変化しているように感じる。ラボラトリーの勉強会に行くかどうかでも、これまでは他者の期待や評価を少し意識して、無理しても参加していた時があった。しかし今は、家族に新型肺炎をうつさないため行かない、と今ここで大事にしたいことを躊躇なく選択している。

 

●またある人からラボラトリーのことについてのメールが来た。これまでの私だったら「返事をしないのは失礼だ」と考えて何らかの応答をしたと思う。しかしその方のメールの言葉は私の中にブラックホールにように吸い込まれ、応答すべき言葉が一切湧いてこない。それで返事をしないという選択をしている。

 

●おそらく私は病を経て、なりふり構わなくなっているのだろう。本当に今ここから出てきているもの以外は捨て去るしかなくなっている。自分の身体に余裕がないので、真の今ここ以外の雑味の部分(他者や自分の評価、社会的な礼儀・・)を捨て去るしかない。これは病が生み出してくれている新しい自分だと思う。

2020年

3月

04日

新型コロナウィルスと今ここ

●新型コロナウィルスが日本において流行しはじめている。昨日は家の近くのビルでも患者が発生し、私にとっても他人事ではなくなっている。特に私は高リスク(致死率が20%をこえるといわれる)の80代後半の母親と同居しているので、万一にも私からうつさないように気をつけている。

 

●ところが昨日、母は地下鉄に乗って梅田まででて、日常通っている囲碁教室に行ってしまった。閉鎖空間の危険性をあれほど伝えたにもかかわらず、である。私は少しがっかりしたが、ふともしかすると今私たちには「正常化バイアス」が生じているのではないかと気づいた。

 

●災害時に脳は3つの段階を経ると言われている。第一段階は否認である。9.11テロが発生した時も、ビルにいた人たちは避難を先延ばしし、非常に鈍い行動をとったことが知られている。そこには現実に対する奇妙な無関心があり、いのちを守る行動ができなくなってしまったのだ。

 

●こうした事が起こる理由として「正常性バイアス」がある。何か起こるたびに反応していると精神的に疲れてしまうので、人間にはそのようなストレスを回避するために自然と脳が働き、心の平安を守る作用備わっている。これによって非常事態であるにもかかわらずその認識が妨げられてしまう。

 

●日々新型コロナウィルスがじわじわと広がっていること、しかも高齢者にとって危険であることが報道されている。こうした中で母が過度のストレスを避けるために、正常化バイアスという防御をしても不思議ではない。実際彼女は、高齢の囲碁友だちが、皆元気でぴんぴんしていたことをとても喜んでいた。

 

●こうした正常化バイアスは今、母一人ではなく多くの人に起こっているように感じられる。しかしこれが行き過ぎ、日常と同じ行動を皆がとると、感染リスクを増やし、新型コロナウィルスを早期に押え込む可能性をなくしてしまう。だから今こそ自分がそうした心理状態に陥っていることに気づき、対処する必要がある。

 

●災害心理学によると緊急時は感情(扁桃体)が理性に勝り、現実に起こっていることを受け容れられなくなることがある。つまり恐怖心が強くなりすぎて行動につながらなくなる。これが正常化バイアスにつながる。こうした時に一番有効なのが「今ここ」の呼吸を意識し、深くゆっくりと息を吸うことだ。

 

●呼吸は体神経と自律神経を橋渡しするので、感情を統制できるようになると言われている。その上で、もしかかってしまったら、とかこうしなければよかったとか、未来や過去に煩わされないことだ。つまりありのままを見て、起きていることを否認せず、今できることに集中することである。

2020年

3月

02日

今こことしての私

昔銀行員であることを辞めた時、名刺を渡せないことをショックに感じたことがある。私はその時、「・・銀行の博野」ということに価値を感じ、それが「私」であると信じていたのだと思う。私は自分が所属している組織、過去の経験、行動を認識し、「私」を銀行員、○○大学卒・・・などととらえていたのである。

 

つまり私を何かを持っている私、つまり「何者か」ととらえていた。しかし前述の「水圧を感じる体験」が、自分にも他の人にも日常的に生じているごく普通の体験であることがわかってきてから、その「私」のとらえ方はかわっていったように思う。自己の捉え方が変えられたのである。

 

この「水圧」の具体的な形としての気持ち、想い、体の感じは、私の意志とはかかわりのないところで今ここに生まれてくる。またある状況を打開するのに必要な「水圧」はいつも私に与えられるわけではない。それは他の誰かに与えられることもある。またいつ生じるか予測もつかないし、望む時に与えられるわけでもない。

 

こうした体験においては、自分のことを例えば「管理職」とか「研修のスタッフ」という風に、私がもっているものでとらえることは、ほとんど意味がない。むしろそれは自意識過剰をもたらし、例えば自分がグループをなんとかせねばといった間違った方向に私たちを導きかねない。

 

こうした自己概念は「今ここ」で「水圧」を感じ、従うことを阻害しかねない。こうして私は、何かを持っている私、「何者か」であることが自分であるとは考えないようになった。これは自己についての物語にすぎず、私そのものではない。それでは私とは一体何なのか。

 

考えてみると今ここの実在の流れ、具体的には、何かの気持ち、想い、体の感じは、私の意志を超え、私に与えられる。そしてその「水圧」が私や私たちを導き、関係やグループを成長させる。つまりそれを大切にすることが、自分も他者も大切にすることになる。

 

そうであるなら、その時々に「今ここ」で生まれてくるもの、例えば感じや気持ち、想いこそ、私ではないだろうか。つまり私とは、私についての物語や自己概念ではない。むしろそれを変容させる力を持つ「今ここ」こそ、真に実在するありのままの私だと捉えることができるだろう。

 

しかしこうした私は、自らの意志では生み出すことはできない。私とは「今ここ」の流れの中で刻一刻と与えられている存在であり、自分を超えたものによって生み出されている。私はこのように「自己」を徹底した受動性の中で理解するようになっている。

 

2020年

2月

28日

ラボラトリートレーニングと今ここ

こうした「今ここの実在の流れ」について私は、ラボラトリートレーニングからより深く学んだように思う。前述の銀行員時代に、私は今ここで与えられる「水圧」のようなものを感じ、電話相談のボランティアをしていたことがあるが、その時ラボラトリートレーニングに出会った。

 

しかしラボラトリートレーニングの体験を重ねるうちに、こうした「水圧を感じる体験」は決して私一人にあるものではなく、多くの人が感じている比較的ありふれたものであることがわかってきた。むしろそれはあまりにも当たり前の何気ないものなので、あまり注目されないことの方が多い。

 

例えばグループの中で、いまここでグループの誰かが「ふと感じて言いたくなったこと」を伝えてくれ、グループが思わぬ形で展開することがその典型である。本人はその「今ここの実在の流れ」による水圧を意識化していないが、実際にはその「水圧」に従うことで関係性やグループが大きく進展している。

 

ラボラトリートレーニングでは、人為的に権限関係や社会的ルールなどが全くない状態、つまり社会的真空状態を作り出す。そのため参加者はこれまでに培ってきたかかわり方のパターンでは対処することができないことが多い。つまり自己や世界の物語を再検討せざるを得ない状態に置かれる。

 

そこでフルに自分の中を探り、新たなかかわり方、反応の仕方を探ることが起きる。その中で、自分が「いまここ」で伝えたい、かかわりたいことへの感受性が高まっていく。ある時、私は「今ここの実在の流れ」の力を確かめるために、ラボラトリーの中で一つの実験を意識的に行った。

 

それはグループの中でそれぞれのメンバーについて「今ここ」で感じていることを、フォーカシングの方法を使って言葉にし、そして「水圧」を感じたら、つまり伝えたい気持ちが生まれたら、それを率直に相手に伝えるというものであった。そしてそれは驚くべき効果を上げ、グループを進展させたのである。

2020年

2月

24日

私一人の道を歩む

このようにいま私は生きるベースを求める上で、私や世界についての物語を変容させる「今ここに起きてくる実在」の流れが大切であると感じている。つまり今ここの流れこそが私の生きるベースになりうるのではないかという仮説を持っている。

 

考えてみると私は「今ここに起きてくる実在」の流れによって導かれてきたように思う。初めてそれに気づいたのは、最初についた仕事を辞めた時のことである。20代の頃私は銀行員をしていて、安定した収入を得ているエリートサラリーマンとしての自己概念を持っていた。

 

また当時銀行が経済の血液の役割を果たしていると思っていて、仕事自体には必ずしも違和感を持っていなかった。ただふとした時、私の中からこうした生き方をしていていいのだろうかという想いが湧くことがあり、それは時間が経つに連れ、ますます強いものになっていった。

 

それは水圧のようで常に私に何かを迫ってくる。しかしこうした体験は、簡単に人に言えるものでもないので、自分一人の胸に納めておいた。それで私はその「水圧を感じる体験」が、私一人に起こる異常なものなのではないか、さらにそれは何か危険性を秘めているのではないかと疑いを持っていた。

 

このように私は当時、そうした「今ここの実在の流れ」に対処する方法を知らなかった。だから私はこれまで私が作ってきた安定した世界を守ろうと、「今ここ」と葛藤を繰り広げ、心理的に疲れ果ててしまい、自分を傷つけたい気持ちが起こることもあった。

 

こうした中、父がガンにかかり、それをきっかけに私は銀行員を辞めることになった。これによってこれまで築いてきた私の自己の物語は崩れていくことになった。例えば偏差値教育の影響もあって、私には銀行員として生きることが社会的地位もあり、たくさんの人が通る広々とした道に見えていた。

 

だから銀行を辞めた時、優秀な友人たちがいる世界から一人落ちこぼれた感じを受けた。また銀行の時は病であっても出勤することが当たり前だったので、無職になって平日の昼間に家にいることに長い間罪悪感を感じた。与えられたものをこなすことが身についていて、誰からも課題や仕事を与えられない状況に慣れることができなかった。

 

しかしその中で私は徐々に私一人の道を歩みだした。フリーで仕事をし始めてしばらくすると、平日昼間に家にいることに対して罪悪感をひとかけらも覚えることもなくなった。課題や仕事を作るために企画し、自分から動くことの面白さも覚えた。

 

昔の自分を思い出す時、いかに自分がその当時作っていた自己についての物語に縛られていたかに気づかされる。今から考えればその罪悪感やエリート意識は、私がその当時属していた集団のもつ物語に同化し、そこから生まれていたものだったのだとわかる。

 

そして気づくと、「今ここ」と葛藤を繰り広げ、心理的に疲れ果ててしまっていた自分はどこにもなかった。そして銀行をやめるという選択に対し、身体はスッキリした感じ、間違っていない感じを持ち続けていた。私は私という物語を守ろうとして「今ここ」と葛藤することをやめ、それに従い私一人の道を歩むことを学んだのである。

2020年

2月

13日

 今ここと自己という物語の変容

さて私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、「私が生きる知」を探求する上で、今ここにある実在に裏打ちされた言葉で語られた物語かどうかを見分けることが大切であることを考えてきた。私は実在のない恣意的な言葉で語られる物語に注意する必要がある。

 

ところでもう一つ注意が必要と思えるのが、こうした実在に裏打ちされた言葉で語られる物語は常に変化しうるということだ。新たな経験によって常に新たなフェルトセンスが今ここに生起し、その象徴化によって自己の物語、そして世界の物語は塗り替えられていく。このことは何を意味するだろうか。

 

一つはこの世界の中で私が「何のために」、「何を大切に」「どのように」生きるかのベースを求める過程には終わりというものがないということだ。新たな経験によって自己や世界の物語は変化するから、生きるベースもまた変化する。この物語には完成形はなく、常に経験に開かれている。

 

もし世界や自己についての物語が閉じられたもの、変化しないもの、つまりは究極のものと主張されたなら、その世界は非常に危険だということだ。私をその世界に閉じ込め、エージェント状態に貶める可能性を持つ。そしてその物語は今ここの実在に裏打ちされていないだろう。

 

逆に言えば常に変化することだけが変わらない。世界や自己の物語は、新たな経験の中で今ここで新たに起きてくる実在によって常に塗り替え続けられる。だから私には物語の中味と同様、「今ここに新たに起きてくる実在」の流れこそ生きるベースを求める上で鍵になると感じられている。

2020年

2月

08日

物語と「今ここ」

これまで書いてきたように物語は可塑的であり、悪意のある共同体によって悪用される危険を持つ。『ホモデウス』の中でハラリが述べたように、自己も含めた世界は全てフィクション(虚構)の物語であると捉える人もいる。それではこうした物語は全て捨て去るべきものなのだろうか。

 

本当に世界や自己という物語が全て、虚構に過ぎないのであれば、生には何の意味も、価値もなくなるだろう。歴史は編纂できず、どこに向けて歩みを進めることもできなくなる。私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」を学び問うのも絶望的となる。

 

ところで先日私は、生きるための知を理解するために「身体の知」ということが大切になることを書いた。つまり私には一つの経験の中で今ここに起きてくるフェルトセンスを身体の知を使って自己概念に取り入れるということが可能である。このことは何を意味するのであろうか。

 

それは物語には二種類あるということを示しているように思われる。経験の中で生まれるフェルトセンスは実際に今ここに存在している。私はその実在を感じることができる。言葉やイメージ(象徴)として象徴化する際も、その実在に触れて、「それは違う」、「そうそう」と区分けすることができる。

 

そしてその象徴化作用の中でその経験は受容され、自己概念は変容していく。これはつまり自己の物語が変容していくということだ。ところでここにおける自己の物語は、常に今ここに存在する実在に裏打ちされている。つまり誰かの恣意によっては語ることのできない言葉であり、物語なのだ。

 

一方私が起きる経験(フェルトセンス)を拒否し、今までの自己概念にしがみつく時、その私についての物語には何の土台もない。そこにあるのは実在に裏打ちされない空虚な言葉であり、物語である。それは悪意のある人によって恣意的に作られうる。そこに取り込まれると他者からマインドコントロールされる自己になってしまう。

 

世界についても同じだ。もしそれが空虚な言葉で語られるなら、それは全く虚構であり、ただの言葉に過ぎない。しかしもし私の中で今ここにあるという実在に裏打ちされた言葉で語られる物語であるのなら、それは虚構ではない。私にとってこの2つの違いを見分けることは、生きる上でとても大切なこととなる。

 

2020年

2月

02日

服従の心理

前述のように共同体の持つ世界や物語は可塑的である。それは絶対でもないし、過ちを含み、変化していくものでもある。一見こうした世界は物理的な現実に見えるが、それは暴力や罰、配分、規範などによって物語を補完して実体のあるものに見せているだけで、実際には物理的な現実ではない。

 

しかし一度ある物語が共同体に共有されたら、それは成員間の協力や社会の秩序を維持するためにとても役立つものとなる。そのため共同体は権威と強制力を使って物語を成員に教え込み、その物語を信じない人、規範に従わない人には罰をあたえる。

 

そして私はこの共同体で生きていく必要があるから、脅迫的に世界に適応しようとする。ミルグリムが行なった通称「アイヒマン実験」では、多くの人たちは、権威を持つとされる実験者の命令に従い、罪のない人に電撃を与えた。そして強い電撃を与えた人ほど自分の行為を正当化した。

 

『服従の心理』の中で彼は、これを「エージェント状態」と呼んでいる。私たちは世界に適応するため、上位者(実験者)に、「何のために」「何を大切に」を考えることを委ねてしまう。そしてそこで行った自分の行為が人として許せないものであるほど、世界とその物語を正当化しようとする心理が働く。

 

悪名高いナチスのアイヒマンはこの状態になって何百万ものユダヤ人虐殺を行ったと言われる。私が求めている物語は、こうした出来合いの物語を受け入れることで得られるものではない。それは「何のために」、「何を大切に」生きるかを人任せにせず、自分で感じ、考える中でしか得られない。

2020年

1月

30日

私と世界についての物語

私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、「私が生きる知」は、私がこの世界とその中での私(またはその関わりの歴史的流れ)をどのように捉えるかに関わっている。だからこの「知」は、世界と私について、私がどのように「物語るか」と関わっていると言えるだろう。

 

それではどのような物語によって、私は他ならぬこの私がそのために生き、死んで良いと感じるようなベースを得られるだろうか。それはまず自分の生きる意味や存在意義を確かにしてくれる物語であるだろう。それは世界や他者に自分が貢献できる物語でもあるだろう。

 

しかしこうした物語には危険もある。それは共同体が与えてくれる物語を鵜呑みにしてしまう過ちに陥る可能性が出てくることだ。例えば私がナチス時代のドイツに生まれ、その世界観、ゲルマン民族だけが至上でありそのための世界建設のために戦う必要がある、を教えられ身につけたとする。

 

その私がナチス党員になり親衛隊に入れたとしたら、私は誇りに感じ、生きる意味や存在意義を見出しただろう。そして恐らくユダヤ人を迫害することを必要なことと感じ、命じられれば実行したかもしれない。しかし今この場で生きる私にとってはもちろんそうではない。

 

このように時代や場所を少し離れて眺めると、共同体の物語はあまりにも多様だ。ナチスの描く世界、キリスト教の描く世界、侍の世界、現代日本の国が描く世界・・。それぞれの世界はあまりにも違う。そしてそれは時に偏狭であり、外部の人に残虐でもある。私の求める物語はこうしたものではない。

2020年

1月

24日

身体の知恵

前回、これから私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」を学び問うためには、私が「私を生きる専門家」として、現実状況に向き合い、それを「省察」すること、つまり体験から学んで行くことが必要であると書いた。

 

ところでここで学び問う「知」は、もちろん大学入試で測られるような知ではないだろう。また科学的知見や技術的方法についての知でもない。それはこの私が本当にこれでいいのだと心から腑に落ちるように生き、そして死ぬことを可能にしてくれる「私についての知」である。

 

こうした知についてより理解を深めるには、フォーカシングを創始し『体験過程と意味の創造』という本を書いたジェンドリンの考え方が役立つように思う。彼は哲学者として自分のテーマを追求する過程で、心理学者のカール・ロジャースに弟子入りし、共同研究をすすめた。

 

ロジャースは、自分についての見方、捉え方である自己概念と経験の関係を追求した。そして、自己概念とあわない経験を排除してしまうのではなく、新しい経験を受け入れ、新しい自己を発見していく中で、自己概念と経験の一致が起こり、自己成長が促されると考えた。これが「経験の受容」の考え方である。

 

ところでジェンドリンによると、物事や問題・人に対し「どう感じる?」と問われた時、何かが感じられていてもそれが何だかわからない、よくわからないけど、もやもやしている、胸が重苦しいなどの「感じ」が起きることがあるという。はっきりしたイメージ、言葉、感情になる前の未分化な「感じ」である。

 

これをジェンドリンは「フェルトセンス」と呼んだ。これを無視してしまうと、経験の受容による自己成長は起こらない。ジェンドリンはこの未分化の「感じ」に注意を向け、それが言葉やイメージになっていく(象徴化される)ように丁寧につきあうことで、経験の受容が促進されると考えた。

 

具体的にはこのフェルトセンスは、(例えばある人とのかかわりにもやもやした違和感がある)現状の自分を示すとともに、自分がよりよくあるための変化の契機を含んでいる。(何がこんなにもやもやするの?何が必要なの?)そしてこれが象徴化され受容されることで、その変化が実現していく。

 

そしてこうして体験が言葉やイメージ(象徴)になっていくことで自己概念の中に取り入れられるプロセスが「気づき」である。これはまさに「私についての知」が生まれる瞬間と言える。このように彼は、私たちが受容を求められる経験について、頭でとらえるより前に身体は知っていると考える。

 

ところでフェルトセンスに丁寧に焦点を当て、経験が受容されると、身体的特徴として、必ず身体に何かがほぐれた、気持ちのいい感じが伴うとする。それは「そうそう!」「そうそれ!」と感じられるものであり、まさに「腑に落ちる」感じを伴うものなのだ。

 

このように私は、「私を生きる体験」から起きるフェルトセンスを大切にし、「腑に落ちる感じ」を頼りにすることで、これから私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」を学び問うことができる。これは頭だけではない、身体の知によって可能になるのだ。

2020年

1月

23日

体験から学ぶ「私を生きる知恵」

前に書いたように今の私には、これから何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベース、つまり「私を生きる知」が必要になってきている。しかしこうした知は多分客観的、科学的な方法では得られないだろう。それは人間一般ではなく、この「私」が生きるための知だからだ。

 

それでは私はどのようにしてこうした「知」を学び問うことができるのだろうか。それにはまずドナルド・ショーンが『専門家の知恵』という本の中で述べた知恵を獲得する方法が参考になると思う。彼は科学的知識を技術に転用し、現実の問題を解決していく方法論を技術的合理性モデルと呼んだ。

 

この方法は医学や工学という分野で大成功をおさめた。その結果、科学に基づく技術を政治や社会といった分野にも使用することで問題解決が可能であるという考えが広まっていったとする。しかしこのモデルは、社会的な目標を達成し、問題を解決することはできなかった。

 

この現実の世界には、複雑性、不確実性、不安定さ、独自性、価値葛藤という現象がある。その現実の実践の中で、技術的合理性モデルには限界があったからである。そして「私」がこの現実の世界を生きる際にも、同じような現象に直面する。私は科学的・技術的方法では生きることはできない。

 

こうした中、ショーンは、実際に不確実な状況の中で有効に働いている様々な「専門家」を分析し、彼らが無意識ながらも実践のなかで、状況に対応するための「知」を生み出していることに着目した。その「知」の探求のプロセスが「行為の中の省察」である。

 

例えば技術的合理性のモデルでは、「なんのために」が問われることはない。与えられた目的のために「どのように」技術を適用するかだけが問われる。しかし社会にかかわる現実状況には価値葛藤が存在し、まず実践者は「専門家」として今の状況を分析し、それに枠組みを与える必要がでてくる。

 

つまり実践を行う人は、すでにある科学や技術などの一般的知識を活用しつつ、その上で行為の中で生じる体験を省察し、自分の向かいあう状況の中で「何のために」「何を大事に」「どのように」行為すればいいのかついて新たなフレームワーク、「知」を構成しながら実践していく。

 

もし私が「私を生きる知」を得たいなら、「私を生きる専門家」になる必要がある。つまりこの私を生きるという現実状況の中で、「省察」によって「何のために」「何を大事に」していくかのフレームワークを作り、その枠組みの中で、さらに「省察」することで「どのように」生きればいいのかを見いだしていく必要がある。

 

こうした観点から、私にとって真に意味のある生きるためのベースは、次のような方法論で生み出していけると考えられる。まず現実状況の中で私自身の生きてきた体験を「内省」することである。つまり体験をふりかえる中から「私が生きるための知」を見出すことである。

 

また先人たちが築き上げた哲学や思想、理論といった一般的知識や先人たちが自身の体験から抽出した「その人が生きた知」も役立つと考えられる。こうしたすでにある「知」と私自身の体験をつきあわせることで、「何のために」「何を大事に」生きればいいのかのフレームワークはよりブラッシュアップされるだろう。

2020年

1月

17日

生きていくためのベースについて

60歳を目前にして、今改めて自分が生きていくための指針・ベースについて学び問いたい気持ちが強くなっている。年齢的にも、身体的にも、死を意識せざるを得ない状況の中で、これから私が何のために、何を大切にして、どのように生きていくのかのベースを再確認したい気持ちが生まれているのだ。

 

このように私が再確認したい指針・ベースには、次のものが含まれている。

 ・何のために生きるのか(生きる使命・生きる意味・死の意味)

 ・生きる上で大切なものとは何なのか(価値観、行動指針)

 ・どのように生きるのか(生き方)

 

つまり私の求めているベースとは単なる生きる意味、価値観、生き方ではない。それらが密接に組み合わされた総体、つまり自分自身にこうしたベースを生きることが大切であることを確信させ、その大切にしていることを実現するために、いかに現実状況の中で生きていくかについて導いてくれるものである。

 

それは「人間どう生きるべきか」といった問いに答えを与えてくれる客観的な真理や科学的知識を得たいということではない。これは人間一般の話ではなく、この「私」が生きるための指針なのだ。かつてキルケゴールが「私がそのために生き、かつ死んで悔いないような実存的真理」と呼んだものに近いと思う。

 

このベースは、別の観点からすると「私自身が生きるための知の体系」と呼べる側面もあるかもしれない。それはまさに私がこの世界を生きていく時に様々な選択の指針となり、私を導いてくれるものである。それがあるがゆえにこの世という大海原を安心して渡っていけるようなものなのだ。

 

ところで人間は皆、自然に生まれ、生き、死んでいくのだから、こうした「私が生きるための知」がなくても困らないのではないか。いや、私は生きる上で大変な困難に直面すると思う。それはティリッヒが指摘したように、この世界には「生きる勇気」を奪う不安や脅かしがあるからだ。

 

例えば最近私はある慢性病にかかっていることがわかり、その検査の過程で万が一のこと、つまり死の存在に直面せざるを得なかった。「私を生きるための知」がなければ、自分が死によって無に帰するという恐怖とそれに伴う不安に対処することは難しいように感じる。

 

考えてみると病気でなくても死はいつ襲ってくるかわからない。死への恐怖やそれに伴う不安は、日常の中では巧みに「見ない」ようにできる。しかし決してなくなることはなく、時限爆弾のように人生に現れてくる。「私を生きるための知」というベースなしに、絶望や虚無に陥ることなく生きていくのは難しい。

 

また人生の中で、例えば一人で寂しく老いて死んでいくような運命が待ち受けているかもしれないという不安は拭えない。こうした不安は無力感を生む。突き詰めて考えた時、この世界には本当に意味があるのかという問いも生じてくる。これに答えられないと空虚さが人生を満たしてしまう。

 

さらにこの世界で自分が悪しきものと感じられることもある。それは罪責という形で私を脅かす。だから私はこうした不安や脅かしの中であってもなお、絶望や無力感、虚無に陥らず、自暴自棄にもならないで人生を送るための、生きる勇気を与えてくれるベースが必要と感じている。

2020年

1月

15日

自分について解釈することと今ここをいきること

昨日の夜中に目が覚めて、自分の来し方をふと考える時間があった。いろいろなことを思い出しながら、自分って真面目すぎてつまらないなと感じたり、自分の過去の人との関わり方が本当に良かったのかと考えさせられた。そしてやるせないような気持ちが生まれ、自分に否定的な感じが生まれてきた。

 

こうした「自分って真面目すぎてつまらない」「自分の関わり方は誤っているのでは」などという解釈や評価は常に過去の自分に向けられる。そして私自身が何か失敗者として決定づけられたように私自身に思わせる。例えば「真面目すぎてつまらない人」という風に私を何かの枠(檻)に閉じ込めてしまおうとする。

 

しかし今朝起きてふとした瞬間、「それでも私には今ここが与えられている」という感じが起きてきた。そしてそのことが、私に希望の光として差し込んできた。それはこのような事だ。つまり過去のある関わりを今振り返った時、「自分の関わり方は誤っていたのでは」と感じることは確かにあった。

 

しかし私はそれを機械的に繰り返す存在ではない。同じような状況が起きた時、私は新たに与えられる「今ここ」の気持ちや想い、感じを頼りにして新たにその人や状況と関わることができる。だから私は「関わり方の下手な人」ということに未来永劫決定づけられることはないのだということだ。

 

しかも「自分の関わり方は誤っていたのでは」と感じた過去の出来事においても、私は「今ここ」の気持ちや想い、感じをできるだけ大切にして関わってきた。その時は、そこには他の選択肢はなかったのだ。だからこんな風に自分を否定的に感じ、評価する必要はどこにもない。

 

今感じているのは、まず第一に自分が自分を解釈、評価する、その仕方は時に恣意的であり、不完全なものだということだ。しかし、生きている中で自分を解釈、評価することは避けられない。ただその時でも、私はそれによってどんな枠にも閉じ込められはしない、人生の失敗者などと決定づけられはしないことを忘れないでいたい。

 

 

今ここを生きるということは、こうした過去の解釈や評価によって自分を自分で作った檻の中に閉じ込めないことだ。今ここはまさに新しい時として与えられる。この今の私は新たな「今ここ」に応答して、新たな私として生きることができる。

2020年

1月

11日

今ここに生きることと平安について

昨日、消化器内科の受診があった。やはり膵臓の嚢胞病変であり、大きいもので15ミリくらいあるとのことだった。癌マーカーの検査をし、またCTを取ることが決まったが、医者の話ではガンは疑っておらず、嚢胞を一年に一度くらい経過観察するような感じで説明された。

 

前回検査の結果を自分で調べた結果、膵臓の嚢胞病変があるとわかってから、私なりに色々と覚悟をしてきた。来年があるかどうかわからない中で、どんな時が与えられても平安でいることをねらいにもした。

 

しかし昨日病院から帰ってから、いろいろな言葉にはつくせない気持ちや感じた、想いが奔流のように湧いてきて、平静でいることが難しい状況が生まれた。また妻に少し当たってしまった感じにもなった。

 

まず思ったのは、もし医者から癌が疑われ、来年が迎えられるかどうか疑わしいのであれば、こうしたものは湧いてこなかっただろうということだ。これは「ガンは疑っていない。年に一度経過観察をする」という言葉、つまり来年がある可能性が高いという認識から生まれてきたものだ。

 

それはただ良かったという安心ではない。うまく言い表せないが、この身体の奥深くから湧いてくる、生きたいという根源的な欲求のようなものであり、生も死も今ここで同じに受け入れる万物斉同の考えに対し、それは嫌だと叫び声を上げているような感じだった。

 

その感じは他の人の下の世話をしている時のような生々しさ、ドロドロしたものを含んでいた。いのちをこの身に持つ身体が、それそのものの存在を主張して、自己の存続に執着しているように感じられた。これが「来年があるかもしれない」という認識の中で、まさに溢れ出てきたのだ。

 

さらに身体を脅かす危険の中でも、「今ここ」を信頼し平安でいたいと努力することが、こうした生々しさやドロドロした感じに蓋をする作用となっていたようにも感じる。恐れや根源的欲求を含んだ生々しさやドロドロした感じが、平静の心を失わせることを私は嫌がっていたのだなと感じる。

 

しかし今思うと、こうした中でも私は一番奥底で「今ここ」を信頼していたと思う。また身体が自己の存続を求めて生々しい叫び声を上げることは、私の平静さを失わせることになるかもしれないが、いのちの一番深い真実に近い、とても大切なものであるように感じる。

 

私のしたいことはこうした奔流のような気持ち、想いに蓋をして平静を保つことではないだろう。むしろこうした言葉にならない気持ちや感じの洪水の中で、それも与えられた大切な時であると捉え、でもそのさらに底流にある「今ここ」のいのちの流れを感じ取り、そこに信頼して、もっとも奥の部分で平安の中にいることだと思う。

2020年

1月

10日

今ここを生きるということ

最近、今ここを生きるということの大切さを痛感しています。

昨年12月に検査入院をしたのですが、先を思い煩ったり、過去を後悔したりすると心が乱れ、穏やかな気持ちでいられなくなります。どんな時が与えられても、平安を保つには、「今ここ」を信頼すること、今ここでできることに集中することが大事だなと感じています。

 

今年はこのブログで「今ここを生きること」について書いていきたいと思っています。

2015年

7月

06日

老年期

エリクソンの「老年期」を読んでいます。CommentsAdd Star

今年は4月くらいからエリク・エリクソンを読み始めました。ライフサイクルやアイデンティティに関するさまざまな彼の考えをおってきましたが、この本は彼自身が80代になったときに書かれた、人生の最後の時期の「生き方」に関する本です。


彼がまだ若い時に始めた研究の際に、対象となった若い親たちが年を取り、老人となったのを詳細なインタビューで調査しています。


この年代になった時、老人が死に直面しつつ、これまでの自分の生き方を改めて再吟味し、残された時間に向かう様子が克明に記録されており、私自身、こうした時期に向かう準備を今からしておかねばならないと強く感じています。

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2015年

6月

25日

「青年ルター」

いまエリクソンの青年ルターを読んでいます。CommentsAdd Star

青年ルター〈1〉

青年ルター〈1〉


エリクソンの考え方の重要なものの1つに、個人がその深い内面的葛藤を克服するための闘いが、その時代に共通する矛盾や葛藤を乗り越えるエネルギーとなることがあります。これを体現するのが、歴史を動かすアイデンティティを提示する偉人たちです。エリクソンはその例としてガンジー、ルターを取り上げ、その前半生を分析する本を書いたのです。


私が感銘を受けたのは、一人ひとりの内面と歴史の動きが連動しているという指摘であり、しかもあたかも内面的な弱さととらえられがちな葛藤の存在、しかもそれを深く感じ取り生きている人、つまり今の社会にそのまま適応できにくい人が、はじめて社会を変革する新たなアイデンティティを提示することができるということでした。


しかしこれらの本をみると、総じてこうした偉人には、表面的な意味での心の安心、知足というものはないようで、私だったら嫌かなとも思います。でも最近こうした葛藤や矛盾があっても、それが起きるままに起きることを受け入れることが「心の平和」なのかもしれないと感じてもいます。

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2015年

5月

28日

死を見つめる心

いま岸本英夫さんの『死を見つめる心』を読んでいます。Add Star

死を見つめる心 (講談社文庫)

死を見つめる心 (講談社文庫)


これは随分前の本ですが、宗教学者だった岸本さんがガンにかかり10年間の闘病の中で、死と向き合いながら書かれた本です。人生の午後を迎え、自分の死について目をそらすことのできない年になっている私にとって大切なことが書かれていました。


まず岸本さんは私のような立場の者と、病気等で余命が限定されてしまった状態では大きな違いがあると言います。それが「生命への飢餓感」です。死に向かってはいるがまだ余裕のある状態とは異なり、余命がはっきりと限られると、「空腹」と全く同じような命への飢餓感が猛然と湧いてくると記されています。空腹に耐えることが苦しい様に、生命の飢餓に耐えることも苦しい。これは覚悟が必要だなあと感じます。


また岸本さんは、死を「大きな別れ」ととらえる見方を提示しています。引っ越し、転職などいろいろな別れがある時、私たちは相当の準備をします。しかし死という大きな別れに際して私たちは十分な準備をしないことが多い。それでは「よい別れ」ができないというのです。


この準備の一つが、自分がそれによって死ぬことができる「生死観」を持つことです。岸本さんは宗教学者の立場から4つの生死観の類型をあげています。


1、肉体的生命の存続を希求するもの 例 不老長寿、ミイラ

2、死後における生命の永続を信じるもの 例 霊魂不滅 死後の生命 輪廻

3、自己の生命を、それに代わる限りなき命に託するもの 例 経済 会社 子孫など

4、現実の生活の中に永遠の生命を感得するもの 例 時間を超えた永遠感 禅


自分がそれで死ねると確信できる生死感を持っているのかどうか、今のうちに準備しておかねばならないと感じています。

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2015年

5月

04日

ピアジェの『知能の心理学』

いまピアジェの『知能の心理学』を読んでいます。


これは人間の成長を取り扱うラボラトリーにおいても基本図書の一つだと感じます。

とりわけ私が感動したのは、ピアジェが人間の発達の最終段階で挙げている形式的操作、つまり論理の発生が社会的協働関係とかかわっているという指摘でした。


その前の段階である知覚も感覚運動的知能も、直感的知能も「自己中心化」の傾向を持ちます。これは自分の身体を基準に物事をとらえるため、他者の視点からみるということが制約されるためです。このためこの段階の知能は、一方通行的で、自分の身体に固定化されたものになります。


一方形式的操作、論理においては、自己中心を脱却し、完全に可逆的で可変的になります。これは言い換えれば自分という視点を完全に離れ、他者の視点と自己の視点を等価でなものとらえないとできないのです。


ところでこうした形式的操作は言語や、数字といった表象を基盤としていますが、これは個人的に作られるものではありません。社会、つまり共同体のものなのです。そしてこの共同体が対等な社会的協働関係を作っている時、自己と他者の視点の等価性、可逆性が学ばれるのです。


社会のあり方と人間の発達が関係していることがこれほど明瞭に語られる理論に驚きを感じています。

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2015年

4月

21日

『ガンディーの真理』とアイデンティティ

いまエリック・エリクソンの『ガンディーの真理』を読んでいます。CommentsAdd Star

エリクソンと言えば「アイデンティティ」の概念が有名ですが、この言葉は通常私たちが理解しているよりも深い意味を持っています。


例えばこの『ガンディーの真理』は、ガンディーが自らのアイデンティティを確立していくプロセスが、イギリスの植民地としての支配を受ける中で衰微し喪失されていったインドのアイデンティティを取り戻すプロセスとして描かれています。


つまりアイデンティティとは、心理的に自分を支える中核的なものであるばかりでなく、同時にコミュニティや社会の中核的価値を表すものであり、そしてそれは歴史的なものでもあります。


ところでこうした歴史的アイデンティティが衰微しているかどうかを測るものとしてエリクソンは次のような指摘をしています。それは「子どもが、自分たちの未来について親が信念を欠いていることを知覚」しているかどうかです。


例えばイギリス製の綿布を強制的に消費させられていたインドでは、手織りの綿工業が衰退し、多くの民衆が職と誇りを失ったと言われています。法律や裁判もすべて英国式であり自分たちで何も決められず、変化させられない。こうした時、子どもを育てる親は、子どもの将来に信念を持つことは難しいでしょう。唯一未来への希望が持てるのは、上から押し付けられたアイデンティティ(英国の認めるインド人の役割)を受け入れる時だけなのです。


こうした時、ガンディーは手回しの「糸車」を復活させ普及する活動に取り組みました。それは単に反機械文明の活動ではなく、まず自らのアイデンティティの象徴であり、同時にインドの民衆が自らのアイデンティティを回復する上での象徴となりうるものであったのです。これは彼の考える「自治」の象徴なのです。


これを読んで私は、今の私たちの時代、そして社会のアイデンティティは衰微を始めているのだろうかと自問せざるを得ませんでした。なぜなら私はいま子どもの将来に信念を持つことは難しいと感じているからです。


植民地でないにもかかわらず、いまここで違和感を感じている原発が動いたとき、その作る電気を消費することを拒否する自由がないと感じています。異常気象が温暖化のせいと思っても、それを変化させることができない。そこに私は絶望を感じます。

その中で子どもたちはよい職業に就くために(希望を失わないために)よい大学、よい高校に入るための競争から逃れることができない、つまり与えられたアイデンティティを身につけるしかない状況にあります。


今求められているものは、私たちが心理的・社会的に重要であると感じることができ、そして子どもにもそうなってほしいと信念を持って思えるような歴史を包み込むアイデンティティなのではないかと感じています。

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2015年

4月

15日

教育と科学的方法〜経験を巡って

Tグループを中心としたラボラトリートレーニングはよく研究が少ないと言われています。CommentsAdd Star

確かに論文を検索してみると、60年代の草創期から10数年間にまとまって生み出された後、十分な数の論文がありません。論文の数が多いのはちょうどTグループの流行期にあたり、この研究で研究者になれた時期にあたります。


論文の数が少ないのはこれだけが理由ではないと思います。まずTグループではとても深い体験が起きるので、これを研究の枠組みで解き明かすことはとても難しいと感じます。論文として広く認められる実証研究ができないわけではないのですが、それが取り扱える範囲はいわば「浅い体験」にとどまる傾向があり、Tグループの実践者にとって、意味が薄く感じられるのです。またそのとらえ方が非常に一面的に感じられます。


しかし考えてみると、これは「教育」という実践にもあてはまることでしょう。ボルノウはその著書の中で、経験ということを再吟味して、例えば経験を積んだよい教師に成長するという「経験」をいわゆる実証主義的に解き明かすことが無理であることを述べています。


これはこれまでその教師が持っていた子ども観(世界観)を打ち破る新しい体験(例えば失敗体験など)が起こり、それによって子ども(世界)への自分の見方自体が変化するという痛みを伴いながら新しい認識や知恵を得るプロセスです。従って元の世界のとらえ方をベースにいくら実証的に数値を積み上げても、経験を語ることはできないからです。


つまりこれは狭い意味での経験論的な科学では語れないものであり、逆に言えばこうした狭い意味での科学の枠に入るものしか取り扱えないとしたら、教育実践は全く無味乾燥な人の成長に意味を持たないものになるでしょう。


この時私たちにできることは、新しい世界観、子供観をもたらしてくれた経験を解釈し言葉にしていくことです。つまりこの経験の前にもっていた自分の世界や子供についての認識はどのようなものであったのか、それがどう変化したのかを言葉にし他者と共有していくことです。


実際には私たちは日常生活を送るうち、自分でも意識しないまま、世界(例えば子供)をどうとらえるかの認識を作り上げ、それに沿って世界をとらえていきます。しかしラボラトリーでもよくいわれるように、そのとらえ方では新しい事態に対応できない危機的状況(例えば失敗体験)が起きた時、私たちははじめて自分の過去の認識を意識し、それに修正を加えていくことが可能になります。


こうした取り組みこそ、ラボラトリーを含めた教育実践の意味を広い意味で明確にしていくための「科学的方法」と言えると思います。こうしたボルノウの認識論が私は好きです。

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2015年

4月

10日

「出会い」の教育学的な意味

いまボルノウの「人間学的にみた教育学」を読んでいます。CommentsAdd Star

この中で彼は実存主義哲学が教育学に与えた影響として「出会い」の概念を挙げています。これはまさに「いまここ」の瞬間に他と出会うことで自分の生の意味が根本的に変わる実存体験のことを指しています。


また彼は教育が教養を知識として教えるだけでなく、この出会いによって非連続的成長をもたらすことを意図することが重要であると言っています。


私はラボラトリーでよく言われるこの出会い(エンカウンター)の概念がこうした哲学的基礎を持っていることを再確認できた感じを持ちましたし、同時に教育学がこうした方向にきちんと目を向けていたことを嬉しく感じました。


しかし今の学校教育でこの出会いが意識されることはほとんどないかもしれないなと思いますし、それだけにどこかでそれが社会的に提供されることが重要になるように感じています。

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2015年

4月

02日

離見の見

人が自分らしく成長していくことにおいて、「自分が自分をみる」感覚がとても重要だと感じています。CommentsAdd Star

でもこの感覚をうまく言葉にできない感じがしていたのです。例えばよく第3の目、つまり自分の視点で見る(第1の目)、他者の視点で見る(第2の目)、自他の関係を見る(第3の目)と言われますが、この説明ではその感覚をつかみきれない感じがしていました。


しかし西平直さんの『世阿弥の稽古哲学』の中で紹介されている、世阿弥の「離見の見」という考え方は、腑に落ちるところがあります。


世阿弥は3つの「見る」を説きます。最初は「我見」で、これは自分の意識作用で、「その時、その場(即座)」の当事者の視点です。2つ目は「離見」で我見から離れて、他者(世阿弥では観客)の視点に身を置いて、自分を見ること(自分の後ろ姿を見る)です。


そして「離見の見」とは、もう一度自分の「からだ」を取り戻しながら、こんどは、「離見」を含む自分を見るということです。これによって我見の「その時、その場(即座)」の立脚点から離れ「その時、その場(即座)」を今までの仕方とは違った仕方で体験する視点です。

ところでこの「離見」には「見る」という意識作用から離れること、つまり主客の区別をなくし、対象と一体化する感覚が含まれています。そして矛盾するようですがこの一体化した「私」を見るのが「離見の見」といえるでしょう。


この話を聞いて私には2つの気づきがありました。


1つは「離見」とフロイドのスーパーエゴの関係です。例えば他者の視点で自分を見る中には、「評価的視点」、「批判的視点」が入ることは避けられません。観客は舞い手をいつも「評価的視点」で眺めています。


そしてこうした評価的視点は、社会や親、学校などで意識的、無意識的に教えられた「こうあるべき」からも生まれてきています。例えば男は一生懸命働くのが当たり前という家庭や社会に育つと、何かの理由で職を失った時、平日の昼間にいくところがない自分をとても厳しくみる「離見」が生じかねません。これは社会や親の価値観と一体化しているのです。


私も非常に厳しく自分をこうした評価的視点でみるなあと感じていて、でもこれが行き過ぎると、本当に自分らしく、のびのびふるまうことは難しくなるなあと感じます。言い換えれば「離見」の仕方には人ぞれぞれクセがあるのです。


2つ目は「離見の見」と「いまここ」の関係です。ラボラトリーでは「いまここ」に起きてくる気持ちや想い、感じを大切にするということが言われますが、でもこの表現では「我見」、つまり「わがまま」を大切にするという意味にもとることができます。


しかしラボラトリーでいう「いまここ」は、「その時、その場(即座)」の当事者の視点だけではなく、他者とのかかわりの中で他者の視点も含みこむ「離見の見」でみて、「その時、その場(即座)」に湧いてくるものを大切に生きるということに近いと感じます。

私のラボラトリーの体験に即した言葉に翻訳すると、他者とのかかわりの中で、不完全で罪あると感じる自分をゆるし、それでもなお、いまここで湧いてくる感じや気持ち、想いを大切にしていく。これが「離見の見」の意味なのかなと感じます。

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2015年

3月

28日

エリクソンの「ライフサイクル、その完結」と今の課題

いまエリクソンの『ライフサイクル、その完結』を読んでいます。CommentsAdd Star

その中でエリクソンは、主観的な「私」という感覚が、ある種の中心性を保証されるように経験を統合することが、「自我」の持つ機能の1つであると述べています。

私たちはこれによって、「雑多な事象の流れの中で、無能な受難者ではなく有能は実行者になり、活力を奪われた存在ではなく、能動的で自ら動き出す存在であり、辺縁に追いやられた存在ではなく、中心的で包含的な存在であり、圧し潰された存在ではなく、自ら選択する存在であり、混乱し困惑した存在ではなく、ものごとがはっきりと見えている存在であると言う感覚」を得て、自分が安心して存在できることにつながると言います。

同時に私たちは、発達の中で、次第に多くの他者と出会い、その中でこの重要な中心的感覚=「私」を再生していかなければならないこと、つまり相互関係で結ばれたこうした他者との間にリアリティの感覚を共有することで、確固としたものにする必要があることも述べています。これが現実世界への適応なのです。

しかし考えてみると、現代は2つの意味でこうした「私」の確保が難しくなっているように思えます。1つは地球規模で広がる他者、特に例えばイスラム原理主義者のように理解不可能な異質な他者の存在と出会わざるを得ないことです。もう1つは自然科学における革命的進歩がもたらす、既存の支配的な世界像(現実世界の像)の揺らぎです。地球環境の問題などがその典型でしょう。

これはコペルニクス的展開によって、「自分が中心にある」という「私」感覚の秩序が、「世界」の広がりと変容によって脅かされている事態といってもいいかもしれません。

もし私たちが、こうした世界の変容という事態に対応できない時、「私」をという中心性を守るために、防衛機制を働かせるかもしれません。典型的にはこうした世界の変化をみないようにして、従来自分が持っていた狭い世界観に固執することもあるでしょうし、個人の精神的な病の症状が引き起こされるかもしれません。

前者の場合は、自分を守る必要があるため、他の世界観を持つ人への攻撃性が増すでしょう。また後者の場合、社会における精神疾患の割合が増えるでしょう。実際にいま他国や他の宗教、民族に対する攻撃性は増しているように思いますし、厚生労働省のデータでは、精神疾患を持つ人の数は増加しています。

こうした時エリクソンは「全人類的な成熟をかちとる」ことについてふれ、「現れ出ること」「成ること」の重要性を指摘しています。つまり人間の発達において、幼児期などでの課題に固着してしまわないで、発達することが重要なように、人とそして社会が「成るようになっているか」が課題であると考えているのです。

エリクソンの考えから見ると今の社会には、防衛的に狭い世界観の中に、人々を囲い込もうとする防衛機制が働いているように見えるのです。いま私たちの課題は、そうではなくむしろ私たちが「成るようになる」ことを後押しすることではないでしょうか。そしてその「成るようになる」という流れの中に「私」を見出していくことではないかと思います。

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2015年

3月

25日

セレンディピティ

今日は西平直さんの本の中で「セレンディピティ」と言う言葉に出会いました。これは「思わぬものを偶然に発見する才能」「幸運を招き寄せる力」と呼ばれます。CommentsAdd Star

教育人間学のために

教育人間学のために

確かにお金を稼ぐ、奉仕するなどの目標を達成するために、計画を立てそれを実行していく事は大切だと思います。

しかし人間の成長過程、人が生きることは一直線ではありません。ある段階まで来るとこれまでのアイデンティティを捨てなければならない時があります。後から見るとその時には既に次のステップが内包され、開花するのを待っていたことがわかるのですが、捨てるその時にはまだ次のステップは見えていません。

こうした時、私たちは確実な目標を立てることができません。そして今までやってきたことは、新たなステップでは意味がないように感じられます。

こうした時、「道草」をする中で幸運を見つけ、それをつかんでいくという発想は大きな手助けになってくれるような気がします。たぶんいままでは意味が感じられなかった何かに、「私の方の変化」によって新たに気づきが生まれる。そうした契機のことなのではないかと感じています。

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2015年

3月

21日

エリクソンの人間学

いま西平直さんの「エリクソンの人間学」を読んでいます。CommentsAdd Star

エリクソンの人間学

エリクソンの人間学


この中でエリクソンのキーワードであるアイデンティティを読み直し、受け取り直す作業をされていますが、この言葉は「主観的であると同時に客観的である、個人的であると同時に社会的であるという特徴を持つ」と言っておられます。


これは自我心理学のように自分の内界と外界を分離するのでなく、関係論的に見る見方です。従ってこのアイデンティティの発達は<関係の発達>として語られることになります。それは「自分はどこに属する者なのか」という問いと結びついた「一体自分は何者なのか」という問いなのです。

そしてエリクソンは最終的に「意味ある他者」として「人類全体」を受け入れることが自我発達の延長線上にあると考えていました。これは超越論に向かう流れです。


一方エリクソンは時代のアイデンティティの変化と相対的=関係的なものとして個人のアイデンティティを考えていました。歴史が変化する時、個人のアイデンティティも変化せざるを得ないのです。

またエリクソンはアイデンティティを単に達成するものととらえず、<プロセス>である<運動>としてとらえていました。古い自分を保持し一貫することと、より新しい自分へと再生していくことのズレを産みだしながらバランスをとっていく運動として理解する。


同時にアイデンティティと言う用語を、学者の説明概念ではなく、生を生きるもの自身によって使われる、当の本人の感じる<感覚>を写し取るための言葉と理解する。それは名付けられることによって初めてそれとして取り出された感覚の表現なのである。


最後に次のようなエリクソンの言葉を引いている。

「文化人類学者のウェストン・ラ・バールはかつて、人間だけが立てる故に、人間は一人で立つといいました。私たちはこれに、我々は各々が一人で立っているが故に、共に立たなければならないと付け加えることができるでしょう」


西平さんは言います。「初めて立ったときの「僕は立てるんだ」という感激が、やがて、いくつかの危機を経た後、「このためにこそ私は立っている」という自身になり、さらにはルターの「我ここに立つ」という確信へと高まっていく。」


私はこれを読んで、「今の時代」を生きつつ、自分の組織や友人といった枠を超えて、自分と社会を結びつける言葉で、つまり他の人にも届く形で「我ここに立つ」と言うことを言うための、「言葉」を見出すことが必要なように感じています。

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2015年

3月

20日

身体のゼロ地点

今日は「身体のゼロ地点」と言う言葉について考えています。CommentsAdd Star

これは西平直さんの

世阿弥の稽古哲学

世阿弥の稽古哲学


という本に出てくる用語で、能の稽古にまつわる観世寿夫氏の発言に即して言われています。

能の稽古ではまず生身を濾過すること、役者の生身の感情や欲望を濾過してしまう=自分を澄み切った身体にしてしまうことが重要だとされます。これは生身の個別性を無化し、抽象化する作業ですが、これによって初めて役柄の中で「役者その人自身の存在感」がにじみ出るそうです。西平はこの生身を濾過した透明な身体を「身体のゼロ地点」と呼んでいます。


私自身はラボラトリートレーニングを行う際に、いろいろなかかわりが起きる中で、一つ一つを終わって、元の位置に戻ることの重要性を感じてきました。過去の出来事から生まれる印象や感情を引きずっていると、「いまここ」で起きてくることに応答しにくくなりますし、へたをすると頭の中で作り上げた「その人像」に対して反応してしまうことが起きかねません。


それらを「濾過」して「いまここ」に応答できる瞬発性を保つ必要があるような気がしていたのです。そこに名前はなかったのですが、この「身体のゼロ地点」という言葉は、ラボラトリーを行う時に使えるなあと感じています。

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2015年

3月

18日

経験の貧困化

今日は「経験の貧困化」という言葉に出会いました。CommentsAdd Star

ラボラトリー、特にTグループを中心とするものでは、一回一回のグループ体験はそれぞれ全く異なります。そこでの経験は、一回きりで固有のもので、言葉にすることが難しいものをたくさん含んでいます。なのでその経験を他の人に語ろうとしてもうまく言葉にできません。このことを今まで私たちラボラトリーにかかわるものは「不利な条件」と考えていましたし、できるだけわかりやすく伝えるにはどうしたらいいだろうと頭をひねってきました。

しかし『経験のメタモルフォーゼ』という本に、『経験の貧困化』という考えが示されていてなるほどと思いました。そこでは「現代の特徴として言語的表現をこえた出来事との出会いの喪失が起きている。経験が固有性と一回性を失い、既知の出来事の分類箱に回収される。特定の土地や場所で生じた物語の固有性が薄められ、ありきたりの言葉で情報として流通する」と指摘します。そしてこうした貧困化し薄っぺらな情報としての「経験」を所有する自己はあらゆる関係から抜け出ているから、決して傷つくことはないと指摘しています。

これは言葉でコピーできるのは現実の経験の表層だけだと言う意味だと思います。本当に私にとって意味のある経験は言葉では伝えることができない、他者との関係をそのうちに含みこんだその場、その時だけの固有性、一回性を持つ、コピーできないものを含んでいるのです。

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2015年

3月

04日

「生きることのかなしみ」という力

立命館大学の蔦野さんという方が「生きることのかなしみ」という力という論文を書いておられます。CommentsAdd Star

以前から私はラボラトリートレーニングをする中で、トレーナーやファシリテーターが自分の有限性に気づき、何もできないと言う形で自分の力に絶望することが必要なように感じていました。その中でこそ、何か大いなる力に目覚めることにつながり、余計なことをせずそこにいることが可能になり、その力が「いまここ」で働くことにつながると思っていたのです。

蔦野克己さんは、まず「かなしみ」ということを自分の思いが持つ力の及ばなさや思いの無力さの意識ととらえ、人間が生きることそのものがこのかなしみの中にあると説きます。

そして愛娘を失った西田幾太郎の文章を引用します。「我が子の死をただひたすらかなしみ、ひたすらかなしみ抜く中で、私たちはあらゆるいのちを貫流する「不可思議の、絶大の力」の存在を感受することに開かれていく。かかる感受を通して私たちは自己の過信を棄て、その力に委ねられた自己の運命を生きる」そしてこの力を感受することこそが「生きる力」の教育に結びつくと論じています。

私は本当にそうだなあと感じています。この論文が載っている本をご紹介します。

教育人間学: 臨床と超越

教育人間学: 臨床と超越

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2015年

3月

03日

標準に近づける教育とその人らしい成長を促す教育

長岡看護学校で先生たちと話していたのですが、いま看護教育の現場では、試験に受かるための「標準に無理にでも近づけるかかわり」と「その人らしい自由な成長を促すかかわり」の間で葛藤が起きているそうです。CommentsAdd Star

試験に受かるためにある一定の標準に達する必要があることは明らかですが、しかし標準に達するための指導ばかりが行われるとその人らしく成長していく機会を奪うこともでてきます。

私は先生には、両方の視点が求められると思います。前者を自明と考える先生にとってラボラトリートレーニングに携わることは後者の目を養う重要な機会にると感じています。

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2015年

3月

02日

自分を見る「まなざし」

先週は、新潟県長岡市に出張して、ある看護専門学校で2日間の「人間関係トレーニングⅡ」の授業をしてきました。


これは看護師の国家試験の終わった直後に行われるもので、あとは卒業式しかないという本当に最後の授業です。3年間の学校生活をふりかえり、またこれからの人生や10年先を見通して、新たな一歩を探りながら、「マイブック」という自分だけの本を作るという長いスパンの「リフレクション」を促す授業です。


今回私にとって印象的だったのは、学生さんから自分自身を否定的にとらえる傾向があったことに気づいたというコメントが多く寄せられたことです。例えば一つのプログラムに「私のインベントリー」という実習があったのですが、自分がうまくできることは思いつかず、うまくできないことばかり思い浮かぶといった感じです。


だからでしょうか、この授業では「自分が自分自身を見つめる視線」には評価的で責める視線と、自分をありのままで受容し大切にし、また10年後のありたい姿に向けて育む「まなざし」があることを伝えたくなりました。そして後者を大事にしながら、こうした「まなざし」を他者に向けたとき、自分も人も大切にするかかわりが生み出されるように感じています。


看護師としてこれからもこうした「まなざし」を大切にして欲しいなと思います。

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2015年

2月

20日

国の機関でのリフレクション研修

昨日はさまざまな国の機関の評価者(課長級)を集めた部下の育成にかかわる研修でした。CommentsAdd Star

こうした方々もやはり部下の育成や部下とのかかわりには頭を悩ませておられるようで、午前中は互いにヒントを与えあうグループワーク、昼からはリフレクションの支援のロールプレイを行いました。

平均52歳くらいの方々なのですが、最初は堅く、いかにも管理者風に見えますが、互いにしっかり聴きあう実習などをしていくと、だんだんその人となりが見えてきます。

印象的だったのは、ベーシックな聴くということの重要性を再認識される方が多かったことです。部下を大切にして、いい職場をつくってもらえるといいなあと思います。

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2015年

2月

17日

魂のライフサイクル

今教育関係の本を読んでいます。いま面白いなと思うのは西平直さんの「魂のライフサイクル」です。CommentsAdd Star

単純に生きている間のライフサイクルを論じるのではなく、ユング、ウィルパー、シュタイナーという3人の大家を取り上げその理論を詳細に整理し、死後も含めたより広い観点から「成長」とライフサイクルを論じておられます。

ともすれば怪しくなりがちな話ですが、きちんと理論ベースに立ちながらこのことを論じていく勇気と方法に頭が下がります。

私は20代の頃ユングを読みあさった経験があるので、すごく惹かれました。

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2015年

2月

11日

組織づくりリーダークラブ第2期の打ち合わせ

昨日は産業創造館の組織づくりリーダークラブ第2期の打ち合わせをしていました。


これは産業創造館の「強い組織づくプロジェクト」に参加した企業や組織が、自主的に学びを進めるのを産業創造館が講師代など出してサポートしてくれる仕組みです。


昨年度は第1期で、3つの組織のリーダーが人を大切にする会議運営のファシリテーターとして成長することを支援しました。最後は実際に自分の組織の会議で知恵とチカラをあわせて課題を解決するところまでやったのです。


今回もこのまま2期目に入ってもよかったのですが、社長さんなどともう一度自分たちが今感じていること、望んでいることを出し合いました。結果として、リーダーとしてチームづくりを行っていくときのコミュニケーションをやろうということになりました。


特におもしろかったのは、社長さんも自分たちがちゃんと成長を促すフィードバックができているかを自己チェックできる場を持つことになったことです。これは上に立つ人にとって大変重要な学びになるのではと感じます。

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2015年

2月

06日

教育人間学

いま教育関係の本を読んでいます。CommentsAdd Star

最近印象深く感じているのが、教育人間学の考え方です。西田哲学の流れを汲んだ教育学者の考えを見ているのですが、その一節にこういうくだりがあります。

臨床的人間形成論の構築―臨床的人間形成論〈第2部〉

臨床的人間形成論の構築―臨床的人間形成論〈第2部〉

「・・・状況では、状況も主体ももろともに、全面的かつ持続的に変化する。これに対応するために、私たちはそのつど・・これを実存的に引き受け、このような主体として変化する状況に働きかけ、ここから翻って、あらためてまた主体を再生成する」

ここでは人間を変化するもの、常に状況の中で「生成していくもの」とらえています。そしてこの生成は自己の中で、同時に学ぶもの、教わるものの関係の中での相互生成によって起きてくると考えられています。

こうした中で教育学の問題として

(1)教育する側が一方的に教えるのではなく、相互性を取り入れること

(2)人間存在を受動的なものとしてとらえず、生成的なものととらえること

が挙げられています。

ラボラトリートレーニングは、まさにいまここを大切にした生成を大事にしおり、相互作用(トレーナーとメンバー、メンバー同士も含めて)から学ぶという観点で、こうした問題意識を先取りした学び方のように思えます。


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2015年

2月

04日

第3回ミニラボの打ち合わせをしました

先日、第3回目となるミニラボの打ち合わせをしました。CommentsAdd Star

まず毎年沖縄で一週間行うラボラトリーのスタッフと久しぶりに会い、近況などを話し合いました。

その話で印象的だったのは、ラボラトリー哲学である「体験から自分と人を大切にしていくことを学んでいく」というのは、必ずしもエスタブリッシュされた組織や仕組みの側から見ると歓迎できないものがあるのだなあと感じたことです。

ラボラトリー哲学の「いまここ」という中には、いまここで生成、創造されるものを大切にするということが含まれています。しかし、既成の考え方や正義、理念を守り、メンバーに受け取らせようとする側から見ると、それは危険思想に映るようです。

でも私はその中にこそ、「生きる」ということがあると感じます。

どうぞミニラボにご参加下さい。

<以下広報 第3回ミニラボ

「かかわり」から学ぶ‐自発的、主体的に体験から学ぶ能力を高める

昨今、絆という言葉が盛んに叫ばれ、人と人との関係性についての関心が高まっています。しかし現実には

 

 なんでも他者と同じでないといけないと思ってしまう

 役割を演じすぎて自分を見失う

 相手を大切にしようとするあまり、疲れて果ててしまう

 といったこと、起きてませんか?

 

 私たちはこういった状況を少しでも改善し、自分を生かしつつ、相手も生きる豊かな関係を目指して、このミニラボを企画しました。

≪第3回 ミニラボ

■日時 :2015年5月23日(土)13時~24日(日)15時

■会場 :京都/宇多野ユースホステル 

    世界1のユースホステル評価を受けた施設です

     http://www.yh-kyoto.or.jp/utano/index_j.html

     〒616-8191 京都市右京区太秦中山町29 

     TEL:075-462-2288

■参加費: 1万8千円(宿泊、食事代込み)

■定員 16名

■主催 :ミニラボ実行委員会

■お問い合わせ・申し込み:

メール、電話、ファックスでミニラボ実行委員会事務局  博野までお申し込み下さい。

  TEL:090-6234-0230 FAX:06-6629-0230 Mai: hirono@maholo-ba.jp 

<申し込み締め切り日 2015年4月24日(金)定員になり次第〆切ります>

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2015年

1月

30日

場づくりの場での違和感

ここ10年ほど仕事で、「知恵とチカラをあわせる場を作る」支援を行ってきましたが、最近ある種の違和感を覚えていました。


確かに「知恵とチカラをあわせる場を作る」ことは人を大切にする上で重要なことです。人を大切にしたいリーダーにとってこれができることは重要なことだと思います。


しかしもし「知恵とチカラをあわせる場を作る」ために必要な役割をリーダーが「無理して身につける」としたら、それはリーダー自身が自分を大切にするということをなおざりにすることになるでしょう。またメンバーにその役割を押し付けるならメンバーも大切にできないことになってしまいます。


これは私が望むことではないと感じていましたが、ある所でチームの一人ひとりが自分のグループへのかかわり方をふりかえり、その内省の中から、人とチームを大切にするための自分のかかわり方を見出していくことで、「知恵とチカラがあっていく」ことが重要なのだと気づきました。


これは似ているようですが、一人ひとりの内から湧き出るものを大切にしているかどうかという点で全く違います。私はこれから後者の方を選んでやっていきたいと思っています。

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2015年

1月

28日

成長のために内からわき上がるもの

昨日は障害を持つ方の「家」を作ることを理念としておられる社会福祉法人でのリーダー研修の最終回でした。CommentsAdd Star

6回のプログラムで、トップの想いを聴いたり、これまで生きてきた道をふりかえり自分の大切にしたいことを確かめたりしました。また自分たちの3年後をイメージしてみたり、自分が3年後にどう育って欲しいかの上司の期待をきいたりしました。

そして自分を3年後に向けてどう育てていきたいかを「想いのこもった目標」として作っていきました。

今回も多くの感動があったのですが、私が特に印象に残ったのは、いままであまり自分から意見を言わず、人との関わりをどちらかと言えば避けておられたメンバーです。

この研修でいろいろな人とのかかわりを体験し、より自分を大切にそして他者を大切にするために、より能動的に発言し、人とかかわることを目標にあげられたました。

4回目位からこのメンバーの内から湧き出てきている能動性みたいなものを感じていました。研修の中でもだんだん積極的になってきて、驚くほどしっかりした考えをもっておられることもわかってきました。こうした方が自分のかかわり方をより自分らしく見直していかれると、職場のチームや入居者の方によりよい貢献をしてもらえるに違いないと感じます。

でもいつものことなのですが、こうしてその人の内から湧き出てきて、その人の成長のために「いまここ」で働きかけてくるものの偉大さに打たれる想いがします。

体験と学びの会

http://www.maholo-ba.jp

博野英二

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2015年

1月

27日

看護協会さんでの研修で印象的だったこと

昨日は、大阪府看護協会さんで学びを共にしました。認定看護師のファーストクラスの数十日ある学びの1コマです。毎年3回行われ、私は今年で2年目です。


毎回80名の師長、副師長、主任さんが集まり、グループワークでもすごいエネルギーを持つ学びの集団になります。


昨日印象的だったのは、実習が終わってグループでその体験をふりかえってもらい、気づき学びを整理して発表してもらったことでした。あるメンバーが、他のメンバーから「気をつかい過ぎじゃない?」とフィードバックを受け、なぜそうなったかを自分で内省し、「自分はグループメンバーを信頼していないんじゃないかと気づいた」と共有してくれました。


ラボラトリーのトレーナーとしての学びにおいても、一番重要なのがグループやメンバーを信頼することです。これがないと、自分の思うようなところにコントロールしたくなったり、過度に干渉したりすることが起きて、人が本来の学びを実現することができなくなります。


こうした気づきは、自分も人も大切にできるかかわりづくり、チームづくりに本当に重要な気づきだなあと感じたことと、それができるメンバーの力に驚きを感じました。





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2015年

1月

21日

自分と人を大切にする「あり方」を学ぶラボラトリー

会社は経営者の器以上にならないとよく言われますが、チームもリーダーの器以上に「人を大切にできる」ものにならないのではないかと感じています。


これはリーダーの「あり方」と言っていいでしょう。そしてやはりこうした自分のあり方に気づき、学び、成長していく、つまり「器」を大きくすることができる学び場はラボラトリーだなと感じているのです。


http://hi-laboratory.com/hil-about.html


私たちが自分と人を大切にできるかどうかは、私たちの「あり方」にかかっています。そしてその背後には、自分をどうとらえるのか、人間をどうとらえるのか、グループをどうとらえるのかなどのとらえ方があります。これは私たちが持つ「枠組み」といってもいいかもしれません。

 

こうした「とらえ方」がどのように私たちのあり方に影響を与え、自分や人を大切にすること、しないことにつながるのか、いくつかの事例をあげて考えてみましょう。

 

(1)自分や人のとらえ方

 

私たちが自分や人を肩書きや地位、財産など「何かを持つもの」=「何者か」として自分ととらえていると、他者を自分より劣ったものととらえたかかわりが生じがちです。また例えばいい学校を出て、一流企業に就職していることが、そうできなかった人たちよりも能力があるなど学歴や社会的なポジションなどのラベルで人を判断することや社会的偏見につながっていきます。また他者と自分を比較して、自分はダメだと自己評価することにつながります。

 

(2)人間の成長や目的についてのとらえ方

 

自分を「何者か」でとらえると、将来資格や肩書き、スキル、財産、家族などを得てよりよい「何者か」になる必要があるという考え方が生まれます。これは例えば中学は高校に、高校は大学に入るためにある、大学はよい企業や団体に入るためにあるという考え方を導きます。


このことは私たちが「目的」とどのようにかかわるか、人間の「成長」をどうとらえるかと関連しています。もし成長の目的となる何か絶対的な目的や正しさがあるという考えに立つと人を成長させる取り組みは、いかに効率的にその目的に達するかになります。結果的に明確なひとそろいの目標によって測定され、その中で「卓越性」を得ることが求められます。

 

それができない人は未熟なもの、未達成なものととらえられてしまいます。本人も自分をダメな人間ととらえてしまうようになるでしょう。これは個々人をその定められた目的や正しさの枠内に閉じ込め、一人ひとりの個別性を飲み込んでしまうことにつながり、自分も人も大切にできなくなります。

 

(3)集団や社会とのかかわり方についてのとらえ方

 

集団や社会に適応しなければならないという考え方が行き過ぎると、集団や社会に適応するために自分の身を合わせていく必要が生じます。ここでは集団や社会を変化しないもの、させられないもの、自分たちの意志を超えて決定してしまっているものととらえています。

 

こうしたとらえ方をすると、集団や社会に受け容れられないことへの脅迫観念から、多くの人と同じように集団・社会が認める、奨める生き方をしなければならないという考えが生まれてきます。結果として私たちはありのままの自分を大事にしなくなります。

 

自分や人は他の人と置き換えのきく機能的なものとなり、その結果自分自身について、「人生(人、人間関係)とはこんなものさ」というあきらめが生まれてきます。また他者を機能としてとらえ、モノのように扱ってしまうことが起きてきます。


こうした自分のあり方は、自分では「当たり前」になっているので普段は気づきませんが、実際には日常の何気ない一つ一つの人とのかかわりの中にでてきます。


ただ日常では例え「大切にされていない」と感じてもそれを流してしまうことがほとんどで、それをきちんと伝えてくれる人はほとんどいません。


しかしラボラトリートレーニングの場では、ねらいを持って参加したメンバーが比較的長期間、時と場を同じくしてかかわる中で、自分の中からわき出してくる「今ここ」で感じた気持ちや想いを大切にして、深いかかわりが行われていきます。


その結果、例えば自分のかかわり方についてメンバーから「何かモノのように扱われているような気がする」とか、「何かあなたの考える正解に向かわされているきがする」などの率直なフィードバックが行われるのです。そしてその自分のかかわりの影響をグループメンバーで丁寧に検証していく中で、自分が自分や人を大切にしていなかったこと、それが例えば「目的に向けてこう歩むべき」という自分のとらえ方、あり方にあったことに気づいていきます。


つまり一つのかかわりの体験で起こったこと(例えば「モノのように扱われた感じがした」)を指摘し合い、それがなぜ起こったのかを考え、そこから気づき学びを得ていくという体験から学ぶプロセスによって学んでいくのです。

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2015年

1月

20日

憲法をもう一度読み直しています

自分と人を大切にする思想・哲学を求める中でいま、改めて日本国憲法を読んでいます。


http://www.jicl.jp/kenpou_all/kenpou.html


その中に二度に渡って「努力」によって権利を保持する必要があると書かれています。たぶんそれだけ大事なので重複を恐れず書いておられるのでしょう。


第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。


第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。


本当に身近な一つ一つのかかわりでも、自分や人が大切にされないことは数多くあります。こうした小さな日常で、自分と人を大切にする闘いを戦っていくことが、大事なのだなあと改めて感じています。

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2015年

1月

15日

一人ひとりに息づく「物語」から学ぶ重要性

先日、ここ数年支援している社会福祉法人の運営会議に出てきました。

 この法人は、障害者施設に押し込まれるのではなく、自分の家のように自由に楽しく住むことができる場を作ることを目指して活動されている法人です。

 もともとこの法人には明文化された理念はありませんでした。長年法人理念を体現されてきた理事長さんがおられたからです。

 でもだいぶお年を召したので、理念をことばにして、若い人に伝達していきたいという想いをもたれ、理念の文章化を行いました。そしていまどうやって若い職員さんたちに伝えていくかという課題に取り組みんでいます。

 その中で、会議のメンバー一人ひとりが、自分が法人で働く中で、胸が熱くなるような、自分の宝物とも言える「物語~エピソード」をわかちあいました。

 例えば普通施設の入居者さんは行動が束縛されます。しかしこの法人では例えば電動車いす自由に外出したいと言えば、「できない」「だめ」とはいわず、どうその希望をかなえてあげるか、に心を砕きます。

 向かう先の人と話し合ったり、外出の練習を手伝います。また外出された方の後をこっそりついていくこともあるそうです。実際危険なこともあって、田んぼにおちて怪我をしたりすることもあったようです。それでも入居さんの想いがあればそれを大切にするのです。

 こうしたエピソードを聴いていると、一人ひとりの想いを本当に大切にするという理念が、職員一人ひとりに「物語」という形で息づいていることがわかります。聴いていて思わず涙する体験でした。

 会議では、こうした職員一人ひとりの「物語」を共有することが、法人理念を皆で共有していくことにつながるねという合意がなされました。こうした体験からの学びは一人ひとりを大切にする上でとても重要なように感じています。

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2014年

7月

15日

ラボラトリーに影響を与えた人々(6)JICE草創期

 

 JICEの初代所長を務めた菅円吉(1967)は「関係の神学」の序文に次のように述べている。「関係が実在だということだ。個人の人間というのは抽象にすぎない。人間は他人との関係の中において実在する。『我は汝によってある』というのはその関係を意味している。この人間関係は聖書的には『隣人愛』の問題となる。関係が実在であるならば、究極的実在である神も関係でなくてはならない。」これはキリスト教のものの考え方は、実体概念ではなく関係概念の上に成り立つことを意味する。

 

 JICEの実質的な主導者であった柳原(1980)は、自己内の関係に生きる「私」が他者との関係に入り、同じ関係的存在である他者も彼の自己内関係を保ちつつ「私」とかかわる対人関係を大切にする。対人関係がグループに広がり、個と全体の緊張関係を学習して、すでにこれらの関係に実在し活動する超越者との関係に生きることが、キリスト教教育の目的であると述べている。そのためにはこのような人間関係の様態をよりよく理解するための助けとなる諸科学を援用して「私」を「永遠の汝」との正しい関係をもたらすように働きかけることが重要であると主張した。

 

 柳原(1980B)によると聖書は人と神の契約の書であり、キリスト教教育はその実現の社会的過程に生じるものであると述べている。そこでは神と隣人との人格的関係こそ教育であり、教育は関係によって成り立っているとする教育的神学を展開している。

 

 JICE活動を推進したメリット(1962)によるとJICEの主導理念は「対話」である。それはケリグマを実践すること(神との出会い、その対話において成長する信仰の表現)と、コイノニア(交わり、共同的であること)であり、そのためにこそ人間関係の科学とキリスト教教育とが相互依存関係をもつのである。そして教会の使命、交わり、人格の価値を明らかにするはたらきがJICE活動であり、神の働きたまう場における神のみ業への応答であると述べている。さらいに教会が社会と文化の価値に対して、規制の概念に躊躇していることを打破して、行動科学を用いて教会の革新にチャレンジしていく神学的決断と冒険の精神が必要であると述べている。

 

 このようにJICEの教育活動の基礎となった教育の神学は、直覚的で直接の関わりの体験において、隣人とともに覚醒され覚知する関係の理解がある。早坂泰次郎(1967)の言葉を借りれば、トレーニングは人間の関係性を眺めて学ぶことではない。人間を対象化したり、ひとつの機能としてとらえるものでもない。私が「関わりあってあること」(Relatedness)でなくてはならないと述べている。そこにも恵みの方法としての超越者の恩寵を実感しつつあるわれわれであること、その実存の再発見がトレーニングであると言える。

 

 また坂口(2010)は当時のJICEにおいてラボラトリー活動に参加したスタッフたちがいつも議論していたのが、人間存在の意味を追求することと、戦後の民主主義社会建設のリーダーシップ発揮の願いであった。一方、実際の行動は「万燈われを照らして、我を知る」というような西田哲学や鈴木大拙の「禅と精神分析」のような悟りの世界を知る道場のような感覚を持っていた。

 

 こうした議論をしていた背景には、戦中戦後の人間社会の不信の経験と混乱から解放されて、自分自身と対人関係の信頼をいかに形成していくか、また人との連帯と団結をどのように得るかという社会的ニーズがあった。

 

 当時のキリスト教の世界では、伝統的な教会教育や倫理的しつけ教育が中心で激変する社会から乖離した観念論的な教育論が多かった。そうした中、JICEの運動はブーバーの対話思想をなぞらえながら、触れ合い、関わり、相互性の体験、そして「出会い」の出来事としての「愛」の実践力を発揮していった。キリスト教会の交わりを深める「愛」の精神は、生命と生命をつなぐ人間の絆を支える超越者のはたらきが基盤にあると、多くのスタッフは世の中に伝えるミッションを持っていた。ヨハネの手紙1−3−18にあるように「言葉や口先だけではなく、行いを持って誠実に愛し合おう」の聖書の言葉を確かめ合って、活動を展開していった。

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2014年

7月

07日

ラボラトリーに影響を与えた人々(5)関係性の神学の流れ

 さて前述のように日本のラボラトリートレーニングはキリスト教教育の流れが1つの大きなベースとしてある。

 

 坂口(2010)によるとJICEが発足した60年代には、JICEのグループアプローチの運動には、神学的実践の根拠と意味があるのかと疑問視される向きもあった。その中でキリスト教教育の領域では「関係性」の概念を中軸に、神の招きとその応答のダイナミクス、ブーバーの「我と汝」の思想を用いて啓示の可能性と人格的自由意志の応答という出会いの教育論があった。坂口(2010)と坂口(2005)をベースに見ていきたい。

 

 まずJICEの産みの親であるアメリカ聖公会の教育局長であったハンターは、キリスト教教育は神と出会い、神の約束に応答する身体的直感をもってはたらく教育主体としての人間になることであると主張した。責任の主体(Engagement)とは神との直感的、瞬時の出会いを意味した直接的関係である。人間は時間的、空間的、身体的事実として関係のリアリティとして神の前に存在すると説く。ハンターはハーバードで博士号をとったが、それはレヴィンの知覚心理学とデューイの教育学をベースにしたものであったと言われる。

 

 そして坂口自身の経験として多大の影響を受けた神学として、アメリカ聖公会の牧会神学者ハウとティリッヒの文化の神学をあげている。ハウ(1962)は人間は和解の使者であり、癒しと和解の執行者であり、恵の手段であり、自分が恵みの方法になるためには、聴くこと(人が神と人に出会うことにつながる)、参加すること(他者のパートナーになること、対話すること、関係を回復すること)を説いた。さらに対話は関係を回復するとともに、相互に受容し、受容されることによって関係が創造していく。

 

 この神学の基礎は、対話は関係を創造していく恵みにあずかることであり、聖霊の助けを受けて対話が成り立つという理解である。成人教育の根本は対話であり関係である。人間関係の中にあってこそ、共に神の恵みにあずかることができる。従って神の恩寵は人間にとって驚きを感じる奇跡であり、関係が創造的人間を創りだすという神学である。ティリッヒには「存在への勇気(生きる勇気)」という有名な言葉がある。神は存在し存在そのものが力であり、自分が存在そのものとして受け容れられていること、矛盾に満ちた自分でもその存在を肯定し受け容れられることを実感する時、生きる勇気を得るという。坂口はこのメッセージを自分のグループ活動の感覚的原点としている。

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2014年

6月

24日

ラボラトリーへの思想的影響の流れ(4)カール・ロジャースの流れ

 坂口(2009)はロジャースがラボラトリートレーニングに与えた影響を次のようにまとめている。ロジャースはTグループを20世紀最大の教育的革命をもたらす発見として賞賛したことで知られている。

 

 ロジャースはTグループの心理的教育的意義を、人間関係の交流体験を通して、相互刺激、相互援助、相互依存、相互独立も自覚を主体的に学び取る画期的学習であると述べた。その特徴の第一は、成人の再学習としての人格の再構成を図る時、他人の存在を認識しながら自分のあり方を見定めていくという自己存在の帰納的な学習である。人間存在の本質にかかわる主題を、Tグループという直接の対面的場面で、他の存在と邂逅するモメントであると理解し、「生きる意味」の根源を問いかけ合う人間学習の根幹にかかわるものであるとした。

 

 第二の特徴は方法である。対面的小グループの編成によって、言葉による直接的コミュニケーションの対話場面を構成し、連続的コミュニケーションの過程を通じて、小グループの会合を重ねていくプロセス学習法である。そのプロセス体験を通して相互に理解し合い、相互に存在の意味を再発見する「出会い」の学習であるとした。これを「エンカウンター」と呼んだのである。ロジャースは敬虔なピューリタンの農家に育ち、大学時代は農業経済を専攻していた。第1次世界大戦後の世界YMCA大会に米国代表として中国を訪れ、人種の違う若者が一堂に会して同じ祈りを捧げていることに感激したと言われる。この驚きが彼の人生の方向を変化させ、大学を卒業してユニオン神学校に進むようになり、さらにコロンビア大学で学位を取って、心理臨床家として社会の中で人を救う道を選んでいったのである。そして有名な来談者中心療法を創始する。

 

 その中心的な考えは次の通りである。人間には有機体として自己実現する力が自然に備わっている。有機体としての成長と可能性の実現を行うのは、人間そのものの性質であり、本能である。カウンセリングの使命は、この成長と可能性の実現を促す環境をつくることにある。カウンセラーは、クライエントを無条件に受容し、尊重することによってクライエントが自分自身を受容し、尊重することを促すのである。

 こうしたロジャースがTグループをカウンセラー養成、さらにはグループ・カウンセリングの技法として用いたことで、日本でエンカウンター・グループとして定着することになった。同時に来談者中心療法の基本的なスタンスは、ラボラトリーを実施するトレーナーにも大きな影響を与えた。

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2014年

6月

13日

ラボラトリーに影響を与えた人々(4)レヴィンの後継者たちの流れ

 

 また坂口(1989)によると1950年代の10年間くらいでNTLには大きな変化があり、3つの流れが生まれたという。1つはレヴィンの流れを汲む社会心理学やサイコセラピィとはやや距離を置き、自己内プロセスとグループ・プロセスの中で、自分がどう変容していくかを自分で見つめることを大切にする流れである。坂口はこれを「self in process」の流れと表現している。この流れの代表にはウェシュラー、マサリックなどがおりUCLAがその中心であった。これがいわゆるセンシティヴィティ・トレーニング(ST)である。

 

 第2の流れはブラッドフォードを中心に、理論的にはブーバーをおきながら、関係性を中心に考えていく流れである。ここでは実存哲学や現象学的な影響が色濃く見られる。坂口はこの流れを「Relatedness」の流れと表現している。更に第3として生産性をあげるために人間関係をいかにすればよいか、言い換えれば生産性をあげるために人間関係を手段にしていく流れである。代表はブレイクとムートンによるマネジリアル・グリッドであり、坂口はグループ・プロダクティビティの流れと呼んでいる。

 

 そして坂口(1989)によるとこうした3つの流れは80年代に入り大きな3つの分野に別れていく。それがサイコセラピーの分野、ヒューマンリレーションズの分野、そして組織開発(OD)の分野である。Tグループを中心とするラボラトリートレーニングはこの中のヒューマンリレーションズの分野に位置づけられる。

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2014年

6月

11日

ラボラトリーに思想的影響を与えた流れ(3)実存主義の流れ

 

 また坂口(2012)は、レヴィンが生み出したグループ・ダイナミクスの人間哲学として「実存主義」がその背景にあるとしている。実存主義哲学は「いま、ここにいる個人の具体的な存在」を立脚点にした哲学である。19世紀末にキルケゴールが観念論的思弁的哲学を批判して、不安と絶望の中に生きる人間のあり方を実存と呼び、ハイデカーは「人間は自己の存在を問題にしながら存在するという現存在」を実存と呼んだ。また坂口(2012)はサルトルの実存主義を自分なりに解釈し、「実存とはいまここにある自分のこと。自分は何ものかである(自分の肩書きなど)というとらえ方とは区別して、存在が先にある」と紹介している。またこれは木村敏(1972)のいう「こと」としての自分と「もの」としての自分という区別に通じるとする。これは純粋の主観的自我(こととしての自分)と客観的自我(自分が何ものかというものとしての自分)のことで、実存はいまここにある自分のことで、眺めた自分よりも自分自身の存在が先行するという理解である。

 また精神医学に現象学的方法を導入して、ハイデカーと同じように実存主義を体系化したヤスパースは、自らの思索と行動の根源において、挫折と絶望の中にあって自己の実存に目覚め、超越者と向かい合うことによって、神の存在を通してこそ自己の存在を知ることができると述べている。

 

 このように第2次世界大戦終結後の復興という社会状況の中で、人間尊重の思想とその中での民主社会の構築が求められ、グループ・ダイナミクスもこうした問題意識を共有していたが、その哲学的バックボーンとして「実存主義」と「実用主義(プラグマティズム)」が用いられたのである。双方ともこの時代の代表的な哲学であるが、グループ・ダイナミクス、ひいてはTグループもこうした大きな時代の流れの中に位置づけて考える必要がある。

 

 そしてグループ・ダイナミクスのベースにある実存的人間観と経験主義的学習論は、表現的には変化があるけれども、次の時代に受け継がれているのである。

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2014年

6月

10日

ラボラトリーに思想的影響を与えた人々(2)デューイなどプラグマティズムの流れ

 その後このグループ・ダイナミクスはレヴィンの弟子たちに受け継がれ、やがてTグループが生み出されていくが、坂口(1989)はその思想的基盤にウィリアム・ジェームスの流れから来るプラグマティズムがあると指摘している。つまりレヴィンとプラグマティズムの代表的哲学者であるジョン・デューイの哲学がTグループのベースにあるとしている。

 

 実際マロー(1972)もこうしたグループ・ダイナミクスが、ジョン・デューイの進歩的教育、つまり「行為によって学習する」という考えの実践から発展したと述べている。また坂口(2008)によるとオールポートがあるところで「アメリカ生まれの哲学者(デューイ)とドイツ生まれの心理学者(レヴィン)とが同じ考えを持っていた。すなわちデモクラシーの社会思想とその教育理念を持ち合わせ、両者とも熱心な実現遂行者であった」と語っているのを紹介している。

 

 ジェームスは絶対的な真理概念を否定し、真理を自分の経験的認知が実際に役立つかどうかで見分けていくことができるものととらえた。従って人間は生きている間、経験とともに自分のために重要と思われる「意味」を組み立てながら、追い求める価値と行動目標をその都度創りだすことができる。

 

 またデューイの教育哲学は、学習者の経験中心主義の教育実践であった。人間の成長とは未熟さや欠けているものを補うというものではなく、その可動性や潜在能力を伸ばすものである。親や教育者は子どもとの間に相互依存関係を創りだし、子ども自身がその相互依存関係から学び取っていく過程の経験を重視した。つまり学習者中心の学習過程に重要な鍵があると主張したのである。

 

 デューイが主張する所のLearning by Doingという、行動することによって学ぶという経験主義は、行動の反復とその反省の思考というサイクル的な積み重ねによって学習を積み重ねていくのである。

 

 ところでこうした経験主義的な学習の考え方は、ラボラトリーの実践ともあいまって、その後体験的学習または経験学習(Experiential Learning)の理論の発展をもたらし、成人教育にも応用されるようになった。この特徴は、いまここでの相互作用が引き起こす現実の相互交流の体験を、自発的に自ら学ぶという経験による理解を重視した学習であること、さらに学習が個別的でインフォーマルであること(学校における集合的で公的な学習形態とは反対)、学習が生涯行われるという生涯学習の考え方、そして知識中心ではなく全人格的学習であることにある。

 

 そしてこの学習の方法として、フィードバックという電子工学の用語を援用し、学習の体験を具体的な事象から体験の内実化を通して一般化していく体験学習のサイクル(Experience,Identify,Analyze and Generalize)の理論が構築されていった。そしてこれは多くの論者の手を経て、後年コルブ(1984)によって経験学習のサイクルにまとめられていく。

 

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2014年

6月

07日

ラボラトリートレーニングに哲学的・思想的影響を与えた人々(1)クルト・レヴィンを中心とした流れ

 これまでラボラトリートレーニングのアメリカと日本における生成・発展の経緯、特にその活動の歴史を見てきた。そしてここではその活動の歴史と共に、その活動の背後にある人間観、人間関係観、さらには世界観、そして人間の成長をどうとらえるかの教育観を含む哲学、つまり何のために、何を大切にその活動をしようとしていたのかについての歴史が理解される必要がある。つまりラボラトリーの哲学に影響を与えた代表的な人々とその思想が理解される必要がある。

 

 幸い、この部分はアメリカ留学時代にレヴィンの後継者の1人であるリピットの教えを受け、JICE草創時からかかわった坂口(1989、2006、2008、2010、2012)にラボラトリーの教育、哲学の歴史についてのレビューがある。これを中心にまずはラボラトリーに哲学的・思想的影響を与えた人々の歴史的な流れを大きく見ていこう。

 

(1)クルト・レヴィンを中心とした流れ

 

 まずラボラトリーに思想的影響を与えた人として、その創始者であるクルト・レヴィンがあがるのは当然と言える。坂口(1989)によるとレヴィンがグループ・ダイナミクスという言葉を作ったのは1935年である。それ以前レヴィンはゲシュタルト心理学のメッカであったベルリン大学にいた。

 

 そこでレヴィンは、ドイツでゲシュタルト心理学の祖と言われるカール・シュトゥンプなどの指導を受けたと言われる。要素の組み合わせの結合が心理学だという学派に反対して、全体観を優先した場の理論がゲシュタルトの立場である。例えばレヴィンは戦場に向かう風景と戦場から帰還するときの風景は同じように見えない自己体験から、視界の広さや明るさなどが動機づけによって変化するという研究を行っている。

 

 またシュトゥンプのゼミは非常に自由であったと言われ、喫茶店でお茶を飲みながら行い、自由に話し合う「クワッセルストリッペ(馬鹿者が、がやがやいう)」が行われていた。マロー(1972)などが後にレヴィンのゼミの自由さについて書き残しているが、これはこのベルリン大学時代に培われたものと言えるだろう。

 

 しかしレヴィンの個人的側面として熱心なユダヤ教徒の家に生まれたため、ライプチッヒ大学には入れず、成績が良くても終身任用の専任教員になれないなどの人種差別を受けていたという。その後ナチスドイツによって生命の危機に直面し、アメリカで定職に就くことになる。レヴィンの弟子であったマロー(1972)は、ヒトラーの存在がレヴィンに「民主的な社会とはどういう人間共同体であるべきか」の問題意識を抱かせ、民主的リーダーシップや人間成長への興味を抱かせたと述懐している。 

 

 レヴィンのこうした思考様式はアリストテレスのように現象を白と黒という対照的な対としてとらえる静的概念に対してガリレオの連続性という動的概念を用いていた。前者でとらえると白と黒は反対側で相互に無縁であり、独立の領域と言える。しかし後者で考えれば、白と黒は連続体の部分としてとらえられる。

 

 またレヴィンは一般法則を作るために多くの類似した事例が必要であると言う考え方ではなく、一回だけ生じる事例も人にとっては生命をかけた出来事であるから、歴史的な頻度は法則性を決める決定要因にはならず、むしろ多様な人間性の研究には具体的な事例を全体性の観点から知ることが大切であるとした。

 

 つまり多数の事例からその平均値をとって人を理解することは危険であり、むしろ具体的事態とその固有の性質との双方が理解されれば単一の事例でも全体性を知ることができるとする。つまり人間行動は動的で質的な事柄をとらえる必要があるとするのである。

 

 またレヴィンは産業界で後の大量生産方式へとつながる科学的管理法、つまりテイラーシステムを批判している。テイラーシステムは一時労使の最大幸福を図るものとして評価されることもあったが、レヴィンは労働者を効率一辺倒の手段として扱っていることに反発し、個人の人間性を無視するものとして批判した。

 

 坂口(2012)はこうしたレビューをふまえて、レヴィンが「理論と実際の生活においていつも『生きる意味』を追求していくという姿勢を外さなかった」と述べている。レヴィンの理論は単なるグループの効率性を求めるものではない。人間の相互依存的な関係をベースに協力的な共働関係をつくり、理論と実践を結びつけるアクション・リサーチを通じて民主主義社会を構築していく人間のあり方を問うものであったのである。

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2014年

6月

06日

日本におけるラボラトリートレーニングの発展

 津村(1996 「日本人の人間関係トレーニング」長田雅喜(編)『対人関係の社会心理学』第8章第2節)によると日本にTグループが導入されたのは、九州大学、名古屋大学、そしてキリスト教教育の流れであるという。しかし大学におけるTグループは試行的なものに終わり、ラボラトリーの発展に大きく寄与したのはキリスト教教育の流れ、特に1962年4月に設立された立教大学キリスト教教育研究所(JICE)であった。中堀(1984)によると第14回キリスト教教育世界大会が1958年に日本で開催され、教会の聖職者や教師に向けて本格的なラボラトリートレーニングが英語で実施された。これが第1回教会集団生活指導者研修会である。これはアメリカ聖公会がNTLとともに行っていたラボラトリーを基本とするもので、NTLの直系と言えるものだった。

 

 その後第2回教会集団生活指導者研修会が1960年にアメリカ聖公会から4名のスタッフを招いて、また第1回の参加者で研究会を続けていた日本人がスタッフとなり実施された。この研修会の成功を受けて、この種の運動を日本で推進する組織として、1962年4月に立教大学キリスト教教育研究所(JICE)が設立された。その後1963年からは「教会生活研修会」という名称で、1968年からは「JICEラボラトリー・トレーニング」という名称で毎年トレーニングが実施された。1970年代前半にかけてJICEの活動は非常に活発で日本におけるラボラトリートレーニングの中心として機能したのである。

 

 一方、アメリカにおけるTグループの隆盛を聞きつけた産業界は、企業研修にTグループを導入した。1963年産業能率短期大学は、UCLAのマサリックを日本に招聘し、第一回STSensitivity Training)講座を開催した。これは日本企業のニーズと合致し、STブームとして広がっていった。しかしこれは一方で企業の望む人材への「作りかえ」が意図され、結果として倫理面での問題を生み出し、社会問題化することにつながった。一部の行き過ぎた研修では暴力が容認され、自殺者が出たり、トレーナーが逮捕される事件も起きた。このようにSTは当初のラボラトリートレーニングとは全く違うものとなり、1970年代終わりにはブームは終焉することとなった。

 

 一方1973年4月、ラボラトリー方式の体験学習を中心とした教育カリキュラムを持つ南山短期大学人間関係科が設立された。これは「人間の尊厳のために」という南山学園の教育理念を具現化するために、当時のスタッフがJICEに相談を持ちかけ実現したものと言われている。初代学科長にはJICE所員のリチャード・メリットが就任した。その後、1982年にJICE所員であった中堀仁四郎が人間関係科の専任教員になった。そして2000年4月、南山短期大学人間関係科は南山大学人文学部心理人間学科に引き継がれていった。Tグループは必修から選択科目になったが引き継がれ、実習型の授業も引き続き行われている。また1977年9月には南山短期大学人間関係研究センターが設立され、87年からは毎年同センター主催のTグループ(5泊6日)が開催されている。また92年からはTグループのトレーナー・トレーニングも実施されている。

 

 そして80年代以降のJICEの組織変更に伴い、Tグループ活動の継続に懸念を持ったメンバーが独自に活動を引き継ぎ今に至っている。大阪を中心とするSMILE(聖マーガレット生涯教育研究所)、中堀を中心とするHIL(ヒューマン・インターラクション・ラボラトリー)研究会などがそれである。

 

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2014年

6月

05日

アメリカにおけるラボラトリートレーニングの発展

その後、ラボラトリーには臨床心理学者や精神医学の専門家が加わり、臨床的な傾向が強まり、グループ内の対人的なプロセスにトレーナーの関心が向いたとされる。スタッフやトレーナーの強調点の置き方によって、「グループ中心」、「対人関係中心」のラボラトリーが意識されたのである。

 

 また1950年代後半、NTLはアメリカ赤十字奉仕団、アメリカ聖公会、エッソ石油会社などに対してラボラトリートレーニングを行う支援を行った。特にアメリカ聖公会での組織的な実施は1956年から始まったが、それを推進したのが1953年にNTLTグループをベセルで受けた聖公会のDavid Hunterであった。清里の清泉寮にTグループのためのハンターホールが建てられているように、その後彼は日本へのラボラトリーの導入に大きな役割を担うことになった。そして60年代に入ると、大学教育や産業界において、ラボラトリートレーニングが多く行われるようになった。

 

 同時にトレーニングにも様々なバリエーションが生まれた。例えば西海岸のUCLAでは正常者に対する治療としてグループプロセスの学習を強調せず、個人の感受性やパーソナリティを発達させることに主眼を置いた感受性訓練(ST Sensitivity Training)が発達した。これは後にマサリックによって日本の産業界に導入されることとなる。

 

 そのアメリカでは構成的な実習集が出版され、そのハンドブックが便利さなどから企業などで多く使われるようになっていった。またラボラトリーにおける個人の変革をベースとして組織・社会を変革するというアプローチに限界を感じたNTLメンバーは、アクション・リサーチのモデルをベースとしていわゆる組織開発のパイオニアとしてその理論や手法を開発していった。

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2014年

6月

03日

ラボラトリートレーニングの誕生

何回かにわたって、ラボラトリーの歴史を見ていきましょう。

 

ラボラトリートレーニング、すなわちラボラトリー方式の体験学習は1946年米国コネチカット州で、クルト・レヴィンとその弟子たちによって実施されたワークショプにおいて誕生したことは、多くの論者によって紹介されている。(例えば中村・杉山・ 植平、2009)また1947年にメイン州ベゼルにおいて、いわゆるNTLNational Training Laboratory)が設立され、Tグループ(当時はベーシックスキルトレーニングと呼ばれた)を中心とするラボラトリーが行われた。ベネ(1964)によると、第1回のラボラトリーのねらいは次のようなものであったとされる。

 

 1、変革推進体(change agent)として計画的な変革の輪郭をつかみ、変革推進体としての必要なスキルを得ること、グループ発達に関する指標や基準について学習すること、という体系的な概念を内在化すること。

 2、(関係性やグループの)診断技術や行動スキルの実習をすること。

 3、行動の内容が、個人レベル、対人レベル、グループ・レベルからグループ間レベルまで「人間組織」のすべての領域をカバーすること。

 4、ラボラトリーでの学習を現場に適用しようとするメンバーの計画を援助し、さらにメンバーが自分たちやその同僚たちの成長に援助を与えること。

 5、メンバーが他者との関係において、またグループ全体の発達と関連させて、自分自身をより客観的に正確に把握できるようになること。

 6、民主主義的価値について理解を深めること。

 7、メンバーが変革推進体としてより機能するために、他の人々に伝えるために必要な態度とスキルを体得すること。

 

 このように当初のラボラトリーではグループをベースに社会を変革していくというレヴィンのアクション・リサーチの考え方が根底にあったと言える。

 ただ実際には数回の開催の後、このねらいは過大であると認識されるようになり、Tセッションのねらいはグループのプロセスに焦点化され、変革推進体やコミュニティの構造などは他のセッションで扱われるようになった。これは後に組織開発などの分野の確立につながっていく。

 

 

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2014年

6月

02日

フローラーニング

昨日は、Tグループ勉強会でした。

 

「ネイチャーゲーム2」という本を読んで学びましたが、その中に自然教育を行う上である流れ(フロー)にそってプログラムを展開することの重要性が述べられています。

 

第一段階 熱意を呼びおこす

 

第二段階 感覚を研ぎすます

 

第三段階 自然を直接体験する

 

第四段階 感動をわかちあう

 

 ラボラトリートレーニングでも、まずは参加者の参加意識を高め、それから感受性を研いで、人とのかかわりを直接体験していくフローがあります。

 

 それを感じ取ることが、実施者に求められることなのだと思いました。

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